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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第一章 キョーハク少女
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優しい勘違い

「席につけー」


 いつものセリフを言いながら先生が朝の教室に入ってきた。

 みんなが席に着いたのを確認して先生が今日の連絡事項を伝える。

 いつも通りだね。


「えーっと、今日から七月に入ったわけだが」


 え、もう七月? 気づかなかった。


「来週からテスト週間に入って、部活は全面禁止に――」


 テスト週間か。

 期末テストが七月十一日、十二日、十三日の三日間で行われて、その一週間ほど前の七月四日から十日までの七日間がテスト週間になる。先生も言っていたけれど、この間は部活動禁止。放課後がとても静かになる一週間だ。部活のせいで勉強に時間が割けない人はこの一週間に全てをかけている。頑張ってもらいたいね。

 僕は部活なんかしていないのに普段勉強していない怠け者なので、僕もこの一週間に全てをかけている。頭が良くなりたいよ……。


「テストが終われば夏休みに入るわけだが、そこでだ。楠と有野と佐藤には、文化祭で何をするのかを考えていて欲しいんだ。夏休みに文化祭の準備をするのが通例になっているからな。準備をはじめないところもあるが、年に一度の文化祭、われらが一年六組は気合を入れて行こう」


 文化祭。

 文化祭は確か十月の第二週の土・日だったかな。

 八月から準備をするなんて、気合が入っているね。


「テスト勉強も大切だが、出来れば夏休みに入る前に何をするのかを決めておきたい。勉強の合間でいいから、こっちの方もよろしく頼むぞ。楠、有野」


 僕は華麗にスルー。確かにいいアイデアなんか出せないけどさ……。


 

 と、言うわけで。

 放課後、楠さんの呼びかけにより、急遽委員長会議が開催されることになった。

 誰もいない教室で四人固まって座る。

 え? 三人じゃないのか? 一人多い?

 うん、何故だか前橋さんがこの場にいるんだ。委員長っぽい見た目だからいてもいいよね。僕の方が場違いだし。


「三人は何かやりたいことある?」


 楠さんが机に置かれたルーズリーフをシャーペンでコツコツと叩く。


「私は別に」


「有野さんが別に無いのなら私も無いです」


「なるほどなるほど。佐藤君は?」


 僕も特にこれがやりたいって言うのは無いけれど。


「僕は、なんでもいいよ」


「そっか。なら、メイド喫茶と……」


 何故か楠さんが分からないけれどメイド喫茶と書いていく。


「ちょっと待て! メイド喫茶なんて嫌に決まってるだろう!」


 雛ちゃんが猛然と抗議する。恥ずかしいよね。


「有野さんが嫌がっているんですから私も嫌です!」


「え、別にやりたいことが無いって言ってたから何でもいいのかと思って」


「やりたいことはねえけど、やりたくないことはある。それはその筆頭だ。誰がメイド服なんて気持ちわりぃもん着るか!」


「私だってごめんです! 着るのなら楠さん一人で着てください!」


「当然私だって嫌だよ。だから、みんなで一緒に考えよ?」


 楠さんがにっこりと雛ちゃんに微笑みかける。

 雛ちゃんは大きくため息をついて「分かったよ」と言った。

 ……楠さんと雛ちゃん、それほど仲が悪いようには見えないね。


「佐藤君もなんでもいいとかふざけたこと言わないでちゃんと考えてね」


「あ、はい。分かりました」


 笑顔が怖い。


「じゃあ何かいいアイデアはあるかな? みんながやりたがっていることってなんだろうね?」


「やっぱりサテンとか飲食系の店じゃねーの。私は嫌だけど」


「当然私も嫌です!」


「え? 二人はどうして嫌なの?」


「面倒くさそうじゃん。別に対して稼げるわけでもねえだろうし、それなら忙しいことしたくねえ」


「私もそうです!」


「なるほどね。佐藤君は飲食系どう思う?」


「え、うん。僕は、別に、飲食系でもいいよ。みんなもやりたがるだろうし」


「君の意見を聞いているのに他の人のことを考えてどうするの」


「あ、そうだね……ゴメン」


「別に怒ってないからいいよ。とりあえず、どんなものがあるのか出していこう。他に何かあるっけ?」


「んーオーソドックスなところで行くとお化け屋敷とか劇とかか? でもどっちも面倒くせえなぁ……」


「そうですよね! 私もそう思います!」


 前橋さんはやっぱり雛ちゃんと仲がいいなぁ。


「あとは展示とか、発表とかかな……。佐藤君は何か思いつく?」


「えーっと……、僕は特に思いつかない、です」


「あっそ。やっぱりこの中から何か選ばなきゃいけないのかな。飲食系、演劇系、展示系、研究発表系。一旦この中からクラスのみんなに選んでもらおうか」


「そうだな。それがいいな」


「いえ、私は有野さんがすべて決めるのがいいと思うんですが……」


「そうなったらこのクラスは文化祭不参加になっちゃうからダメだな」


「では不参加で行きましょう!」


「駄目に決まっているでしょう」


 楠さんが苦笑いを見せた。


「不参加は冗談としても、やっぱり私は楽なもんがいいなぁ。優大も楽なもんがいいよな?」


「そう、かな? せっかくの文化祭だし、忙しくっても、僕はいいけど……」


「有野さんの言うことを否定するんですか?! 佐藤君ふざけています!」


 うう! 前橋さんに怒鳴られた! 正直前橋さんに怒鳴られるのが一番怖いよ!


「まあまあ落ち着いて。確かに、せっかくの文化祭なんだから一生懸命やろうよ、ね? 有野さん?」


「あー。まあそうだな。私一人の文化祭じゃねえし、楽なのがいいとかはもう言わねえわ」


「さすが有野さん……。心が広すぎます……! 好きです有野さん!」


「はいはい」


 ……もしかして、百合?

 とか考えたらダメだ! 友達をそんな目で見たらダメだよ!


「では、とりあえず時間が取れた時に私がクラスのみんなに何系がいいのか聞いてみるから。次の話し合いはその系統の中でどんなものがあるのかを考えてみよう。大体何があるのかを私達で決めておけばクラスでの話し合いがスムーズに行くと思うし」


「そうだな」


「じゃあ早いけど今日はこれで終ろうか。これ以上話が進むわけでもないし。次はクラスのみんなでどんなものをするのかを決めてからでいいよね」


「んー。分かった」


 楠さんが僕をちらりと見る。僕も何も文句が無いので頷いた。


「よし。それではまた次の機会に。でも、佐藤君」


「?」


 楠さんが無の感情を見せる。


「佐藤君もっと積極的に話し合いに参加してよ。促されてからじゃなきゃ発言しないとか、面倒くさいからやめてよね」


「あ、ご、ごめん……」


「自分のわがままも出していこう」


 そういって少しだけ笑った。


「うん」


 そうだった。そっちの方が楽しい人生になるってこの前楠さんに教えてもらったんだ。少しは自分の意見を通す努力をしよう。


「今日は突然集まってもらってごめんね。でも多分次の開催も突然になると思うから許してね」


「……。……ああ、分かった」


「さすが有野さん……。物わかりが良すぎです……! 好きです有野さん!」


「はいはい」


 次は、積極的に行かなきゃね。





「優大」


 解散した後、一人下駄箱へ向かって廊下を歩いていたところを雛ちゃんに引き留められた。


「どうしたの?」


 振り向き雛ちゃんの顔を見る。その顔はすぐれない。


「え、な、何かあったの?」


 もしかして、また僕が何か粗相を……?!


「いや……」


 雛ちゃんが一度辺りを確認して僕に聞いてくる。


「お前、若菜と何かあったのか?」


「え?」


 何かって、何だろう?


「特に何もないけど……」


 最近はまともに声かけてもらってないしね。お弁当も一緒に食べてないし、僕は小嶋君にDVDを貸そうと躍起になっていたし。


「どうして?」


「……なんかさ、さっきの話し合い中若菜がお前に対して刺々しかったから……」


「え? そうだった?」


 いつもの楠さんより優しかったけど……。

 って、そうだ。


「ぼぼぼ僕は何も知りません?!」


「やっぱり何かあったんだな?!」


「何もないですよ?」


「嘘つけ!」


 もう慣れてしまっていたけれど、僕は楠さんに脅されているんだった。忘れてた。

 それのせいで楠さんは僕と二人きりの時ストレートな感情で接してくるのだけれど、その態度が今日少し漏れ出してしまったみたいだ。雛ちゃんはその違和感を感じ取ってしまったようだ。うぅ、ばれたらまずいよ。僕が楠さんに酷いことをしたってばらされてしまう……。……してないのに……。


「なんか若菜の奴、お前のことを見下していたみたいだったよな……」


「そ、そうかな? 普通だと思うけど。それに、見下されても仕方がないし」


 僕だしね。


「……もしかして、小嶋がお前を殴ることと関係してんのか?」


「え、それは関係ないよ?」


「……。……やっぱりお前を殴ってたのは小嶋だったんだな」


 あ、しまった。ばらしてしまった。誘導尋問にひっかかってしまった……。


「で、でも、小嶋君は、多分もう殴ってこないと思うから、大丈夫だよ」


「……朝なんか貸してたもんな……。……私も借りたかったのに……」


 落ち込んでいる雛ちゃん。そう言えば何も説明していなかった。


「大丈夫だよ雛ちゃん。あのDVDより画質のいいものが國人君の部屋にあったから。それを貸してもらえば見れるよ」


「誰があんなデブから借りるか。私はお前から借りたかったんだよ。お前から借りなきゃ意味ねえよ」


 え……。僕から借りたかったって……、それって……もしかして……もしかしなくても……。

 ……それほど國人君のことを嫌っているってことだよね……。

 悲しいよね……。

 落ち込みうつむいていた雛ちゃんが引き締めた顔を上げた。


「そんなことより今は若菜のことだ」


 う。


「だ、大丈夫だよ? 何も、何もないよ?」


「嘘つくな。私とお前の関係だろ、遠慮せずに何でも相談しろよ」


「う、うん。でも、本当に何もない、から……」


 適当に笑ってごまかそうとしたけれど。


「優大」


 雛ちゃんが僕の両肩を持って真剣な表情で見つめてくる。


「お前が悲しい思いをすると私も悲しいんだ。お前が嫌なことされると私も嫌なんだ。言えないようなことされているのかもしれねえけど、私たちは……親友、だ。何も隠さないで相談してくれ。若菜に何をされているのか想像もつかねえけど、大丈夫。私なら何でも受け止める。どんな理由でいじめられているのか分からねえけど、私ならなんとかできる」


「い、いじめは、ないよ……?」


 多分。


「いじめ『は』ないよってことは、他に何かされてるんだろ」


 う。失敗した。


「他にも、何もないよ。僕なんかが楠さんと関われるはずないよ」


「嘘つけ。一緒に飯食ってたじゃねえか。それも何か関係してるんだな……。……もしかして、若菜に自分の弁当を食われていたとか……?」


「それはないよ。お昼を食べるときは何もされてないよ」


「お昼を食べるとき『は』何もされてない……。他の時に何かされてんだな……」


 僕のバカ!


「い、嫌だなぁ、他の時も、何も酷いことされてないよ?」


「酷い事か……」


 え?! 僕また失敗した?!


「優大。なんでも言ってくれ。若菜に口止めされているんだろうけど、私なら大丈夫だ。うまくやる。絶対にお前を困らせない」


「えっと……」


「私はお前のことを大切に思っている。お前のためなら何でもできる。私はお前を困らせたりしない、もうお前を悲しませたりしない……。……だから、私はお前を悲しませている原因を取り除く。お前のためにしてやりたい。大丈夫、私なら、やれる」


真剣な雛ちゃんの顔。僕は内緒にし続けなければいけないのかな……。これだけ僕のことを想ってくれている人を心配させたまま、何も言わないでいなければいけないのかな。


「優大、お前は若菜に、何かをされているな?」


「……」


「優大」


 僕の肩が優しく揺すられる。

 そのせいか、口から言葉が漏れ出した。


「……う、うん……」


「……。何をされているんだ?」


「……そ、その……、僕……」


 言ってもいいのか。

 脅されていると、言ってもいいのか。

 僕は、何故だか言いたくない。

 楠さんが持っている僕の脅す材料。

 それがばれるのが怖いから、何だろうけれど……。

 何か胸につっかえる。

 何か、言いたくない別の要因がある気がする。

 ……。

 それでも。

 雛ちゃんに心配をかけるのはよくない。

 僕を心配してくれている雛ちゃんに何も言わないのはよくない。

 多分、言った方がいいのだろう。

 言えば、きっと何かが変わるのだろう。


「……あの、僕……、楠さんに――」


「ふぅー……ふぅー……!」


 どこからか聞こえてくる荒い息遣い。雛ちゃんの後方に伸びる廊下から聞こえる。雛ちゃんは僕から話を聞き出すことに一生懸命でそれに気づいていないようだ。

 僕は気になりその息遣いのする方をじっと見てみた。

 柱の影からゆっくりと、前橋さんが顔を出した。


「ぐぎぎぎぎぎ……! あ、有野さんと、あんな間近で……! 佐藤優大……! 佐藤佐藤佐藤佐藤佐藤佐藤佐藤佐藤佐藤佐藤佐藤佐藤佐藤佐藤佐藤佐藤佐藤佐藤……!」


「あばばばばばば」


 怖いっす。


「どうした優大?!」


 突然怯えだした僕を雛ちゃんが揺する。

 僕が一点を見ていることに気づいた雛ちゃん。


「誰かいるのか?!」


 勢いよく振り向くが前橋さんはすでに顔を引っ込めている。


「……誰もいねえな……」


 雛ちゃんがゆっくりと僕に向き直し、聞いてくる。


「…………なるほど。……真実を言うことがそれほど恐ろしいってことか……」


「え?! ち、違うよ?!」


「分かった、分かったよ優大。何も聞かない。口にするのが恐ろしいっていうんなら何も聞かない。優大が若菜に対して恐怖を抱いているって事実だけで十分だ」


「え、いえ、それは本当に違くてですね!」


 壮絶に勘違いをなさっていますよ?! 早く誤解を解かなければ!


「大丈夫だ優大。私に任せろ。何も聞かねえけど、何かヤバいことが起きているのは分かった。私に任せろ……!」


「ひひひ雛ちゃん?! 本当に、本当に違うんだよ?! その、僕が怯えているのは――」


「ちょっきん……ちょっきん……ちょっきん……」


 前橋さんがまた顔を出していた。

 僕に恨みのこもった視線を送りながら、左手で自分の綺麗な長い銀色の髪の毛を少し掴み、右手に握られたハサミで毛先を少しずつ切っていた。


「うななななななななな」


「優大。大丈夫だ、優大」


 僕は勘違いしている雛ちゃんに優しく抱きしめられた。

 前橋さんが毛先を切るのをやめ、左手に持っている髪の毛を剪断する勢いで噛みしめ泣きだした。当然、僕を呪い殺さんとばかりに睨みつけながら。

 女の子に対してこんな感情を持ってしまうなんて失礼極まりないのだろうけれど、正直に言います。

 ごめんなさい、とても恐ろしいです。関わりたくないです。

 怖すぎます。

 目から涙がこぼれてくるくらい怖い。


「大丈夫だ、泣くな優大。安心しろ」


 頬で僕の涙を感じ取ったのか、雛ちゃんが僕を抱きしめながらあやすように後頭部をポンポンと叩いてくれた。

 違うんです、違うんです。

 僕は目の前で繰り広げられているホラーショーに恐怖して涙を流しているんです。でも声がうまく出ない情けない僕。


「私が、何とかしてやるからな……!」


 ぐっと、僕を抱きしめる腕に力を込めた。

 今更ながら、この状況に気づき僕はドキドキしてしまった。

 前橋さんに対する恐怖と抱きしめてもらっている緊張で、僕の心臓が過労死してしまうのではないかと言うくらい胸の中で跳ね回っていた。

 そのあと一緒に帰ることになった僕ら。

 道中「勘違いだよ」と言うことを伝えると、雛ちゃんも「分かった。大丈夫だ。私を信じろ」と答えてくれたので多分誤解は解けたと思う。

 多分……。

 大丈夫だよね?


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