ライトノベルの主人公
楠さんに脅されたり、雛ちゃんと仲直りをしたり、小嶋君に怒られたり、先生に仕事を頼まれたり。
なかなか濃い日々が続いているけれど、きっともうすぐこの非日常の波は治まるよね。今まで凪すぎなほど凪いでいた僕の人生の海がこれ以上荒れることは無いよね。今日からまた落ち着いた心地のいいビーチに戻っていくはずだ。僕の海じゃあサーフィンなんかできないよ。波一つないからね。
僕はいつも通りの一日を迎える為に、いつも通りひっそりと教室に入って、いつも通り誰とも挨拶を交わすことなく、いつも通りライトノベルの世界に逃げ込む。
うん。
これが僕の毎日だよ。
昨日までが嫌だったとか、そう言うことは一切ないけれど、むしろ面白かったけれど、僕は楠さんや雛ちゃんや小嶋君や先生といった人生の主役を張れるような人たちと深くかかわれる人間じゃないんだ。
部屋の隅っこで一人本を読んでおくくらいがちょうどいいんだ。
誰も怒らせることは無いし、誰も困らせることも無い。
脇役ですらなくていい。
背景の一部で充分だよ。
僕が今読んでいるライトノベルで言うならば、僕はページ数で充分だ。イラストでも、本文でもなく、ページを教えるだけの役割。無くてもあまり困らない、小説の一部でありながらその枠から外れている存在。時々、気になった人が目をやる位の存在でいい。僕には物語の一端を担うなんて荷が重すぎるからね。
……楠さんは主役かな? 美人だし、なんでもできるし、みんなから信用されているし、簡単に主役になれるね。あ、でも雛ちゃんも可愛いし、何でもできるし、男前だし、簡単に主役になれるや。
あ、でも、大体主役は男の子だから、この二人はヒロインになるのかな? だとしたら、主役は――
「おーっす」
とても大きな挨拶が聞こえてきた。
僕は顔を上げてその声の主を見てみる。
「はよー」
手を軽く上げ近くにいるみんなに挨拶を振りまいていた。
背が高くってかっこいい沼田君だ。
このクラスの男子ナンバーワン。
ライトノベルの主役は、沼田君だね。むしろ沼田君しかいないね!
席に着く沼田君を目で追う。
沼田君が座った瞬間、そこに人だかりができた。
男子も女子も、みんな集まる。
沼田君はいつもいつでも人だかりの中心だ。すごいや。
……僕なんか、背も低いし、かっこ悪いし……。
僕はいつもいつでも人だかりの外の外だ……。すごくないね……。
所詮は主役とページ数。憧れることもおこがましいことなんだよ。
僕は、人生のページ数らしく、誰にも気づかれないように本の世界に没頭した。
沼田英明君。
茶髪で男子にしては長い髪。でも全くうっとうしくない、完璧にセットされたような髪型。噂によれば、自然とそうなるらしい。
小嶋君と同じバスケ部で、一年生にもかかわらずレギュラーを任されるすごい人。
当然背も高く、運動神経は言わずもがな。しかも部活だけに打ち込んでいるわけではなく勉強だってお手の物。楠さんの男子バージョンと言っても過言ではないね。
凛々しい瞳に凛々しい眉。凛々しい鼻に凛々しい口元。毛先を見ても凛々しいよ。
しかも優しい性格で沼田君の悪口を聞いたことがない。完璧な女の子楠さんに対する嫉妬はよく聞くけれど、完璧な男の子沼田君に対する嫉妬は全然聞かない。なんでだろうね?
かっこよくて、勉強ができて、運動もできる。しかも平等に接することのできる才能を持っていて、みんなとすっごく仲がいい。(少し辺りを確認して楠さんがいないことを確認させていただきます……。……。うん。向こうの方で話しているね……)
沼田君は、楠さんのように『平等に親切』のお面をかぶっている訳ではなく、根っこから平等に親切。(……ご、ごめんね楠さん……。少し悪口を言ってしまいました……)
明るい性格で、一緒にいる人をいつも笑顔にしている。
当然モテる。モテまくりだよ。
一説によれば毎日二人のペースで告白に来るらしい……。多分、それは嘘だけど。
これだけ凄いのに、一切調子に乗らない。調子に乗ってもよさそうなのに、調子に乗らない。すごい。
みんなに優しくて、みんなに好かれ、みんなの笑顔を作れる沼田君。
……でも、僕はほとんど話したことがない……。
だ、だって、こんなすごい人となんか話せないよ。僕なんかが話しかけたら、沼田君のイケメンオーラが散ってしまうよ。そんな罰当たりなことできないって。
……あぁ、憧れてしまう。
僕は雛ちゃんのお兄さん、國人君にも憧れているけれど、沼田君にも憧れている。
二人が似ている訳ではないけれど、二人に憧れている。
二人とも、『男』っていう感じがするね。
僕も男らしくなりたいよ。
少し自己嫌悪中です……。
僕が自己嫌悪になっていようがいまいが、そんなのお構いなしにチャイムが鳴り先生がやってくる。
「席につけー」
先生が教室に入ってきた。
あ、まだ朝だったんだ。
先生が教壇に立ち、教室を見渡す。
「……全員来てるな」
僕も一応全体を眺めてみる。うん。全員いるね。
先生が全員いるのを確認した後、今日の連絡事項を伝えだした。
「今日の四時間目はロングホームルームだ。そこで、今日はずっと決まらなかった副委員長を決めようと思う。その時に話し合いを早く終わらせられるように、お前たちの間で大体決めておいてくれ。決められなかった場合、俺が勝手に任命するからな。……まあ、決まらないだろうけどな」
副委員長。文化祭へ向けて忙しくなる楠さんを傍でサポートする仕事。男子全員が狙っているよ。あ、僕以外だよ。
「じゃあ、よく考えておけよ」
先生が教室を出て行った。
副委員長か……。まあ、僕には関係ないけどね。