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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第一章 キョーハク少女
20/163

國人のケンカ指南(予定)

 有野國人君。

 有野さんと同じ金髪で、ツンツンとした髪型。背も高くって、顔もかっこいい。ピアスとかもたくさん開けていて、どこからどう見てもヤンキー。細い体つきからは想像できないくらい力が強くって驚くほど運動神経がよかった。

 僕の幼馴染……で、年は三つ上。今は、大学生、なのかな。ここ二年くらい國人君の噂を聞かないからどうなったのか分からない。

 二年前までは凄かった。

 とにかく喧嘩が強くって無法者で。 町中で知らない人はいないくらいの有名人。遠くの方から喧嘩を売りに来る人がいるくらい有名だった。

『新月の災厄』

 そう言う通り名がつくほど恐れられていた。

 その理由。

 新月の暗い夜が、一番國人君が襲われる回数が多かったから。そして、それを返り討ちにしまくっていたから。しかも、新月の夜を狙って襲ってくることが分かっていた國人君も、それを知っていて敢えて新月の夜に出歩いていたらしい。

 だから、新月の夜は怪我人が大勢出る。新月の夜は巻き込まれるかもしれなからら外へ出てはいけない。そう言った理由で『新月の災厄』と言われていた。

 恐ろしい。

 髪を染めてから、僕は遠目から眺める事しかできなくなっていた。

 でも、今日僕は國人君に会う。

 喧嘩を教えてもらうんだ。

 ……正直に言うと、とっても怖い。

 殴られるんじゃないかって。

 とっても怖い。

 それと、もう一つ。

 雛ちゃんの様子がおかしい。

 もしかしたら、國人君は大変な状態なんじゃないかなって。

 その不安が当たった時は、多分僕の想像を超える状況なんだと思う。

 二つの意味で怖かった。

 会いたい。

 けど、会うのが怖い。

 でも知っておかなきゃ。

 國人君が、どうなっているのか。


「……最後にもう一回聞くぞ。後悔、しないか?」


 有野家の扉の前で雛ちゃんが振り返って僕を見る。


「うん」


 怖いけど、もう迷いはない。國人君と対面するんだ。


「……じゃあ、開けるぞ」


 雛ちゃんが、自分の家の扉に手をかけた。

 う……。なんだかお腹が痛くなってきた……。


「……よし、行くぞ」


 雛ちゃんがゆっくり扉を開けた。

 久しぶりに訪れる雛ちゃんの家は何一つその装いを変えていなかった。玄関に入ってまず見えてくる大きなジグソーパズル。僕たちが完成させた奴だ。大変だった。

 黄土色の傘立ても、焦げ茶色の靴箱も、家の匂いも。あの日から何も変わっていなかった。

 ――ただ、静かだった。


「入るか」


 僕を後ろに従え、雛ちゃんが家に上がる。


「お邪魔し――」


「しっ!」


 お邪魔しますと、声をかけようと思った僕の口に指を当て止める。


「――え?」


「ちょっと、待ってろよ。居間に行っててくれ」


 居間の方を指さし僕を促した。


「う、うん」


「私は兄貴の様子を見てくる。お前は物音を立てずに居間にいてくれ」


「うん……」


「じゃあ、少し待ってろ」


 雛ちゃんが階段を上って行った。

 僕は首をかしげながら居間へ。様子を見なければならない状況って、どんな状況だろう……。

 何となく有野家の状況が怖いと思った僕は、居間の扉を少しだけ開け、中の様子を耳を澄ましてをうかがう。……何か、物音がする……。雛ちゃんのお父さんかお母さんかな。

 ゆっくりと扉をあけ、僕は居間の中へ足を踏み入れた。


「――!」


 僕はその瞬間戦慄する。


「……ちっ、何もない……!」


 誰か、見たことも無い巨漢の男が部屋をあさっていたのだ。

 ぼさぼさの黒髪、グレーのスウェット上下。とても大きな体がリビングと繋がっているダイニングを物色している。

 ど、泥棒だ! 早く警察に! …………でも、違うかもしれないし……。お客さんだったら申し訳ないから……。


「あ、あの……」


 僕は一応、声をかけて確認することにした。


「……?!」


 その大きな人は、僕を確認した瞬間、ものすごい勢いで僕に襲い掛かってきた。

 突然のことに思考がついていかない。


「え、え?!」


 百キロはゆうに超えているだろうというその体に見合わないものすごいスピードで、僕との距離を一気に縮めた。僕は驚き一歩も動くことができなかった。


「う、うわあああああああああああああああ!」


 叫び声を上げる事しかできない。まずい、殺される!

 まさか、久しぶりに来た友達の家で泥棒の犯行現場に出くわすなんて。非日常すぎて頭が混乱する。

 当然泥棒はそんなのお構いないし僕を襲う。

 棒立ち状態の僕に泥棒が飛びついてきた。

 押し倒されるように居間から追い出された僕は、そのまま大きな体に押しつぶされてしまった。


「う、うぅ……」


 泥棒は鼻息荒く僕の顔を見ていた。


「た、助けて……」


 窒息させるためなのか、一向に僕の上からどこうとしない。

 苦しい。息がしづらい。

 怖い。

 このまま殺されちゃうのか……。

 嫌だよ。まだ死にたくない。

 助けて、雛ちゃん――

 助けて、國人君――


「何してんだてめえ!」


 僕の祈りが届いたのか雛ちゃんが駆けつけてくれた。


「兄貴!」


 雛ちゃんの声が玄関に響く。

 え?! 國人君が助けに来てくれたの!?

 お肉の下で首を回しきょろきょろと國人君を探すがどこにもいない。

 あれ? と状況がよく分からずにいると雛ちゃんが僕の上にいる泥棒に蹴りをお見舞いして僕を解放してくれた。

 ごろごろと玄関まで転がっていく泥棒。


「大丈夫か?! 優大!」


 雛ちゃんが僕の体を起こし胸に手を当ててくれる。それだけで少し楽になったような気がした。


「ごほっごほっ。う、うん、ありがとう……。……そ、そんなことより、そ、その人……!」


 睨み付ける僕と雛ちゃん。


「……」


 泥棒がのっそりと起き上った。

 また襲ってくる!


「どどどどうしよう! 早く警察に!」


 この人巨漢なのにすごく素早いからこのくらいの距離すぐに詰められちゃうよ!


「……いや、さすがに警察は」


 とても余裕のある雛ちゃん。襲い掛かられても大丈夫なくらい、喧嘩に自信があるのだろう。でも、この人は泥棒で、体が大きい。武器をっていないとも限らない。絶対に雛ちゃんには勝てないよ!


「ひ、雛ちゃん! 危ないよ! 早く警察に!」


「……えーっと、あー、いやまあ……」


「ひ、雛ちゃん……?」


 気まずそうな雛ちゃん。

 あ、もしかして、知り合い、なのかな……。

 ……まさか、雛ちゃんの彼氏とか?

 いやいや! その、人を見た目で判断してはいけないけど、その、ねえ! いきなり襲ってくるし、れ、礼儀が、なってないよ!

 ダメだよ! 僕は認めないよ!

 と、混乱している僕の肩に手を置き、もう一方の手で太った人を指さし言った。


「あれ兄貴」


 ……。


「………………………………………………は?」


 ………………は?


「いててて……。ひ、酷いだろう! 雛タン!」


 ……雛タン?


「雛タン言うな! 殺すぞデブ!」


「ひぅ! そ、そんな目で睨むのはやめるのです! いや、そんなことより、その隣の美少女は誰!? ま、まさか、俺の為に……。ありがとう雛タン!」


「死ねデブ! これは優大だ! 昔一緒に遊んだだろう! 男だよ!」


「優大……? ……ああ! 佐藤優大君! 久しぶりだな!」


「………………」


「優大! しっかりしろ!」


「はっ」


 雛ちゃんに揺すられ現実に戻された。


「まさか優大君、いや、優大タンがこんな俺好みのショタに成長するなんて……! 僕感激!」


 と言って、また飛び込んできたが雛ちゃんの足の裏がそれを阻んでくれた。


「優大に近づくんじゃねえこのくそデブ!」


 倒れている國人君を何度も何度も踏みつける。

 ……まるで放課後の僕みたい。


「あぁ! もっと、もっとお願いします雛タン! はぁはぁ」


 訂正します。させてくださいお願いします。放課後の僕とは似ても似つかないですごめんなさい。

 ……あの、……その。

 ……。

 ものすごくショックだ!

 誰これ! 國人君じゃないよ?!


「おいデブ。てめえさっき優大に抱き付きやがっただろう! 殺してやるから死に方選べ!」


「うーん。俺は萌え死がいいなっ!」


「よしわかった。望み通り外側からその脂肪を燃焼させて役に立たねえ醜い体を消し炭にしてやる!」


「雛タン。萌えを分かってないよ」


「分かりたくもねえよ! 役に立たねえデブは二階に上がってろ!」


「役に立たないデブか……。でもね、雛タン。俺は一人で眠れるんだよ」


「だからなんだよ! んなもん普通じゃねえか、自慢げに言うな!」


「何を言っておるのか! 俺以外の人間はみんな嫁と二人で寝てるんだぞ! その点一人でも眠ることもできる俺は偉いではないか!」


「なにが嫁だくそ野郎! んなもん妄想の中だけにしろクズ!」


「妄想じゃないもん! ちゃんと部屋にいっぱいいるもんね! 今日はタイガーちゃんと寝ようっと」


「もしかして嫁ってあれの事か?! あの気色悪い枕カバーの事か?!」


「枕カバーなんかじゃない! あれは魂の宿った正真正銘俺の嫁だ! 昨日だって四人で楽しくおしゃべりしたんだぞ!」


「枕カバーを人で数えるんじゃねえよ! お前さぁ、あの気持ち悪いのをベランダに干すの止めてくれよ! 恥ずかしすぎるだろうが!」


「何を言っているのか! 俺の嫁を馬鹿にするなんていくら雛タンでも許さないぞ! 謝罪を要求する!」


「てめぇはまず親に謝れ! 次に世間に謝れ! 最後に地球に謝って死ね!」


「ぬぬぬ……。仕方がない、戦争じゃっ!」


「かかってこいよ!」


「とうっ!」


「死ね!」


「ごぶ! ま、負けた……」


「すぐにやられるなら挑んでくるんじゃねえ!」


「くっ……。こんな時に俺の幻想世界イデアに潜む暗黒竜ダークネスドラゴン現生化ルームするなんて! 命拾いしたな! ヒナ!」


「黙れデブ! って、優大! しっかりしろ! いろいろな機能が停止してるぞ! 現実から逃げるな! おい兄貴! お前のせいで優大が呆然としちまってるじゃねえか!」


「何?! それはいかん! 人工呼吸だ!」


「はぁ?! ちょ、て、てめえ! う、うぎゃああああああああああ! なにしやがるぅぅーーーーーーーーー!」


 ふわふわしていたけれど、体に衝撃を感じて、意識を正面に集中させると、大きな顔が、目の前にあって、僕の、唇が、奪われて――


「離れろデブ! 優大、しっかりしろ! 優大、ゆうたああああああああああああ!」







 ――

 さっきまで悪い夢を見ていた気がする……。どんな夢だったかわからないけど、なんだか、そのまま忘れていてくれた方がいいような……。

 うーん?

 まあ、いいや。

 今見てる夢はとっても幸せだからね。

 なんといえばいいのかわからないけれど、とっても幸せな気持ちになる。甘くて、あたたかい夢。

 僕にもよくわからないけれど、とっても穏やかな気持ちで満たされていた。

 なんだか、柔らかい感触を感じるね……。

 ……でも、柔らかい感触って、悪い夢の時にも感じていたような……。

 ……ううん。これは、それとは違う……。もっと、優しい。

 ずっと感じていたい。このまま寝続けていたい……。

 ……。

 あぁ、でも寝ている場合じゃない気がする……。

 この幸せを手放したくないけれど、起きなきゃ。

 僕は眠りに来たわけじゃないんだから。

 ――

 夢から覚醒し目を開けると一番に雛ちゃんの顔が飛び込んできた。雛ちゃんが間近で僕の様子を見ていてくれたらしい。


「あわっ」


 突然のことに驚き胸の鼓動が激しくなる。こんな近くに雛ちゃんの可愛い顔があるだなんて驚くに決まっているよ。

 恥ずかしかったのか、真っ赤な顔の雛ちゃんが慌てて僕から遠ざかった。


「わ、わりぃ!」


「え、う、ううん」


 ドキドキする胸を押さえながら上半身を起こす。


「お、おおお前、い、いつから、起きてた?!」


「え? 今起きたばっかりだよ」


「嘘じゃねえだろうな!」


 真っ赤な顔で僕を睨み付ける。


「う、嘘じゃないよ? えっと、その、なんで?」


「別になんでもねえよバカ! ビビらせんなよ!」


 赤い顔のままそっぽを向いてしまった。怒らせてしまったのかな……。


「あの、僕何か悪い事したの……?」


「別に何もしてないっ」


 機嫌が悪いよ。

 無言のままではどうにも居心地が悪いので、なにか話題を見つける。


「えっと、あ、そう言えば僕なんで寝てるの?」


「……え?! ……忘れてんのか……?」


 驚いたように僕を見る雛ちゃん。

 記憶が曖昧だけれども、思い出してみよう。


「……えーっと……雛ちゃんの家に来て、居間に向かって、おっきな人に会って、……それが國人君で、そのあと……そ、そのあと、僕は……國人君に、く、く、唇を…………!」


 思い出した瞬間強烈なめまいに襲われた。

 な、なんてことだ! ぼ、僕のセカンドキスが奪われてしまった!


「……ううん、夢……、かな……。うん。きっと、夢、だよね。雛ちゃん? 僕、國人君と、き、キスなんて、してないよね!」


「……」


 言い辛そうに視線を外した。


「……あ、本当なんだ。現実なんだ。あはは。……あはは……。……あはあはあはあはあはあはあはああはあはあは」


「壊れるな! ま、まあ、安心しろ! その……、上書き、されたから!」


 また顔が赤くなる雛ちゃん。


「? 上書きって?」


 よく分からないよ?


「う、上書きは上書きだ! 細かいことは気にすんなよ!」


 何故だか詳しく聞くと怒られそうな勢いなのでとりあえず事実だけを確認することにした。


「あの、僕は、國人君に、唇を奪われたんだよね?」


「…………まぁ、有野に唇を奪われてた」


「? 國人君に?」


「あ、有野」


「『有野』じゃあ、雛ちゃんも容疑者に入っちゃうよ?」


「……う、うるせえな! いいからさっさと兄貴のとこに行くぞ! あのデブ、普段出てこねえくせにこういう時に限ってタイミング悪く部屋を出てやがる。優大がびっくりするだろう! なあ!」


「う、うん。あの、僕、國人君とキス――」


「よーし! さっさと行くか!」


「え、あの――」


「いいから行くぞ優大!」


 腕を掴まれ引きずられるように二階へ向かった。事実を確認したかったのに……。







「ここが兄貴の部屋だ」


 二階のとある一室。その部屋の前で掴まれていた腕が解放された。


「ここに、やせた國人君がいるんだね」


「おい。お前現実を見ろよ」


「ううん。まだ、あれは夢かもしれないから」


「現実から目をそらしたらまたショック受けるぞ」


「大丈夫。ここにいるのはやせた國人君だから」


「……お前がそう思いたいのなら何も言わねえけど……」


 それ以外に考えられないよ!

 だ、だって、僕が憧れていたのは金髪で沢山ピアスをつけていて眼光が鋭くって一目見ただけで只者じゃないと分かってしまう國人君だったんだよ!?

 それなのに、夢で見た人は黒く長いぼさぼさの髪でピアスなんてつけていなくって眼光は鋭くなくて雪だるまみたいで一目見ただけでお腹いっぱいになっちゃう様な人だった!

 ギャップがすごすぎるよ……。


「落ち込むなよ……」


「あ、うん……」


「……ドア開けても泣かないよな?」


「う、うん。大丈夫だよ」


 ドアの前で話す僕らの耳に、部屋の中から飛んでくる國人君の声が聞こえてきた。


「遅ぇんだよこの野郎! さっさとしろよボケ! 殺すぞ!」


 こ、これだよ。これ……。これが國人君だよ!

 この恐ろしい声と暴言! 遠目に見るだけしかできなくて、近寄れなくて、でも、それでも憧れを抱いていた國人君だよ!

 やっぱりこの中には國人君がいるんだ!


「開けるぞ優大」


「うん!」


 雛ちゃんがゆっくりと開ける。それと連動して聞こえてくる國人君の怒声の音も大きくなっていった。

 ああ、國人君は誰に向かってこの罵声を浴びせているのだろう。電話かな? 知り合いが部屋にいるのかな?

 ああ! 怖いなぁ!

 そして開いた扉の先で、


「早くしろよこの野郎! ディスプレイ叩き割るぞ!」


 大きな人がパソコンに向かって怒鳴り声を上げていた。


「おい優大。何かしらの感情を見せてくれ。無表情は怖い」


「……。ね、ねえ雛ちゃん。國人君はどうしちゃったの?」


 現実を認めよう。これは國人君だ。二年前までの國人君は死んでしまった。


「私が聞きてえよ……」


「ふぅー……ふぅー……! ……ん? おお、優大タン。もう調子はいいのかね」


 ディスプレイを睨み付けていた國人君が椅子を回し僕らの方を見て言った。

 ちらりと覗くディスプレイには、ぜ、ぜ、全裸の女の子の、絵が映し出されていた……。


「あ、はい大丈夫です」


「いきなり倒れるんだもんな。びっくりしたよ」


「ご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。以後気をつけます」


「なになに! 俺と優大タンの仲なんだからさぁ、敬語なんてやめようよ!」


「うん、わ、わかった……。そ、その、部屋に入って大丈夫?」


「大丈夫大丈夫。むしろ早く入って欲しい! さあ、早く、早く!」


 國人君の鼻息が荒くなる。

 僕は情けないことに雛ちゃんの後ろに隠れてしまった。


「大丈夫か、優大」


 そんな僕に優しく声をかけてくれる雛ちゃん。


「ちょっと、ふわふわしてる……。で、でも、大丈夫です」


「無理、するなよ……」


「うん」


 ちゃんと、幼馴染と接する態度を取らなきゃね。


「あ、あの、國人君?」


 僕は雛ちゃんの後ろから顔を出して尋ねてみた。


「なんだいマイハニー」


 ぞわぞわっと、背筋に強烈なものを感じた。


「……國人君、その、どうしちゃったの?」


 まずこれを聞かなきゃ僕はもう駄目だ。


「どうしちゃったって、何のこと? ああ、もしかして、髪の色? 面倒くさいから染めるの止めたのにゃ」


「……にゃ……。……う、ううん。その、あの、全体的に、どうしちゃったのかなーって……」


「全体的に? ああ、そう言えば少し体重が増えちゃったかな。ま、これくらい運動すればすぐやせるし」


 絶対に無理です! 昔何故だか流行った某ブートキャンプを二万回やらなきゃ痩せられないよ!


「その、体もだけど、あの、生活、と言えばいいのか、趣味と言えばいいのか……」


「生活? 何かおかしい?」


 本当に分からないと言った顔でそばにあったポテトチップスを食べる國人君。


「二年前から考えたら、百八十度違う生活を送ってるよね……」


「ああ、まあそうだけど、こっちの生活が人として正しい生活だからね。いやぁ、DQN時代が恥ずかしいよ。ぶひひひひひ」


 ドキュンとか! ぶひひとか!


「ひ、雛ちゃん?! その、原因は?! 僕頑張って元の國人君に戻してみるよ!」


「いや、私も聞いたんだけど、訳が分かんねえんだよ」


 よし、僕も聞いてみよう!


「國人君! 國人君がこの道に引きずり込まれた理由は何?!」


「引きずり込まれたんじゃなくて導かれたと言って欲しい!」


「うん! 分かった! 面倒くさいからとりあえず話を合わせる! 國人君は何によって導かれたの?!」


「ふ……。俺は、運命の人に出会っちまったのさ……」


 そう言って、遠い目をして壁にかかったポスターを眺め出した。


「運命の人?」


 首を傾げる僕に雛ちゃんが小声で教えてくれる。


「なんだかこいつよ、どっかの女のせいでこうなっちまったみたいなんだ。でも名前だけでどこの誰だか分からねえし、その女の姿見たことねえし……。私にはお手上げなんだよ」


「そうなんだ……。運命の人って、何だろうね」


「さっぱり分かんねえよ」


 一応、聞いてみよう。


「あの、國人君。その運命の人って、どこで出会ったの?」


「ふ……。彼女とのなれそめを聞きたいか。いいだろう。教えてあげよう」


 偉そうに椅子にふんぞり返り窮屈そうに足を組んで話し始めた。


「あれは、学校へ続く坂の下だったかな……。桜並木の坂の下。僕は彼女に出会ったんだ……」


 あ、もうこの時点でアウトだ。國人君アウト。


「彼女はこうつぶやいていた……『あんまん』と……」


 國人君は惚けた表情で壁のポスターを眺めていた。ポスターには一人の女の子の絵が描かれていた。アウト。

 國人君の言葉を聞いて雛ちゃんが憎々しげに言った。


「学校の近くの桜並木ってのもどこか分かんねえし、あんまんってのも訳わかんねえし……! 畜生……どこの誰だか知らねえが、兄貴をこんなんにしやがって……! 許せねえよ!」


「……」


「もし見つけたらただじゃおかねえ。ブッ飛ばして罪を償わせてやる!」


 雛ちゃん。戦えないよ。雛ちゃんとその人では、次元が違いすぎるもん。詳しく言うと、相手の人に一次元ほど足りないかな。


「ね、ねえ、雛ちゃん。僕、國人君と二人で話がしたいんだけど、いいかな?」


「え?! お前襲われるぞ!」


「大丈夫だよ! きっと」


「自分も信じてねえじゃねえか! やめとけよ!」


「だ、大丈夫だよ。うん。國人君はやさしいもん」


 僕の言葉を聞いて國人君が笑った。


「ぐふふ……優しくするよ……ぐふふ……」


 ……。うん。

 にこにこと笑う國人君を指さして雛ちゃん。


「あんなキモいデブと二人きりだなんて耐えられるのか?!」


「体重とか、容姿は関係ないよ。ここにいるのは國人君だもん。多分」


「確信持ててねえけど?! 本当にいいのか?!」


「大丈夫。二人で話せれば、もしかしたら國人君をあの頃に戻すヒントが得られるかもしれないよ」


「……それは、確かに欲しいけど……」


「でしょ。だから、僕に任せて」


「でも、優大が危ない目に遭うのは我慢できねえ」


「安心して、雛ちゃん。僕なら大丈夫。だから任せて」


 気持ちを伝える為に雛ちゃんをまっすぐに見つめる。雛ちゃんも真っ直ぐに見つめ返してくれる。

 しばらく悩んだ結果、


「…………心配は尽きねえけど、分かったよ……。私は居間にいるからな、話が終わったら居間におりてきてくれ。危ないと思ったら叫び声を上げろよ。それ出来ない状況だったら、近くにあるあいつのお気に入りの人形をねじ切れ。ショックで二時間は動かなくなるから」


「えげつなっ」と國人君が驚いていた。


「うんわかった。ありがとう」


「ああ。……じゃあ、出来るだけ早く話し合いを終わらせろよ」


 雛ちゃんが開け放たれていたドアをくぐって廊下に出た。


「うん」


 ゆっくりと扉を閉めて行く雛ちゃん。

 最後に閉じかけのドアから顔を出して言った。


「……じゃあな。叫んだら、すぐ駆けつけてやるからな」


「うんありがとう」


「…………うう、またな……」


 最後に悲しそうな顔を見せて、國人君の部屋のドアを完全に閉めた。


「……ぐふふ……。優大タン、やっと二人きりになれたね……」


 椅子から立ち上がる音が聞こえる。


「うん」


 僕は扉に向けていた体を國人君に向けた。


「って、もうすでに俺の大切なフィギュアを握りしめている?! いつの間に! しかも一番のお気に入りのフィギュア!」


「大丈夫。僕國人君のこと信じてるから」


「信じているのならそれを置いてほしい!」


「一応、その、保険として持っとくね」


「ぐ、ぐぶぶ……」


 悔しそうに一歩後ずさった。


「あの、その、久しぶりだね」


「んー。そうでござるねえ。俺が中一になってからまともに会ってないから、えーっと、六年ぶり?」


「それくらい、かな?」


「いやぁ、優大タン。可愛く育ってまあ! なんで早く俺に会いに来なかったのっ。運命の出会いがこんなに近くで待っているなんてお兄ちゃん衝撃!」


 ……。うん。


「あの、その、聞いてもいいかな」


「いいよ! なんでも聞いて! ちゃんとお風呂入ってるし!」


 意味が分からないけれど、まずこの状況について改めて聞いてみた。


「國人君、本当にどうしちゃったの……? 昔は、アニメとか漫画とか、嫌い、だったよね……?」


 椅子に座り直し國人君が笑った。


「あっはっは。いやあ、毛嫌いはよくないね。こんなに楽しいものに触れずに生きてきただなんて、人生損しちゃってたわ! ひゃひゃひゃ!」


 楽しそうにお腹を叩く。うう……。國人君に見えない……。


「その、運命の人に導かれたって言ったけど、それって、あの、ゲームの……」


「そうそう! 何?! 優大タンも人生やったの!? いやぁ! いいよねあれ! アニメも神懸ってて涙腺崩壊しまくりだったね! 優大タンはどの子が――」


「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて!」


「ん? なんだい? 他の話がしたいのかい? しょうがないなぁ。じゃあ優大タンの嫁は――」


「待って待って待って! 一旦、ストップ!」


「……。……。……。はい、一旦ストップした。それで、優大タンの嫁は――」


「うん僕の嫁の話は置いとこう! それで、聞きたいことがあるんだけど!」


「聞きたいこと? もー。しょうがないなぁ。なんでも聞いてくれたまへ」


 やっと落ち着いてくれた……。


「あの、ゲームが入口だったのは分かったけど、なんで、その、それに手を出しちゃったの?」


「むふふ。運命って奴さ……」


「あ、あの、もうちょっと、詳しく……」


「詳しくぅ? ……しょうがないなぁ、優大タンの頼みだからダゾ!」


 ……。うん。


「いやぁ、それがさぁ。本当に運命の人に出会ってしまったんだぜ」


 きぃきぃと椅子を鳴らしながらくるくる回る。


「……ゲームの中の?」


 僕の問いかけに椅子をピタッと止めた。


「違う違う。リアルの世界の、普通の男」


「男の、人?」


「うん」


 その人が原因で……。一体どうやってあのアウトローの代表國人君に美少女ゲームをやらせたんだろう。

 國人君がその時の状況を話し出した。


「俺が新月になったら襲われまくってたのは知ってるよね?」


「う、うん」


『新月の災厄』だ。


「今から二年とちょっと前、荒れまくっていた俺は新月の夜に街をぶらついて襲われるのを待っていたんだ。でもその日は一向に闇討ちの奴らが現れなくて、俺はイラついていたんだー」


「闇討ちの人が来ないからイラつくって、すごいね……」


 その頃はこうなるって思ってなかったんだろうね……。


「当時は喧嘩が楽しくてしょうがなかったからさぁ。だから一向に始まらないファイトにかなりイラついていた。ただ無意味に街をぶらついてたんだ。……そんなときに、前方から背の高い男が何か袋を持ってこっちに歩いてきてたんだ。ニヤニヤしながらな。それを見つけて、その時の状況と合わさってムカついた俺はそいつにケンカを売ったんだ」


「無茶苦茶だよ……」


 でもそれが國人君だった。だから恐れられ、噂された。


「凄んで、胸ぐらをつかんで、腕を振りかぶって、そしていつの間にか負けていた」


「え?!」


 あの國人君が?! 負け知らずで有名だったあの國人君がいつの間にか負けていた?!


「ああ、びっくりした。驚くほどあっさり負けてしまったんだ。驚いた。無敗だった俺が、こんな優男相手に完敗するなんて……。ショックだった。ショック過ぎて泣いてしまったよ」


「えっと、もしかしてそれのせいでこの道に?」


「違う。そんなに脆くない。俺はリベンジするために毎日そいつと出会った道で待ち伏せした。襲ってくるDQNどもを適当に潰しながらそいつを待った」


 ……もうドキュンって言わないでほしい。


「時間を潰すみたいに人に怪我を負わせてるんだね……」


 挑むのが悪いんだとは思うけど……。


「そして何日目かに、またそいつが現れた。また袋を持ってにやにやしていた。ムカついたね。俺をあんな目に遭わせておいて、にやにや笑っているだなんて。俺はそいつの前に出て、また喧嘩を売った」


 その人は全く悪くないけど……。


「……その結果は……?」


「またあっさり負けちまった……。俺は悔しくて何度も何度もそいつに挑んだ。でも何度も何度も負けた……。悔しかった。負けるわけねえと思ってた俺が連敗するだなんて……」


「……」


 考えられない。あの國人君が負けるだなんて……。そしてそこからこうなってしまうだなんて考えられない……。


「負けて、負けて、負けて……。いい加減、俺にも分かってきた。こいつには勝てねえなって。諦めようとしたんだ。上には上がいる。負けを認めようって。そう思って、最後にしようと思って挑んだ日……。ことは起きた」


「……」


 いよいよ、理由が聞ける。


「喧嘩を始める前に、そいつが変なことを言いだしたんだ」


「変なこと?」


「ああ。なんか、『君には愛が足りない。それじゃあ俺には勝てない。これで愛を勉強すればいい。そして恋するといい』って言われて、袋から取り出された一本のゲームを手渡されたんだ……。普通なら、受け取らないか目の前で叩き割るところなんだけど、俺たちの間には変な友情が芽生えていて……。まあ、一応やってみるかって思ったんだ……。どうかしていた」


「……」


「それが、間違いだったのかもしれないニャー」


「うん。間違いだね」


 ニャー言うな。


「でも俺は後悔していない。むしろ感謝している! あの人は、俺の師だ! 先生だ! もう一度あの人に会いたい! でも、どこの誰かも知らないし……」


「でも会える場所なら、知っているんでしょ?」


 何度もこぶしを交えているのなら、そこへ行けば会えるはず。でも会えないのは……。もしかしたら何か理由があるのかも……。


「…………だって、そこまで行くの、疲れるし……」


「うん分かったありがとうフィギュアおいておくねさようならまたいつか」


「怒涛のように一言に詰め込んだね!? 優大タンもう帰るの? もっとゆっくりしていきなよ! 明日学校休んじゃおう!」


「明日はもともと休みだよ……」


 曜日感覚が無くなってる……。


「ならこの部屋に泊まっていこうぞ! ねえ、ねえ。いいよね、いいよね」


「ご、ごめんね。僕家に帰ってご飯作らないといけないから……」


「わお! 花嫁修業中ですか!? 俺の為に花嫁修業中なんですね?! ありがとう! いつでも嫁いでおいで!」


「さ、さようなら!」


「え?! ちょっと待って! こんな面白くない話だけで帰るの?! ねえもっとオタトークで盛り上がろうよ! ねぇ、ねえ!」


 迫ってくる國人くん。

 僕は慌てて國人君の部屋を出て居間へ向かった。

 うう……。実は結構怖かった……。殴られるとかじゃなくて、貞操の危機の意味で……。

 居間の扉を開ける。居間では雛ちゃんがうろうろと落ち着きなく歩き回っていた。僕が入ってきたのを見てホッと息をつき安心の表情を見せて近づいてきた。


「何もされてないよな……。よかった」


 ぽんぽんと僕の体を触って異変がないかを調べてくれる。


「國人君は優しいから、何もしてこないよ」


 多分。一晩一緒に過ごしたらどうなるか分からないけど。


「優しくねえよあんなデブ。それで、何か分かったのか?」


 一歩離れて聞いてきた。


「うん。外に出たくないらしいということが分かったよ」


「……あのデブ……」


 雛ちゃんが呆れたように怒っていた。


「雛ちゃん。國人君に会わせてくれてありがとう」


 僕は頭を下げた。


「いや、あんなデブ何の役にも立たなかったろ。悪かったな……」


「ううん。とっても、参考になった」


「参考って、あんな奴のどこが」


「……人って、変われるんだなぁって! だからきっと、僕も変われるよね! 自信がついたよ!」


「……なんともまあ前向きな受け取り方だな。でも役に立ったのなら私も救われる。あんなクソ兄貴でも人のためになれるんだな」


 雛ちゃんが笑った。

 かと思えば、突然困惑したような顔になった。


「……私は、お前に変わって欲しくねえけど……」


「え? でも、こんな情けない性格じゃあ、雛ちゃんも友達として嫌でしょ?」


「んなことねえよ。優大が優大だから、その、好きなんだよ……。……い、今の好きってのは、その、なんだ。別に、深い意味があるわけじゃあ、ねえぜ」


「うん。分かってるよ。勘違いできる身分じゃないもん。あ、で、でも、僕も、雛ちゃん、す、好きだよ」


「っっっ。……そ、そうか。うん。そうかそうか」


 お互い顔を真っ赤にする。こういうことを面と向かって言うのは、恥ずかしいよね。


「あ、そう言えば」


 恥ずかしいといえば。


「ん? なんだ?」


「あの、僕、國人君とキス――」


 僕が言い切る前にまた顔を赤くした雛ちゃんが大きな声で言う。


「そのことはもういいんじゃねえかなぁ?! なあ! 夢ってことでいいんじゃねえかな?!」


「う、うん。そう、なのかな?」


「そうそう! 気にすんなよ!」


「うん。なら、気にしないことにするね」


「そうしろそうしろ! 別に嫌じゃねえだろ?!」


「え、い、いや、その、僕、男の人と、その、そう言うことするのは、あまり、好きじゃないけど……」


「ま、まあ、そうだよな。でも安心しろ。あれは帳消しになったはずだから」


「帳消し? どういうこと?」


「……」


 赤面して怒った顔をする。


「わ、私にかかれば、あんなの……、帳消しにすることくらいたやすいんだよ。それで納得しろっ」


「う、うん」


 なんだか、これ以上聞いたら雛ちゃんの顔から火が出そうだ。

 だからもう聞くのはやめよう。

 倒れる前に感じた國人君の唇の柔らかさと、夢の中で繰り返し感じた柔らかさの違いに妙な違和感を覚えながら、僕は追い出されるように雛ちゃんの家を後にした。


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