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機械仕掛けの世界
作:下弦 鴉



5、駆ける予感


 茜に連れられて、皐氣が来た場所は大きな木の前だった。他に何もないのだが、威圧感を感じる場所だった。
 「居るはずなんだけど……。ババ様〜!!クソババ様〜〜!!」
 いきなりそう叫びだした茜に答えるように、木の幹の後ろから老人が出てきた。見た目は、仙人の様だった。
 「クソババじゃないわい!!」
 「そう言わないと出て来ないじゃない。ババ様は」
 「名前さえ呼べばよいのじゃ。それを変な風に言うから出てくる気が失せるのじゃ」
 「はいはい、すみませんでしたぁ」
 そんな二人の会話に入れる訳もなく、ただただ呆然と立ち尽くしていた皐氣に、ババ様はやっと気付いた。
 「誰じゃ、そなたは。ここいらでは見ん顔じゃの」
 しわが深く刻まれた顔がドアップになるのは、正直にキツかった。
 「そいつは、陽向の知り合いの……何て名前だっけ?」
 「簡単な名前なんだから覚えろよな。……はじめまして、皐氣翠っす」
 「陽向とは違って、礼儀正しくない小僧じゃの。で、わしに何のようじゃ」
 「小僧……」
 もう少しで二十歳になれる歳の者に、小僧とはよく言えたものだ。だが、相手は老婆なので、強く言い返す気にもならない。それがもし、茜の言葉だったりしたら、鉄拳で答えているところだ。
 「問いには答えを、じゃぞ」
 「んな事言われても、俺は茜に連れられて来ただけだぜ」
 「答えになっとらんのぉ。陽向はきちんと答えたぞ。まったく、どういう教育を受けてきたんじゃ」
 ウゼェんだけど、このクソババァ!内心でかなり悪態をつきつつ、皐氣は拳を握りしめた。
 「ババ様、話し進まないから、皐氣をいじめんの後にしてよ」
 「別にいじめたつもりはないがの」
 「いじめられてたつもりはねぇよ!」
 見事に二人の声が重なって森に響いた。そのせいで、眠っていた鳥達が少し騒がしく飛び立っていった。そして、皐氣の背中で大人しく寝ていたアリィも起きてしまった。
 「そなた、なかなかいい度胸をもっとるの。このババに対してそうでかい口はたたけんでの」
 「褒め言葉として、受け取っとくよ」
 その皐の皮肉を込めた言葉に、ババ様は高らかに笑い出した。
 「面白いね、気に入った。そなた、名を皐氣とか言ったの」
 「それが何だよ」
 「いいや別によいのじゃ、早速占ってしんぞよう」
 「はぁ、占い?」
 降ろしてくれと暴れだしたアリィを降ろしながら、尋ねるとババ様は答えた。
 「何じゃ、占いに来たんじゃないのか?」
 「いいよババ様、アタシが説明しとくから準備してて」
 茜がババ様を急かすと、ババ様はまた大きな木の後ろに消えていった。それを見送ってから振り返った茜は、深いため息をついた。
 「何だよ、そのため息」
 「ん?面倒臭いなぁって思ってさぁ……ハァ」
 「何が?」
 「説明に決まってるでしょ!?……しなくてもいいかなぁ、めんどくさいぃ」
 「しねぇと俺が困る事ならしとけよ」
 「じゃあ、いいや」
 簡単な説明も聞けることなく、皐氣はババ様に呼ばれて木の後ろへ行く事になった。木の後ろは、不思議な模様で埋め尽くされていた。
 「そんな驚く事もなかろう。まさか、これを知らんのか?」
 「知ってたら、奇跡なんじゃねぇの」
 「口の足りない奴じゃの、まあよい。これは、魔方陣という奴じゃ。わしはこれを占いのために使っておる。他にも、呪いにも使えるんじゃが、わしはそれが苦手での」
 「へぇ……」
 「ホレ、ちょっと待っておれよ」
 そしてババ様が、ぶつぶつと呪文のような言葉を呟きだすと、その魔方陣に変化があった。地面に書かれた模様や言葉のようなものが次々に光だし、七色に輝きだしたのだ。その中へババ様は歩き出し、光に包まれる。白銀の髪が風に巻かれ、小波のように輝く。そして、その風に合わせて言葉なども動き出し、ババ様の周りを回り始めた。普段の生活で味わえるはずのない、神秘的な光景に皐氣はただ言葉を失った。
 やがて言葉達の風は止み、魔法陣が元の形に戻っていくと、ババ様が皐氣に向かって言った。
 「お前、何と言おうとも動じない覚悟はあるか?」
 「は?覚悟?」
 「問いには答えを!」
 「んなこと……」
 急に言われて、答えられる訳がないと、皐氣は思った。だが、今は答えないとならない気がした。覚悟とは、どんなものが必要なのだろうか。何を覚悟すればいいのだろうか。
 ―――僕は信じてる。……翠がこの機械で縛られた世界を開放してくれるって―――
 栄井はそう言っていた。その後恥ずかしそうに笑って。機械で縛られた世界を開放する覚悟が、俺にはあるのか?それは、世界へのテロ行為であって、してはならないこと。そんな大それた事をやり遂げる覚悟があるのかと、ババ様は聞いているのだ。やり遂げる自信はない。諦められる勇気もない。でも、俺は信じられてる。そしたら、その信頼を裏切る訳にはいかない。やらなければならない。試してみないと、いけない。
 「完璧にやり遂げられる気はしねぇけど、俺を信じて待っていてくれてる奴がいる。そいつの為に、頑張ってみたい」
 「覚悟があると、取ってよいな?」
 力強く皐氣がうなずくと、ババ様は面白そうに笑った。深刻な雰囲気になっていた空気が、青空のように晴れ渡る。場に合わないはずなのに、なぜか違和感を感じさせない笑い声だった。
 「さすが、わしが見込んだ男よ。じゃあ、お告げを一つやろう。……心して聞け」
 再び、ピアノ線の様な張り詰めた空気が流れる。その代わりように、ここの空気は、ババ様が操っているように思えた。
 「お前は世界を変える力を十分に持っている。じゃが、そんな力があれば、それと相反する力もある事を忘れるな。光があるように、闇もあり、動いているのじゃ。そしておぬしは、大切な仲間を一人失うぞ」
 「大切な……仲間?」
 「そうじゃ、心から思う、大切な者じゃ。護りたいのなら、護って見せよ。そなたの力で、この世界ごと、その者をな。……それが、そなたできるかな?」
 「やってみせるさ、きっと」
 今はまだ力が足りないだろうが、その時が来るまで頑張り続ける事はできる。護る者が何かは分からなくても、世界ごと護る事ができるなら、何が何でも護るだけだ。その希望と志のこもった輝く瞳が、ババ様を見つめる。そして、ババ様はほくそえんだ。
 「さあ行くがよい、神の領域へ」
 その言葉と共に、魔方陣に穴が開いた。そういう風に見えるだけかもしれないが、魔方陣には、不気味に輝く穴が出現したのは確かだ。だが、嫌な感じはしなかった。
 「ババ様、神の領域って何だ?」
 「行けば分かるじゃろう。そして、その最上階を目指し、世界の呪縛を解くのじゃぞ」
 「てことは、そこにアステレイアとかが―――」
 最後まで言葉を言えずに、皐氣は穴の中へ飛ばされた。だが、かろうじで完全に吸い込まれる事は免れた。
 「そなたに、世界樹エデンのご加護があらんことを」
 その言葉を最後に、皐氣は闇の中へ消えて行った。


                  *


 「ってぇ〜」
 どうも何かから出てくる時は、尻餅をついてしまうらしい.今度は気をつけてみようかと思っていると、
 「おわっ」
 背中に何かが激突してきた。強烈な痛みに喘いでいると、見慣れた黒髪のガキと、銀髪の少年が背中に乗っていた。彼らもあの穴から来たのだろうか。
 「へぇ、ここが神の領域かぁ」
 「……てめ、誰の上に乗ってると思ってんだ」
 「お、皐氣。ヤッポー」
 「ヤッポー……じゃねぇよ!とっとと退け」
 皐氣の指示に従って、まずさっとアリィは降りたのだが、茜はゆっくりと降りた。いる場所が変わっても、憎たらしいのは変わらないらしい。
 「何でお前らまで来てんだよ」
 「あっちにいてもどうせ暇だし、ババ様が付いて行ってもいいって言ったから」
 「それだけで、得体も知れない場所に来たのか?」
 「だって私、ここ知ってるもん。時々働きに行かされてたから」
 「じゃあ、道案内頼むわ」
 軽く言った皐氣はとりあえず、自分達の居る所について調べてみる事にした。神の領域何て言うものだから、もっと明るく活気だった所なのかと思っていたが、ここはまったく正反対だった。周りには薄暗い電灯しかなく、薄気味悪い。よく見れば、蜘蛛の巣や小動物の死骸などがたくさんありそうだった。こういった場所は苦手ではないが、嫌いだった。
 もっとよく見てみようと、歩き回っていると、何かが制服の袖を引っ張った。良く考えてみたら、皐氣はまだ制服だった事に驚いた。いろいろあって、そんなことも忘れていたのだ。何かがその制服に引っ掛かったのかと思ったが、引っ張っていたのはアリィだった。
 「どうかしたのか?」
 と聞いても、ただ制服を引っ張るだけ。
 「こういう場所が、怖いのか」
 と聞いても、首を振るだけ。何やら奥の方が気になるようで、それを伝えるために引っ張っているようだった。そしてやっと、アリィが伝えたい事が分かった皐氣は彼に付いて行った。
 そしてここは、牢獄のような場所のために暗いのだと分かった。左右等間隔に牢屋はあり、嫌な臭いを発していた。その一つで、アリィは歩みを止め、中を指差した。いつの間にか付いて来ていた茜も、皐氣と一緒になって中を覗く。するとそこには、思いがけないものがあり、彼らは自分の目を疑った。
 「陽向!!」
 そう、そこには緋搗と一緒にいる筈の、栄井陽向本人が横たわっていたのだ。


                  *


 気がつくと、緋搗は鎖に繋がれ、冷たい床に横たわっていた。あまり覚醒しない頭の中で、同じ光景が繰り返し流されていた。栄井と一緒に神の領域へ来たのだが、入っていきなり誰かに殴られ、気絶されたのだ。その時、栄井が違う人間に変わっていくのを見た。いや、あれは、栄井そっくりに作られたロボットだったのだ。それを境に、全ての記憶が、走馬燈の様に駆け巡った。その後、彼女は鎖に繋がれてここへ連れてこられたのだ。敵の罠に、まんまと引っ掛かってしまったのだ。
 「お目覚めですか、お嬢さん?」
 聞きなれない低い声が、暗い部屋の中に響く。その中に、一つだけライトアップされたイスが浮かび上がる。背の高いそれに腰掛けている、スーツの男が不気味に微笑んだ。嫌な予感が、緋搗の心を握る。
 「いやぁ、こんなに作戦が上手くいくとは思っていなかったので、嬉しいですよ。有難う」
 何故感謝されなければならないのか、分からないが、とりあえず黙っておく事にしていた。
 「驚いて声も出ませんか?可哀相に。でも大丈夫ですよ、役目さえ果たしてくれれば」
 「役目?」
 思わぬ言葉に言い返してしまってからでは遅いが、口を押さえた。
 「そうです、役目です。嫌とはいえませんよ。なぜなら命がかかっていますから」
 その言葉に従うように、冷たい刃が首もとに当たるのを感じた。その刃を持っているのは、璃里だった。その隣に、栄井もどきもいた。よく見れば全然違うのに、何故気付けなかったのだろう。
 「その子は、私の忠実なる僕です。決して汚らしい空民などではありません」
 「その通りですわ、伯爵様」
 「伯爵?」
 「伯爵様を呼び捨てにするなど、許されないぞ、小娘!」
 栄井もどきが彼の声で言うものだから、気持ち悪い。鳥肌が立つ。
 「まあいいよ、ドール。さあ、私の話を聞いてくれ、お嬢さん」
 栄井もどきは、ドールという名前らしい。確かに、人に化けられるロボットは、ドールと言う名に相応しい気がした。
 「聴いているのかい、お嬢さん?」
 「誰が、あなたの言う事なんか聞くもんか」
 「おやおや、威勢がいいお嬢さんだ。だが、忘れちゃいけないよ、自分の立場を」
 首を刃が少しきり、血が出てきた。ヒリヒリとする痛みが、首にする。
 「簡単な事だよ、それはね―――」
 悪魔の言葉を最後まで聞いてしまった緋搗は、動けなかった。微動だにできるはずがない、そんな事を言われるとは思っていたのだから。
 「やるかい、やらないかい?お嬢さん」
 そこではじめて緋搗は恐怖を感じた。目の前に座っている男が、本物の悪魔のようで、慄然とした。そして切に願った。
 ―――助けて、助けて―――皐氣!!
 叶って欲しい願いでもあり、叶って欲しくもない、悲しい願いだった。












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