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式神の生活と悪役

 この世界には妖が住んでおり、人間と共存しながら生きている。

そして、力のある者はある一定の年齢になると学校へと通う。

その学校の名は私立 小夜さよ学園。

妖や陰陽師が一同に会し、それぞれの思惑を抱きながらも、交流をして、危うい均衡を保っているらしい。


 この学園が乙女ゲームの舞台だ。


 学園が危険な場所とは知らないヒロインが入学してくる。

そして、妖と陰陽師の策略に翻弄されながらも、見目麗しい男性と恋をしていくという少しサスペンス要素の入った人気のゲームだった。

私は友人に借りてやったのだが、結局一人のルートしか攻略していない。

なにせ、飽き性の私。

それなりに楽しかったが、話の本筋を知ってしまった後、あれもこれもと個別ルートを攻略するほどの情熱はなかった。


 そして、私を式神にした男、賀茂友孝かもともたかは春にこの学園に入学したばかりだった。

現在は一年生であり、秋には一年生ながら生徒会長になり、学園の実力者として成績トップを収めるという完璧キャラだ。

もちろん、攻略していない。

だって趣味じゃないから。


「集中してないね。もっと厳しくしないといけないのかな?」


 男のくせにキレイな凛とした声が響いた。


「申し訳ありません。友孝様。」


 私は即座に謝ると、目の前の妖へと意識を集中させる。


 数は二〇ぐらいか。

一メートルぐらいの身長、一つの目、大きく膨らんだ腹。

餓鬼のようなものだろう。

個々の力は強くない。

それに、知能もあまり高くなさそうだ。

連携を取られて困るということもないだろう。


 私はそれを確認して、妖の集団へと身を躍らせた。

いきなりゼロ距離まで近づいた私に、その一つしかない目を大きく見開く。

そして、次の瞬間にソイツの腹を右手で薙いだ。

右手に分厚い肉を切ったような感触が残った後、ソイツは二つになり地面へと転がる。

どす黒い血を流しながら、あっけなく地面に溶けていった。


 体が熱い。


 もっと、

もっと。


 そこからはいつも通りに手を振るった。

私の鉤爪がおもしろいようにソイツらを滅していく。

そして、一匹滅するごとに体がズクンと熱くなるのだ。


 もっと。

もっと……!


 ようやく、最後の一匹だ。

コイツを滅すれば、もっと気持ちいいはず。

私はこの体の熱を持て余しながら、飛ぶ。


「最後のは残す、って言ったよね?」


 私の手が最後の一匹に届く前に、友孝様の鞭が私の体を払った。


「……っ」


 右のわき腹に痛みが走る。

最後の一匹はその隙に森へと身を翻し、闇へと溶けていった。


 ああ……。

逃げてしまった。

私のごはん。


 うーうーと小さな声を出しながら、その森の闇をじっと見つめた。

後ろからはやれやれと声が聞こえる。


「本当に、すぐに欲望に負けるね。」

「……申し訳ありません。」


 友孝様の方を振り向かず、未練がましく森の闇を見つめてしまう。

あそこに私のごはんが。


「一匹残らず滅してしまうと、もうここにアイツらが出てくる事がなくなるだろう? 一匹残しとけば勝手に増えていくんだから。」

「はい。」


 そう、全部倒したらそれまでだが、一匹残せばまた滅しに来れる。

でも、私はどうしても我慢ができなかった。

未だ満たされぬ飢えを抱え、森の奥にじっと目を凝らした。

友孝様ははぁと溜息をつくと、そのきれいな声を響かす。


「ほら、そんなにお腹が空いているなら舐める?」


 欲しい。


 餓鬼なんか目じゃない。

思いがけない魅力的な言葉にパッと身を翻した。

あっという間に友孝様の所まで来ると、ザッと跪く。

そして、懇願の目で見上げた。


「おねがいします。」

「本当に堪え性がないね。」

「おねがいします。」


 じっと友孝様を見上げる。

しかし、友孝様は私をおかしそうに見ると、サッと身を引いてしまった。


「ここじゃダメだよ。さ、家に帰ろう。」


 そう言って、跪いている私をそのままに山を下りて行ってしまう。

私は叶わなかった事にギュッと目を閉じ、歯を食いしばって耐えた。

そして、友孝様の後を追う。


 私はどうやら普通の妖とは違ったらしい。

妖は人間の生気を吸い、力を保つ。

だが、私は妖から妖気を奪う事によって力を保つ事ができるようだった。

妖気は生気をギュッと凝縮したようなものだ。

わざわざ人間から少しの生気を奪うよりも、妖から妖気を奪う方が格段に満たされた。


 本来、妖は妖を食わない。

妖が妖を食うとお互いの意思が絡み合い、自分とは違う何かに変わって行ってしまうからだ。

しかし、私は黒い瘴気の渦から生まれたためか、他の意思に飲み込まれる事もなく、自我を保っていられた。

妖を倒すごとに、自分の力が高まるのを感じるのだ。

それを知った友孝様は、積極的に私に妖を滅する事を命じた。

基本的には人間に害のある妖であったが、それでも気は進まない。


 私は奪いたくなかった。


 私が妖として生きていくのに、こんなに多大な妖気は必要ないのだ。

妖だって意思がある。

滅せられて二度とこの世に現れる事がないなんて、あんまりだ。


 だけど、一度、滅すると、私は高揚感に囚われてしまうんだ。

もっと欲しい、もっと欲しいと心が叫び、止まらなくなる。


「何やってるんだろうな……。」


 自由になりたい。

もう、何も奪いたくない。


 そんな虚しい願いを抱えながらも友孝様の後を追い、自宅であるマンションについた。

友孝様は立派な家の跡取りらしいのだが、小夜学園に通うためにこのマンションで一人暮らしをしているのだ。

基本的な事は昼間に通っているお手伝いさんがやってくれている。

私は式神になった当初からここに暮らし、友孝様の傍にいた。

友孝様は基本的に私に人間の姿を取らせている。

さきほどの妖との戦闘も人間の姿に手だけ鉤爪が出ているという姿だった。


 友孝様がリビングの三人掛けのソファへ座る。

私は次に来る瞬間に心を沸かせながらも、必死にそれを押えて、少し離れたところに立っていた。


「おいで。」


 友孝様が甘い声で呼ぶ。

私はすぐさま友孝様の所まで行き、跪いた。

フフッと笑い、私の頭を撫でる。


「いい? 優しくするんだよ?」

「はい、はい、もちろん。」


 ようやくの瞬間に目が潤んでしまう。

友孝様はその右手を私の前に差し出すと、私は恭しくその手を取った。

手に鉤爪を出現させ、痛みが最小限で済むように気を遣いながら、その人差し指に傷をつける。


 ツプ


 その右手から赤い水滴が膨れ上がった。

私は我慢できずにその人差し指にペロリと舌を這わせる。


 甘い。


 舐めるだけでは気がすまず、その人差し指を口に含むとゆっくりと吸い上げた。

チュッチュッと濡れた音が静かな部屋に響き渡る。


 ああ。

おいしい。


 もっと、

もっと

もっと欲しい。


 少ししか傷をつけていないため、あっという間に血が止まりそうになる。

これで私の至福の時間は終わりだ。


 ……いやだ。

もっと

もっと。


 舌先で傷口を広げようと上下に動かした。


 ……もういっそ、指を食いちぎってやろうか。

きっといっぱい血が出る。

おいしいに違いない。


 それはとても甘美なことに思える。


 そうだ。

友孝様を食ってしまおう。


 牙で友孝様の指に噛みつこうとした瞬間、指が引き抜かれた。


「ほら、白目が無くなってるよ? 今日はこれで終わりだね。」

「……っ、あ、……申し訳ありません。」


 突然の終わりに口をだらしなく開けたまま、友孝様を見上げてしまった。

そして、左の人差し指で目を辿られる。


 私は欲望に負けると、白目が無くなってしまうらしい。

狼の時のような金色だけの目になってしまうのだ。

なので、友孝様にはすぐに私が暴走しそうになるのがばれてしまう。

今回も私が欲望に負けたので、これで終わりだ。


 もっと、もっと欲しかったのに。


 目をギュッと瞑り、欲望を抑える。

そうしてゆっくりと目を開く。

きっと、白目が戻っているだろう。


「じゃあ、傷を治して。」

「はい。」


 友孝様の指先に妖気を込めた息をそっと吹きかける。

すると、その切り口がスッと消えていった。

どうやら私の妖気はなかなか便利なモノのようで、これぐらいの傷なら瞬く間に塞ぐことができるのだ。


「それじゃ、私は寝るよ。おやすみ。」

「おやすみなさい。」


 リビングから友孝様が出ていく。

私はそれを見届けると、自分の部屋へと戻り、ドサッとベッドの上へ寝ころんだ。


 ……足りない。


「お腹すいた。」


 ……もっと。


 満たされる事のない飢えを感じながら、それに耐えるように体を丸めて寝た。





 私が知っている乙女ゲームが始まるまで、あともう少し。

友孝様が進級し、二年生になってから始まる。

友孝様はヒロインから見ると先輩キャラになるのだ。


 ヒロインはその身に不思議な力を持っている。

妖に強い力を授ける事ができるのだ。

ゲームではその力を持つヒロインは『妖雲の巫女』と呼ばれていた。

妖はその匂いに誘われ、ヒロインに群がり、陰陽師はその力を妖に与えないために守り切らなくてはならない。

妖雲の巫女を妖が手に入れるのか、それとも陰陽師が守りきるのか。

そんな裏の攻防を知らぬままにヒロインは攻略対象に恋をして、運命が決まるのだ。


 攻略対象は妖が三人。

陰陽師が三人。


 そして、私の役割は……。


「いいかい、君は妖雲の巫女を妖の手から守るんだよ。」

「はい。」


 入学式を前にして、友孝様が私への最終の確認を取っていた。

私はいつもと違う姿になっている。


 黒くて長いストレートの髪。

その目は切れ長で青く輝いている。

身長は一七〇センチほど、すらりとした痩せ型の体系だ。


「妖雲の巫女は春に入学してくる。その際、君も入学してもらう。クラスは同じになるようにしているから。」

「はい。」

「妖雲の巫女が平和に過ごせるよう、雑魚は滅して構わない。そのために一年間も力を蓄えてきたのだからね。」

「はい。」


 この姿はゲームで何度も見た。

思い起こせば、すぐに構築することができる。


 友孝様はそのきれいな声を途切れさせて、こちらをじっと見た。


「学校にいる強い妖が、もし妖雲の巫女を手に入れようとしたら……わかるね?」

「はい。私に目を向けさせ、妖雲の巫女と通じ合わないようにします。もし、それが叶わなかったら……。」

「滅して構わないよ。」

「はい。」

「妖雲の巫女を妖に奪わせるわけにはいかない。」


 この姿はゲームの悪役の姿。


 妖雲の巫女のボディーガード。

そして、恋を邪魔するライバルである。


「君の名前は友永茶子。いいね。」

「チャコ。」

「そ。獣臭い君にぴったりの名前だろ。チャコ?」


 きれいな声でハハッと笑ってこちらを見た。

妖になってから私には名前が無かった。

ようやくついた名前がこれかぁ。


「……ありがとうございます。」


 それでも、友孝様が名前を呼べば、体が熱くなった。

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活動報告にupした小話をまとめました。
本編と連動して読んで頂けると楽しいかもしれません。
和風乙女ゲー小話

お礼小話→最終話の後にみんなでカレーを作る話。
少しネタバレあるので、最終話未読の方は気を付けてください

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