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  紫の瞳 作者:yohna
49
 リフェノーティスと話していると、とてもとても自分が何も知らないということを思い知らされた。
(考えてることも甘いしさ)
 有希はごろりと寝返りをうつ。『もう遅いから寝なさい』と言われ、部屋を追い出されてしまった。
 再びあてがわれた部屋に戻ってベッドに横になったが、その前に気持ちよく寝ていたために、もう一度睡魔がやってくることはなかった。
 暗闇に慣れた瞳は、部屋の中をぼんやりと見渡せる。うっすらと窓に光が差し込んでいる。
 眠くもないのにベッドに横たわっているのに飽きて、窓辺に寄る。窓から外を見上げると、船のような形の月が浮いている。
(朔の日から、大分経ったな……)
 めまぐるしくあわただしく過ぎ去った日々。
(この世界に来てからどのくらいの日数が経ったんだろう)
 数えている余裕もなかった。
(いろんなことがあった)
 見上げる星々の数には敵わないが、濃い日々だった。
 楽しいことも、苦しいことも。
 胸に刻印を入れられたとき、いっそ殺してくれと思うほど痛かった。逃げたいほどの痛みなんて、一生味わうとは思わなかった。
 焼け爛れていた胸元に手をやる。ヴィヴィに繕われた体には、そんな傷一つなかった。
『所詮はまやかしよ』
 ヴィヴィは有希にそう告げた。
『ホンモノのユーキはガキのまんま。たとえ見た目が少しでかくなったとしてもね』
『……それ、どういうこと?』
 あの時は、ヴィヴィの言っていることが理解できなかった。
(でも今は、少しわかる気がする)
 この世界にやってきて、こうやっていい人たちに恵まれてきたからこそ、今穏やかに過ごせている。
 なんどもそのことには感謝したが、その度合いが足りなさ過ぎることも知った。
(でも、無知は言い訳にならない)
 ならば、これから出来ることをしなければ。
(けど、あたしに出来ることって、なんだろう。ルカを助けること? ……アドルンドの牢屋にどうやって乗り込めばいいの)
 それすらもわからない自分の無知さに、苛立ちすら覚える。
(とりあえず、アインさん達に会おう。きっとティータ達と合流してるよね)
 そこまで考えて、ふと、口からこぼれた。
「みんな、あたしがこの格好でも気付いてくれるよね?」

 それからまたベッドにもぐりこんだが、眠気はやってくることなく朝を迎えた。
 まだ日が出たばかりの薄暗闇の中、廊下を誰かが歩く音が聞こえて、むっくりと起き上がった。
(こんな時間に?)
 ひっそりと扉を開けて廊下の様子をうかがう。足音は居間を抜けて外に行ってしまった。
「…………」
 持て余していた暇の代わりに、好奇心がむくりと首をもたげる。
(昨日のお礼言いたいし、お手伝いできる事があればやりたいし)
 そんな風に自分に言い訳をして、有希は外に出た。

 扉を開けると、太陽の光を真っ向から浴びる。
 まぶしさに目を細めると、ひんやりと夜に冷やされた空気が頬に触れる。その心地いい冷たさを思いっきり吸い込んで吐き出す。
 冷たい空気が、身体をすっきりとさせてくれるような気がした。
「――なんだ、起きたのか」
 声が聞こえて、少しだけ光に慣れた目を無理やり開ける。ふと、エストが荷物を持って立っていた。
「もういいのか?」
「うん。お陰様で」
 あのおでこの布、あなたでしょと問うと、エストはぷいと顔を背ける。
「ありがとう」
「べ、別に……」
 思わず笑みがこぼれる。
「ねぇ、今からどこ行くの?」
 問うと、エストは気だるげな声で。
「朝のお勤め」
 と言って、にやりと笑った。
「なんてな。朝食作る前に色々あんだよ」
「ふぅん……」
(朝食)
 そのこなれた口ぶりから、いつもエストが朝食を作っているのだろうか。
「……来るか?」
「っ行く!」
 えへへ、と笑ってエストの横に並ぶ。
「……言っておくけど、何も楽しくないぞ」
 訝しげに言ったエストがなんだか面白くて、もう一度笑った。

 エストはまず、井戸に行って顔を洗い(有希もそれに倣って洗った)、持っていた手桶に水を汲んで、少し歩いたところにある小さな畑の作物に水を遣り、そのままいくつか野菜を収穫して、雑草も抜く。そして次は小さな小屋に入る。小屋は養鶏場だったらしく、二羽の鳥がいた。そこから卵を取って、餌箱に穀物を入れる。
 それが終わると、また井戸に戻って、野菜を洗う。
 途中で、いろんな話をした。
 名前はエストラスタント・リノー。有希より一つ年下の十七歳だ。有希の方が年上だと告げると、とても驚いた顔をして「なら呼び捨ててくれ」と苦笑した。エストは十二の時にリフェノーティスに拾われてリフェノーティスの家に住み着いたという。
 住み着いてしばらく経った頃、リフェノーティスに「近くに孤児院があるわ、そこに行きなさい」と言われたが、リフェノーティスの家があまりにも散らかっていた事、ごはんをちゃんと食べていなかった事が、リフェノーティスを女みたいにしたんだと言って、無理やり居座ったという。
 それ以来、家事は全てエストが行っている。エスト曰く「リフェは黒焦げ料理しか作れないんだ」と、諦めたように言っていた。
 その言い方がなんだか憎めない言い方で、思わず有希の顔はにやけた。
「仲がいいんだね」
 外での仕事が終わり、朝食の準備を手伝いながら有希は言った。
 アンバランスに見えるがエプロン姿が様になっているエストの包丁捌きは見事で、見る見る間に野菜が千切りにされていく。有希はその横で葉野菜を一口サイズにちぎっていた。
 背中側にある囲炉裏というか、バーベキューの時に使う炭の上に網の乗っているもの。日本で言うところのコンロには、鍋でくつくつと粥のようなものを煮立てている。
「そりゃぁ、もう五年も一緒に暮らしてりゃぁなぁ」
 話しながらも手は休まる事はない。
「じゃぁもう、家族みたいなものだね」
「あぁ、ホント世話の焼けるヤツだよ」
 はは、とエストが笑う。
 くつくつと粥の煮える音と、テンポ良く野菜を切る音が、耳にとても心地よかった。


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