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キョーハク少女 作者:ヒロセ

第一章 キョーハク少女

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誰かにとってのハッピーエンド

 人込みの後ろの方で僕はみんなに声をかける。

「あ、あのー、みんな?」

 ぎゃーぎゃー騒いでいるみんな。誰も僕に気づいていないようだ。

「えっとですね、その、ちょっと、みんな落ち着こうよ」

 誰も聞きやしない。
 そう言えば、楠さんにアピールしまくっていた小嶋君はどうしているのかな?
 教室を見渡し小嶋君の姿を探す。
 ぐっすりと眠っており教室の様子に気づいていないようだ。寝不足なんだね……。僕のせいで……。
 小嶋君を探す際にクラスの男子ナンバーワンの沼田君も見つけた。
 教室のざわめきを一切気にしている様子もなく黙々と勉強していた。……なんで気にならないのかな……。
 僕は改めて人だかりを見る。
 相変わらず楠さんを責めたてていた。
 酷く罵るみんな。楠さんはギュッと目を瞑りそれに耐えていた。
 最低だよみんな。

「……あの、みんな」

 僕は後ろの方で声を上げている人の袖を引っ張った。

「なんだよ! 邪魔だ!」

 荒々しく振りほどかれ睨まれた。
 そんなに罵るのに忙しいの?
 僕は人を変え同じように袖を引っ張った。

「ねえ」

「いま大変だから」

 また荒々しく振りほどかれた。
 そんなに大変なの? 僕の話を聞く暇がない位大変なの?
 もう一度、チャレンジしてみる。

「僕の話を聞いて」

「触るんじゃねえよ!」

 振りほどかれるどころか力いっぱい押された。
 少し体勢を崩したけれど何とか踏ん張る。
 僕を押した人はまた楠さんを罵る仕事に戻っていた。
 酷いよみんな。
 なんで楠さんを罵る方を優先させるの。
 なんで人を傷つけることに一生懸命になるの。
 絶対におかしいよ。
 人の間から覗く楠さんの顔。
 固く瞑る目からは、堪えきれなくなった涙がぽろぽろと溢れていた。

「楠さん、泣いてるよ」

 誰も僕の話を聞かない。
 誰の耳にも届いていない。
 きっと僕の声が小さいからだ。
 もう一回、楠さんを見る。
 真っ青だった顔はもうどこにもなく、赤く染まった頬に何本もの涙の川を作っていた。
 かわいそうだよ。

「みんな、やめようよ……」

 誰も振り向かない。
 罵ることで精いっぱい。
 みんなが罵っているから自分も罵る。
 目の前で泣いている人をまだ傷つける。
 酷いよ。
 僕は教卓の前に立ちみんなを見下ろす。
 よーし……。少し強い口調でみんなの間違いを指摘しよう! そうだよ、おかしいもんこんなの! 勇気を出してビシッと言ってやるんだ! 今回ばかりは僕は本気だよ! ガツンと言ってやるんだ!
 だって、楠さんが困っているんだもん!
 それに、楠さんは僕と友達になりたいって言ってくれたんだ!
 友達は、僕が守らなきゃ!
 言うよ僕は。ガツンと言うんだ!
 大きく息を吸い、僕は、言った。



「ぼ、僕の話を聞けえええええええええええええええええええええええええええええ!」



 叫んじゃった。
 叫ぶついでに両手で教卓を何度もたたき大きな音を立てる。

「罵るのは終わり! 今から僕の話を聞いて!」

 最後に全力で教卓を叩く。
 僕の望み通り教室中が静かになり、みんな僕に注目していた。勉強をしていた沼田君も、眠っていた小嶋君も、明るく送り出してくれてた雛ちゃんも、中心となって責めていた前橋さんも、ギュッと目を瞑っていた楠さんも、みんな僕を見ている。
 教室に僕の乱れた息遣いだけが響く。

「……一体、何事ですか佐藤君」

 前橋さんが驚いた表情でメガネをかけ直した。
 前橋さんだけじゃない。みんながみんな驚いた顔をしている。

「みんな……間違ってるよ! 楠さんがかわいそうだよ!」

 僕の声を聞いて静寂が壊れる。

「可哀想って、楠さんは私たちを馬鹿にしていたんだよ!? かわいそうなのはこっちでしょ!」

 クラスメイトの女子が声を上げる。

「俺は若菜ちゃんが好きだったんだ! 裏切られた気持ちだ!」

 クラスメイトの男子が叫ぶ。

「あなたは有野さんの役に立ちたいんじゃないんですか?! 何故楠さんを庇おうとするんですか!」

 前橋さんが苛立たしげに僕を責める。

「ぜ、全部関係ない……! かわいそうだから、かわいそうだって言った、の……」

「なんなんですかそれは! そんなふざけた理由で私たちが間違っているというんですか?! 結局佐藤君は楠さんが可愛いからって庇おうとしているんでしょう! 黙っていてください!」

 黙れ! とか、消えろ! とか、ウザい! とか。今度は僕が罵られる。
 罵られているはずなのに、少しほっとしている僕がいる。みんなの注意を楠さんからそらすことができてよかったなと思っているんだ。

「みんな、ま、間違っていると、思うんだけど……その、僕だけ?」

「佐藤君だけです! 死んでください!」

「し、死にはしないけど、その、おかしいよ……。責めることはないよ……ね?」

「責めずにいられますか! 期待が大きかった分、失望も大きいんですよ! これは罪です! ギルティです!」

 前橋さんにつられてみんなの表情が険しくなる。それで僕を睨み付ける。

「誰が間違っているかはあなたに言われなくても分かりきっています! 正義は私たちにあります! 私たちは間違ってなどいません!」

 人だかりのあちこちから賛同の声が飛んでくる。それに背中を押されたのか前橋さんがどんどんと僕を責めたてる。

「私たちが間違っているというのであればどこがどう間違っているのか説明してください。説明できないのであれば黙って勉強でもしていてください!」

「そ、その、どこが間違っているかって、聞かれたら、その、困るけど……」

「だったら黙ってなさい! 邪魔ですよ佐藤君! 今忙しいんですから、邪魔はしないでください!」

「そ、そんな。人を泣かせるのに邪魔とか、酷いよ……」

「いい加減黙れ! いいからその高い位置から見下ろすのを止めて一人トイレでお弁当でも食べてなさい!」

「も、もう、お弁当食べちゃった」

「そんなの知るか!」

 そうですよね。

「楠さんは最低のクズです。それを庇おうというのなら、佐藤君もクズ認定しなければなりませんが……!?」

 前橋さんの言葉に、その後ろに立っていた楠さんが俯いた。また心が傷ついたんだ。

「……前橋さん。そう言う言葉、人に使わない方が、いいと思う」

「本当のことを言っているだけです! 本当のことを言って――」

「悪いに決まってるよ!」

 自分の手が痛くなる位強く目の前にある教卓を叩いた。
 ざわついていた教室がまた静かになった。

「楠さんが何をしたって言うの?! そんな言い方されるようなことしてないよ!」

「……しているじゃないですか。みんなを口汚い言葉で罵っていたではないですか。陰でこそこそとこんなこと言う人間最低でしょう」

 違う。それは違うよ。

「……だったら、みんなはどうなの……」

「どういう意味ですか」

「みんなは、人の悪口言ったことないのかって聞いてるの。悪口くらい、みんな言うよね」

「……それはそうですけど、無差別にみんなの悪口を言うわけないじゃないですか。それにこの楠さんの悪口は最早言いがかりですよ。媚を売るとか、べたべたするとか。そんなつもりないのにそう言う風に言われたら誰だって腹を立てるでしょう」

「……楠さんがそう感じたのなら、そうなんだよ。楠さんがどう取ろうと、楠さんの自由だと思う」

「なんですかそれは! 勘違いで悪口を言われて貶められるなんて堪ったもんじゃないですよ!」

「誰も貶められていないと思うのは、僕だけなのかな……」

「貶めているじゃないですか! ここに証拠もあります!」

 前橋さんが僕に携帯を突きつけムービーを再生する。聞こえてくるのはやっぱり楠さんの声。

「でもそれ……盗み撮りでしょ……? それを見て貶されたっていうのは、勘違いだよ」

「なーにが勘違いですか! しょ・う・こ・が! ここにあるじゃないですか! 現に今も悪口を言われて貶められ続けていますよ!」

 イライラが限界に達する直前なのか、携帯を持つ手が震えている前橋さん。
 でも、間違っているのは前橋さんだ。

「だって、一人で悪口を言っているんだよ? それは、悪口にならないでしょ?」

「何を言っているんですか? 意味が分かりません。このムービーが見えないんですか? 貶されていますね、私達。何名かは名指しで貶されています。それが悪口ではないと?」

「だって……一人で言っているし……」

「だぁかぁらぁ! 説明してくださいと言っているんです! 一人で悪口を言っていることは何故貶すということにならないんですか! それを納得できるように説明しろと言っているのに、あなたは本当に頭が悪いですね!」

「う……。そ、そうだよね、説明がなきゃ納得できないよね……」

 頭が悪いと言われてしまった……。僕が悪いから仕方がないけれど……。

「あの、楠さんのそれは、みんなが心の中で思うのと、同じだと思うんだけど……」

「意味が分かりません! この国の言語で話してください!」

「え、そ、その、僕、一応日本語で言ったつもりだったんだけど……、その、ごめんね。なら、もう一回。一人で言う悪口は、心の中で思うことと、同じなんじゃないかなーって」

「全く同じ説明を二度もしないでください!」

 なんか理不尽だよ。

「なんですかその理論は? 同じじゃないでしょう! ここにこうやって証拠映像が取られているんですから!」

「そ、それはたまたま前橋さんがそこに居合わせちゃっただけで、楠さんは別に誰かに対して言っている訳じゃないんだから、みんなが心の中で思っているのと同じでしょ? ただそれを口に出すか出さないかで、別に誰かとその悪口を共有しようとしていないんだから。悪口は、人に伝えて始めて悪口になると思う。事実でも、嘘でも、誰かに悪口を伝えることによって相手を貶められるんだよ」

「でも現にここにムービーがあるんですよ!」

「ま、前橋さん。だからそれは違うんだってば。えっと、それは、その、心の声だから、悪口じゃないよ。みんなだってそうでしょう? 友達と本音を言い合える人は何人いる? 相手のムカつくところとか、気に入らないところとか、間違っていることを指摘しあえる関係を持っている人はこの中にいる? いないはずだよ。みんな心の中では少なからず相手の嫌なところの文句を言っているはずだよ。ただそれを、楠さんは声に出しただけなんだ。誰に伝えようとしたわけじゃあないし、そもそもみんなのことを悪く言おうと思ったんじゃないよ。ただの心の声。みんなが考えているのと同じこと。聖人じゃあないんだから、きっと、誰にでも思うところはあるよね」

 僕の説明を聞いて、前橋さんが呆れたように大きなため息をついて言う。

「ですからぁ……、もうそんなことはどうでもいいんです。ええ、分かりました分かりました。楠さんは悪口を言っていませんね。はいそうですそうです。でも、そうだとしてもですね、楠さんがどう思っているのかが分かってしまったじゃないですか。クラスのみんなを馬鹿にしているということが分かってしまったではないですか。ええ、確かに私達だって誰かに何かしらの不満は抱いています。でもそれは誰にもばれていない。ばれたら険悪になってしまうと分かっているから心にしまっています。でも楠さんはそれがばれたんです。悪口かどうかじゃなくて、楠さんがみんなのことが嫌いと言う事実だけで、我々は責める権利があると思うのですが」

 さっきと論点が変わっているよ。でも、前橋さんの言っていることは正しい。最後を除いては。

「せ、責める権利は誰にもないと思う……。みんなだって、結構酷い事、してるよね……?」

「なーにを言っているのですか! 酷い言いがかりですね! 佐藤君のそれの方が酷いことじゃないですか! 私達が何をしたというんですか!」

「えっと、その、たとえば、僕のことだけど、楠さんは関係ないけど、僕のことを殴ったり、僕のことを悪く言ったり……」

「それがなんだというのですか!」

「えっ。だ、だから、人の事言えないんじゃないかなって……」

「かんけーないですね! 君はバカにされても仕方のない人間ですからね!」

 う、今もひどいこと言われたよ。もしかして僕は、前橋さんを責める権利があるのかな?
 責めないけど……。

「顔を殴ることより、ハサミを突き立てる事より、本を切り裂くことより、楠さんのしていることは酷いことじゃないよ。そういうことする人は、人の事責められないよ」

「あーはいはいはいはい。そうですね! ハサミを突き立てたり君の本を切り裂いたりした私は君を責める権利はないですね! でもそれは君を責める権利です! 我々は楠さんに対して何もしていないのですから責める権利はあるはずです!」

 楠さんを指さす前橋さん。
 気に入らない。本当に気に入らない。

「嘘だよそれ」

 僕は聞いたんだ。

「何が嘘ですか!」

「僕、知ってるよ。みんなが、雛ちゃん経由で楠さんに文句を言っているの」

「……」

 初めて前橋さんが黙った。
 ちらりと雛ちゃんの方を見てみる。ぽかんとしていた。
 黙る前橋さんに視線を戻す。

「そう言うことをしている人は、今していることを恥じるべき。もともと楠さんのことが好きじゃなかったんだから、その人に嫌われていると分かったからって責める必要ないでしょ」

 うぐぐ、とうなって前橋さんがいう。

「確かに、そう言う人もいました。私も心を痛めていました。有野さんにそんなことをさせるなんてひどいと。でもですね、君がそういうのなら、楠さんを本気で信じていた人たちは責めてもいいということになるのでしょうか? ここにいる人の大半は楠さんに対する文句を言ってないはずです。つまり、その人たちは責めてもいいということになりますよね?」

「そもそも、人の好き嫌いに文句を言う権利なんて誰にもないんだよ。みんなが言っていることは、自分のことを好きじゃないなんてありえないってことでしょ? 自分のことを好きじゃなかったのはいけないことだって言ってるんだよ? 無理やり好きにさせるって、おかしいよ」

 やっと話がまとまってきた気がする。
 クラスメイト達はみんな顔を見合わせ僕の言い分を納得していいものかどうか逡巡している。
 あと一歩だ。

「好き嫌いには文句言えないよ。だから嫌いになった人は嫌いになればいいし、それでもまだ好きだっていう人は好きでいればいいだけなんだ。楠さんを泣かせるのは、間違っているよ」

 無言の教室。みんな納得してくれたみたいだ。
 前橋さんも納得してくれたのか、悔しそうに僕を睨み付けている。
 怖い。
 僕を睨み付けたまま携帯をしまった。
 そして、

「……分かりました。責めることはやめましょう」

 やった! 楠さんを責めさせることを防げたよ!
「しかし」と、前橋さんが続ける。

「委員長にはふさわしくないのは事実。その役職から降りていただきましょう」

 これにみんなも賛同する。
 ……あれ? もしかして僕、何も解決できていないんじゃないかな?
 嫌いになりたい人だけ嫌いになればいいって言ったけど、みんな楠さんのこと嫌いになっちゃうんじゃないかな……。そんなの僕望んでないよ! みんな仲良くっていう未来を望んでいたのに!

「では、とりあえず次の委員長は有野さんで――」

「ま、待って待って!」

 勝手に進んでいく話に割って入る。

「なんですかうるさいですよ。委員長には一番信頼されている人間が就くべきです。今の楠さんを信頼している人間はゼロなんですから、当然代わりに有野さんが天下を取るべきです」

 天下って……。そう言えば前橋さんは雛ちゃんに天下を取らせたいみたいなことを言っていたね。

「その、あの、みんな、楠さんと仲良くしようよ。ね?」

「無理です。嫌っている相手と仲良くしようだなんて思いません」

「でも、みんな今酷い責め方したし、お互い様っていうことには、ならないかな……?」

「なるわけないでしょう何言っているんですかバカ」

 バカって言われた……。
 って落ち込んでいる場合じゃない。

「その、あ、あの、えっと……」

「うつむいてもごもご言っても何も聞こえません。こっちを見てはっきりとしゃべってください」

 こういうとき、どうすればいいんだろう。
 きっと、ライトノベルの主人公なら心に響くことを言って華麗に解決して見せるんだろうな。
 もしくは回転の速い頭をフルに使ってうまい事切り抜けたりするんだ。
 でも僕は主人公になり得る要素を持っていないし、心に響く言葉も持っていないし、頭の回転なんて回転寿司のお皿より遅いんだ。何事もなく切り抜けるなんて僕にはできないんだ。

「えっと、だから……」

「なんですか? 何もないのなら黙っていてください」

 特殊能力を持っている主人公ならみんなの記憶を消したりするんだ。人望のある主人公ならきっといろんな人が助けに来て丸く収まるんだ。でも僕は特殊能力なんて持っていない。人望だってない。何もないよ。
 少しだけ顔を上げ雛ちゃんの顔を見た。
 力強い目で、僕を応援するように見つめてくれていた。
 次に僕は楠さんに目を向ける。
 涙のたまった目で僕を見ていた。楠さんには似合わない不安そうなすがるような目。
 僕は思わず目をそらしてしまった。
 ヒーローじゃない僕に、何ができるのだろう……。
 いっそのこと、隕石でも振ってきてくれれば……。
 ……。
 頭を振って現実に戻ってくる。
 そんな不幸な終わりは誰も望んでいない。
 みんなが幸せになりたいんだ。
 この状況で何とかしようとしているのは僕しかいない。だから、僕しか何とかできないんだ。
 クラスメイトたちを仲良くしようとしているのはこの教室で僕だけ。その目標に一番近いのは僕なんだ。僕だけそれに向かって足を踏み出しているんだ。一歩だけだけど、一歩も動いていないみんなと比べたら、僕は平和に一番接近している人間なんだ。
 僕だけしか、手が届かないんだ!
 僕はみんなを見渡した。
 ……どうしよう。
 決心を固めたところで何も思い浮かばない……。
 ……あぁ、きっと、漫画とかの主人公なら、何とかして見せるのに……。
 そう言えば、この世で一番主人公に近いと言っても過言ではない沼田君はどうしているのかな?
 見てみると、腕を組んで僕を見守っていた。
 目が合うと、一度頷いてくれた。
 ゴメン。意味がよく分からないよ。
 ひょっとして、僕ならできるとか、そう言う過度な期待を抱いてくれているのかな。
 まっすぐな目に耐え切れなくなって小嶋君に目をずらした。
 寝ぼけ眼で雛ちゃんを見ていた。
 ……。うん。
 僕が何とかしなければ。
 みんなを見る。
 みんな僕の言葉を待ってくれていた。
 こいつはなんと言うのか、どんな馬鹿なことを言うのかと、待っていた。
 こういう時、主人公なら、主人公なら。
 ――僕は主人公じゃないけれど。
 そういう物語ならいくつも見てきた。
 ――僕は主人公にはなれないけれど。
 主人公がこういう時になんて言うのかは、分かるんじゃないかな。
 妄想してきたじゃないか。
 教室に暴漢が入ってきたらこうしようとか、お化けが出てきたら漫画で覚えた呪文を唱えてみようとか、いつか超能力が目覚めるのではないかとか妄想してきたじゃないか。
 今日のこれだって、いつか妄想したはずだ。可愛いクラスメイトのピンチを僕が華麗に救って見せる。そこから始まるラブロマンス。
 主人公がこういう時なんて言うのか。
 ――僕は主人公にはなれないけれど。
 主人公の真似ならできる。
 少し前に読んだもん。
 僕はできる限り、精いっぱいの凛々しい顔でみんなを見渡す。
 こういう時は、主人公ならこういうんだ――


「――可愛ければ、なにをしてもオッケーだと思う」


 ……。
 ……。
 え?

「…………は?」

 前橋さんが理解できないと声を上げただけ。教室内は今まで以上に凍り付いてしまった。
 え? あ、あれ? 僕今なんて言ったの? え? 顔がすべて的なニュアンスのこと言ったよね? ち、違うんだよ? これは、僕の言葉じゃなくて、この前読んだハーレム系の物語の主人公が、美少女しかいないコミュニティで、そのコミュニティのみんなを仲直りさせようとして言ってたんだよ? 真似しただけだよ? 今の僕の状況に似ているから、応用できるかなって、思っただけだよ?

「君は何を言っているんですか? 今本気で密室殺人のトリックを考えてしまいました」

「う」

 ……。
 ……。
 ……
 僕のバカ!
 間違いなく選択ミスだよ! 最低の答えだよこれ!
 ふー! 危ない危ない! 選択肢前でセーブしておいてよかった! 早くロードし直さなきゃね!

「ろ、ロードは、どうすれば……」

 あ、あれ? ロードは……ロード……。

「優大……。お前、何言ってんだ?」

 いつの間にか雛ちゃんが僕の傍に立っていた。顔はとても優れない。

「ひ、ひ、雛ちゃん……」

「お前、それ最低だぞ。可愛ければ全部許されるってのか?」

「い、いえ、そんなことを言いたかったわけではなくてですね……」

「結局お前は顔か。人を顔で選ぶのか」

「ちがいます……。ごめんなさい……」

「お前、人を見た目で判断するなとか言っておいて、自分はそれかよ。なぁ、その考えやめようぜ? 私、悲しくなっちゃうわ」

「……ごめんなさい……」

「みんなに謝れ」

「はい……。みなさんごめんなさい……」

 みんなに謝ったけれど、何の反応も無い。冷たい顔を僕に向けていた。

「……えーでは、とりあえず佐藤君には何も考えが無いようなので、委員長は有野さんということで」

 前橋さんが勝手に話を進めていた。楠さんが皆に嫌われることは避けなければ!

「ま、まって! まだ、僕の話は終わってないから!」

「ゆーた! いいから! 優大はこっちにこい!」

 雛ちゃんが僕の首に手を回す。雛ちゃんの体は柔らかいなぁとかそんなことを考えている場合ではない!

「あ、あ!」

 そのまま雛ちゃんに教壇から引きずりおろされる。一瞬見えた楠さんはあきれてものが言えない様子だった。首を掴まれたままずるずると引きずられどんどん人だかりから離されていく。
 う……!
 これじゃあ、ダメだよ!
 僕何もできていないよ!
 こんなの、みんな不幸になるだけだよ!
 なんとか、しなきゃ!
 楠さんは――僕の友達なんだから!

「あ、あの! 僕!」

 何とか声を出す。でももう誰も聞いていない。

「優大! もう諦めろ!」

 雛ちゃんが怒ったように言う。

「ぼ、僕、実は!」

 でもあきらめちゃだめだ。

「この……いい加減に……!」

 僕しか、何とかできないんだから。



「僕実は楠さんを脅しているんですー!」



 思わずそう口が動いていた。
 実際に自分が脅されているから、多分それに関係した嘘がとっさに出てきてしまったんだ。
 その結果。
 本日何度目か。教室内が静寂に包まれた。
 しばらく僕の首をロックしたままフリーズしていた雛ちゃん。

「……優大、お前何言ってんだ?」

 困惑した様子の雛ちゃんが、僕の首に巻きつけていた腕を離した。
 みんなも僕の顔を見て何が言いたいんだと目で言ってくる。

「優大、昨日は脅されているって言ってたじゃねえか。でも、いま、優大が若菜を脅しているって言ったよな?」

 いろんな感情が混ざっているみんなの目から逃げるように、僕に問いかけている雛ちゃんの顔を見る。
 困ったような怒ったような顔。

「そ、そう、そうなんです。昨日雛ちゃんに言ったのは全部ウソ! 実は、僕が一番悪いんです!」

「……何言ってんだお前。なんで優大が若菜を脅しているんだよ」

「そ、それは、とんでもない秘密を、握ってしまったから……、脅そうと……」

「優大がそんなことするわけねえじゃん。嘘だろそれ」

「う、嘘じゃないよ! ぼ、ぼ、僕だって、おお男だから、その、あの、えっちな、命令とか、したり……するの! かな……?」

 瞬間で雛ちゃんの表情が変わった。

「あぁ?! えっちな、命令、だぁ……? ……ゆうたぁ? 嘘だよなぁあ?」

 にこにこぴきぴき。
 今日僕は死ぬかもしれません。

「う、うう、嘘じゃ、ないよ!」

 とりあえず後ずさって雛ちゃんから少し距離をとった。
 後ろから前橋さんの声が聞こえる。

「とんでもない秘密とはいったいなんですか?」

 声の方を向く。
 人だかりが割れて、僕の方を見ている前橋さんの全身が見えていた。

「その脅している材料を教えてくださいよ」

「そ、それは、とんでもないから言えないよ!」

「何故今それをばらしたんですか?」

「う。ど、どうでも、いいでしょ! と、とにかく、楠さんがみんなの悪口を言っていたのは、僕の命令だったんだ! あそこで悪口を言ってって僕が命令したの! だから、僕が悪いの!」

「それ、嘘ですよね? 楠さんを庇うために嘘ついていますよね?」

「嘘じゃないよ! そう言う事情でもない限り、楠さんがみんなの悪口を言うわけないじゃない! あの楠さんだよ?! 誰かに脅されているとか、複雑な事情がなかったら、みんなの事嫌いとか言うわけないよ!」

「嘘ですよ。どう見ても庇うために嘘をついていますよね。嘘をつくのならもっとまともな嘘をつけばいいのに、君はやっぱりバカですね」

「ほんとに本当だよ!」

「嘘じゃないのなら証拠を見せてください」

「え、しょ、証拠……」

 証拠って言われても、僕脅してないし……。

「あ、そ、そうだ! 今日、一緒にお弁当食べたよ! 僕の命令に、逆らえないから!」

 証拠になるかな?

「何を言っているんですか君は。証拠になるわけないでしょう」

 ですよね!

「う……。な、なら、そうだ。アドレス、アドレスは? 男子で、アドレスを知っているのは僕だけだよ!」

「……まあ、それは確かにおかしいですけど……、でも証拠と言えるようなものでもないですよ。ただ仲がいいだけじゃないですか。仲がいいからアドレスを教えるし、一緒にご飯を食べる。証拠にはなりません」

「う、うう……! 証拠なんて……」

 証拠。
 ……証拠と言えば……。
 あ。

「そうだ! 決定的なものがあるよ!」

 僕は携帯を取り出して例のデータを探した。
 ディスプレイに映し出されるそれ。消さないでとっておいてよかった。
 いつみても恥ずかしい。
 う……。でも、これを見せてもいいのかな……。楠さんにとっても迷惑なんじゃあ……。
 ええい! 恥ずかしがっている場合じゃない!

「こ、こ、これを見れば、僕が楠さんを脅しているって分かるはずだよ!」

 僕はみんなに向けて携帯を突き出した。でも距離が離れすぎているせいでみんな僕が何を見せているのか分からないみたいだ。

「こういう、酷い命令をしても、楠さんは断れないんだ! これがその証拠! だから、みんなの悪口を楠さんに言わせるくらい、僕にかかれば簡単なんだよ!」

 みんなが見に来ないのなら、僕の方から近づこうと思ったけれど、後ろから肩を掴まれてそれができなかった。

「優大?」

 …………怖い。

「優大? まず私に見せてみろ?」

 優しい雛ちゃんの声。

「う、う、うぅ……!」

 みせるしか、ない。

「こ、これが、僕が脅している証拠です……」

 振り向き、雛ちゃんに携帯を渡した。
 携帯がみしみしと音を鳴らす。
 雛ちゃんの周りの空気が歪む。
 ギンッと、僕をにらみつける雛ちゃん。


「……………………優大」

「はははい」

「………………………………殺す!」

 最後に見たのは、教室の天井と、僕を囲んで見下ろしているクラスメイト達。たぶん、吹き飛ばされたんだと思う。
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