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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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好意

 三田さんはとてもかわいくてとても優しくて貶すところなんてない。

 そんな子に告白されるなんて幸せすぎて罰が当たってしまうのではないかと思う。

 断る理由が無い。

 どこに断る理由があるというのか。

 そもそも僕なんかが断るなどと失礼にもほどがある。

 だから、答えは出ていると言ってもいいのだろうけれど、何かがそれを妨害する。

 三田さんのことは好き。

 嫌な感情なんて持っているはずがない。

 何を悩む必要があるのだろうか。

 何も悩む必要はない。

 でも。

 なにか違う気がする。

 何が違うかは分からない。

 分かっていれば悩んではいないか……。


「あ、おはよう雛ちゃん……」


「……」


 月曜日登校して一番、下駄箱で偶然出会った雛ちゃんに朝の挨拶をするも僕を見ることなく行ってしまった。

 悲しんでくれているのは嬉しいけれど、やっぱり当然絶対分かっていたけれどこんなの嫌だ。

 もし仮に、僕が誰かと付き合うとなったら、雛ちゃんと離れ離れにならなければいけないのかな。

 そんなの、絶対に嫌だ。

 どうすることが正解で、どうすることが間違いなのだろうか。

 そもそも正解や間違いなどがこの問題にあるのか。

 正解があるとするならば。

 それはみんなが幸せになれる答えでなければならなくて、一人でも不幸になる人間がでるのならそれは間違いなく正解とは言えない。

 そんな答えがこの問題にあるのか。

 あるとして僕はそれを見つけることが出来るのか。

 おそらく、僕には見つけられない。


 

 雛ちゃんがいるのでなんだか教室に入りづらかったけれど、入らないわけにはいかない。僕の気分で授業開始が操作できるわけではないのだから。ホームルームはもうすぐ始まる。

 気合を入れて教室に入った。そしてすぐに教室を見渡す。

 雛ちゃんがつまらなそうに頬杖をつき、前橋さんが一生懸命話しかけていた。傍には小嶋君もいる。楠さんはいない。

 とても心が痛む。できる事なら全部ぶちまけて楽になりたい。楽にしてあげたい。

 でも、まだダメだ。

 何も結果が出ていないのだから何も言えることは無い。

 中途半端な僕が情けない。

 はっきりしなくちゃ。

 一か零だ。

 これだけ難しい二択問題は初めてだ。

 しかも答えは二分の一ではない。二つの答えに無限のパターンがある。

 僕に見える範囲は極僅かに限られていて、どれも幸せには程遠い。

 視界の狭い人間で、思慮の浅い人間だ。

 しょうも無い思考に耽っていたところ、後から教室に入ってきた人が僕に軽くぶつかってきた。

 以前も言われた。ここに立つのは通行人の邪魔なんだ。

 記憶力も無いなんて僕の頭は何のためについているのだろうか。

 僕の脳みそは悩みに対して苦しみしかもたらさないよ。プリミティブでセンシティブなネガティブ思考。アトラクティブであって欲しいけれどそんなもの僕にあるはずもない。

 てぃぶてぃぶ言っていても仕方がない。とりあえず、ここは邪魔だから僕は自分の席へ向かう。

 机に座り溜息を一つついた。

 僕はどれだけ幸せを逃がせば気が済むのだろう。もうマイナスだ。

 後ろ向きな事ばかり考える僕の側に三田さんが寄ってきてくれた。


「おはよう、佐藤君」


「おはよう三田さん」


「……元気ない?」


「元気あるよ」


「……そう?」


 僕は元気だよ。元気じゃなくちゃいけないんだ。

 元気がなければ出てくる答えも元気がないものだ。だから僕は元気なんだ。

 気にしてくれる三田さんを安心させ、しばらく話す。

 そうしていると、ホームルームがすぐにやってきた。

 時間って、短いんだね。




 それから休み時間の度に三田さんと話し答えを探る。

 それでもなんだか答えは見つからなかった。

 悔しいよ。

 答えは出なくてもお腹は減る。

 僕らは今日も屋上でお弁当を一緒に食べることになった。今日は自分で作ったお弁当だけど。

 僕はエビフライを口まで持っていき食べようとしたが、口が開かなかったのでお弁当箱に戻した。


「佐藤君、やっぱり元気ないよね……?」


 だから、口が開かなかったのかな。

 でも三田さんに心配をかけてはいけない。僕は元気モリモリだ。


「ごめんね、少し考え事をしていただけ」


「……。……悩みなら、私聞くよ?」


「ううん。自分で考えないといけないことだから」


「……そう?」


 三田さんについての事なのに、三田さん本人に聞くなんてとんでもないよ。

 三田さんが気を遣って話題を変えてきてくれた。やっぱり優しいよね。


「……佐藤君のごはん、おいしそうだね……」


「そんなことないよ。三田さんのお弁当の方がおいしそうだよ。あ、ううん。おいしかったね」


 昨日食べさせてもらったんだ。とてもおいしかった。


「……佐藤君がよければ、また作ってくるから……」


「そんな、悪いよ」


「私が、作りたいだけだから……。嫌なら言ってね」


「嫌なわけないよ。とってもおいしかったもん」


「……ありがとう」


 そう言って恥ずかしそうに笑った。

 とても穏やかな時間だ。驚くほどに。

 温かくて心地よくて優しくて、なんだか久しぶりに波風の立っていない空間にいる気がする。

 楠さんや雛ちゃんや小嶋君と仲良くなってからは、これほどゆっくりした時間を過ごすことはほとんどなかった。

 もちろん嫌だったわけではない。

 とっても楽しかった。

 でも僕はゆっくりとした時間も好きだったんだ。それを望んでいたころもある。

 三田さんはそんな空気を共に過ごしてくれるとても貴重な人だ。

 三田さんと付き合うというのは穏やかな生活を選ぶという事。

 友達を捨てるわけではないが、間違いなく穏やかさが生活の大半を占めることになるだろう。

 なんだか、それは悲しい。

 手に入れたものを手放すようで悲しい。

 杞憂に終わりそうな気もするけれど。

 その不安が僕の心にまとわりついているのには目を瞑れない。

 今の世界を壊すのが怖いんだ。

 いつかは、壊れる世界だけど。

 もうちょっとこのまま過ごしていたい。

 どうすればそれを壊す決心がつくのかはまだ分からない。

 それが分かった時、三田さんに返す答えも出るのだろうか。

 僕は馬鹿だから。

 よく分からないや。


「佐藤君」


「え、あ、なに?」


 三田さんがいるのだから話に集中しないと。


「佐藤君には、夢ってある?」


 突然だね! ちょっとびっくり!


「えーっと、僕は特に持ってない、かな。三田さんは?」


「私は、あるよ」


「へえ! それは凄いね!」


 今の社会は夢も与えられているような気がするんだ。だから自分でそれを見つけているのは本当にすごい事だと思う。


「一体何なのか聞いていい?」


「うん……、……その、…………お嫁さん……」


「……えっ!」


 現実世界でのこのセリフはとてつもない破壊力を持っていると今日知りました。


「……できれば、佐藤君の……とか……」


 僕はお弁当箱の上に箸をおいて両手で目を塞いだ。


「ど、どうしたの佐藤君……?!」


「は、恥ずかしくて、嬉しくて……」


「……嬉しい、の?」


「そ、それは、もちろん、そう言うことを言われたのは、初めてだから……」


 嫌なわけがないよ。

 でも恥ずかしいから話し変えよう!

 真っ黒の世界を維持したまま聞いてみる。


「み、み、三田さんは、その、えっと、やりたい仕事とかは?」


「え……と、最終的な目標が、お嫁さんだから、特にやりたい仕事は……」


 そうですよね!

 とにかくこの話題から離れるようなことを聞かなければ。


「じゃ、じゃあ、あの、じゃあ、三田さんは、……好きな虫とかいないかな?!」


「……む、虫……?!」


「うん、虫! …………え?! 虫?!」


 虫ですか?! 僕何言ってるの?! バカじゃない?!


「……私は、えーっと、トンボ、とか……?」


「トンボ! オニヤンマってかっこいいよね! トンボの中で一番強いらしいよ!」


「そうなんだ。大きいもんね……」


「そ、そうだね……」


 僕は一体どこに着地したいのだろう……。

 僕は再びお箸を持ち昼食を再開する。話が下手な僕を許してください。


「佐藤君、虫が好きなの……?」


「え、っと、そう言うわけでも、無いけど……。でも小さいころは大好きだったね。それに今みんなは虫を触るの嫌がるけど、僕は平気だよ」


 セミもコオロギも触れるよ。Gさんは、ごめんなさい。


「そうなんだ。私は、苦手……。目が大きくて、ロボットみたいで、宇宙人に見える……」


「宇宙人かもしれないね」


 ネットで虫は宇宙から来たっていう説も見たことがあるし、ロマンあふれる存在だね。


「宇宙人はいると思う……?」


 なんだか話がどんどんと逸れていっているけれど僕としては大歓迎だ。お嫁さんの話はちょっと僕には恥ずかしすぎたよ。


「どこかには、いると思うな。宇宙は広いし」


 空を見上げてみる。なにものにも遮られない青が広がっていた。

 きっと宇宙のどこかには空が青くない星があるんだ。きっとそこの空は真っ白で、雲が真っ青なんだ。太陽は緑色で夕焼けはピンク。想像しただけでも眩暈がしそうな世界だ。

 しかしその眩暈も所詮は僕の常識が作り出すもの。一歩宇宙へ出れば今僕らが住んでいる世界が非常識かもしれないんだ。

 体は鉄出てきていて吐く息は三百度ある生物がいるかもしれない。聴覚が発達していて目なんてなくなった生物もいるかもしれない。

 今いるこの世界を世の中の全てと思うのは間違いだ。

 常識は感性の檻だから。

 あ、なんだか今僕いいこと言ったかも。

 もし機会があるとしたら、楠さんとか雛ちゃんに話してみよう。バカにされるかもしれないし、同意してくれるかもしれない。

 どうなるかは分からないけれど、誰かに話してみよう。友達だから、下らない事を話せるんだ。


「幽霊はいると思う?」


 空の向こうに想いを馳せていたところ、三田さんが次の質問をしてきた。いけないいけない。今は三田さんと話しているんだった。

 しかも次の質問は僕の好きな話。食い気味で返事をするよ。


「幽霊は、僕いると思う。三田さんはいると思う?」


「私は、いてもいいかなって思う」


 それはつまりどっちなのかなと気にはなったもののいてもいいというのだからそうなのだろう。それが答えだ。


「きっといるよね。心霊写真とかたくさんあるもん」


 と僕が言う。


「合成とは、思わないの?」


「コラージュの写真もあるとは思うけど、中には本物もあるよ」


「そう、かな?」


「うん。きっと、そうだよ。幽霊、いると素敵だよね」


 幽霊と会ってみたいなぁ。


「じゃあ、神様は?」


「……近くの山に、いたような気がする」


 夏休み、その神様は色々なことを僕に教えてくれた。テントを壊したり、僕のお腹を蹴ったりしたけれど、それ以上に僕に色々なことを教えてくれた。何より信じぬくことの大変さを教えてくれたから。今はどこへ行ったか分からないけれど、きっと幸せに暮らしているはずだ。

 きっと、そうに違いない。

 三田さんが動かしていたお箸を止めた。そして次の質問をしてくる。多分、一番聞きたかったのはこの質問。


「……その、なら、運命は、信じる……?」


「運命……」


 あるのかな。

 あるのとしたら、最終的に僕の人生は悲惨なものになると思う。僕が成功する未来が想像できない。だから、僕としては運命なんか決まっていない方がいい。

 勇気を出せば、未来は変わるんだ。


「三田さんは、信じてる?」


「……うん」


「そうなんだ。何か、運命を信じる理由があるの?」


 三田さんが小さく頷き、上目遣いで僕の方を見てきた。


「……その、佐藤君に出会えたから……」


「……えっ!?」


 先ほどから嬉しいけれど恥ずかしい事を沢山言われている! 僕の心臓がいつもより七割増しで動いているので「あ~疲れた。残業代も出ないし、ちょっとくらい休ませてもらっても罰は当たらないだろう」とかいって鼓動を止めそうで怖いよ! 


「あれは、運命だったと思う……」


「え、えーっと……。初めて話したときの事?」


「うん」


「確か落ちている三田さんの消しゴムを僕が拾ったことが初接触だったような気がするけれど、なんだか運命って身近なところにも潜んでいるんだね……」


「うん。身近だから、あればいいなって……」


「え?」


 どういうことだろう。


「私みたいな地味な人間には、地味な運命が待ち構えていると思う。だから、出会いもきっと地味なんだよ。だからあれは運命だったんだって私は思ってる……。ゴメンね、勝手に佐藤君の運命も地味な物だって決めてしまって……。でも、そうだと私嬉しいから……」


「そう、なんだ」


 運命を信じる三田さん。

 僕も信じたいけれど。

 でも、僕は運命が無い方がいいと思っているんだ。

 世界に人生を決められたくない。

 僕は自分で選ぶんだ。


「それに、運命があって欲しいなって思う理由がもう一つあって、実はね、私こっそり相性占いをやってみたんだ……。そうしたら、相性は九十八パーセントで、お似合いの二人だって……。あ、ごめんね、勝手にこんなことして……」


「え、あ、いや、全く悪くないよ」


「……ありがとう。だからね、これが運命なら、あった方がいいなって私は思うの」


「……うん」


 三田さんは、本当に僕に好意を寄せてくれているらしい。

 勘違いじゃないかなと少しだけ思っていたけれど、そんなことは無いらしい。

 初めて知らされた好意に戸惑うことも多いけれど、やっぱりただただ嬉しい。

 僕を好きになってくれる人はこの世にいるんだ。

 嬉しい。

 ……でも、嬉しいけれど。

 何故僕は答えを出せないのか。

 神様なら教えてくれるのだろうか。


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