機械仕掛けの世界(13/17)縦書き表示RDF


機械仕掛けの世界
作:下弦 鴉



12、悲しみの踊子


 見慣れた四角い部屋。白く長い廊下は、夕陽に照らされ、ほのかに紅く染まっている。やけに静かなそこには、ただ外の風の音が聞こえる。青葉を揺らす、心地よい風だ。
 その光景に、皐氣は見覚えがあった。いつも、栄井達と通った場所なのだから。でも、皐氣は、何故ここにいるのか分からなかった。ふと見回してみれば、そこは、教室の中で、皐氣は机の上に座っていたのだ。視線を前に戻すと、意外な人物が急に現れ、彼は言葉を失った。そこには誰もいなかったはずだ。彼はもう、生きていないはずだ。なのに、何故?
 「さあ、帰ろう。翠」
 懐かしい声が、そう呼びかける。でも、皐氣は返事が出来ない。アリィのように、声がでない訳じゃない。ただ、言葉が浮かばなかった。
 「どうしたんだよ、僕の顔に何か付いてる?」
 優しげに綻ぶ頬。どこか悲しげだが、明るいキャラメル色の瞳。どこからどう見ても、栄井陽向だった。
 「何なんだよ」
 ふくれっ面になる栄井。本当に生きているかのようだ。
 「お前、死んだんじゃ……」
 「死んだ?僕が?」
 確認するように聞く彼に、皐氣は固まった表情のまま頷く。すると、栄井は声を上げて笑った。楽しそうだった。
 「何の冗談だよ。面白いな、翠って」
 腹を抱えながら、いつも通りに笑うものだから、皐氣も思わず笑ってしまった。きっと、こちらが現実で、皐氣が今まで見てきたものは夢だったのだ。そう思い始めた皐氣は、馬鹿な夢を見たな、と笑った。
 「ホラ、帰ろうぜ」
 手提げバックを背負い、栄井は笑いながらそう言った。本当に変わらない、優しい響きの声だった。
 「ああ……」
 皐氣は、栄井の隣に立ち、共に歩き出した。廊下に出ると、あの時の記憶がよみがえる。アステレイアに呼ばれ、困惑した時の、夢の記憶。だが、夢の中の記憶のはずなのに、しつこく皐氣に付きまとう。思い出せ。そう言われているようだった。
 「どうした、翠。元気なくね?」
 「ん?そうか?気のせいじゃねぇの?」
 「本当にそうかな?」
 「お前は心配性すぎんだよ。ちったぁ、気を休めろよ」
 ぐしゃぐしゃに頭を掛かれた栄井は、皐氣に講義する。でも、とても楽しそうだった。皐氣も楽しかったが、心に詰まる蟠りが気になってしょうがなかった。何か、とても大切な事を忘れているような。忘れてはいけない、大切な事があったような。
 「翠ってさ、この世界をどう思う?」
 唐突に聞かれ、皐氣は固まった。急にそんな事を、栄井の口から聞くとは思っていなかったからだ。
 「この世界をどう思うかって?」
 「そう、この機械仕掛けの世界を。なぁ、翠はどう思う?」
 『機械仕掛けの世界』。その言葉が鍵だったかのように、一気に心の中の蟠りは消え、失くし掛けていた心の記憶がよみがえる。家の前で出会ったロボット。落とされて始めて見た、美しい国。地下帝国アンダーグラウンド。茜とアリィ。ババ様の占い。飛ばされて来た、神の領域。栄井との再会。登っていく階段。大切な友の死。そして―――。
 「どうしたんだよ、翠」
 「お前は、誰だ」
 「何言ってんだよ。僕に決まってるだろ?」
 そう言って、左胸に付いた名札を指差す。夕陽に照らされ、眩しく光った。
 「違う。お前は、陽向なんかじゃない」
 「……」
 「お前は、幻覚だ!」
 隣で微笑み続ける栄井から、皐氣は身を引いた。彼の顔にこびりついた笑顔は、本当の栄井のものとは違う。何故、気付かなかったのだろう。彼は、こんなに冷たい笑顔はしない事を。
 「なあ、翠。どうした?」
 「お前に、翠なんて呼ばれる筋合いはねぇよ」
 「酷い事言うなぁ、皐氣」
 冷たい声。優しさの欠片もない、残酷な響き。その声に、足は地面に縫い付けられたように動かなかった。動けない。これほど怖い事はなかった。
 「怖がる事なんてないさ。……覚えてる?皐氣。あの日の事を」
 その言葉と共に、町並みは歪み、形を変えていく。それは蜃気楼のように消えて、違う場所に移り変わっていた。小さな家の、前だった。その表札には、『皐氣』と彫られていた。
 「まさか、忘れてないよな。翠」
 栄井とは違う声に、そう呼ばれた。今、皐氣の目の前にいるのは、背の高い男だった。
 「忘れてないよな、翠」
 懐かしい遠い日の記憶が、皐氣の頭によみがえっていた。キャッチボールをしてくれた、優しくも厳しい父だった。その隣には、ポニーテールの母がいた。変わらずに華奢で、そこにいるだけで、その場が暖かくなる。温和な母。
 「翠、私の愛しい子」
 細い指が、皐氣の頬に触れる。とても冷たかった。だが、皐氣は声が出なかった。
 「翠。忘れていないだろ。父さん達が、殺された日を」
 皐氣は、はっと息を呑んだ。忘れるはずがない。だが、誰も知らない。覚えていない。彼の両親が、殺された日の記憶。彼だけが、覚えている記憶。
 「翠、返事は?」
 「……忘れてないか、ない」
 言葉を発した皐氣の声は、幼い日のものになっていた。思わず体中を動かし、見てみると、そこには両親が殺された日の彼が居た。背格好も、舌足らずな声も、全く同じだった。
 「どうした、翠。何を恐がっているんだ」
 「翠。恐くないわよ、母さんが傍にいるから」
 冷たい母に抱かれた皐氣は、その冷たさに心まで冷やされてしまいそうだった。震える事しか出来ず、逃げる事が出来なかった。思い出していたからだ。忘れようと思っていた記憶を。忘れたいと、願ってしまった記憶を。


                      *


 その日も空は、綺麗に晴れていた。もう梅雨の季節だというのに、全く雨の気配をさせていなかった。背伸びをして出窓から外を眺めていた少年は、とても嬉しそうに笑っていた。その脇に抱かれた犬のぬいぐるみも、心なしか笑って見える。それほど少年は、この日を楽しみにしていたのだ。
 「ホラ、翠。何やってるの?こっちに来なさい」
 名を呼ばれた少年は、声のする方へと駆けて行った。そこには、やんわりと笑う母の姿があった。つばの大きな帽子を被り、その手にピクニック用の大きなカバンを持っている。とても重そうだった。
 「お母さん。ボクがもってあげようか?」
 「あら、翠は優しいのね。でも、大丈夫よ。母さんはね、こう見えても力持ちだから」
 「そぉう?」
 「そうよ。……さあ、外で父さんが待ってるわ。早く行ってあげなくちゃね」
 「うん!」
 大きく頷いた翠に、母は楽しそうに笑っていた。
 靴を履いて、翠は元気よく外へ飛び出した。綺麗に晴れた空が、彼を迎えてくれた。その日の喜びを、空も祝福してくれているようだった。そう見えるのはきっと、翠の父は仕事が忙しく、家族で出かける時間など、ほとんどなかったからだろう。
 楽しい時間を過ごし、再び家に帰る頃。翠は車に揺られながら眠っていた。幸せそうな顔をして。車を無事に駐車場に止めると、父は翠を背負いおり、母は軽くなったカバンを持って外に出た。そして彼らは気付いた。家の様子がおかしい事に。外に見知らぬ車が止まっている。いつもなら、開いている二階のカーテンが閉ざされている。それに、階段の電気も消えていない。消し忘れかもしれないが、几帳面な母が、そんなミスをする訳がない。
 「父さん……」
 母は心配そうに、父に問いかけた。父は、翠を再び車に戻すと、玄関に向かって行った。その腕を、母は止めたが、父は大丈夫と笑ってドアノブに手を掛けた。いつもより冷たく感じるそれを、ゆっくりと引く。重いドアが開かれる。
 その刹那。
 銃声が鳴り響く。皐氣家に入り込んだ、強盗の発砲したものだった。まだ、門の所にいた母は無事だったが、父は即死だっただろう。白いタイルの敷き詰められた玄関に、血が染みていく。母は翠を連れて逃げようとしたが、強盗は、それを許さなかった。容赦なく母にも発砲すると、乗ってきた車で逃走した。
 しばらくして翠は、パトカーと、救急車のサイレンを目覚まし代わりに起こされた。まだ小さかった翠には、周りの状況が良く分からなかった。それでも、寝ぼけ眼で車の外に出ると、一気に覚醒した。生々しい血。玄関に倒れる父。道端に倒れる母。何をしているのか、翠には全く分からなかった。だが、そんな二人に近付こうとすると、一人の警察官に呼び止められてしまった。
 「僕、どこの子?」
 「お母さんと、お父さん、何してるの?」
 「僕は、ここの子なんだね?」
 「ボク、ずっと車の中で寝ちゃってたの。でね、パトカーさんとね、救急車さんの音が聞こえたからね、起きたの」
 「そうだったの?僕は、怪我してない?」
 「大丈夫だよ。ねえ、お母さんとお父さんはどうしたの?何で、あんな所で寝てるの?家の中で寝ないと、風邪引いちゃう」
 「……そうだね」
 それから警察官は何も言わずに、ただ翠の傍にいた。布を被されて運ばれていく二人を見ながら、翠は警察官の服を引っ張った。
 「ボクのお父さんたち、なんで布かぶせるの?どこに連れて行っちゃうの?」
 「……病院に、行くんだよ」
 「どうして?」
 「……」
 「ねえ、どうして?ボクのお母さんとお父さんだよ。おしえてよ」
 帽子を深く被って黙り込む警察官に痺れを切らして、翠は運ばれていく母に飛びついた。その拍子に剥がれ落ちた布が、血で紅く染まっていた。そして、虚ろな瞳が翠を見つめていた。恐かった。思わず悲鳴を上げた。そんな翠を、先ほどの警察官が抱き寄せた。
 「僕、落ち着いて聞くんだよ。君のお父さん達は亡くなったんだ」
 「なく……なった?」
 「起きない眠りに付いたんだ。どんなに大きな目覚まし時計を使っても、呼びかけても、起きないんだ」
 「そんな事ないよ!だって、二人ともお仕事があるから、絶対に起きるもの!」
 「どんな事があっても、もう起きないんだ。……死んじゃったんだよ」
 「死んでなんかない!お母さんとお父さんが、死んだなんてウソだ!だまされないぞ!!」
 「ウソじゃないんだよ……」
 「ウソだよ!!ウソだ!!死んだりなんか、しないもん!!お母さんたち、生きてるよ」
 そう言いつつも、翠の脳裏にはあの虚空な瞳がこびりついていた。優しさも何もない、冷たいガラス球。それが、恐かった。
 「死んでないよ……死んでない。お母さんたち……生きてるよ」

 それから一週間くらいたっても、ニュースにされる事もなく、翠に平穏は訪れていた。母方の叔母の家に預けられたはずなのに、元からそこにいた事になっている。翠を産んでからすぐ母は死んだ事になっており、父はもっと前に病死した事になっていた。そうじゃないと翠が言う度に、叔母は彼を病院へ連れて行った。病室で医者と二人きりになると必ず、翠はこう言われた。
 「忘れろ」
 そして、何やら怪しい注射器を取り出して、翠にさそうとするのだ。その度に逃げ出して、翠は「もう大丈夫」と言って、叔母達をごまかしていた。
 この事は、緋搗でさえ知らなかった。覚えていなかった。薄っすらと思い出しそうになると、いつも頭痛がして、何もかもを忘れてしまうのだった。
 そんな世界に疑問を抱き、翠は動いたのだ。


                    *


 「俺の記憶を、読んだな」
 呟く皐氣は、元の体に戻っていた。 
 「そうよ、貴方が一番苦しいと思ったところを抉ってあげたの」
 どこか遠くから、その声は聞こえた。
 「汚ねぇマネするな」
 「これが私の戦い方ですもの。さあ、次は何がいいかしら」
 響く声は、とても楽しそうだった。その声を聞きながら、皐氣はまだ震えていた。恐かった。久しぶりに見た母の表情が。久しぶりに触れた手が。震えを抑える為に握った拳は、爪が刺さって血が滲んできていた。
 「……貴方が一番恐い事は、忘れられる事みたいね」
 「なんだよ」
 「新しい『夢』を用意してあげたわ。楽しんでね」
 そして再び皐氣は、夢の中へ落とされていった。


                     *


 ぶつかり合う鋼に、こんなにも興奮した事があっただろうか。自分の分身のような奴と戦って、こんなに楽しいと感じるとは思わなかった。同じ強さ、同じ動き、同じ癖。その全てに、溯羅は歓喜していた。何故だか分からない。ただ、戦う事が、楽しいのかもしれない。
 「どうした、溯羅。やっと気付いたか?」
 「何にだよ」
 「殺す事の、楽しさに」
 厭らしく笑う自分の顔が、重なって見えた。そんなはずはないのだが、本当の自分と、ドールの自分が、ダブって見えたのだ。そんな事、ありえない事なのに。
 「いいんだぜ。認めろよ。お前は人を殺す事が、楽しくて楽しくて仕方ないんだろう?」
 「そんなこたぁねぇよ」
 「何故そう言い切れる。お前は、あいつらと関わらなければ、ずっと殺人兵器だ。いや、何の関係なしに、それはかわらねぇか」
 「何が言いたい」
 「お前は、伯爵様のお気に入りだ。だから伯爵様は、お前を壊したくはない」
 ぶつけていた刃を休めて、二人は向かい合った。
 「お前があいつらを裏切るのなら、喜んで迎えてやろうと、伯爵様は言っていらっしゃった」
 「俺に、また人殺しをしろと?」
 「そういう事だ。お前には簡単だろう?人を殺して殺して、今まで生きてきたんだからな」
 剣を下げて、ドールは続ける。
 「人殺しが、人殺しじゃなくなる方法なんてねぇんだ。くだらない希望を持っても、意味ないぜ。せっかくの体だ、うまく使わなくちゃな?」
 「上手く……使うねぇ」
 握った剣をもう一度きつく握り、溯羅は大きく息を吸い込んだ。息をしている。まだ、機械になっていない。まだ、人間でいられている。恐くない。機械の支配など、もう要らないのだ。
 「さあ、帰って来い。溯羅」
 そう言ったドールの背後に、気配を感じた。彼が振り向くと同時に、溯羅の顔が見えた。
 「何!?」
 溯羅が振るった剣は、惜しくもドールの髪の毛を掠っただけだった。首を落とせていない。それでも、掠らせる事が出来た。
 「上手く使うってのは、こういう事だろ?」
 「……最後のチャンスだったのに。後悔しても、知らねぇぞ」
 首を傾けながら言うドールに、もはや人の気配はなかった。完全に、機械に飲まれている。そうなってしまえば最後、自分に自由は聞かなくなってしまうのだ。何て、哀れなのだろう。
 「来るなら本気で来いよ、操り人形」
 「調子に乗らない方が良かったのによ……伯爵様も、さぞ残念がっているぞ」
 ドールの形が崩れていく。液体のような、なんともいえない物質になると、再び形を作り出す。それは一つ、二つと増え始め、あっという間に溯羅を取り囲んでいた。
 「俺だらけって……さすがにキモいな」
 同じように哂った顔。気味が悪いほどに、彼を真似ていた。そいつらは、溯羅に向けて、剣を構える。同じように、溯羅も身構える。
 「ラストショーといこうぜ、中途半端」
 そして一斉に、刃は振り下ろされる。それの恐怖を感じさせずに、溯羅は目を瞑っていた。神経を集中させるその時、時間が止まった気がした。恐れなど、とうの昔に忘れているのだ。いまさら何を恐れる必要があるだろう。戦いは、正直に言えば嫌いだ。だから、全てを終わらせる。この、一撃で。
 全神経を剣に集中させる。それに合わせるようにして、それは淡く輝きを放ち始める。蒼い輝きは、身の毛がよだつほど冷たい。何もかもが凍ってしまいそうなほど、切ない。そんな輝きは、次第に強くなっていく。それに気付いたドールは、危険を感知した。
 「ああ、終わらせてやるよ。何もかもな」
 「……お前、何をやろうとしている」
 「お前の悲しい人生に、終止符を打ってやるよ」
 瞑っていた溯羅の瞼が開かれる。冷たい彼の瞳の色が、変わっていた。この切なくも、温かさのある瞳を何といえるだろうか。そう、例えるのなら、よく晴れた日の青空のようだ。どこまでも澄み渡り、空を飛ぶものを支配する蒼い空。優しさおも包み込む蒼さは、まさしく空としか言い現しようになかった。
 「さよなら、ドール。あの世では、争いもなく暮らせよ」
 その一言と共に放たれた光は、優しく暖かくドールの分身達を包み、消していった。逃げようとした彼だったが、間に合わなかった。だが、それでよかったのかもしれない。苦しむ事無く死に、消えたのだから。
 独り立っているのは、溯羅だけ。振り下ろした剣には、血の染み一つもない。淡く光っていた光は、風に攫われるようにして、ゆっくりと消えていった。ドールが先ほどまで立っていた場所を見ると、そこには人がいた面影がなかった。服に絡まった無数の機械と、多少の血。いや、あれはオイルだろうか。それを見て溯羅は、悲しい顔をした。
 「お前も、辛かったな。でも、もう大丈夫だ」
 慈しみの言葉と取るか、哀れみの言葉と取るかは、それを聞いた者次第。残酷すぎる言葉かもしれないが、それが現実だ。現実は、変わらない。流れに身を任せ、流れるだけだから。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう