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キョーハク少女 作者:ヒロセ

第四章 僕らにとってのハッピーエンド

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誰の為

 再び時間を現在に戻し、テスト前日。みんなが集まる動画研究会部室。みんなを集めた動画研究会部室。


 色々な物を経て、僕はみんなの前に立っている。
 市丸さんに話を聞き、沼田君に話を聞き、東先生に話を聞き、楠さんに話を聞き、長町さんに話を聞き、そして年金のことを調べたりして、ここにいる。
 本当に、色々な物を経て。
 秘密基地とか、夏休みとか、文化祭とか。
 全てを経て僕達はここにいる。

「えーっと、ちょっと待ってね」

 いつか、この悪夢のような二学期をふと思い出したとき笑顔でいられるように。僕は僕の考えた言い訳をみんなに押し付ける。そのために一週間かけて半分ほど埋めたノートを取り出す。僕ノート、なんて名前は格好悪いけれど。格好いいとか悪いとか別として、これは記憶力の悪い僕にとっては無くてはならないノートだ。

「何だそれ」

 雛ちゃんが僕が取り出したノートを見て不思議そうに聞いてきた。一体何が書かれているのかと聞いてきた。

「これは、僕が書いた、僕の望む言い訳だよ」

 このノートにはみんなから聞いた話が書かれてあり、更にそれを踏まえたうえでの僕が納得できる妄想的言い訳が書かれてある。僕の持つ妄想力をフルに使って書かれた夢物語。まさに、この悪夢にふさわしい……のかな?

「つまりそれが、優大が納得できる『もしもみんなが優しかったら』って話か」

「うん」

 つじつまを合わせためちゃくちゃな言い訳。それでも、これでなければ僕は納得できないのだ。嫌なのだ。誰かが一人でも悪者がいるのならば、僕は絶対に認められない。

「みんなが優しいなんてあり得ることはない。百合に優しさなんてないだろ。ただの嫌がらせを優しさだなんて綺麗な言葉使ったらダメだ」

「……自分が勝手にやっていることだって、市丸さんは言っていた。それが本当で、ただ自分が満足する為だけにやっていたことならそれはいけないことだと思うけど、やっぱりきっかけは長町みちかさんっていう親友の為にしたことだと思うから。それは優しさって言ってもいいものだと思う。間違った優しさかもしれないけど、長町さんの為にはなっていないかもしれないけど、それでも優しさには変わりないと思う。違ったとしても僕は優しいんだと思う。思いたい」

「……。……まあ、分かった。とりあえずそれでいいわ。優しければなんだっていい何をしてもいいだなんて思わないけど、とりあえず話を進める為にそれでいいってことにするわ。で。それでだ。だったら沼田はどうなんだよ。優しいか? 若菜の為だとでも言うのか? 若菜の為に若菜の不利益になることをしたって言うのか?」

 ノートを開いてそこに書かれてあるものを眺めてみる。
 うん。

「僕の中では、沼田君は楠さんの為にやっていることで、それならばやっぱり優しいって言える」

 雛ちゃんが凄く嫌そうな顔をして、僕に問う。

「どう若菜の為なんだよ」

「それは――」

 訳を説明しようとしたところ、市丸さんが割り込み言葉を遮った。僕らの会話に、沼田君の後ろに立っていた市丸さんが参加してきた。

「それは私が説明するよ。私が沼田君を説得して、それをさせたんだからね。私が説明したほうがいいよね。って言うか、私が説明したいな」

 市丸さんが自慢げに、誇らしそうに説明を始めた。

「えっとね、沼田君は、若菜ちゃんを日頃のストレスから解放してあげようとしたんだよ。ストレスって言うのは生きる事自体。自分を偽って生きるなんて辛すぎるからね。だから、私の言葉を信じてくれた沼田君は、若菜ちゃんの本性、腐った本当の性格をさらけ出せるように背中を押してあげた。道を作ってあげた。すっごく親切だね沼田君!」

 沼田君の背後でにっこり笑う市丸さんと、市丸さんの前で無表情で立つ沼田君。
 市丸さんの言葉に返したのは、やはりと言うかなんというか雛ちゃんだった。
 沼田君と市丸さんの方に首を向ける雛ちゃん。その表情を、僕が見ることはできないけれど、きっと怒っている。

「そんなもん優しさでもなんでもねえよ。若菜の意思を無視して勝手にやったことを優しさだなんて言ったらこの世に悪い奴なんていなくなっちまう」

「でもそれを佐藤君は優しさだって言っているんじゃないかなぁ? 沼田君は優しいからこんなことをしたんだよね?」

「うん。沼田君は優しいよ」

 雛ちゃんがこちらを向き、顔を見ることが出来るようになったけれど、恐らく僕へ向けている顔は先ほどと違う。

「……。優大。この調子で話が続くのなら、こんなの聞く価値無い。私らは、少なくとも私は何一つ納得できない。ただ起きたことに対して『優しかった』ってつけるだけで誰かが納得するとでも思ってんのか?」

「思ってないよ」

「じゃあなんだよ。沼田はどう優しいんだよ。説明してみろよ」

「僕の考えた物語の中では、沼田君が楠さんの秘密をばらしたのは違う理由だよ。もっと、優しい理由」

 無言。
 言葉を失ったのちに、呆れて言う。

「……さすがに事実を曲げるのはよくねえだろ。沼田は百合に説得されて言いふらし始めたんだろうが。それは事実なんだから、沼田が言いふらした理由を新しく作るのは、反則だろ」

「ううん。反則じゃないよ、多分。だって、事実は沼田君しか分からないし、それに沼田君から直接それを聞いても僕が信じなければそれは僕にとって真実にはならないよ。認識して初めて事実になると、僕はそう思う」

 この言葉はよほど僕を幼く見せたらしい。

「いや、優大お前駄々っ子かよ。そんな言い訳通るわけねえだろ? 認識するしないに関わらず、事実は事実だろ」

 頭の悪い子に教えるように、優しく呆れて雛ちゃんは言う。
 けれど僕はみんなの予想以上に幼くて、頭が悪いのだ。

「でも本当のことは沼田君しか分からないんだから、嘘だってつき放題で理由だって作り放題だよ。どう認識するかも、僕の自由だよね」

「だよねじゃねえよ。なんかそれは違うだろ。作者の気持ちを答えなさいって言う問題だってその時の作者が何を考えていたのか分からないのだから、どんな答えでもいいってわけじゃねえだろ? 一応答えはあるんだから、新しく答えを作るのは違うだろ」

「違うかもしれないけど少し位は可能性があると思うんだ。何割も無くて、何分何厘の話かもしれないけど、それでも可能性があるのなら僕は優しいほうだけ信じる」

「優大がそれでいいなら勝手にそう思えばいい。でもそれで納得するのは優大だけだぞ。私たちにもそれを信じさせるってのは無理な話じゃねえか」

「でも、みんながみんな、誰かの為を想って行動したって思った方が幸せになれるんじゃないかな。そう考えた方が、そういう理由を作った方が、納得できるんじゃないかな。だから、僕の話を信じてくれるよね」

「信じられる内容なら信じるけど、ありえないことなら信じないし、納得できないことは受け入れられねえよ。沼田が若菜の噂話を広めなかったら若菜の命が危なかったんだとか、噂を広めることによって世界が平和になるんだとか、そんなとんでもない理由だったら優大を嘲笑って帰るぜ」

 もしかしたら、僕は嘲笑われるのかもしれない。でも。

「そうなったら、また別の理由を妄想して作ってくるよ」

「そんなの、無理だろ」

「無理じゃないよ」

「……」

 再び言葉を失う雛ちゃん。

「有野さん。とりあえず佐藤の話を聞こう」

 沼田君が黙っていた雛ちゃんに言い、雛ちゃんがそれに小さく舌打ちをした。
 ありがとうと僕は話を聞いてくれるみんなにお礼を言って、ノートに目を落とす。
 僕が考えたみんなが優しい物語。
 最初の登場人物は、沼田君。

「沼田君は、好きな人の為に行動するって言ってた。だから、本当に楠さんの為なんだと思う」

「だから、そんなのじゃあ納得できねえんだよ! それのどこに私らが納得する理由があるんだよ!」

 雛ちゃんが机を叩くけれど、僕の話はまだ終わっていないので話をつづけさせてもらう。

「それだけじゃないんだ。沼田君は、沼田君が正しいと思ったことしかしないって言ってた。自分は間違っていないとも言ってた」

「それこそ人それぞれだろうが。沼田が正しいと思っても若菜にとっては正しいかどうかは分からない。沼田自身が進んでやっていることなんだから間違っているだなんて思わないだろうよ。でもだからって優しいかと言われたら別だろ。自分に優しいから優しいよだなんて話だったらふざけんなだ」

「えっと、あと、沼田君は、僕も同じ状況にいたら同じことをするんじゃないかって言ってた」

「沼田には優大の考えなんて分かんねえよ。人それぞれだ。相手の考えを完璧に理解することなんてできやしねえんだよ」

「そうかもしれない。でも、沼田君はずっと正しかった。一学期末みんなに責められていた楠さんに対して何の行動もとらなかったのは楠さんが悪いと思ったからだろうし、文化祭の時生徒会長に掴みかかったのは生徒会長が悪いと思ったからだと思う。沼田君のすることは正しかった。ずっと。だから、今回楠さんの秘密をばらしたのも、きっとそれが本当に楠さんの為になるからなんだよ。それこそが正義だと思ったからだよ」

「だから、それは全部沼田の中にある、自分だけの基準だろ。自分が正しいと思っても私たちにとって正しいとは限らない。むしろ、間違ってんだよ」

「でも、その基準は、今までそれほどみんなとずれていなかったよ。沼田君『同じ状況なら佐藤も同じことをすると思う』、って言ったけど、多分僕じゃなくても、他の人も同じことをするからそう言っただと思ってる。沼田君の感覚はいたって普通だから。一学期末、クラスのみんなが楠さんを責めたのは楠さんが悪いと思ったから、文化祭の時みんなが生徒会長に詰め寄ったのは生徒会長が悪いと思ったから。だから、今回だってそうなんだよ。多分みんなは楠さんの噂をばらす。それは、きっとそれが正しいから。沼田君も楠さんの噂をばらす。それはきっと、それが正しいから」

「そうじゃねえだろ。実際そうじゃねえんだよ。百合が正解を言っているんだよ。普通の人間ならばらさないのに、沼田はそそのかされてばらしてる。みんなと同じじゃねえよ」

「……僕も、市丸さんが言った理由で、そそのかされて楠さんの秘密をばらしていたって言うのなら、普通の感覚ではないと思う。本当の楠さん、本音全開の楠さんを引き出すために、自分の為にやったことだとしても、それも普通ではないと思う。だから、僕はどっちも違うと思ってる」

 違うんだ。
 そんなの優しくない。
 沼田君は正しくあり続けたんだ。
 沼田君のすることが正義だったのではなく、沼田君は正しい事しかしていなかった。
 間違ったことなんて、していなかった。
 僕が勘違いしてしまう程に、沼田君は正しかったのだ。
 だから別にそそのかされたわけではなく、自分のためにしたわけでもない。もしかすると、沼田君がずっと正しかった、という時点で間違っているのかもしれない。間違ったことを多々していたのかもしれない。
 しかし僕はそれを知らない。
 それを認識していない。
 だから今回も、違うんだ。
 僕はそう認識する。

「……なら、どうして沼田は秘密をばらしてたんだよ」

 その認識を、雛ちゃんが確認する。認識を共有する為に。
 僕は言わせてもらう。ありがたく言わせてもらう。

「沼田君だけではなくて、みんなも同じことをするとしたらそれは一体どういう理由かなって考えたんだ」

「……で?」

「市丸さんの話、楠さんをストレスから解放するという話、もしかしたら真に受ける人もいるかもしれないけど、僕は結局受け入れなかったから、みんながみんな受け入れるとは思わないし思えない。沼田君が本音全開の楠さんを引き出す為、自分の為にやるとも思えない。それこそ、認識するまでもなく違うことだよね。だって、それは本末転倒だもん。そんなことをしたら楠さんに嫌われてしまうよ。嫌われてまでそんなことをする意味はないよ。沼田君は楠さんのことが好きなんだから」

 楠さんの為にならないどころか、自分の為にならない。嫌われることが楠さんの本当の姿を引き出す近道だとしても、沼田君はそんなことしない。少し変わったところがあるとは思っていたけれど、沼田君は楠さんのことが好きなのだから。嫌われて喜ぶほど、沼田君は変わっていない。

「……じゃあ、どうしてだよ」

「……きっと」

 僕の考えた物語。
 その物語の、最初の優しい登場人物は、沼田君。
 沼田君は優しかった。
 ずっと優しかった。
 これまでもこれからも、多分ずっと優しかった。
 正しくて、優しくて、なんでもできて。
 人の為に。
 誰かの為に。
 沼田君は優しかった。
 ずっと優しかった。
 ずっと、自分を殺していたんだ。


「沼田君が噂を広めていたのは、きっとそれを楠さんに頼まれていたからだと思う」
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