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キョーハク少女 作者:ヒロセ

第四章 僕らにとってのハッピーエンド

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佐藤君と聴力検査と主人公

「二人とも、私に相談されたいことは無いの?」

 一辺が一メートルほどの三角形を描くように等間隔に座る僕ら。その頂点の一人、楠さんが妙に偉そうに言った。
 実際偉いのだけれども相談者という身でありながらこれほどまでに強気でいられるということに少しだけびっくりしてしまう。
 まじまじと楠さんを見つめる僕。
 そんな僕に対して雛ちゃんは相手にしていない様子。

「優大。目を合わせちゃだめだからな」

 相手にしていないどころか危ない人の様な扱いをしている。当然楠さんとしては気分がよくない。

「ちょっと有野さん。私が相談してあげようって言うんだからそんなこと言わないでよ」

 強気な態度は一切やめない。これでは二人の間で喧嘩が始まってしまうのではないかな。

「うるせえ馬鹿野郎。私が自分の用事を我慢してまで話聞いてやろうって思っているのにどうしててめえがそんな不遜な態度をとってるんだよ。ぶん殴るぞ」

「殴るとか簡単に言わないでよ。弱い者いじめはいけないって道徳の授業で習ったでしょ」

「道徳なんざ授業で学ぶことじゃねえんだよ。自分の経験で培われるものだから本人が殴りたいと思えば殴ってもいいんだ。だから私はムカついたらお前を殴るぞ」

「なにその頭の悪いガキ大将理論。栄養が全部胸に行っているんじゃないの?」

「お前馬鹿にしてんのか?」

「馬鹿にしていないわけがないじゃない。よかった有野さん自身に胸が小さいという自覚があって」

 雛ちゃんが平手を振りかぶり楠さんめがけて思い切り振った。そして結果的に僕が叩かれた。

「い、いたい!」

 楠さんに引っ張られて見事に盾にされた。ここまで綺麗に決まるのかというほどに見事な平手打ちだった。初めから僕を狙っていたのではないかと勘違いしてしまうほどだ。

「悪い優大! 若菜何してんだこの野郎!」

 雛ちゃんが僕の後ろで小さくなっている様子の楠さんに怒鳴り声を上げる。

「有野さん、いくら佐藤君がムカつく顔をしているからって殴らなくても……。野蛮過ぎてちょっとお腹が空いて来ちゃったよ」

「それは関係ないし、お前私が優大に買ってきてやったお土産食っただろうが。金よこせ。いやそんなことよりもまず優大、本当に悪かった。優大を殴る気なんてこれっぽちも無かったからな、信じてくれ!」

「う、うん。痛かったけど、別に気にしてはいないし、そもそも雛ちゃんが悪いとは全く思ってないから気に病まないで」

「優大……。ありがとう。お前は優しいな」

「それで、私の相談なんだけど」

「このタイミングでそれを言い出すお前の神経を疑わざるを得ない。今私と優大が良い感じで話してただろ? お前空気読めよな? どういう神経してんだ?」

「私も有野さんの神経の図太さには驚かされるよ」

「誰の神経が図太いって?」

「え、有野さん耳悪いの? それとももう一度私の美声が聞きたいの? どちらにせよ有野さんって面倒くさい人だね」

「ぐ……!」

 楠さんが僕を突出し再び盾として使う。また殴られてしまうのかと思ったけれど雛ちゃんがすんでのところで持ちこたえてくれた。助かった。

「有野さんの耳が悪いで思い出したんだけど、私前から思っていることがあるの。聞いてくれる?」

「聞いてやるからとりあえず優大から離れろ」

 楠さんは雛ちゃんから身を守るためなのか僕を盾にすることをやめない。いい匂いがするから僕としては構わないけれど雛ちゃんの顔が怖いので離れた方がいいのだろう。

「そんなこと言われたら私としては逆に引っ付きたくなっちゃうよね」

 楠さんが僕の首に手を回してくる。密着する体に僕の体温が急激に上がった。
 鏡を見なくとも分かる。僕の顔は真っ赤だ。
 しかし正面に見える親友の顔のおかげで平静を装うことに成功した。

「くく楠さん、お願いだからやめてください」

「なに? 佐藤君は私に引っ付かれるのが嫌だって言うの? 贅沢ものめ」

「気分的には嫌ではないのですけれどもこの場で嬉しいという勇気が僕にはありません」

「そんなことより私の話を聞いてよね」

「はい」

 突然離れて突然素のテンションに戻ったので僕には返事をする以外に出来なかった。
 それにしても話とは一体何なのだろう。

「どうして聴力検査は数値で表してくれないのかなってずっと思っていたんだよね」

 どうやら『耳が悪い』で思い出した話の続きらしい。相談内容を教えてくれるのかと思っていたのホッとした。
 ここで安心する辺り、僕という人間の程度の低さが良くわかる。
 自己嫌悪もいいけれど、今は楠さんの話を聞こう。

「あん? 聴力に数値ってどういうことだよ。視力みたいに1・2とかの正確な数字を出してほしいとでもいうのかよ」

「まさにそう。今まで受けてきた聴力検査で分かるのは耳のよさではなくて、正常か異常でしょ?」

「……で?」

 雛ちゃんは本当にどうでもよさそうにしている。それに気づかず、いや気付いているのかもしれないけれどそれに気づかないふりをして楠さんは話を進めて行った。

「目が良いとか悪いとか、結構お近付きの際とか暇な時に話したりするのに耳が悪いとかってあんまり話さないでしょ? 変だと思わない? 聴力に数値が付けばきっとみんな聴力の話題とかもすると思うの」

 雛ちゃんは返事をしないなと思ったので僕が返事をすることにした。

「そうだね。……そうなの?」

「そうなの。この世に本格的に測る聴力検査なんてものがあるのかどうかは知らないし、もしあるのだとしてその検査をすることによって正確な数値が出るのかもしれないけれど、今はそんなことどうでもよくて、とにかく私達が生きていく中で受ける聴力検査では1か0しか分からないのに、日常生活を過ごしている中で感じるに聴力というものは相当個人差があるからオンかオフでしか分けないのはおかしいと思うんだよね。多分佐藤君は鈍いから0・02だね。有野さんは地獄耳だから9・0くらいかな」

「私は狩猟民族か」

 僕の聴力は低いらしい。まるで主人公だ。漫画の主人公たちは「え、何が?」とか得意技だ。
 雛ちゃんの聴力が9・0だとしたら、それは最早特殊能力だよ。主人公とは正反対なのに主人公的だよ。

「お前自身はどうなんだよ」

 僕も楠さん自身が自分にどのような数値をつけるのか気になった。

「私はあまり耳が良い方だとは思わないから0・8くらいかな」

 割と普通だった。楠さんの事だから良いか悪いか、どちらかに振り切れると思ったのだがそんなことは無くきわめて真面目な答えだった。
 僕が思っていることを雛ちゃんが声に出して言う。雛ちゃんは怖いもの知らずだ。

「何の面白味もねえな」

「別に有野さんを楽しませようとして言ったわけじゃないし、そもそも答えが面白くない以前にフリがつまらなかったんじゃない?」

「お前が言い始めたことだろうが馬鹿野郎」

「はいその『馬鹿野郎』は佐藤君ガードによって佐藤君が吸収しました。有野さんは今佐藤君を貶しましたー」

「うざ」

「ウザくて結構。それで、とにかく。私は聴力も数値化するべきだと発案します」

「勝手にやっておけよ。で、そんな話よりも相談事があるんだろ、さっさと言えよ。私と優大だって暇じゃあねえんだよ」

 雛ちゃんにも大切な話があるんだったね。一体なんだろう。とても気になる。
 けれどそれを聞くのはまた今度になりそうだ。何となくそう思った。

「そんなに聞きたいなら教えてあげてもいいけど」

 僕の後ろで楠さんがやれやれと言っている。

「お前次にふざけたら優大を連れてどこかへ行くからな」

 僕の目の前で雛ちゃんがプンプンと言っている。

「そんなに怒らないでよ有野さん。しょうがないから相談してあげようかな」

 雛ちゃんのこめかみがピクッと動いたけれど怒りはしなかった。というか怒ったけれど我慢したんだ。さすが雛ちゃん。ここで怒ったら話が進まないからね。

「それでね、相談なんだけど、最近耳の聞こえが悪くってさ」

「はい優大を連れて行く。もう連れて行く。絶対に連れて行く。我慢できない」

 雛ちゃんが僕の手を掴んで立たせようとした。けれどそれに抵抗するように楠さんが僕の肩に全体重を乗っけている。

「我慢できないからどこかへ連れて行くとか、有野さんなんだかいやらしい」

「もうお前とは話さない。優大行くぞ」

 ぐいぐい引っ張る雛ちゃんとぐいぐい引っ張る楠さん。どちらもぐいぐい引っ張っておりその間にいる僕としては嬉しいような悲しいような今にも肩が外れてしまうような。

「その、雛ちゃん、落ち着こう」

 そろそろ腕に異常が出てきそうなので引っ張るのをやめてもらうために話を聞いてくれそうな雛ちゃんに声をかけた。いや、別に楠さんがわがままだからとかそんな含みは一切ないよ。
 結果雛ちゃんの引っ張る力は逆に強くなってしまった。これはいよいよ肩の心配をしなくてはいけない。いや肩どころではなく、肘も手首も外れてしまう。そうなってしまったらまるでヌンチャクではないか。

「落ち着けるか! 私結構我慢したぞ! もうさすがに諦めてもいいだろ!」

 いたたたた。

「た、確かにちょっとだけ本題に入るのが遅いかなぁとか思ったけど、そこはきっと言いづらい相談事をする前に空気を和ませようとしているんじゃないかな」

「どう見てもふざけていただけだろ」

 僕にもそう見えたけれどそうではないのかもしれない。それは本人にしか分からない。

「違うよ有野さん、ふざけてなんかいないよ。私は言いづらい相談事をする前に空気を和ませようとしていただけだよ」

 僕の言葉をそのまま言っただけだ。

「黙れ」

 雛ちゃんとしては冗談としても受け取れないらしい。
 楠さんもムッとしたのかな?

「偉そうにして。なんなの? それが相談される側の態度?」

 雛ちゃんの爆弾に直接火の玉を投げつけた。ゆっくりと火が向かっていた爆弾が一気に爆発する。

「ああああああああああ! もうマジでウザい! 優大がついてこなくても私はどっか行くぞ! こんなところにいたらムカついて暴飲暴食しちまいそうだ!」

 僕の手を離し頭を掻きむしる。

「もっとお兄さんににちゃうね」

「にっ……!」

『もっと』ということは初めからある程度似ていてその上で更に似ると言うことだ。
 國人君のことが嫌いだという雛ちゃんとしては大変不名誉なことなのだろう。全くそんなことは無いのに。

「優大! 話はまた今度にする! 今日はもう無理だ! 頭がおかしくなりそうで仕方がない!」

「かーらーのー?」

「黙れ! 何も言葉続かねえよ!」

 雛ちゃんが扉へ向かう。

「あ、そうそう。有野さん、帰る前に私の相談ごと聞いて行ってくれない?」

「だ・ま・れ!」

 取っ手に手をかけた雛ちゃんが振り返り「いーっ!」っとしかめっ面をした。一見楠さんの相談を拒否しているように見えるけれど、恐らくこれはそうすることによって楠さんの話す時間を作っているのだろう。なんだかんだ言っても雛ちゃんだって本気で悩んでいる楠さんを見捨てたりなんかしたくないのだ。
 雛ちゃんは優しいのだから。

「まあ、相談事なんてものは元から無いんだよね」

 しかし楠さんは平然とその優しさを踏みつけて行く。
 この時何故かはわからないけれど、楠さんは色々と一枚上手なのだろうと思った。

「しね!」

 ドアが思いきり閉じられ、その後すぐに家全体に響き渡る足音が数秒間聞こえてきた。その間部屋に残された僕らは特に何をしゃべるわけでもなく雛ちゃんの出て行った扉をじっと見ているのだった。
 足音が聞こえなくなってから、つまりは雛ちゃんが僕の家を完全に出て行ってからちょっとして、楠さんも立ち上がり扉の取っ手に手をかけ帰ろうとし始めた。

「あ、もう、帰るの? えと、相談は……?」

 一応、聞いてはみるものの。
 僕なんかには何もできないのだ。
 だって僕は人を不幸にする愚か者なのだから。
 人を泣かせることしかできない負の塊なのだから。

「相談事は無いよ」

「あ、そうなんだ」

 やっぱり僕はほっとした。色々な意味でほっとした。ほっとしてしまった。

「相談事は無いけど、でもお願い事はあったんだよね」

「え? お願い事?」

 お願いと相談は違うのだろうかと気になったけれど今その違いを聞くときではないと思った。

「それももういいよ。お願いするまでもないみたいだし」

 すごくいい笑顔。久しぶりに見た気がするのは気のせいではない。
 今週はいろいろあったから。
 しかしお願い事がお願いするまでもない事だったとはどういうことなのだろうか。これは今聞いてもいい事、だと思う……ので聞いてみた。

「えーっと……? 願いが叶ったってこと? だからお願いするまでもない事なの?」

「まあ、そんなとこ」

 ずっと笑顔の楠さん。
 僕も笑顔になる。そのせいなのか、相手の心に簡単に踏み込んでしまう。

「どんな願いだったか聞いてもいい?」

「どうして聞きたいの? 別に面白い事じゃないよ」

「えっと、なんと言うか、楠さんは何でもできるすごい人だから、その楠さんが改まってどんなお願いをするのかなって気になって……」

「うーん……。ナイショかな?」

 教えてはくれないらしい。お願いをするまでも無いということの意味。一体いつ願いが叶ったのか。
 諸々。
 この先僕が知ることは無いだろう。

「じゃあね、佐藤君」

「あ、玄関まで見送るよ」

 中腰になった僕を楠さんが制止する。

「ここでいいよ。むしろこの部屋から出ないで」

「え、あ、うん」

 そう望むのならばそうしよう。僕はゆっくりと腰を下ろした。
 意外とお願いというのは部屋を出ないでということだったりして。ありえないけれど。

「改めて、バイバイ佐藤君」

 笑顔の楠さんが僕に手を振っている。僕も笑顔で手を振った。いや、手を振って笑顔を作ったのかもしれない。
 その二つは、同じようで違う。

「うん。また明日」

 とにかく僕は楠さんに手を振った。
 笑顔だった楠さんが扉から出て行く。僕はそのタイミングで手を下ろした。
 扉を閉める為に少しだけ体をこちらに向ける。廊下側の取っ手を握りゆっくりと閉めていく。楠さんの姿がどんどん見えなくなっていく。そして、見えなくなる直前に楠さんが言った。小さな声で言った。

「これからも仲良くしてね」

 そんなはずないのに、そんなわけないのに、そんなことありえないのに、その言葉は妙な必死さを感じた。
 僕に聞かせたかったのか、聞かせたくなかったのか。
 僕の聴力を0・02だと判定した楠さんとしては、聞かせるつもりはなかったのかもしれない。
 しかし僕の耳はその言葉を聞いた。聞こえてしまった。
 鈍いけれど耳はいい。
 やっぱり、僕は主人公にはなれないみたいだ。
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