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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第一章 キョーハク少女
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信頼度

 数学、英語、古文と終わり、いよいよ四時間目のロングホームルーム。LHRだね。

 今日の話し合いは副委員長について。誰が楠さんをサポートするのかがとうとう決まる。これまで誰も一歩も譲らなかったから、多分、先生が決めることになるんだろう。

 チャイムとほぼ同時に担任の先生がやってきた。


「席へつけー」


 いつも同じセリフで教室に入ってくる先生。

 楠さんの声で起立礼。

 みんなが着席する。……決戦の火ぶたが切って落とされた。


「えーっと。それで、誰が副委員長をするのか決めたか?」


 みんな無言。


「えーっと、じゃあ、やりたい奴」


 先生の声に男子全員が手を挙げた。あ、僕以外だよ。……と、思ったけれど、沼田君も上げていなかったから、僕と沼田君以外だね。


「あー分かった分かった。手を下ろせ。やっぱり男子全員だな」


 え、僕と沼田君は上げてないよ。


「じゃんけんでもくじでもいいが、それじゃあいい文化祭は作れないからな。やっぱり、俺がふさわしいと思う人間を指名したいと思う。それでいいよな」


 教室内の空気は「まあ仕方ないか」と、それを受け入れた。でも、大体誰が指名されるか分かるよね。


「じゃあ、そういうわけで――」


 こんなの、当然。


「――沼田」


 沼田君に決まっているよ。


「え、俺っすか?」


「ああ、沼田にお願いしようと思う」


 悔しがっている生徒も大勢いるけれど、でもその人たちも「まぁ、最初から分かっていたし……」とあきらめがついているようだ。クラスの雰囲気はもう沼田君が副委員長になるのを認めていた。


「沼田ならうまくやるだろう。じゃあ、沼田。頼んだぞ」


 すごいや! 楠さんと沼田君の完璧コンビだ! 一体どんな文化祭になるんだろう。楽しみでしかたないや!

 沼田君が先生の指名を受けて、ぽりぽりと頭を掻きながら苦笑いで言った。


「俺、あんまりやりたくないんですけど……」


「「「「「「「「「「…………え?」」」」」」」」」」


 教室中が、あっけにとられた。当然僕も。


「……いや、でも、お前以外に適役はいないぞ。どうして嫌なんだ?」


「え、だって、部活ありますし。そもそも、俺やりたいって言ってませんし」


 教室中がざわめく。自分にチャンスが回ってくるかもしれない……! と、思うことよりもまず沼田君が断ったことがみんなに衝撃を与えた。

 全員どこかで分かっていたから。

 沼田君と楠さんなんだろうなーって。

 でも、本人が、見事に拒否をした。


「ぬ、沼田? でもな、お前以外には、みんなをまとめられる人間いないと思うんだがな?」


「いやー、楠さんだけで充分っすよ。それに、俺以上の適役がいると思うんすよね」


「沼田以上の適役? ……ああ……なるほど……。じゃあ、沼田が指名した奴が副委員長だからな。異存はないな」


 教室全体が頷く。そしてみんなちらちらと小嶋君の方に視線を送っていた。

 きっと、そうだね。男子ナンバーツーの小嶋君なら、男子をまとめられると思うし楠さんとも仲良くできると思うな。

 小嶋君も分かっているのか、とてもいい笑顔で胸を張って沼田君の使命を待っていた。


「じゃあ沼田。指名してくれ」


「はい。俺は佐藤がいいと思います」


 沼田君の指名を受けて小嶋君が立ち上がった。


「えー、しょうがねえなぁ……沼田が言うなら俺が……って、は?」


「よし、沼田が言うのならしょうがない。小嶋が……って、は?」


「「「「「「「「「「…………は?」」」」」」」」」」


 教室中が、疑問に満ちた。当然僕も。いや、僕は誰よりも疑問に満ちているね。今この瞬間、僕は世界中の誰よりも疑問を抱いていると自信を持って言えるよ。


「…………は?」


 だから僕は、みんなからの視線に、一言だけ返した。それしかできなかった。

 みんなより早く我に返った先生が沼田君に聞く。


「あー、沼田? いい間違い、だよな?」


「え? いえ? 佐藤が適任だと思いますけど」


「……こほん。えー、沼田? 文化祭は、一年に一回、合計三回あるわけだが、高校一年の文化祭は、一回しかないんだぞ? それを、佐藤なんかに任せていいのか?」


 う……。本当のことだけど、なんだか悲しいよ……。


「任せられると思うから佐藤がいいって言ったんですけど」


「……ごほんごほん! 沼田?! 落ち着いて考えてみろ! 沼田がやった方が、文化祭が楽しくなると思わないか?! 佐藤もそう思うよな!」


「あ、は、はい」


 本音。クラスのみんな、当然そう思ってるよ。

 ……沼田君以外は。


「先生、よく言ってるじゃないっすか。部活をしていないのは佐藤だけだから佐藤頼むぞって。時間が一番とれるのが佐藤なんだから佐藤が適任だと思ったんすけど、ダメっすかね?」


「……えー、あーいや……。でも……佐藤、か?」


 みんなから視線をもらう。僕は慌てて机を凝視した。


「……ほら、佐藤だってやりたくなさそうだし、無理にやらせなくても……」


「え? 佐藤、嫌なの?」


「え?!」


 突然沼田君に問いかけられた! き、緊張しちゃうよ! そもそも話しかけてきたのが沼田君じゃなくてもこの状況なら緊張しちゃうよ!


「え、いや、僕、その……」


「佐藤! 嫌だよな!」


 先生が力強く言ってくる。


「は、は、はい……」


 同意させられてしまった……。でも、嫌だし、これはありがたいね。僕やりたくないし、まとめられるはずないもん。

 僕は、顔を伏せ拒否の体勢をとった。これで、大丈夫だね。

 それを見てかどうかは、顔が見えないからわからないけれど、沼田君が残念そうに言う。


「そっか……佐藤したくないのかー。佐藤が適任だと思うんだけどなぁ。なら――」


 ふぅー……。無事に、回避、できたかな?

 安心していた僕だったけれど。

 最後まで、何が起こるか分からないのが、LHRらしいよ……。

 誰かの声が僕の安心を壊す。


「ちょっと待てよ」


 誰だろう? と、伏せていた顔を上げてみる。

 小嶋君が呆然と立ち尽くしたままだけど、今の声は違うね。じゃあ、誰だろうかと教室を見渡してみると、教室の後ろの方にもう一人立っている人物を見つけた。

 雛ちゃんだった。


「おい担任。お前、いつも無理やり優大に仕事やらせてるじゃねえか。副委員長も無理やりやらせろよ」


 雛ちゃんが、格好良く、立っている。


「……それとこれとは話が違うだろう」


「違わねえよ。なんで雑務は嫌がる優大にさせるのに、こういうオイシイ役を優大にやらせねえんだよ」


 ひひひひ雛ちゃん?! 雛ちゃんは、僕の、味方なの?! 敵なの?! どっちなの?! 僕やりたくないんだよ!?


「あのなぁ、こんな大切な役、佐藤に勤まるわけないだろう?」


「てめえ優大を馬鹿にしてんじゃねえよ!」


「な、なんでお前がキレるんだ!」


「あったりまえだろう! 友達なんだから! ……ともだち……ですから……」


 急に落ち込んだ! どうしてだろう!


「友達なのは分かったけどな、この仕事はクラス全員に関わる仕事なんだぞ? 佐藤には荷が重すぎるだろ」


「んなのやってみねえと分かんねえだろ!」


「分かるだろ。無理無理」


「て、てめえ……!」


 た、大変だ! 雛ちゃんが爆発寸前だ! どうしよう!


「俺は佐藤ならやり遂げられると思うけどなぁー」


 一触即発の教室に、沼田君の声。

 爆発寸前だった雛ちゃんも、絶対否定派だった先生も沼田君を見る。沼田君は続ける。


「だって先生から任せられた仕事ちゃんとしてるし、文句の一つも言わないし。こんな責任感のあるやつ、佐藤以外にいないと思うけど」


 雛ちゃんの顔が一気に明るくなった。


「沼田……。お前分かってんじゃねえか! そうだよなぁ!」


 先生の顔が一層暗くなった。


「沼田……。お前何もわかってないな。そうじゃないんだ」


「てめえ担任! どういうことだよ!」


「あのな、佐藤に仕事を頼むと、いつも『暇じゃないんで』って言って断ろうとするんだ。それを俺がやらせているからやるだけで、責任感とは無縁の人間なんだぞ佐藤は」


 ……。僕、死んでもいいかな。


「てんめぇ……! 勝手に優大に仕事を押し付けておいてその言いぐさはなんだよ……!」


「本当のことだから仕方がないだろう。なんだっけか? ご飯を作らなきゃいけないからとか、そんな言い訳をしていたな。そんなことあるわけないだろう。なんで佐藤が家族のご飯を作らなきゃいけないんだ。すぐウソついて逃げようとするんだ」


 う、嘘じゃないのに!

 ちょっと、本気で涙が出てきちゃった……。


「先生」


 沼田君でも雛ちゃんでもない声が聞こえてきた。今度は誰だろうかと、涙目で見てみる。


「先生。佐藤君は自分でお弁当作ってきているみたいですよ」


 楠さんだった。


「両親が共働きらしくって、できる事は自分でやっているようです。なら晩御飯作っていても不思議ではないはずです」


「……それが本当かどうか分からないだろ?」


「独り言で早く帰らなきゃいけないって言ってましたから、暇じゃないというのは多分嘘ではないかと」


「……そ、そうか。でも、な」


「それに私も佐藤君が適任だと思います。佐藤君なら、私の命令を……じゃなくて、私の指示をよく聞いてくれますし、一番効率がいいです」


「…………」


 先生が黙った。

 う、う……。僕、とっても嬉しいよ……。クラスのトップスリーがみんな僕の味方だなんて……。

 でも僕、副委員長したくないんですー……。

 うーん、と、唸っていた先生が顔を上げ、汗を飛ばしながら提案した。


「……じゃ、じゃあ、こうしよう。佐藤に決めてもらおう。うん。そうだ。みんなが信頼している佐藤に決めれ貰えばいいだろう? 自分でやるのもいいし、誰かを指名するのもいい。うん、いい考えだな」


「はぁ? てめえ何言って――」


「佐藤! それでいいよな!」


「え、え?」


「自分でぜひやりたいの言うのなら、自分でやってもいいし、誰か他の奴が適任だと思ったら、そいつを指名すればいい。な? それでいいよな?」


「……はぁ」


 楠さんが呆れていた。


「んなの自分がやりたいなんて言うわけねえだろ!」


 雛ちゃんはキレていた。


「まあ、俺はそれでいいと思うけど」


 沼田君は納得していた。


「よし、佐藤! 指名してくれ!」


 え、あれ? いつの間にか僕が指名することになってる! 僕了解してないのに! っていうか、僕、ここまでまともな発言してないよ! なのに問題の中心になっちゃってるよ! なんだこれ!


「さぁ。佐藤。早く指名してくれ」


 僕がやるんじゃなくて、指名することは、決定なんだ。やりたくないから、いいんだけど……。

 僕は誰がベストなのか教室を見渡してみる。みんな僕に注目していたけれど、一番目についたのはずっと立ちっぱなしだった小嶋君だった。小嶋君が、僕を睨み付けていた。

 眼力で訴えている。「俺を指名しろ……」と。うう……怖いよ……。


「ほら、佐藤。早くしてくれ。早く誰かを指名してくれ」


 急かす先生。う、うう……ゆっくり考えさせてよ……。

 ……。

 ううん。考えるまでも無いよ。この状況で、誰を指名しなきゃいけないかは決まってる。僕の命がかかっているんだからね。


「あ、あの……僕は……」


 きっと、みんな納得してくれる。この選択以外無かったって。


「僕は……」


 怒られるのは、怖いからね。

 そして僕は、みんなの視線を一身に受けて言う。


「僕は、有野さんがいいと思います」


「「「「「「「「「「…………は?」」」」」」」」」」


全員が、僕を馬鹿にするような目で見てきた。や、やめてよ……。そんな目で見ないでよ……。


「……あー、佐藤? 男子で、だぞ?」


「え? で、でも、副委員長は男子って決まっている訳じゃないですし、その、有野さんがやれば、多分、みんなまとまると、思うんです、けど……。楠さんと有野さんの二人なら、です」


 僕が雛ちゃんを選んだ理由を聞き、クラス中から「あぁ~」と納得の声が聞こえてきた。よ、よかった。これでみんなに怒られなくて済むね。

 ……でも、一人だけ激怒していた。


「……てめえ優大コラ。仕返しかよ……! 自分が副委員長に推薦されたことがそんなに気にくわなかったのか?」


 とっても怒っていた! 優しい雛ちゃんの顔じゃない! 普通に怒ってるよ!


「ち、ちち違うよ?! 仕返しとかじゃなくて、ほ、ほんとに、雛ちゃんがやった方がいいと思ったから!」


「てめえみんなの前で雛ちゃんとか呼ぶな!?」


 雛ちゃんの顔が真っ赤になった。な、なんだか、僕も恥ずかしいけど、幼馴染なんだから、いいよね。


「あー。じゃあみんなも納得したみたいだし、副委員長は有野で」


「はぁああああ?! なんで私がしなくちゃいけねえんだよ! 男どもやりたがってたじゃねえか! 私はしたくねえよ!」


 熱い雛ちゃんの心に対して先生はとっても冷めきった心。もう先生の中では決まっているみたい。


「いやぁ、でも、かなりいい落としどころだと思うけどな。俺の推薦した沼田が拒否して、沼田が推薦した佐藤が嫌がって、佐藤が推薦した有野がやる。しかも、クラス全員それで納得しているし、かなりいい選択だと思うな」


「私の意志が一切入ってねえよ! 沼田と優大の拒否が認められて私の拒否が認められないのはなんでだよっ!」


「いやぁ、みんなも有野がいいと思うよな」


 みんなが無言で頷いていた。

 男子達は自分以外の男子がするくらいなら女子がした方がいいだろうと思っているし、女子達は色々と思うところがあるだろうけれども最終的には雛ちゃんがするのが一番いいと思っているのだろう。

 多分このまま嫌がる雛ちゃんに決まってしまうだろう。これで決まらなければきっと一生決まることは無いと思うよ。

 でも、このまま決まったら僕、絶対に雛ちゃんに怒られるね。ものすごく睨まれているし、僕の命はもうないのかもしれないよ。


「……。ああ、分かった。分かったぜ担任。やってやろうじゃねえか!」


「おお、やってくれるか。助かるよ。いい文化祭になるな」


「ただ!」


 雛ちゃんにはまだ何か言いたいことがあるらしく、机に手を突き先生を睨み付けていた。


「どうした? 何かあるのか?」


「……やってやる、面倒くせえけど引き受けてやる……! けど、その代わり--」


 思いっきり机をたたいた後、僕を指さしてきた。


「優大も道連れだ! あいつも副委員長だ!」


「……。……えっ?! ええっ、ななななんで?!」


「もとはと言えば優大のせいじゃねえか! お前も苦い思いをしろ!」


「え、ええ!? で、でも、先生も、僕が副委員長するの嫌ですよね? そもそも、副委員長は、一人ですよね?」


「え? いや? 二人ですればいい」


 何それ! さっきまであんなに嫌がっていたのに!


「く、楠さんは?! 副委員長が二人もいたんじゃあ邪魔なんじゃないかな?!」


「私は全然いいよ。むしろ、便利がいいかな」


 ……。

 まあ、そうだよね。有野さんがいるんだから、ほかに副委員長が増えたところで、問題が起きるわけないよね。多ければ多いほど、便利だよね。

 ……だから、誰も、拒否、しそうに、無いですね。


「じゃあ、そう言うわけで――」


 そう言うわけで、僕は、いろいろな人からの恨みの視線を貰いながら、副委員長になりました……。

 ロングホームルームは、最後まで何が起こるか分からないみたいです……。

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