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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第一章 キョーハク少女
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平凡な人生の終わり

「まさか君が副委員長になろうとはね」


 ロングホームルームが終わってすぐに楠さんに連れてこられた屋上。

 教室を出るときに受けた男子全員の視線が非常に痛かったです。おまけに雛ちゃんもめちゃくちゃ睨んでました。怖かったです。


「僕もこんなことになるとは思いもしなかった……」


 昨日のように、二人屋上の端に腰掛けお弁当を食べる。


「他の男子がするより、佐藤君はコントロール効く分よかったけど。それにしても、有野さんね……」


「え、やっぱり嫌なの?」


「やっぱりって何。嫌だなんて言ってないでしょ」


「あう、ゴメン……」


「君は今までそう思ってたんだね。私が有野さんのことを嫌っているって。嫌っていないって言った私の言葉を信じていなかったんだね」


「そう言うわけじゃないよ! なんだか意味深な言い方だったから気になって……」


「ふーん。まぁ、いいでしょう。信用してもらおうだなんて思ってないし。私と君の間に信頼関係は必要ないもんね。大切なのは主従関係」


「う……。僕召使なんだ……」


「なんで人なの。おこがましいよ」


「え! 犬ですか!?」


「……」


 ……? あれ?


「ぼ、僕、犬扱いなの?」


「……」


 あれ……。無視されるよ……。


「そ、その……」


「……」


 聞こえてないのかな……。……そんなことあり無いよね……。


「……あ、の……」


 ……今話しかけたらダメなのかな……。

 ものすごく寂しい不安に襲われ始めたところで、やっと楠さんが声を出してくれた。


「知ってる?」


「え、な、何が?」


「犬の無駄吠えはね、無視するに限るの」


「えっ、今僕しつけられてたの?!」


「……」


 ……うう……。


「そんなことより、有野さんが副委員長になったことだよ」


「あ、そうだったね」


「君はどういった目的で有野さんを推薦したの?」


「え、僕は一番いい人を選んだだけだけど……」


「ふーん? 他意はないと?」


「他意はない、です……」


 そもそも、他にどんな他意が想像できるんだろう。

 僕の頭の中が読まれたのか、楠さんが教えてくれる。


「たとえば、君は私と有野さんが仲が悪いと思っているようだし、それを何とかしようと二人を近づけた、とか」


「あ、なるほど……」


「……別に誰でもよかったんだけどね……。でもまさか有野さんと君になるとは思わなかったよ。特に有野さん。絶対副委員長は男子になると思ってたんだけどね」


 僕もそう思ってました。


「女子と女子もどきが副委員長になる未来は見えてなかったなー。残念」


 女子もどきって、僕、だよね……。うう……男子にカウントされていないって、すごく悲しい。


「佐藤君!」


 落ち込む僕を見て、楠さんがみんなの前で使う可愛くて聞きやすい声で声をかけてきてくれた。


「佐藤君、この程度のことで落ち込まないで! まけちゃダメ!」


「く、楠さん……」


 なんて優しいんだろうと、感涙にむせびなこうと思ったら。


「目障りだから」


 喜ぶ僕を見て、楠さんが僕の前で使う可愛いけれど感情のこもっていない声で突き放してくれた。

 ありがとうございます。


「それで、話の続きなんだけど」


「え、うん」


「少し前ね、兄とファミリーレストランに行ったの」


 ……さっきの話と全然関係ない話だけど……違うよって注意しなくても……いいんだよね?


「タミフルみたいな名前のお店」


「うん分かった」


「そこで面白いことがあってね」


 ……今自分でハードルを上げたね。


「私と兄が入店して、席に案内されたんだけど、私達にあてがわれたボックスの隣のボックス席に学生と思しき三人組が座っていたの」


「うん」


「私たちの席から遠い方のサイドに、私達が案内されている姿が見える奴が一人いたの」


「うん。一人は楠さんたちに顔を向けていて、残り二人は楠さんたちに背を向けているんだね」


「そういうこと。その私の顔を見た男をA、背を向けている二人のうち通路側の男をB、残りをCとするね」


「う、うん……」


 世間話でABCのキャラ分けが必要だなんて、いったいどんな話なんだろう……。


「Aは私の顔を見て、すごく気持ちのいい気持の悪い笑顔を作ったの」


 ……どっち?


「私は可愛いから、見ればそう言う反応もしたくなるし仕方がないけれど。でも気持ち悪いから私はAの顔を見なくて済むようにそいつに背を向けるように、BCと背中合わせになる方に座ったのね」


「うん……」


 この時点でなんだかAさんがかわいそう……。


「席についたと同時に兄がウザい話をしだしてね。興味のかけらも湧かない私は暇だったから背中の方から聞こえてくる話を盗み聞きすることにしたの」


「え?!」


「なに」


「え、いや、なんでもないです……」


 この前、楠さん、電車内の携帯通話についての話の時に、「盗み聞きするのもよくないと思うし」って言っていたけれど……。今、盗み聞きすることにしたって……。


「言いたいことがあるなら言ってよ。そう言う約束でしょう。ばらすよ」


「あ、えっと、その……なんでもないです……」


「……ばらされたいみたいだね……」


「ほ、本当に、何もないの! 気にしないで! 僕、楠さんの話の続きが聞きたいなぁ!」


「………………まあ、いいや。それで、後ろの話に聞き耳を立てたんだけどね、そこで思いもよらない話を聞いたの」


「思いもよらない話……」


 一体、どんな話なんだろう。


「すごい話と言うより、話している人の感性に感心したっていうこと」


「どんな話だったの?」


「最初はね、くだらない話ばかりしていたの。下世話な話。あーはいはいって思ってたんだけど、Bが何の脈絡もなく『俺さぁこの前、親指を結構広い範囲でやけどしちゃって』っていう話をしだしたの。どうせまた『こんな傷を負う俺すげえ』みたいな話なんでしょうって呆れていたんだけど、全然違ったの」


「どんな話だったの?」


「Bはね、そのやけどの傷を『子供のようだ』って言ったの」


「こ、子供?」


 よく分からないや!


「Bがね、『このやけどができた時、すごく痛い思いをした。それからしばらく痛みが続いて、それが終わったら急に痛みが引いたんだ。でも、安心していたら突然やけどがものすごい痛みを発しだして、それを我慢してしばらくしたらまた痛みが治まって。それを繰り返して、今はもうほとんど痛くない状態。これってさ、子供を育てることと似ているんじゃないかなって。産むのに激痛を伴って、手のかかる時期を何度も乗り越えて、やっと落ち着いて。もうすぐ俺のやけどは独り立ちだ。俺は快適な老後を過ごせるというわけなんだ』。そんな内容の話をしたの」


「そ、それは、すごいね」


「まさか傷を子供に例えるなんてすごい感性を持っているでしょう。確かに言われてみればそうなのかもって、珍しく相手が男なのに感心させられてさ。しかもそのあとBが『俺、このやけどに名前つけたんだ』って言ったときには思わず吹き出しそうになったよ。さらにその名前が、空から降る『雪』に茉莉の『莉』で『雪莉』だって、『ユキリ』。なんでその名前なのかなって、少し考えて、『湯きり』だって気づいたときにはもうおかしくて仕方がなかったよ」


「それは楽しいね。すごい人に出会ったね」


 面白い人がいるなぁ。

 面白くって、すごくって、僕は笑った。


「いや、まだ笑いどころじゃない」


「えっ?!」


 あれ?! 面白かったのに?!


「Bがその話をしている間、私の顔を見て一目ぼれしてしまったAが、明らかに私を意識した面白ツッコミをしようと元気に空回りしているところが滑稽で面白かったっていう話」


「……」


 やっぱり、最終的にAさんがかわいそうという感想で終った。


「なんなの? Aが面白いツッコミをしたところで私はAなんかに興味を示さないよ? それでも頑張る男の子ってなんなの? 興味があるならそっちから話しかければいいじゃない。なんで、面白ければ私のほうから話しかけるはず、とか思えるの? そんなのあり得ないでしょ」


「う、うん……」


 僕はよく分からないけれど……。


「興味のない男に話しかけたりなんかするわけないじゃない」


「そ、そうだよね」


 怒ってるよ……。どうやってなだめればいいんだろう……。


「あ、そう言えば、君料理するんだっけ?」


「え? うん」


 あれ、また話が変わった……。もう怒ってないのかな。よかった。


「オーブントースター本体にさ、温める目安って書いてあるでしょ?」


「うんあるね。トーストとか、グラタンとか、おもちとか」


「私の家にあるトースターはね、トースト二分、クッキー三分、焼きもち四分、冷凍ピザ四分、グラタン八分、冷凍フライドポテト十分って書いてあるの」


「すごいね。全部覚えてるんだね」


「あんなのパッと見ただけで勝手に頭に入ってくるでしょ」


 ……。僕には無理です。


「おかしくない?」


「え、え? パッと覚えられない僕が?」


「そんなのはどうでもいい」


「……ごめんなさい」


「私が言っているのはその表記の統一性のなさ」


「え? ……何か、おかしいかな……」


「おかしいでしょ。トーストは完成形でしょ? 完成前は食パンね。焼きもちも完成形。でも、冷凍ピザと冷凍フライドポテトは温める前の完成前。完成形と完成前のものが混同しているっていうのはどうなの?」


 Aさんの話から変わったけど、結局最後に怒ることは変わりないんだね……。

 ……オーブンの表記に統一性がない、かぁ。でも……。


「う、うん……」


 少しもやもやするところを残しながら、とりあえず頷いてみたけれども、


「何? 言いたいことがあるなら言ってって言ってるでしょ!」


 お、怒られた! 怒鳴られた!


「あ、あ、あの、僕は、その、購入者の為を想って、分かりやすさを優先した結果だと思います!」


「分かりやすさ?」


「は、はい……」


「……」


 楠さんが空を見上げて考えている。

 その間に僕はドキドキを抑え込もう。あー、怖かった。

 すぐに僕の方に顔を戻す楠さん。もうちょっと考えてくれてもよかったけれど。


「……確かに、混ぜた方が分かりやすいかもね。パンより、トーストの方がわかりやすいし、ピザより、冷凍ピザの方がわかりやすいもんね」


「そ、そう、だよね」


「なるほど。別に統一する必要もないし、それなら分かりやすい表記の方がいいよね」


「うん、うん」


「あれは私達の為を想ったメーカーの粋な計らいだったわけだね。ああ、疑っていた私が恥ずかしい」


 ふー。よかった。もう怒ってないね。


「そう言う優しい見方ができる君ならば、もしかしたら、私の抱えている悩み、解決できるかもね……」


 楠さんの悲しげな視線が屋上の地面を滑る。


「え、悩み……?」


 楠さんが抱える悩み? ……もしかしたら、みんなの前でいい人を演じている理由なのかもしれない。きっと、何か深い理由があるんだ。でも、僕なんかに解決できるのかな……。む、難しいよね……。

 地面をさまよっていた視線を僕に固定する。


「……あのね」


「う、うん!」


 解決できようができまいが、僕にできる事は何でもしよう!


「佐藤君、四元徳って知ってる?」


「……四元徳? ちょっと、分からない、です」


「人間が備えるべき四つの徳だっていうことなんだけど、その四つが、正義、知恵、勇気、節制なの。聞いたことない?」


「……ありません」


「だろうね」


 も、もしかして、一般常識なのかな……。


「その四元徳は、『国家』に当てはめたりするらしいんだ。いわゆる哲人政治。理性のある人間が国を治めることによって、軍人は勇気をもって国を守り、市民階級――まあ、私達でいいや――私たちは節制をするようになるらしいの。正義の独裁政治と言えばいいのかな」


「へぇ……。そうなんだね」


 初めて聞いたよ。


「いやいや、ちょっと待ってよって、思わない?」


「え?」


「なんで私たちが節制しなくちゃいけないの?」


「え、え?」


「これじゃあまるで私達だけが節制しなきゃいけないみたいじゃない。まずは理性のある哲人様が節制してよ。そうしたら見習うから」


「そ、う、なのかな……?」


「君はそう思わない? いくらいい政治をしてくれても、上がやらないことを下に求めてもらってもって」


「う、うん……」


「私の解釈が間違っているのかもしれないけれどね。君はどう思う?」


「えっと、その」


 ……正直に言えば、何とも思いません……。だって、よく知らないんだもん……。


「……はぁ、君でも私の悩みにこたえることはできなかったか……」


「ご、ごめん」


「……。全く、佐藤君は役に立たないね」


「ごめんなさい……」


「……。……。ふぅー……」


 疲れたのか、膝の上の弁当箱を両手で包み大きく息を吐いた楠さん。


「……早く食べ終わってよ」


「え、あ」


 まただ! また楠さんの話に夢中でお箸を動かしていなかった! でも楠木さんのお弁当箱は空っぽだ。いつの間に……。


「あの、別に、僕を待たなくても、帰りたかったら帰ってもいいと思うよ?」


「なに? 邪魔だって言いたいの? 急かすなって?」


「そ、そんなこと言わないよ! もちろん、隣にいてくれるのは嬉しいけど、待たせるのは悪いから……」


「そう思うなら早く食べて」


「あ、そうだね」


 僕は箸を動かした。

 ……。何で待ってくれるのかな。


「……」


 僕はまじまじと楠さんを見つめる。


「なに? 箸を咥えながら私を眺めても私は食べられないよ?」


「え、あ、ち、違うよ」


 じっと見つめるなんて、失礼だよね。


「えっと、その、聞いてもいいかな」


「この前も言ったけど、内容も何も聞かされないでそんなこと言われてもうなずけるわけないでしょ。何を聞きたいのかを最初に言ってよ。佐藤君のそれ、絶対にいい事じゃないよ」


「あ、ごめんね……。あの、僕を待ってくれる理由を聞いてもいいかな……」


「……で、それを聞く……」


「い、嫌なら、別に言わなくても……」


 言いたくないことだったのだろうか。


「言うよ。大した理由じゃないけど」


「ありがとう」


「佐藤君が草むしりをしてる時に、私先に帰っちゃったでしょ。あれ、すごく申し訳なく思ってたからさ、どうやって償おうか考えていたの。そこで、一人寂しそうにご飯を食べている佐藤君に気づいて、一緒にご飯を食べてあげようって。別にこれはただの自己満足だし、償いのつもりだから感謝とかしないでよ」


 僕なんかの為に、ここまでしてくれるんだ……。優しいね、楠さんは。


「ううん。僕、嬉しいからお礼言うよ。自己満足とか、償いとか、関係ないよ。ありがとうって言いたいから、ありがとうっていう。本当にありがとう楠さん。おかげでお弁当がおいしく食べられたよ。やっぱり一人で食べるより誰かと食べた方がおいしいね」


「…………。そう」


 僕の答えが気に入らなかったのか、楠さんが口をとがらせ空のお弁当箱に困惑のまなざしを注いでいた。


「あ、あの、楠さん?」


 気になり、声をかけてみたけれど、楠さんからそれに対する反応をもらうことはできなかった。


「……」


 仕方がないので、僕は急いでご飯を食べることにする。それが一番だからね。


「ねえ、佐藤君」


「え?」


 ウインナーを口に入れようとしたタイミングで話しかけられた。

 僕はウインナーをつまんだまま楠さんを見る。


「佐藤君、その性格を少しだけ変えたら人生楽しくなると思うよ」


「え? え?」


 空の弁当箱を弁当袋にしまい楠さんが立ち上がった。


「その、どういうこと……?」


 僕を見下ろす楠さん。その眼はいつもより暖かい、気がした。


「目障りだから卑屈な性格を矯正してって言ってるの」


 全然暖かくなかった!


「う、うん……。ごめんね……」


「……。じゃあ、私戻るから。ここでご飯食べる理由がばれちゃったら、もうここじゃあ食べられないね。明日からはまた一人で食べてね」


「う、うん……」


「じゃあごゆっくり」


 屋上から去っていく綺麗な黒髪を眺めながら、僕は心に生まれた半透明な疑問の正体を懸命に探った。









 ――楠さんが屋上を出て行き、一人取り残された僕もお弁当を食べ終え教室に戻った。

 そこから僕の人生は激変していく――


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