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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
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僕と秘密基地と本物の変質者

 突然だけど、僕には学校での居場所が無い。

 とある事件をきっかけに僕はクラス中から軽蔑されることになってしまい、教室にいるときはずっと肩身の狭い思いをすることになっている。

 きっと僕はみんなから悪く言われていることだろう。

 それくらいひどいことをしてしまったのだから。

 僕はみんなから最低の人間だと思われているんだ。

 けれど、全然辛くない。

 だって僕には友達がいるから。

 親友だっている。

 だから毎日が楽しい。

 迫害される日々を送っているけれど、友達がいる学校は楽しい以外に言いようがない。それ以外の言葉が見つからない。

 なんと言っても、学校一の美少女と友達になれたのだから! 昔仲の良かった可愛い幼馴染とも、今では親友と呼べる仲に戻ることができたし、順風満帆だよ!

 そういうわけで、夏休みに突入している今、僕は充実した毎日を過ごしていた。

 学校に行って文化祭の話し合いをしたり、家で友達と宿題をしたり、外で一緒に遊んだり。

 最近は僕のことが大嫌いだったクラスメイトの男の子が家に遊びに来てくれるようになった。

 僕と一緒に僕の好きなアニメを見てくれる。

 その話で盛り上がったり、僕の幼馴染を交えて騒いだり。

 毎日が楽しい。こんなに楽しい夏休みは初めてだ。

 まだ夏休みは始まったばかりだけれど、今年の夏休みは楽しい物だって言い切れるよ!


 七月三十一日。

 今は七月最後の日の朝だ。

 残念ながら今日の予定は何もない。少し残念だけど、明日はまた文化祭の話し合いをする予定だ。今日は以前からしたかった用事を済ませよう。一人じゃないとできないことだから丁度いい。

 僕は階段を下りて居間へ向かう。

 今日は少し遅く起きてしまったので、居間にはお姉ちゃん以外の家族が全員そろっていた。

 朝の挨拶をして朝食の置かれた食卓についた。

 テレビからは物騒なニュースが流れている。


『――で人が刺さされているのが発見され、刺された男性は今もなお意識が戻らない状態です。現場で二十歳前後の男が目撃されており、警察はこの男性が事件に関係しているものみて行方を――』


 隣町で起きた怖いニュースだ。いつも思うけど隣町は尋常じゃないくらい物騒だよ。もしかして無法地帯なのではないかな……。

 隣り合っているというのに、僕の住むところは極めて平和だ。

 こういうことを言うのは不謹慎かもしれないけれど、正直に言えばこの町でよかったと思う。

 隣町の人に失礼かもしれないね……。ごめんね隣町の人。

 僕はあとから起きてきて暑苦しくまとわりついてくる姉を大人しく食卓につかせ、手早く身支度を済ませて厳しい陽が降り注いでいる外へ出た。

 歪むアスファルトが地面の熱さを主張してくる。卵焼きが焼けるね。

 僕はどれだけ暑かろうが夏が大好きだ。

 青い空に浮かぶ入道雲。それを避けるように走る飛行機雲。幼いころはどちらにも大した興味を持っていなかったのに、今になってその二つの雲がどれほどこの夏にふさわしいものなのかが分かるようになった。夏の風物詩、とは少し違うけれど、夏を感じさせてくれる情緒あふれるものだ。

 流れ出す汗も気にせず空を見上げ続ける。

 空って、こんなにも青かったっけ。

 もっと薄かったような気がする。青というより水色に近かったような。

 今僕の真上に広がる空はとても青い。

 神様が青い絵の具をぶちまけてしまったのだろうか。もしそうだとしたら、とても素敵だ。

 入道雲の向こうにいる神様に手を合わせてから僕は歩き出した。

 暑い。

 でも、夏だ。

 肩から下げたカバンから水筒を取り出す。

 こまめな水分補給が大切だよね。

 出来るだけ天からそそぐ白い色の日差しを避けながら目的地へ向かう。

 南中にはまだまだ時間がある。太陽が真上に来れば日陰がぐっと減ってしまう。その前に用事を済ませよう。

 少しだけ早足で、僕は山へ向かった。

 

 山のふもとにたどり着く。山というより草木の生い茂る小高い丘と言った方がいいのかもしれないけれど、幼い僕らには正真正銘の山だった。だからここは山なんだ。

 鋭く茂る茅で肌を切らないように注意しながら僕は山登りを開始する。

 全方位から聞こえてくるセミの声。合唱というには少しまとまりがないけれど、それでも耳に心地よいのは確かだ。木の間を歩くたびにセミの姿を探す。捕まえたりはしないが、何となく、見つけづらいセミたちを探すのが楽しかった。

 夏と言えばセミだね。

 でもセミだけじゃない。

 地面に目を向ける。

 夏草が生い茂っている。

 名前は分からないけれど、夏にしか出会えない草は多いはず。

 いつか名前を調べてみたいな。

 夏草たちをかき分けて僕は山を登る。

 セミの声に包まれながらあの日を思い出す。

 あの頃も、泥だらけになりながら山を登ったな。

 服に引っ付いたくっつき虫をお互いに取り合いながら訳もなく笑った。

 大きなクワガタを見つけてうらやましがったり悔しがったりした。

 土の上に寝っころがって、青々と茂る木の葉の間から覗く夕焼け空を見上げて明日の予定を立てた。予定なんか立てなくてもいつも同じ場所に集まっていたけれど。

 僕は今、その集合場所に向かっている。

 幼馴染と作った秘密基地。

 僕は今でも通っている。

 もう誰も待ってはいないけど。

 それでもそこは僕にとって大切な場所なんだ。


 やっとのことでたどり着いた秘密基地。いや秘密テント。

 四本、四角く突き立てた木の棒と、その対角線が交わる中心にもう一本長い棒を突き立て、そこにビニールシートを被せただけの簡単な秘密テント。

 今ならもっと立派なものが作れるとは思う。それこそ秘密基地と呼べるようなちゃんとしたものが。

 でも、幼い僕らにとっては、雨風が凌げるだけでそれはもう立派な『建物』だったんだ。

 僕が守り抜いてきた秘密基地。

 最近来る機会が減ってしまっていたから手入れをしていなかった。

 この秘密基地は僕が死ぬまで守り続けるんだ。あの頃の思い出も一緒に。

 頃から変わらないその様相。

 あたりを見てみれば、ひょっこりとあの日の僕らが顔を出してきそうだ。

 でもそんなことは無い。僕は大きくなってここに立っているのだから。

 変わらずちゃちなままのテント。

 あの日をとどめている。

 ……でも、今日は少し様子が違った。

 秘密基地は壊れていない。いつもの通り汚いままだ。いつもと違うのは、地面。秘密基地の周辺の地面に妙なものを見つけてしまった。

 足跡が、あった。

 真っ直ぐに僕らの秘密基地へ向かっている。

 足跡はテントの入り口で途切れていた。

 あぁ。しばらく僕が来なかった間に、誰かが中に入ったんだ。僕らの秘密基地なのに……。

 少し心が穢されたような気分になる。

 知らない人にここを使われたくはない。

 まったく、どこの誰かは知らないけど、もう来ないでよね。

 少しだけ気分の悪いものを感じながら、秘密テントへ近づいた。

 ……。


「あれ?」


 入り口で途切れているということは、まだ中にいるんじゃないかな? 秘密基地の前に靴が脱がれて置いていないから中に誰もいないと判断したけれど、帰ったのなら足跡は途切れていないはずだ。

 もしかしたら、靴を履いたままの誰かが、このテントの中にいるのでは……。

 突然怖くなった。

 なんでこんなテントの中に潜んでいるの? 家に帰ればいいのに。その前に、いったい、誰が、ここにいるの?

 とてつもない恐怖が僕を襲う。

 恐怖に駆られながらも、僕は、秘密基地を守るために、ゆっくりと、秘密基地に、近づいて行った。

 そして、あと三メートルというところで、誰かがテントの中で動いた。


「!!!」


 怖くて動けなくなってしまった!

 やっぱり誰かがいる!

 誰?! 出来ればこの前みたいにクラスメイトであって!

 これ以上近づくのは怖いので僕はこの場所から声をかけてみる。


「あ、あのー……」


 セミの声にかき消されて聞こえないのか何の反応も見せない。もっと声を張らなきゃダメみたいだ。


「あのー! すみませーん!」


 テントの中の誰かが大きく動いた。驚かせてしまったようだ。

 扉状に切れ込みを入れたビニールシートが誰かの手によって開かれる。

 ゆっくりと、のっそりと。

 その誰かが顔を出した。

 その顔は、懐かしくも恐ろしい、いや、恐ろしくも懐かしいあの顔だった。


「く、く、楠さん、なの?!」


 白馬だった。

 あの時見た、白馬のお面がテントから首を出して僕をじっと見つめていた。

 ひと月前にここで会ったクラスメイトがかぶっていたお面。僕の人生を変えた馬。それと同じものが今僕の目の前にいる。これは、あの時のクラスメイトなのか……。でも、お面は無くしたはずだし……。

 じっと僕を見ていた馬がテントから出てくる。


「あ、あ、あ」


 その人は、クラスメイトなんかではなかった。

 誰だか分からないけれど、顔は見えないけれど、間違いなく、大人の男性だ。


「うわああああああああああああ!」


 僕は恐ろしくなって全力で山を下りた。

 何度も振り返る。

 お面を被った男の人は追ってきていないようで、その姿はもう見えなくなっていた。

 でも恐ろしい。

 ひと月前より恐ろしい。

 あれは、誰だ。

 体の大きな男の人だ。

 怖い。

 こわい。

 コワイ。

 僕は息切れしながらも全力で家まで逃げ帰った。

 帰り着いたときには汗まみれで酸欠で、この瞬間僕は世界で一番這う這うの体という言葉が似合う人間になっていた。



ユウ:ってことが朝あったんだ!


まりも:同じような話をひと月前にも聞いたよ。ネタ切れかい?


ユウ:本当なんだよ?! 前の話とは別! 本当に変な男の人がいたんだ!


まりも:君は嘘をつかないからね。本当なんだろう。それで、その馬の正体は突き止めたのかい?


ユウ:まさか! 突き止められるわけないよ! 襲われたら勝てないもん!


まりも:やってみなければわからないだろう? 気にならないのかい?


ユウ:気になるけど……。危ない気がするし……


まりも:まあ、そうだろうね。でもいいのかい? 君の秘密基地が奪われたままで


ユウ:よくないよ。取り返さなくっちゃ


まりも:危ないことはよしなよ。秘密基地なんかより、自分の体の方が大切だからね


ユウ:うん。ありがとう



 僕はスカイぺを閉じてパソコンの電源を落とした。

 スカイぺの相手のまりもさん。ここ最近は話していなかったので嫌われてしまったのではないかと思っていたが、そんなことも無いようなので安心した。

 とってもいい人だ。

 名前も知らないし、当然顔も知らないけれど。

 僕はこのまりもさんに惹かれていた。

 あってみたい。

 あって、みんなに紹介したい。

 こんなにいい人なんだもん。みんなに知ってもらいたいよ。

 せっかくの夏休みだし、今度聞いてみよう。

 勇気を出すって決めたんだ。まりもさんにも積極的に接してみよう。

 楽しみだな。


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