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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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返事

 短い人生の内の短い青春。

 沢山の思い出を作って沢山の後悔を残せる青春。

 やりたいことをやって、成功したり失敗したり。

 成功するのは今の内。失敗するのも今の内。

 今は生きている中で一番価値のある時間だと思う。

 たまに自分の生きる意味を考えることもあるけれど、それは今考えなくてもいいことだし今後も考える必要のない事だ。それに自分なりの答えを見いだせたところで何の価値も無い。それが正しいのかどうかは結局自分の中で完結してしまうだけのものだから。なら、最初から何も考えない方がいいと思う。

 そんな無駄な思考に耽るより、将来思い出して胸が暖かくなったり締め付けられたりムズムズしたりできる『行動』をとる方が絶対にいい。恥ずかしいとか、迷惑をかけるとか、そんなこと何も考えないでみんなと同じ方向に走って行った方が絶対にいい。

 だから。

 僕はそうなれるようにやってみようと思う。

 何が正解で何が間違いかは分からないけれど。

 僕は僕のやりたいようにやろう。

 出来る限り人を傷つけないように。もし誰かを傷つけてしまったら、その人を納得させるような幸せを探すんだ。

 そうすることが、僕の全力の青春だと思う。



 五、六時間目。今日もいつものように準備の時間。

 最早することが無くなってしまったけれど、みんなジャージに着替えたり髪をまとめたり一応準備はしている。

 することのなくなった僕らは、やり場のないやる気をお喋りに注いだり部活で出し物をする人はそれの準備に行ったりと各々好きなことをしている。

 帰宅部でさらにお喋りの相手も少ない僕は先生からの手伝い要請に喜んでついて行っていた。

 今日仕事を頼んできた先生は担任の先生ではなく副担任である若い女性の東先生。


「文化祭の準備大変なのに悪いわね二人とも。助かるわ」


 もちろん三田さんも一緒だ。

 手伝ってくれるなんてとても優しい。


「文化祭の準備はもうほとんど終わっているのでいくらでも手伝います」


 重たいホットプレートや調理器具を調理実習室へ運ぶ僕ら。

 しゃべりながら楽しくそこへ向かう。


「そうなの? 早くに準備を終えられるなんてすごいわね。喫茶店、頑張らなくちゃね」


「はい」


 副担任の先生はとても優しい先生だと評判だ。


「実は職員室で話題になってるの。嫌な意味でね」


 と笑いながら言う東先生。


「え、い、嫌な意味なんですか……?」


 それは、なんだか聞きたくない情報だった気がする。


「そうそう。学生としてふさわしいのか?っていう具合に。でも大丈夫。基本的に生徒の自主性を尊重するから、行きすぎたものでない限り生徒会が認めたものに口を出すことは無いから。当日に喫茶店を成功させて黙らせてやればいいのよ」


 笑う東先生。

 どうやら、本当にそこまで心配するようなことではないらしい。よかった。


「でもよくこの企画が通ったわね」


 確かに、それは僕も思った。だっていかがわしいんだもん。


「もしかしたら、三田さんのおかげかもね?」


「え……いえ、私は何もしてません……」


 どうして三田さんのおかげなのかなと気になったが、東先生がすぐに話題を変えてしまったので聞きそびれてしまった。


「そうそう、実はね、近いうちに転入生が来るの」


「え? そうなんですか? なんだかすごく中途半端な時期に転入してくるんですね」


「うん。何でもご両親が海外出張するみたいでね」


 両親が海外出張だなんて漫画みたいだ。中途半端な時期に転入も漫画みたいだし、少しだけテンションが上がる。僕が特に何をするでもないけれどね。

 何かが気になったのか、三田さんが先生に尋ねる。


「……先生。どうして親の海外出張で、通う学校が変わるんですか……?」


 あ、それもそうだ。一人暮らしをするにしても学校を変える必要はないよね。


「それがね、実は私の知り合いでね? 遠い親戚。その子の親がその子を一人にするのが心配だっていう事で私の家の近くに引っ越してくることになったの。私の家はこの高校から近いわけじゃないんだけどね」


「そういう事なんですね……。でも、学校を変えるなんて……私はちょっと嫌です……」


 僕も嫌かもしれない。こんな時期にそんなところに放り込まれたら緊張してまともに生活が出来なさそうだ。僕なんか学年が変わるだけでドキドキが止まらなくなるというのに、転校となればきっと死んでしまうよ。


「なんでもね、その子がどうしても私のいる学校に通いたいって言ったみたいなの。色々とごたごたしたけど、やっぱり知った顔がいた方が安心できるだろうという事で無事に転入してくることになったわ」


 転入や編入のシステムはよく分からないけれど、とりあえずうまく転入できるみたいでよかった。


「来るのは文化祭が終わった後だけど、優しくしてあげてね。多分うちのクラスに来ると思うわ」


「「はい」」


 僕に出来ることは無いだろうけれど、もし何かがあれば手伝ってあげたいな。


「でもそういう事って言ってもいいんですか?」


 別に悪い事を聞いたわけではないが、なんだかそういう先生たちしか知りえないことを聞くのはちょっとした背徳感というか罪悪感というかルール違反というかそんなものを感じる。


「……………………うーん、ダメかも。内緒にしておいてね、二人とも」


 教師に見えない自然な笑顔で東先生が笑った。


「「は、はい」」


 黙っていよう。もともと誰かに言うつもりも無かったけれど。

 転入生か……。

 いじめられてとか、嫌な理由じゃなくてよかったと思う。

 できる事なら、仲良くしたいな。



「ありがとう。助かったわ」


 調理準備室に持ってきたものを置き、東先生に頼まれた仕事が終わった。


「本当にありがとう。佐藤君にはいつも迷惑をかけているわね」


「え? そうなんですか?」


 僕の知らないところで迷惑をかけられているのだろうか。でも知らないのならそれは迷惑とは言わない。


「だって、御手洗先生はいつも佐藤君に仕事を頼んでいるんでしょ? 職員室でよく聞くわ」


 御手洗先生とは、僕らの担任の先生の名前だ。先生がいないとき、クラスのみんな『担任』と呼ぶので一瞬誰の事だかわからなかったよ。


「え、あ、いえ、迷惑だなんて、思っていませんから……」


 本当は、少し嫌だけど。

 でも人の役に立てるのだから喜ばなくちゃいけないよね。


「いつもありがとう。本当にごめんなさいね。でも、私も佐藤君に仕事頼んじゃってるんだけどね」


 そう言ってほほ笑む先生。なんだか少し恥ずかしい。東先生は他の先生よりも生徒達と距離が近い。それはとてもいいことだと思う。あまり高い壁を感じないのでとても接しやすいと評判だ。


「あ、そうそう」


 東先生がにやぁと笑った。なんだかこの笑顔は素敵じゃない。


「二人とも、付き合ってるんだって?」


 ええええええ。


「ななな何を言っているんですか?」


 あ、僕慌ててる。


「聞いたわよー。仲良くね」


 こんなことを言ってくれるところとか教師らしくなくとても人間らしくて僕は素晴らしい先生だとと思っていた。でも自分が言われる身になってみたら嫌だった。


「不純じゃない交際をね」


 まだ交際はしていないけれど、詳しく説明することはしない。


「よきかなよきかな」


 東先生が楽しそうにうなずいていた。

 誰かと付き合うという事は、やっぱり喜ばしい事なのかな。


 

 その後も三田さんと一緒に過ごした僕。

 準備をするふりをしながら話したり、準備をするふりをしないで話したり。

 話していてとても楽しい。

 一日でこれだけ女の子と話したのは初めてかもしれない。雛ちゃんと楠さんと仲良くはなった僕だけれどさすがにここまで会話をしてはいなかった気がする。

 やっぱり、気が合うんだなと思う。

 最初は本当に些細なものだったけれど。一学期から仲が良かったのは三田さんだけだから。それほど僕らは似た者同士で気が合うんだと思う。

 だから、もう答えは出ているんじゃないかな。

 僕に必要なのは答えじゃなくて踏み出す勇気なのかもしれない。

 勇気を出そうと決めた僕なのに、今僕にはそれが出ない。

『誰か』を傷つけることを勇気とは言いたくないけれど、このままグダグダ先延ばしにするようなことはもっとよくないことだと思う。

 だから。

 僕は大切な友達を傷つける覚悟を決めよう。


「あ」


 六時間目が終わり今日の日程が終わった。

 準備もすでに終わっているので誰も残らない。これからは自由時間がどんどん増えて行く。前日なんて丸一日暇な日だ。

 あぁ、早く準備を終えられてあとは当日を待つだけなんて、大成功の予感がするよ。

 と思っていたけれど。


「まだ終わってなかった……」


 僕には大切な物を仕上げる用事があったのだ。完全に忘れていた、と言うか完成させる機会を逸していた。

 パーテーション用の紙に雛ちゃんと小嶋君の名前を書いてもらっていなかった。

 話しかけづらかったので意識的に考えることを止めていたのかもしれない。

 しかし文化祭にそんな個人的な事情を持ち込むわけにもいかないので今日仕上げてしまおう。

 僕はその紙を持って教室を見渡してみた。

 ほとんどの人が帰ってしまった教室。楠さんも三田さんももういない。帰ったのだろう。

 雛ちゃんと小嶋君もいなかったけれど、机の横にカバンがかかっているのでまだ学校内に居るようだ。探そう。

 友達相手なのに、少しだけ緊張する。

 誰にともなく頷いて、僕は二人を探す旅に出た。



 まずは屋上へ向かってみた。


「……いない……」


 ほっとしている僕がいる。なんて情けない。

 一応死角になっているところも覗き込んでみて、僕は屋上を後にした。

 次の目的地は家庭科室だ。でもその前に下駄箱によって二人の靴があるかどうかを確認してみる。

 そこにはきちんと二人の靴があった。

 よかった。まだ帰っていないよね。

 溜息なのか安堵の息なのかよく分からない息を吐いて家庭科室へと向かった。

 階段を上り、校舎と校舎をつなぐ廊下を歩き家庭科室へ。

 少し足が重たいような気がしたけれど、僕は真っ直ぐに家庭科室へ向かった。

 突き当りを曲がり、家庭科室の前に立つ。扉が閉じられ中の様子が見えない。

 何となく耳を澄ませて中の様子を探ってみる。

 中から、話し声が聞こえてきた。

 どうやら雛ちゃんと小嶋君はここにいるらしい。よかった。少しドキドキするけれど、友達なんだから。

 僕は、扉に手をかけ、開こうとした。

 でも僕はその扉を開くことが出来なかった。

 中から聞こえてくる声に僕は完全に足がすくんでしまった。


「有野。俺、お前が好きなんだ」


 これは、きっと告白だ。

 小嶋君が雛ちゃんに想いを伝えている。

 もう何が何だかわからずに、僕は完全に思考が停止してしまった。

 目がちかちかする。

 まるで誰かに殴られたような。もしくはそれ以上。

 僕は頭が真っ白になってしまった。


「お前といると楽しいんだ。だから、ずっと一緒にいてほしい」


 演技かもしれない。そんなことするわけがないけれどその可能性も疑ってみた。

 疑う余地は無かった。


「有野が落ち込んでいるときに、こんなことを言うのは卑怯かもしれねえけど……。お前のことが好きなんだ。お前が落ち込んでいるのは見たくねえよ」


「……いきなり、何を……」


 雛ちゃんも驚いているようで、聞こえてくる声は少しだけ震えている。


「初めは、ムカつく奴だなって思ってた。なんつーか、ムカつくなぁって。でも、有野と接しているとすげえ楽しいってすぐに気付いた。俺達ずっと喧嘩ばっかりしてたけど、あれ実はめちゃくちゃ楽しかったんだぜ」


「……お前、若菜のことが好きなんじゃねえのかよ」


「若菜ちゃんは、まあ、なんだ。俺のくだらねえプライドだよ。別に好きじゃねえ。お前のことが好きだ。嘘じゃねえ。ずっと、ずっと好きだった」


「……」


「落ち込んでる有野に告るなんて、あいつも怒るかもしれねえけど……。俺だって、遠慮はしたくねえよ」


「……小嶋……」


 小さく名前を呼ぶ雛ちゃん。

 僕は自分の息が乱れていることに気づいた。慌てて手で押さえ音を殺す。

 小嶋君の言う『あいつ』が誰なのかは分からない。雛ちゃんのことが好きな人がまだいるのかもしれない。

 でもそんなことよりも、僕は自分のことで精いっぱいだった。

 雛ちゃんは小嶋君と付き合うのかな。

 ついこの間まで雛ちゃんに恋人が出来たら祝福してあげようとか言っていたくせに、いざそうなりそうになったら僕はそんな考えどこかへ吹き飛んでしまっていた。

 僕は雛ちゃんに恋人ができる事をこれっぽっちも祝福していないらしい。

 胸が苦しい。とても泣きたい気分だ。ただの第三者の癖に、なんで僕は泣きたい気持ちなんだ。僕は『俺』でも『お前』でもない、ただの『誰か』なのに。できる事ならば『あいつ』でありたいけれど、それは多分違うから。僕は今この時点ではいるはずのない『誰か』なんだ。その僕がなんで泣こうとしているんだ。気持ち悪いよ。泣いたらダメだよ。


「有野」


 小嶋君が改めていう。


「俺と……付き合って欲しい」


 僕は一歩下がり、いつでも逃げられる準備を始めた。

 僕は、友達の幸せを願えない人間だったんだ。

 これからの人生は勇気を出してわがままに生きようだなんて馬鹿らしい。最初から僕はわがままな人間だったんだ。

 人が幸せになればそれだけでいいなんて言っていたけれど、結局は自分の幸せしか考えていない人間だったんだ。

 涙が我慢できなかった。

 一粒だけであとは堪えよう。堪えなくちゃいけないんだ。

 泣く権利がどこにある。

 僕は目を拭い何度も瞬きをした。


「有野。好きだ」


 中から小嶋君のストレートな声が聞こえてくる。

 僕はそれを盗み聞きしているんだ。

 情けなくて、悲しくて。

 理由が無いのに泣いて。

 訳が分からなかった。


「…………」


 中の沈黙が僕を押しつぶす。

 ふと気づくとくるくると巻いていたパーテーション用の紙を強く握りしめていた。

 変なところで冷静で、いやこう言う時だからこそなのかもしれないけれど、僕はしゃがみ込みその紙を廊下に広げまた巻き直しているのだった。こうすることしかできなかった。

 そして、それが終わるころに雛ちゃんが小嶋君の告白に答えた。


「……実は、私もお前といると楽しいんだよ。一学期の頃はただのムカつく奴だったけど、最近はそうでもなくってさ」


 心が潰れる。

 中の様子が見えなくてよかった。

 多分僕には耐えられないから。


「バカだけど結構真面目に作業してたし、失敗したらそれを取り返そうと頑張ってたし、結構いい奴なんだなって思ってた」


 苦しい胸に僕は手を当てた。

 もうここには居たくない。

 そう思い、立ち上がった時雛ちゃんの言葉の続きが聞こえてきた。



「…………でも……悪い」



 最低だ。僕は最低だ。

 今、僕は――。


「……どうして……」


 小嶋君の悲痛な声にまた胸が締め付けられる。涙が堪えられずにまたこぼれた。


「私、好きな奴がいるんだ」


 雛ちゃんの言葉に再び衝撃を受ける。

 雛ちゃんには、好きな人がいるんだ。

 だとしたら、近いうちにまたこんな気持ちになるのかもしれない。

 もう嫌だよ。


「でも、そいつにはもう――!」


 小嶋君は言う。必死に言う。

 小嶋君にはそれが誰なのか分かっているようだ。そして、その人にはもう――その言葉の続きを聞くことはできなかった。


「それでも、私はそいつのことが好きなんだ。それに、私はまだ何も聞いちゃいない。諦める理由がどこにある」


「……でも、言ってたじゃねえか……」


「あいつの口から言われるまで信じねえ」


「……そんなこと言う割に、お前落ち込んでるじゃねえか……」


「……そうだな。ただ現実逃避してるだけかもしれねえけど、私はあいつの言葉を待ってるんだ。って言っても、聞きたくねえからずっと逃げてるんだけどな」


 雛ちゃんが、少しだけ笑っていた。

 なんだか、僕のことを言っているようだ。そうならば嬉しいけれど、そんなことよりも今僕はどうするべきかを考えよう。逃げた方がいいのか、聞いていたと素直に言えばいいのか。

 最低な僕のことだ。どうせ逃げ出すに決まっている。


「小嶋のことは嫌いじゃない。でも、付き合えない」


「俺とあいつの何が違うんだ。言いたくねえけど、あいつは優しいだけじゃねえか。俺だって……」


「優しいだけ、だからかもな」


「……んだよ。意味わかんねえ」


 少しだけ張りつめていた中の空気が緩和した。顔は見えないけれど、二人は笑顔を作っているらしい。


「守ってやりてえじゃん」


「……情けねえ奴だなあいつは……」


「そこも可愛いだろ」


「知らねえよ。恋敵なんて褒めたくねえよ」


 中から聞こえてくる小さな笑い声と、僕が押し殺す小さな泣き声。なんだか、色々とアベコベだ。

 二人の話は終息へ向かう。


「……俺、帰るわ。悪かったな、困らせるようなこと言って」


「お前は悪くねえよ」


「そうか。悪いのは……あいつか」


「……かもな」


「…………できれば今後も、今まで通り接してくれよ」


「できればな」


「なんだよ。振られた俺を気遣って今まで通り接するって言えよ」


「……。明日から私たちは『友達』だな」


「あぁ……。悲しい響きだぜ全く」


「……悪い」


「俺が悪くねえようにお前も悪くねえよ。多分あいつも悪くないんだろうけど……。まぁ、『友達』なんだから、謝らねえでくれよ……」


「……そうだな……」


「……」


「……」


「ここにいるの辛いから、さっさと帰る。じゃあ、また明日な……」


「うん……また明日」


 話が付いた室内。

 足音がこちらに近づいてくる。

 結局僕は、慌てて身を隠した。

 しかし隠れる場所が無かったので、すぐそばにある曲がり角を曲がっただけ。こちらへ来てしまえばばれるばれないの問題ではない。隠れられていないのだから。

 家庭科室の扉が開き、閉じる音が聞こえた。

 そして、足音はこちらに来てすぐに止まった。


「……………………お前、聞いてたんか」

 驚いたような顔をしたあと、怒った顔をする小嶋君。


「……ご、ごめん、なさい……」


 僕はポスターを両手で握って謝った。


「なんで泣いてんだよ」


「……よく分からないけど、とにかく、苦しくて……」


「……分かったか?」


「……え?」


「あいつの言っている意味、分かったか?」


「そ、その……。好きな人が、いるって……」


「そうだよ。そうなんだよ」


 小嶋君が僕の胸ぐらをつかみ僕の体を持ち上げるように顔を近づけてきた。


「そいつのせいで俺はこんな目に遭ってるんだよ……! そいつがちゃんとしておけば、こんな締め付けられるのが分かってた告白しなかったかもしれねえし、もし告っていたとしてもまだ違う結果になってたかもしれねえんだ……!」


「……っ」


 息苦しいけれど、それ以上になんだか胸が苦しかった。


「ちゃんと筋通せよお前……!」


 小嶋君が拳を握り振りかぶった。

 殴られる理由はよく分からないけれど、殴られる理由があるような気がする。僕は、抵抗せずに拳を待った。

 いつか小嶋君に殴られた時のような恐怖感は無い。でも申し訳なさでいっぱいだった。

 盗み聞きしたこと、小嶋君が振られた時に思ってしまったこと、分からないけれど僕に理由がある気がすること。

 どれだけ殴られても僕は文句を言えない。

 だから、だらりとその拳を待っていた。


「…………っ。……悪い……」


 僕を突き飛ばすように胸ぐらを放し、これ以上何も言わずに小嶋君が歩き去って行った。

 僕は泣いた。

 怖かったからではない。

 殴ってくれなかったからだ。

 いっそのこと殴って欲しかった。

 全部水に流れるような気がしたから。

 全部無かったことに出来そうだったから。

 今日もパーテーション用のポスターは完成しなかった。



 そのまま家に帰った僕は、すぐに三田さんに電話して図書館に近い公園に来てもらった。

 そこで僕は三田さんの告白に返事をした。

 多分ずっと出ていた答え。

 一学期から気が合って、一緒にいるととても癒されて、穏やかな時間を共に作れて、小さな幸せを大切にしてくれる三田さん。

 だから、最初から答えは出ていたんだ。

 小嶋君と雛ちゃんに勇気をもらったわけではない。

 でも、覚悟が決まった。

 僕は、三田さんに答えを伝えた。


 初めて告白されて


 初めて返事をして


 初めて女の子を泣かせてしまった


 人の幸せを願っていたくせに


 友達を泣かせてしまった


 僕は


 三田さんを振った。


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