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機械仕掛けの世界
作:下弦 鴉



13、訴えかける協奏曲


 気が付けば、皐氣は独り、白い空間の中で立っていた。白と言っても、いつも見ている景色が、白くなっているだけで、空は存在していた。だがその空も、嫌に白っぽい。
 「ここは……?」
 そう言ったはずなのに、声がでない。試しにいろいろな事を言ってみるが、一向に成果は出なかった。これも、璃里が仕組んだ幻覚の効果なのだろうか。何とかこの空間を出て、先へ進まなければならない。そう考えた時、後ろで声がした。振り返り見れば、栄井と緋搗がいた。楽しそうに話しながら、こちらに歩いてくる。話し声が、次第に大きくなる。
 「そうそう、聞いてよ栄井。またね告られちゃって、大変だったんだよぉ」
 「はいはい、もうそれはさっきから何回も聞いてるよ。モテる緋搗は大変だねぇ」
 「大変所じゃないの!!もう、焦っちゃったんだから!!」
 「どうして?」
 「何回も聞いてるんじゃなかったの?」
 「適当に聞いてたから」
 「ひっど〜い!!」
 「ゴメン、ゴメン」
 本当に、楽しそうだった。皐氣はそんな彼らに話しかけようとしたが、声が出なかった。どんなに声を出そうとしても、空気が喉から漏れる音すら聞こえない。だが、彼らは真っすぐ皐氣に向かって、やってくる。避けなければ、ぶつかってしまう。それなのに、彼らは皐氣がいないかのように、真っすぐに歩き続ける。避けようとしない。皐氣が避けようとしたが、足が動かなかった。声は、もう目の前だ。ぶつかる。そう思った皐氣を、彼らはすり抜けた。
 「え?」
 やっと出た声に驚いたが、もっと驚いた事は、彼らにぶつかっていない事。確かに、彼らは皐氣に向かってきていた。なのに、すり抜けたのだ。その感触が、まだ皐氣には残っている。指に水を浸した時と、似た感覚だった。嫌ではないのだが、気持ちよくもない。なんとも言いがたい感覚だ。
 「それでね、私言ってやったの―――」
 「へぇ、そうなんだ。それから―――」
 何事もなかったかのように、二人は進んでいく。皐氣は不思議に思い、二人の名を呼ぶ。だが、振り返りも、反応もしない。おかしい。そう思ってから、思い出した。ここは璃里が造った、架空の世界。あの二人も、本物じゃないのだ。璃里の作った、偽者だ。
 「何がしたいんだ、璃里!!」
 狭い部屋の中でこだまするように、声が響いていく。声が完全に消えかかった頃、返ってくる言葉があった。
 「貴方が恐れている事、それは忘れ去られると言う事。この世界で、貴方を覚えている人は、誰もいません。声を掛けても無駄ですよ。聞こえないのですから、存在しないものの声は」
 「何がしたいって聞いてんだよ!」
 「それは、貴方を苦しめる事です。貴方は、この世界ではいないもの。存在しないものです。誰からも声を掛けられる事もありませんし、避けられる事もありません。ただ、そこに有るだけです」
 「存在が……ない」
 だから、栄井達は皐氣に気付かず歩き続けていたのか。これで謎が、一つ解けた。
 「ここから出る方法は、ありませんよ。貴方が壊れるまで。そして、壊れた貴方で、大切な仲間を殺させてあげましょう。その後で目覚めさせ、貴方を失望させて上げます。貴方はそして、自分の無力さを知るのです」
 「そんなこたぁ、させねぇぞ!」
 「どうだか。そういう事は、ここから出れてから言うものですよ。では、貴方が壊れるのを待つとしましょう」
 そして声は消えていった。皐氣が璃里と会話している間にも、彼は何人もの人とすれ違った。その度に、あの感覚が体を包んだ。気持ち悪い。そう思った。
 「そうだ、一つ、刺客を用意してあります。それに勝てたら、私は負けを認めますよ。ですが、刺客は一箇所から動きません。自分の足で探して御覧なさい。タイムリミットは、この世界の夜明けまで。さあ、貴方は壊れずに出てこれますか?」


                      *


 ドールのいなくなった廊下には、油っぽい臭いが立ち込めていた。溯羅はすぐにでも皐氣を追いかけたかったのだが、体が言う事を利かなかった。機械の力を使いすぎたからだ。機械から出される、殺人命令に逆らえるほどの力が残っていない。今は必死に拒絶をしているが、いつ機械に体をのっとられるか、定かではない。
 「くそっ……」
 頭を抱え込んで、溯羅は膝を付く。激しい頭痛が、彼を襲っていた。
 ―――壊せ。殺せ。この世の全てを―――
 機械のその言葉が、幾度となく繰り返される。命令をどんなに拒絶しようとも、それだけは次第に強くなっていくばかりだ。
 ―――壊せ、壊せ。憎き人間を。殺せ、殺せ。愚かな人間を。この世の全てを、地獄へ誘え―――
 「やめろ」
 ―――壊せ、壊せ、壊せ。殺せ、殺せ、殺せ。無力なものを―――
 「……やめろ」
 ―――無くしてしまえ。こんな世の中を。この世の全てを、無に返せ―――
 「……やめろぉ……」
 ―――愚かな行いをする人間共に、神の鉄槌を下せ。人間など、消し去ってしまえ!―――
 「やめろぉ!!」
 狂ったように床にのた打ち回りながら、溯羅は叫んだ。乱れる息が、痛む頭が、落ちた剣に移る顔が、恐怖で崩れかけていた。機械に完全に支配されれば、体の自由は二度と利かなくなる。それだけは、なんとしても、避けなければいけない。護らなければ、約束を。護らなければ、大切な命を。護らなければ―――。
 「俺……は、機……械に、なんて……負け……ねぇ!!」


                      *


 動けるようになった皐氣は、必死になって走っていた。何かに追われている訳ではない。逃げるのではなく、探しているのだ。彼の心当たりの場所は、全て探した。学校も、家も、通学路も、友達の家も。だが、そのどこにも彼に気付く者はなく、璃里の言っていた刺客はいなかった。早く見つけ出し、ここから出なくては、彼の身は持たなかった。誰も彼に気付かないと言う苦痛。すり抜けられる気持ち悪さ。声を掛けても返事のない友達。気味が悪いほどに、誰も彼に気付いてくれないのだ。それが何よりも、彼の心を締め付けた。
 「畜生。どこにいるんだよ、刺客ってのは」
 その時、小さな子供を連れた親子連れを見た。それを見て、皐氣は一つの場所が浮かんだが、すぐに打ち消した。昔住んでいた、思い出の家。前に一度言ってみた事があったが、そこには何もなかった。雑草の生えた敷地が、ただ寝転んでいた。
 「な訳……ないよな」
 そう言いつつも、自然と足がそちらに向かう。久しぶりに行くはずなのに、道を間違えることなく歩き続けられる。まるで、糸に引っ張られているようだ。懐かしい公園。懐かしい小さな店。懐かしい、大きな家。そう、そこに家はあり、小さな少年がその玄関に腰掛けていた。
 「待ってたよ、翠」
 幼い頃の声。もう、恐くない。立ち上がり、目の前に現れたのは、紛れもなく幼少時代の皐氣。抱いている犬のぬいぐるみも、そのままだ。
 「翠って、お前も翠だろうが」
 「フフ。そうだね」
 自分らしくないと思った。こんな風に、俺は笑わないと。こんなに暗く、哂わないと。
 「ねえ、何で翠はそんなに必死になって、世界を変えようとしているの?」
 「間違ってるからだ」
 「そう思ってるのは、翠だけかもしれないよ。この世界を必要としている人の方が、きっと多いよ。なのに、世界を変えたら、その人達が、困っちゃうよ」
 「そうかもしれないな。でも、それじゃ、いけないんだよ」
 「何がいけないの?」
 「機械に頼り、機械によって動く事さ。人はロボットじゃない。生きているんだ。感情もあるし、呼吸もする。機械には、それが出来ない。だから、それに従う事も、間違ってるんだ」
 「でも、機械がなくなったら、どう生きていいか、分からなくなっちゃう」
 「それでいいんだよ。それでこそ、人間なんだ」
 「……忘れる事も?」
 「ん?」
 「お母さんや、お父さんが殺された事も、忘れる事がいいの?人間は、すぐに忘れる。忘れようとする。それでいいの?」
 「……」
 皐氣は、答えられなかった。時として、忘れる事も必要だが、一度忘れると、人とは不便なもので、なかなか思い出す事が出来ない。それでいいかもしれないが、忘れた方の気持ちは、どうなってしまうのだろう。怨めばいいのか、悲しめばいいのか。分からなくなってしまう。
 「人は、忘れたら忘れたで、事を済ませようとする。でも、機械は違う。ちゃんと覚えててくれる。忘れずに、残しておいてくれるんだ。簡単に忘れたりしないよ!」
 「でも、感情がない」
 「それでもいいじゃないか!機械は何でも覚えててくれる。人間と違って、低能じゃないんだ!それに何でもしてくれる。寂しいなんて、思わせないよ!」
 小さい頃の皐氣は、孤独だった。緋搗と遊んでから帰ってきても、親がいない事が多かった。家に泊めてもらえるとしても、しょっちゅう行っては、さすがに迷惑になるだろう。だから、一人で遊びながら両親の帰りを待つ事が多かったのだ。
 「ねえ、翠も寂しかったでしょう?独りでずっと待ってなくちゃいけないんだ。でも、機械がいれば、独りじゃないよ。話してくれるもの」
 「でも、それは―――」
 「逸話だって構わない!独りが嫌なんだよ!独りじゃ寂しいんだ!誰かが、傍にいて欲しいんだ!!」
 その言葉は、皐氣の心に深く突き刺さった。独りが嫌で、機械と共にいる生活。寂しいと思えば傍にいるのは、機械だとしたら。話し相手が、機械しかいないとしたら。そちらの方が、悲しいのではないだろうか。相手にしてもらえなくても、独りでも、いいのかもしれない。機械が、人の心を知る事が出来ないように、人も機械を知る事が出来ない。だったら、人との繋がりをもっと深くすればいい。もっと、愛しいものにすればいい。
 「寂しんじゃんか。誰もいないと。悲しいじゃんか。誰もいないと」
 嗚咽を漏らしながら言う、幼き日の自分に歩み寄り、皐氣はそっと抱きしめた。
 「寂しいと、悲しいと思えるのは人間だけだ。確かに忘れる事は、悪い事かもしれない。けどさ、機械に覚えてもらえていれば、本当にそれだけでいいのか?人には、覚えていてもらえなくて、いいのかよ」
 「嫌だよ」
 「だろ?だったら、忘れるなって言えばいいんだ。俺らには、口がある。言葉にしてあらわす力がある。どんなにさり気ない言葉でも、人の心に残れば、永遠のものとなる。忘れて欲しくないなら、自分から動かないといけないんだ」
 「でも、独りは寂しいよ……」
 「それが、人間ってもんさ。人生には、辛い事も、楽しい事も、悲しい事も、嬉しい事も、絶対になる。それは、絶対に避けられないんだ。避けちゃ、いけねぇんだ」
 「何で?そんなの、酷いじゃないか」
 「でも、それが全部無くなっちまったら、どうする?」
 「え?」
 「楽しくもない、嬉しくもない。辛くもない、悲しくもない。つまらないだろ?そんな人生。それが沢山あるから、この世界は面白いんだ。くだらないって、思えるこの世界が」
 「……」
 「機械に出来ない事は、人生を楽しむ事なんだ。この世に生を受けた俺らと違って、作られた機械は、楽しみも何もない。ただ、人様の言う事を聞くだけ」
 「……」
 「誰もが持ってるんだよ。そういう気持ち。悲しかったりする気持ちを。感情のないロボットと違って、俺らは自分の足で歩かなきゃいけない。まだ不安定で、でこぼこした道かもしれない。でも、それでいいんだよ。道が決められたものだったら、かなりつまらないぜ?間違った道を行く事も人生なんだ、自分の」
 「……人生」
 「機械に決められた世界じゃダメなんだよ。人の世界を創っていけない。それは、機械だけの世界になっちまうからだ。歩き始めは、不安でいいんだよ。少しずつ慣れていけばいいのさ。機械に縛れていなければ、自分らしい世界が開けてくるはずだ。そして、もっともっと世界は広がる。自分だけの、大切な世界だ。
 その世界を手に入れるために、俺はここまで来たんだ。ここで引き返す訳には行かないんだよ。進まなくちゃいけないんだ、自分の決めた道を。自分の創った世界を」
 「それで、いいのかな?」
 「いいんだよ。きっと」
 「ボクにも……出来る?」
 「出来るさ。心があるんだから」
 掴んでいるはずの肩が、少しずつ感覚を失っていく気がしたが、皐氣は構わずその肩を抱き続けた。白い世界も、崩壊を始めていた。色が、徐々に戻り始め、本当の世界が現れる。自分の存在している、たった一つの、大切な世界だ。
 「……さすがですね。皐氣翠。あの世界から抜け出せるとは、正直思っていませんでしたよ。……私の負けですから、さあ、進みなさい。貴方の言う、『自分らしい世界』の続きを見せてください」
 璃里が少し後ろに下がると、扉が現れた。ダイラの待つ、司令室への扉だ。
 「最後に一つ聞かせてください。どうして、あそこに刺客がいると分かったのです?」
 「……勘、かな?」
 「勘ですか……」
 「お前は、俺の辛い場所ばかり抉りたがってた。だから、もしかしたらって思ったんだよ」
 「私は、考えを読まれたと言う事ですか」
 「……さあ、どうだかね」
 皐氣はゆっくりと立ち上がり、扉に向けて歩み寄った。開くのが、少し恐かった。だが、もう進むの決めたのだ。戻る訳には行かない。運命の輪が狂ったその日から、彼に戻ると言う事は、禁じられた。だから、ここまで進んでこれたのかもしれない。一呼吸置いて、目を瞑った。すると、大切な友の顔が次々に浮かびあがってきた。明るく振舞い、慕ってくれた、茜。言葉に出して言えないが、気持ちをきちんと持っている、アリィ。気持ちに素直になる事を、改めて感じさせられた、緋搗。最期の時まで支えてくれた、大切な存在、栄井。機械に苦しめられている、溯羅。みんなの気持ちが、皐氣の肩に乗っていた。だが、重くはない。それは、みんなと同じ気持ちだから。同じ志だから。それが一つの想いとなって、皐氣の心の中にあるから。
 深呼吸をする。みんなの笑顔が、力をくれた。もう迷ったりなんかしない。道を踏み間違える事も、恐れない。この道を進んでいくと、決めたから。もう、怖くない。
 扉の取っ手を、静かに掴む。そして、最後の扉を、今開いた。












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