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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第一章 キョーハク少女
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小嶋君とアニメ

 七月七日。

 七夕だ。

 年に一度織姫と彦星が出会える素敵な日。

 短冊に願いを書けば僕たちの願いを叶えてくれる素敵な日。

 年に一度の恋人との再会なのに、僕たちの願いをかなえてくれようだなんてすごいね。見習いたい。

 とりあえず今日学校から帰ってきたら頭が良くなりますようにって短冊を書いておこう。

 これでテストはばっちりだね。

 おっとっと。卵焼きが焦げちゃう。

 四人分のお弁当と朝ご飯を作り終え、家族が勢ぞろいした食卓につく。平日一緒にご飯が食べられるのは朝くらいだ。少しさみしい。夜は大体お姉ちゃんと僕と弟の三人だけだ。忙しいのは分かるけれど、あまり無理はしないでほしい。

 でも恥ずかしいから言葉にはできない。

 いつかは伝えたいな。


「兄ちゃん。また隣町がニュースになってるよ」


 弟が指さす先を見る。


『――小学校のガラスが大量に割られるという事件が、ここ――』


「物騒だね」


「うん」

 隣の街なのになんでここまで治安の差が出るのだろうか。この前も誰かの命が奪われていたし、その前も交通事故が……。危ない世の中だ。負の連鎖が続かなければいいのだけれど…………。…………お、お姉ちゃん、苦しい、苦しいから。

 何故か僕の口にパンを押し込んでくるお姉ちゃんを何とかなだめて再びテレビに視線を戻す。

 あ、今日の占い、天秤座が一位だ。きっと幸せな一日になるね。

 占いのおかげでとても清々しい気持ちで家を出ることができた。





 僕の世界はとても狭くって、定員は一人だけだった。

 僕はそこで本を読んだり、アニメを見たり、パソコンをしたりして過ごしていた。

 それを心の底から、悲しいとか、寂しいとか、つらいだなんて思ったことはない。

 だって、僕はその狭い世界しか知らないのだから。

 他の世界を見たことが無いから、それが普通だと思っていた。

 狭い狭い半畳の世界が普通で、たまにそこから出て誰かと過ごし、また半畳の世界に帰ってくるものだと思っていた。

 美人とか、勉強ができるとか、運動ができるとか、人気があるとか、人がいくら集まろうと、なんだかんだ言っても、結局は最後に狭い世界に戻っていくのだと思っていた。

 最後は結局一人なんでしょ?って。

 一人の時は自分のことしか考えていないんでしょ?って。

 でも全然違った。

 楠さんに脅された時は、キスをされてドキドキしてずっとそれが忘れられなくて。

 雛ちゃんと親友に戻れた日はずっと嬉しくて顔がにやけっぱなしで。

 一人になっても一人じゃなかった。

 それを知れたことはきっとこれからの人生の中で重要な意味を持つことになる。

 きっと、勇気を出せばもっと世界が広がるのだろう。

 半畳の部屋から抜け出せるのだろう。

 勇気は扉を開ける力なんだね。


「佐藤……」


 下駄箱を開け、靴と上履きを交換したところで、いつものように小嶋君に声をかけられた。


「おはよう」


 へらへら挨拶する僕とは対照的に小嶋君の顔はとても怖い。

 ま、まずい気がする。


「ちょっと、こい」


 指をくいくいと動かしどこかへ先行していった。

 ……。

 嫌な予感しかしないよ……。





 僕が連れてこられたのはいつものように校舎裏。

 ここではいい思い出が無い。

 痛い思い出だけだ。

 校舎裏。

 いい思い出のない校舎裏。

 そこで早速土下座で謝る。


「すまなかったぁー!」


 小嶋君が。


「ななななんで?! やめてください!」


 慌てて体を引き起こす僕。当然だよ。こんなのだれも望んでないよ!

 いくら引き起こそうとしても僕と小嶋君とでは力の差がありすぎてびくともしない。

 こんな時に自分の非力さが恨めしい。

 訳が分からないよ! なにこれ?!


「なんで小嶋君が僕のような下賤な人間に頭を下げているの?! 間違っているよそんなの!」


「後半のセリフ主人公っぽいのに前半情けなさすぎだろ」


「早く頭を上げて! お願い!」


 こんなところ見られたらみんなに怒られてしまうよ!

 でも小嶋君はかたくなだった。


「いや俺は頭を上げられねえ。お前の顔をまともに見れねえ」


「なんで……!」


「何でもなにもねえだろ。俺は佐藤に酷い事をした。悪かった」


「ゆ、許すから、頭を上げて……!」


 そもそももう気にしてないから!


「……いいのか? あんなひどいことをした俺を許してくれるのか……?」


「ゆ、許す、許すから、お願いだから頭なんて下げないで」


「うう……。なんて優しい奴なんだ……」


 ごしごしと目をこすりながら立ち上がる小嶋君。


「あの、それを気にして、元気ないの……?」


さっきから妙に元気のなかった小嶋君。僕のために落ち込んでいてくれたのならうれしい。


「え? あ、いやこれはアニメを二周見たから寝不足で」


 二周?! 2クール二周!? そりゃ寝不足にもなるよ!


「アニメも馬鹿にしてたけど、面白いな」


「え、面白いの?」


 つまらないと思っているのかと感じていたけれど、そんなこともなかったんだね。


「面白い。アニメなんて萌えとかそんなの、なんか気持ち悪いと思ってたけど、そんなものばかりじゃねえんだな。昨日借りたやつ、なんだアレ? 面白すぎだろ……」


「あ、よ、喜んでくれてたんだ……」


 よかった……。作戦成功だね。


「やべえだろあのシュイタンズゲートってやつ。もう一周見てえよ。見ていいか?」


「う、うん」


「サンキュウ。あ、今日も持ってきてくれたんだろ? それも貸してくれよ」


「う、うん」


「でさぁ、佐藤は俺の為を思ってガキ臭くないアニメを持ってきてくれてるんだと思うけどさぁ、次は萌えっていうのを貸してくんねーか? ちょっと見てみたいんだよなー」


「う、うん」


 なんだか、予想以上にはまっていて、國人君がかぶるよ。


「頼んだぜ! 楽しみにしているからな!」


 若干陰の見える、元気な笑顔を見せて、二度僕の肩をたたき小嶋君がスキップ気味に戻って行った。


「……。うん。作戦、成功だよね!」


 ……いいこと、だよね?

 小嶋君の人生、狂ってきてないよね?


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