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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第一章 キョーハク少女
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デジタル・バーサタイル・ディスク

 いろいろと忙しかった土日はあっという間に過ぎて行き、月曜日。

 土日に色々と考えて、僕は一つ作戦を思いついた。

 これがうまく行けば、小嶋君も暴力をやめてくれるはずだ。

 その為に必要なのは根気と誠意と、そして勇気だ。


「小嶋君っ」


「……」


 朝一番に声をかけて、不機嫌そうな目で睨み付けられる。でもひるんではダメだ。


「あ、あのっ」


「うるせえ……。てめえ、うるせえんだよ……!」


 勢いよく立ち上がり、僕の胸ぐらをつかんできた。またトイレに連行されてしまうのだろう。でも、その前に。


「これ! これを、小嶋君に!」


「あん?」


 僕は一枚のDVDで自分の顔を隠した。


「その、これを是非小嶋君に……」


「……」


 胸ぐらをつかんでいた手を離し、僕の手からDVDを奪い取る。そしてそのままDVDをへし折った。

 う……。予想していたけれど、かなりショックだ……。

 そのあと僕の顔めがけてそれを投げつけ、満足したのか僕をトイレに連行することなく腰を下ろした。

 ……うう……。また次の休み時間に挑戦しよう……。

 

 



 そう言うわけで、僕の作戦はDVDを見てもらうこと。

 朝も合わせて、各休み時間と放課後に合計七回DVDを渡そうとしたけれど見事全部へし折られました。おまけに放課後、いつもとは違う場所、屋上で殴られました。いえ、過去形ではありません。現在進行形で殴られています。


「なんなんだよてめえは。気持ち悪いんだよ」


「……うぅ……」


 胸ぐらをつかまれ睨み付けられる。


「嫌がらせか? あ?」


「ち、違うよ」


「ならなんだよ。おら。言ってみろよ」


 何度も何度もびんたされる。


「い、いたっ、その、僕、小嶋君に見てもらいたいものがあって」


「てめえから受け取ったも誰が見るか!」


 思いっきり顔を殴られた。

 地面に倒れ込む僕を小嶋君が睨み付けている。


「てめえ、明日も今日みたいなことしやがったらただじゃおかねえからな」


「……」


「……ちっ」


 舌打ちをして早足で校舎内に戻って行った。


「うう……。踏んだり蹴ったりだよ……」


 DVDは割られるし、殴られるし……。


「先行きが暗いよ……」


 痛いよ……。顔とか、精神とか……。でもあきらめられない。

 僕がなよなよとコンクリートの上にへたり込んでいるところ、


「……楽しそうなことしているね」


 誰かが屋上の影から出てきた。


「え、あれ、楠さん? もしかして、みてたの……?」


「うん。佐藤君が小嶋君に連れていかれたのが気になってね。後を追ってきちゃったんだ」


 恥ずかしいや。情けないところを見られてしまったね。


「ごめんね。怖くって助けに行けなかったよ。痛そうだね」


 苦笑いを浮かべながら近づいてきた。


「ううん。痛いけど、僕が悪いから」


 僕の傍にしゃがみ込む楠さん。


「へぇ、君が悪いんだ。なんだか朝から小嶋君にまとわりついていたけれど、何をしていたの?」


「あれは、僕が小嶋君に見せたいものがあって、一生懸命勧めていたの。進め過ぎたみたいで怒られたというわけです」


「ふーん。それは佐藤君が悪いね。無理やりはよくないよ」


「う、うん。そうだね。僕も無理やりはよくないと思う。でも僕は無理やりじゃないよ。一生懸命勧め過ぎただけ」


「それは無理やり。無理やりはよくないよ。でも――」


 楠さんの顔が険しいものになった。


「――暴力はもっとよくないよ」


 小嶋君を責めているのかもしれない。でもそれは違う。


「暴力はよくないかもしれないけれど、小嶋君のは教育だから」


 あまり勧め過ぎるなよと教えてくれているんだ。

 しかし、楠さんとしては認められないらしい。


「それでもダメなものはダメ。教育だろうがなんだろうが手を出すのは罪なんだよ」


「え、でも、教育なら……」


 悪い事をしたら、叩かれても文句は言えないと思うけれど。


「駄目なものはダメ。自分の身を守るため以外の、責任が持てない暴力は絶対によくない」


 責任。よく分からないや。


「責任って、なに?」


「責任は責任。振るった暴力には絶対に責任が伴うの。罪を償うと言えば分りやすい?」


「罪を償う……」


 教育的指導も、罪なのかな。


「子供が悪い事をした。先生は殴ろうか躊躇っています。もうこの時点でその先生はダメ。ダメダメ。戸惑う時点でダメ。戸惑うっていうことは、PTAとか親の反応が怖いってこと。親たちの反応が怖いってことは、自分の保身を考えているってこと。自分の保身を考えているってことは、子供の為に振るう暴力ではないってこと。つまり?」


「つまり?」


「つまり、先生が振るおうとしていたのは自分の為の暴力なんだよ。悪い事をした子供を叱る為じゃない。言うことを聞かせる為に振るおうとしている暴力ってこと。罪を背負うのを恐れているから戸惑うんだよ」


「そうなのかな……」


「そうなの。本当に子どもの為を想って、子供を正しく教育するためなら自分の事なんか考えずに殴るべきなんだよ。責任を持って、殴るべきなんだよ」


「責任って、どう責任をとればいいの?」


「PTAに怒られればいいよ。最悪、怒られて辞めればいいんじゃない」


「子供の為に叩いたのに、それほど重い責任を背負わなきゃいけないのかな……」


 先生がかわいそうだよそれじゃあ。先生だって人生があるんだし、職を失うのはいきすぎだよ。


「それが責任って奴だよ。暴力はそれほど重い」


 暴力はいけないことだと思うけど……。そこまでなのかな。


「暴力をふるう人はその罪を知っておかなければならないんだよ」


 罪。

 確かに暴力は罪だ。

 それを知ったうえで行使しなければならないものだと楠さんは言いたいらしい。


「えっと、でも責任が取れれば殴ってもいいの?」


「いいと思うよ」


「そうなんだ……」


 それは、なんだかおかしな気もする。


「理不尽な物でもいいの?」


 理不尽な暴力はどんな状況でも認められないはず。責任が取れるからって認めていいものではないよね。

 しかし、楠さんは言う。


「いいよ。殴った後相手を納得せしめる責任の取り方ができるなら」


「……でも、理由がないのなら……ダメだと思う」


「まあね。だからそんなものにはとんでもない責任が伴うんじゃないかな。死刑とか」


「そ、それは、重いね……」


 確かに、自分の命を懸けて理不尽な暴力をふるうのなら、まあ、よくはないけれど、その覚悟はすごいと思う。


「重いよ。暴力は重い。私は小嶋君にそんな責任が取れるとは思わないね」


「小嶋君は、責任取る必要ないよ」


 だって、僕が悪いんだから。


「……はぁ……、君がそれでいいのなら、別にいいと思うけど。責任なんて言ってもあくまで被害者が納得できればいいことだし」


 楠さんが立ち上がり、どうでもよさそうに手を振って屋上から出て言った。


「……何が伝えたかったんだろう?」


 よく分からないや。

 でも、もしかしたら僕は悪くないって言ってくれたのかもしれないね。

 違うかもしれないけど……。

 結局作戦初日は小嶋君に話も聞かれずに終わってしまった。

 でも、僕は諦めない。

 しかしDVDはあと一枚しかないので明日からは口で説得して見せよう。


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