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転生と式神の契約

 気づくとそこは真っ暗だった。


 最後の記憶は春の山。

友人数人とハイキングに行ったのだ。

歩くのが遅い友人を茶化しながら、調子に乗って先へと進んだ。

早くしないと置いていくよー! って手を振る。


 そこで友人の悲鳴を聞いた。


 左手の山から大きな岩が落ちてきて……。

それに当たって――。


「たぶん、死んだよね?」


 岩は二メートルはあった。

それがかなり上からスピードをつけて直撃したのだから、生きているはずがない。

だけど、どういうことだろう?

声を発する事ができた。

痛みもない。

真っ暗な中からふと光が漏れ、瞼を開く。

不思議に思いながらも傷の具合を見ようと思って、自分の両手に目を落とした。


「……なにこれ!?」


 そこには手はなかった。

うん、手じゃない。

これは前足だね。


「ありえない。」


 なんで動物になっちゃったのさ。





 あまりの展開にびっくりして、色々と確認してみた結果。


 どうやら犬っぽい物になってしまったらしい。

未だに自分の顔を見る事は出来ていないが、四足歩行のしっぽがワッサワサした生き物になったと思われる。


 なんでこんなことに……。


 途方にくれて座り込んでいると、後ろから声がかかった。


「おお、これは珍しい妖じゃの。」


 しゃがれた少し高めの声が響く。

その声に驚き、勢いよく立ち上がった。

そして、声のする方へ向き直り警戒する。


「だれ?」


 そこには一メートルぐらいの小さな老人がにっこりとこちらを見ていた。

顔には白い髭を蓄えており、その手は驚くほど筋張っている。まるで枯れ枝のようだ。

老人は毛を逆立てた姿を見ても動じる事なく、ふぉっふぉっと笑う。


「わしは木魂じゃよ。木の妖じゃ。」

「こだま? あやかし?」


 なんだその単語は。

わかるけど、わからない。

だって、そんなの見た事ない。


 警戒を続けながら、その木魂と名乗った老人を睨みつける。

老人は相変わらず笑っていた。


「そうじゃよ。お前も妖じゃろうが。」

「え!? あやかし!?」


 びっくりして、耳がピクッとなってしまう。

そして、じっと老人を見た。


「この姿って妖なの?」

「そうじゃろう。それも生まれたてじゃな。」

「でも……ええ!?」

「ここは黒い瘴気の渦のようなものが長年溜まっていてな。そして、ついにお前さんが生まれたんじゃ。珍しいぞい。依代を持たぬ妖は滅多におらんからの。」


 こんなに混乱しているのに、老人はそれを構うことなく、ふぉっふぉっと笑った。


 ちょっと待って。

ちょっと考えてみよう。


 自分はハイキングの途中で落石に当たった。

それは間違いない。

そして、たぶん死んだ。

うん。きっとそうなんだと思う。

それで……その後……。


「そういえば、何かに引っ張られるような感じで、黒い渦に飲み込まれたような……。」

「うむ。それが瘴気の渦じゃったのじゃろう。普通ならお前さんも取り込まれて終わりじゃったんじゃろうが、ちょうどお前さんの意志とその瘴気の力の均衡が取れて、その体に集約されたのじゃろうな。」

「……つまり、黒い瘴気の渦を体に意志が宿った、という事ですか?」

「そうじゃろう。今のお前さんの姿は……ワシには子供の狼のように見えるが、本来お前さんに形はない。望めば好きな形を取れるじゃろう。」


 そうなのか。

死んでしまって、そんなよくわからないものになってしまったのか。


 考えると悲しくなって、耳は力なく折れ、しっぽもしょんぼりと下がってしまった。

すると、老人がこちらへやってきて、その枯れ木のような手でそっと頭を撫でてくれる。

筋張った手が櫛のようで気持ちがいい。

しょんぼりとしていたのに、その手の気持ちよさにうっとりと目を細めてしまった。


「お前さんは生まれたばかりじゃ。妖の理も知らぬであろう?」

「……妖がいるっていうのも初めて知りました。」

「わしと来るか? わしはこの山の桜の木じゃ。ずっと一人じゃったからの。お前さんに話し相手になってもらえると嬉しいんじゃが。」


 老人がほとんど白目がない、くすんだ茶色の目でこちらを見る。

これから先どうしたらいいかもわからない。

それなら、と、そのありがたい提案に乗る事にした。





 こうして始まった二度目の人生、いや妖生だが、なかなかに快適に過ごしていた。

山は楽しいアミューズメント施設のようだったし、狼の姿は野山を駆け回るのに最適だった。

シカを追いかけて走り回ったり、川に飛び込んで魚を捕ったり。

人間の時も自然の中にいるのが好きだったので、すぐに馴染んだ。


 人間だった頃の家族に会いに行こうかとも思ったが、それはできなかった。

そもそも、妖として生まれたこの山が、ハイキングに行った山とは違ったのだ。

少し町の方にも下りて確認したのだが、そこはまったく知らない町だった。

地名などもさっぱりわからず、ここは自分がいた世界ではないんじゃないか、と結論づけた。

きっとあの黒い瘴気の渦に巻き込まれた時に、違う世界に入ってしまったんだ。


 そして、木魂の老人の事はじーちゃんと呼んで、色々と教えてもらっている。

適当に世間話をしながらも、妖の事を聞いた。

妖っていうのは基本的には食べたり飲んだりはしなくていいらしい。趣味みたいなものだ。


 そして、時折、人を襲う。

元が人間だった手前、なんだか申し訳ないけれど、妖なのだから仕方ない。

殺す必要はないらしいが、痛がってもらったり、苦しんでもらったりすると、お肌がツヤツヤになるんだって。


「じーちゃーん! これって食べられるやつ?」


 秋の山は木の実がいっぱいだ。

偶然に見つけた赤い実のなった枝を口に咥えて、じーちゃんの元へ急ぐ。

じーちゃんはふぉっふぉっと笑って迎えてくれた。


「それはサンザシの実じゃな。食べれんことはないぞ。」

「んー、すごいおいしいって事もないの? ちょっと食べてみる。」


 赤い実はとてもおいしそうに見えたんだけど、じーちゃんの口振りからはあまり期待できないかもしれない。

おそるおそる、赤い実を一つ食べてみた。


「……なんか薄い。」


 まずくはない。

けど、なんか見た目と違う。

これじゃない感がハンパない。


「そうじゃろう。人間はな、それを干してから砂糖と混ぜて棒状にして食べるそうじゃよ。」

「そうなんだ。このままじゃなんか味がないね。」


 せっかく久しぶりに甘酸っぱい果物が食べられると思ったのに、肩透かしをくらってしまった。

しょんぼりとしっぽを垂らすと、じーちゃんが頭をよしよしと撫でてくれる。

気持ちよくて目を細めると、じーちゃんは優しい声でふぉっふぉっと笑った。





 そうして妖という割には平和な時を謳歌して、季節が一巡り。もう一度春が来た。

やはり元が人間だったせいか、あまり人間を襲うのが好きではない。

ただただ山で遊び暮らしている。

じーちゃんは力が弱るのを心配したが、どうやらあまり人間を襲わなくても大丈夫なようだった。

依代を持たず、黒い瘴気の渦から生まれたという特殊な体のおかげだろうとじーちゃんは言っていた。


 山を駆け、じーちゃんと笑い、時々人間を驚かす。

そんな日々がずっと続くと思っていた。


 けれど、それは壊される。


 人間が来た。

ただの人間じゃない。

陰陽師だ。


 じーちゃんはずっと言っていた。

妖にとって一番恐ろしいのは人間の陰陽師だと。

人間を襲いすぎると、ヤツらが出てくる。

だから、決してやりすぎてはいけない、と教えてくれていたのだ。


 人間を襲う事もできなかった自分が殺しなどしているわけがない。

じーちゃんだって人間を殺していない。


 でも、アイツは来た。

そして、今、じーちゃんを苦しめている。


「やめろ!」


 叫びながら、じーちゃんを縛っているお札の一つに噛みついた。

その途端に口の中が燃えるように熱くなり、口の中が切れたのがわかる。

ドロリと赤黒い血がしたたり落ちた。


「ハハッ、まさか結界の札を破るなんて。」


 札を一枚噛み切ったおかげで、じーちゃんの束縛が解かれる。

しかし、じーちゃんは逃げる力はもう残っていなくて、その場に崩れ落ちてしまった。

笑うアイツを前にしながら、急いでじーちゃんを庇い、精いっぱい唸り声をあげる。


「いいねぇ。退屈な木魂退治かと思ったら、楽しい事もあるもんだね。」


 アイツは笑いながら手に黒い鞭を握ると、こちらに向かって振った。


 避けなきゃっ


 咄嗟に飛び下がって避けようと思ったが、後ろにはじーちゃんがいる。

避ければじーちゃんに当たってしまうだろう。


 どうする!?


 その一瞬の迷いが仇となり、鞭を避けることができなかった。

右から来た鞭が右前足を払いのけながら、腰へと強かに打たれる。


 ギャンッ


 思わず声が出た。

そして、体が弾き飛ばされ、地面に転がる。


「ね、君は人狼かなにか?」


 アイツがこちらに歩いてくるのがわかった。

慌てて起き上がろうと体に力を入れる。


「……っ。」


 痛い。

右前足に力が入らない。


 もしかして、さっきので折れてしまったのだろうか。

妖なのだから、こんな事で死なないだろうが、痛い物は痛い。


 痛みに耐えながら体を起こし、三本足で立ち上がる。

それをアイツは楽しそうに見て、ゆっくりと近づいてきた。


 ダメ。

ダメだ。

逃げなきゃ。


 これが生存本能というヤツだろうか。

怖い。逃げ出してしまいたい。


 けれど、じーちゃんはどうする?


 ここから逃げ出せば、きっと滅せられてしまう。

妖だって、陰陽師に滅せられてしまえば、二度とこの世に生まれる事はできない。


 ずっとじーちゃんに世話になった。

こんなとこでアイツに滅せられるわけにはいかない。


 何か。

何か方法があるはず。


 逃げ出したい体を必死でその場に留め、懸命にじーちゃんを救う方法を考える。

そこで、ふとじーちゃんが言っていたことを思い出した。


『お前さんに形はない。望めば好きな形を取れるじゃろう。』


 そうだ。

この体は黒い瘴気の渦だ。


 小さな狼の姿を取る必要などない。


 まずは折れたと思われる右前足の構築。

そして、体全体を構築した。


「ハハッ! 本当に面白いね!」


 太い脚に鋭い牙。

巨体に纏う毛はすべてが鋭利な針のように。

脚には凶悪な鉤爪が生え、いつでも命を刈り取れる。


 その構築した姿でアイツに襲い掛かった。

アイツは攻撃を札や鞭で防ぎながらも、少しずつ後退していく。


 もうちょっとだ。

もうちょっとでコイツを倒せる。


 ようやく来た勝機に心が躍った。

アイツからの鞭や札で体が傷ついていったが、それを無視して、攻勢を強める。

そして、アイツは――


「はい、チェックメイト。」


 どこから取り出したのか、じーちゃんの体に黒々とした刃を突き刺した。

アイツは攻撃に押されるフリをしながら、じーちゃんへ攻撃するタイミングを見計らっていたのだ。


「っじーちゃん!」

「動くと滅しちゃうよ?」


 すぐにじーちゃんの元へかけよろうとするのをその一言で押しとどめる。


「まずは元の小さい狼に戻ってもらおうか。」


 アイツはその手にじーちゃんを突き刺している剣を握ったまま、こちらを見てニッコリ笑った。


 その瞳に戸惑いはない。

命令を聞かなければ、本当にじーちゃんは滅せられてしまうだろう。


 しばし逡巡するが、いい案は浮かばない。


 仕方ない……か。


 小さく嘆息し、アイツの言う事に従う。

ゆっくりと構築しなおし、元の小さい狼へと戻った。


「へぇ、すごいね。ねえ、どんなものにもなれるの?」

「……まあ。」

「じゃあ、一六ぐらいの人間の女の子になってみて。」


 アイツが何が目的でそんな事をさせるのかはわからない。

ただ、逆らうという選択肢はなく、ギュッと目を閉じ、構築した。


 茶色の肩までの髪に大きな金色の瞳。

白い肌にふんわりとピンク色の頬。

一六〇センチほどの身長にひきしまった身体。


 構築した二本の足で立ち上がるとギッとアイツを睨む。

アイツは体の変化を面白そうに見つめていた。


「ハハッ、なかなかいいね。よし、じゃあ、君は私の式神になってくれるかな?」

「しきがみ?」


 よくわからない言葉に思わず聞き返してしまう。

アイツはにっこり笑って、そうだよ、と肯定した。


「だ、メ……じゃ。」

「じーちゃん!」


 剣で体を貫かれたまま、じーちゃんが言葉を話す。


「ダメ、……っ。」


 しかし、じーちゃんが言い終わらないうちにアイツはその剣をより深く突き刺した。

じーちゃんの体がビクリと震える。


 ダメだ。

このままでは本当に滅されてしまう。


「わかった、その式神とやらになる。だからじーちゃんを滅さないで。」

「物わかりのいい子は好きだよ。大丈夫、簡単な事さ。私の血をちょっと飲んで、契約するだけだから。私の言う事を聞いてくれればそれでいい。わかったね?」

「……はい。」

「跪いて。」


 アイツの言葉のままに跪く。


「そのままこっちへ。」


 跪いたまま、アイツの傍へ行く。

ずりずりと膝を動かして、その足元へとにじり寄った。


「口をあけて? 」


 アイツに見下ろされながら口を開く。

するとアイツはじーちゃんを突き刺している剣で右の人差し指をスッと切ると、開いていた口へとその指を入れた。


「舐めて。」


 嫌悪を覚えながらもその指をチロリと舐めた。


 甘い。

体が沸騰するようだ。


 アイツは満足気に指を引き抜き、言葉を続ける。


「私の後に続いて言って。」

「……はい。」

「わが命尽きぬ限り。」

「……わ、が命尽きぬ………限り。」


 言葉がうまく出ない。


「彼の命尽きぬ限り。」

「か、の……いのち、尽きぬか、ぎり。」


 苦しい、

苦しいよ。


「彼の方のしもべとなる事を」

「かのか……たの、しもべ……となる、事を。」


 胸が痛い。

ギュッと何かに縛られ、潰されそうだ。


「誓う。」


 言いたくない。


「ち」


 言っちゃダメだ。


「か」


 ダメだ。

ダメ。

ダメ。


「う。」


 すべてを言い終わった途端、一度世界がグラリと揺れた。

その後、全身を痛みが走る。


「あ、あ、あ……うぅ……。」


 思わず蹲り、体をギュッと丸めた。


「よく言えました。じゃ、ご褒美に。」


 そう言うとアイツはじーちゃんに刺していた剣をより深く刺して、一気に引き抜いた。

じーちゃんは苦悶の悲鳴をあげながら消えていく。


「……っ! 滅しないって、言ったのに!」

「ああ。だから約束は守っただろう? 滅してはいないよ。力を最小限まで削ったけどね。次に元の形が取れるようになるのは二〇〇年後かな? 」


 それまで桜の木が枯れないといいね? と言ってアイツは笑った。

銀色の満月が照らす中、アイツの褐色の髪がキラキラと光る。

そして、紺色の瞳が楽しそうに細まった。


 ……この時、初めて気づいた。


 ここは乙女ゲームの世界だ。

この陰陽師は攻略対象の一人であると。


 これが悪夢の始まりだった。

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活動報告にupした小話をまとめました。
本編と連動して読んで頂けると楽しいかもしれません。
和風乙女ゲー小話

お礼小話→最終話の後にみんなでカレーを作る話。
少しネタバレあるので、最終話未読の方は気を付けてください

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