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  紫の瞳 作者:yohna
11
 フォルを奪還して、アドルンド城に戻る馬車に乗り込むと、有希は大きなため息をついた。
「あたし……なにしたんだろ」
 昨日の記憶が、途中からぷっつんと切れたように思い出せない。寝ていたのではないかと思ったけれども、周りの反応があまりにもおかしい。
 たっぷりとルカに嫌味とお説教を食らって、もうお酒は飲まないようにとも言われた。
――ガキが飲むと成長が止まるぞ。
 ルカの言った言葉が頭に残る。
(飲もうが飲まいが、成長止まってるっつの)
 有希は、自分の実年齢をこの世界の人たちに言えないでいた。説明するのが面倒くさいというのもあったが、一番の理由は、普通の人と違うところを、これ以上見せたくなかった。
 ガキガキと皆から子ども扱いされるが、いっそその方がマシであると思うほどには、有希は普通でありたかった。
「まさか、そのこと言ってたりしないよね……」
 記憶の無い間の自分が一体何をしたのだろうか。そしてその事について、謀ったかのように誰も口にださない。そうすると、きっと口することが出来ないような事を、有希はしでかしたのだろうか。
(わあああああああああああ)
 頭を抱えてゴロゴロと転がる。消え入ってしまいたいと、アーチェリーケースを振り回した。
 馬車はガラガラと音を立てて進んでいる。フォルを立ってまだ半日もたっていない。これからまた一週間と少しの移動だ。
「はぁ……」
 へたりこんで、ため息をつく。何を考えるでもなくぼんやりとしていると、どこからか有希を呼ぶ声が聞こえた。
馬車の後方から頭を出すと、ずいぶん前に居るはずのルカと、そしてアインが騎乗して有希を呼んでいた。その声が酷くあせっているようだ。
「どうしたの? なんだか慌ててるみたいだけど」
 何かあったのかと問い掛けると、興奮しているアインは何を言うでもなく口をぱくぱくと動かしている。
(何?)
 馬車が止まり、ルカ達も止まる。
「ナゼット――俺の臣下のだな」
 ルカが苦々しい顔つきだ。眉をひそめた姿がとても綺麗だと思った。
「そいつの父親がマルキーの捕虜になっていてな。バレないように奪還してくるとほざいていたのだが、どうやらマルキーに見つかって追われているという情報が入った」
 綿密に計画を立てたはずなんだがな。どこからか漏れたらしい。吐き捨てるようにルカが言う。その口調は何かをはらんでいる。
「……もしかして、あの底意地悪い人が関係してるの?」
「さてな。いずれにしても確証はない。――凱旋と行きたいところだが、俺達はこれから引き返してマルキーに向かう」
「え」
 王子様が、そんな身軽に動けるものなのだろうか。一瞬疑問がよぎるが、それを聞いて良いものだろうかと思うと何もいえなくなる。
「お前も一緒に来い」
「え」
 驚いて顔を上げると、ルカが馬を移動させて、荷台の横に着く。
「荷物は大丈夫か?」
「あ、うん」
 有希の持っている荷物なんて、アーチェリーケースのみだ。
「そうか」
 そういって、手をのばす。前に乗れという事なのだろうか。
 おずおずと手を取ると、軽々と抱え上げられ、ルカの両腕の間にすっぽりと収まった。
「急ぐからな。落ちるなよ」
 頭上から響く声が聞こえて、慌しく頷く。
「アインも、遅れるな」
「わかってます!」
 行くぞ。そう言うと、馬が走り出す。
「っきゃぁ!」
 馬だからそんなに早くないだろうと思っていたが、後ろにぐらりと傾ぐ。ルカの胸元に後頭部がぶつかる。
「落ちるなよ」
 耳元でささやかれるような声に赤面しつつ、有希は姿勢を正してまっすぐ前を見据えた。

 ルカとアインと有希は、そこから五日間走りつづけた。
 日が暮れれば近くの町や村の宿に泊まり、衣類や保存食も行く先々で購入したり売却していた。
 そんな生活の中で、ルカは王子様なはずなのに何故こんなにも簡単に出てこられるのかというのをアインに聞いた。
 アインいわく「ルカ様は破天荒なんです」だそうだ。
『どういうこと?』
『ルカ様は、その……問題児だったんですよ』
『問題児……』
『ああ! 今はあんまり……というか、その。まぁ、昔の話ですけど、勉強をサボったり、家出したり、しばらく帰ってこないと思ったら、騎士養成寄宿にいるじゃないですか。それで気が付いたら騎士証持って帰ってきたとか。散々なほど浮名を流したりと、武勇伝だらけですよ。今は大分落ち着きましたけど、昔から僕はルカ様に振り回されっぱなしでした。――ホント、僕が傍にいて止めなきゃ駄目なんですよ』
 有希は絶句した。
『それもこれも、ルカ様が第四王子でいらしたから、許されるんでしょうけどね』
 つまりは、後継者じゃないから、好きにしたらいいじゃないか。という所で育てられたのか。
(それはそれで、いやだなぁ)
 最初からあなたには何も期待していません。とい言われているようなものじゃないか。と、有希は憤慨した。
 アインが少し悲しそうに話していたのが、風当たりの強さを物語っていた。

 いくつも町々を行き、有希はこの世界の実情を垣間見た。
 町の人の中には、こんな時世だからと優しく有希たちを迎え入れてくれる人もいれば、有希たちから金品を強奪しようとした人も居た。
 同情を請われたり、施しを何もしないからと罵倒もされた。
 その事に、ルカもアインも、怒ったり嘆いたり悲しんだりすることがなかった。どうしてと問うと「仕方の無い事なんです」と答えられた。
 戦争と言うものはどこの世界も共通して、悲しみしか生まないのだと思うと、悲しくなると共に、少しずつ町の人と関わりあいたくないと思ってしまう自分もいた。
 有希はルカとアインの行く先々に興味を持ち、くっ付いて歩いていたが、いつしか店の前で用事が終わるのを待つようになった。
 瞳の色を見られる恐れもあったが、なによりももう、この戦争の悲しみを見たくなかった。
 その日も、町に着いて買い物をしているルカとアインを店の外で待っていた。
 ルカとアインは、本当にいろんな店を回る。何故かと問うたら「ナゼットが痕跡を残している可能性があるから」と言っていた。言付けやら何やらで、場所の特定をするのだと言っていた。
 今までやってきたどの町よりも大きな町だった。有希の目の前を、人々がめまぐるしく歩いている。
 寂れた物悲しさは無いが、どこか空虚な賑々しさだと思ってしまうのは、今までだけで、戦争の傷の片鱗を見てしまったからだろうか。
 町は夕焼けで紅蓮に染まっている。有希は夕焼けが好きだった。夕焼けに混じってしまえば、自分の瞳の色が薄いブルーグレーに見えるからだ。
 頭から被っているマントを外す。一日中着用していると、頭が蒸れて仕方が無い。
 扉の窓から店内を覗く。アインが両手いっぱいに荷物を持っている。もうそろそろ終わるかな。と思った。
「ユーキ」
 突然後方から有希を呼ぶ声が聞こえて、思わず振り返る。大柄な、見たこと無い人が立っていた。後方には仲間だろうか、幾人かが有希を伺い見ている。
「おぉ、やっぱりお前で合ってたか」
 にやりと気味悪く男の顔が歪む。思わず鳥肌が立つ。
――この人は、危険だ。
 本能がそう察知して、扉を開けようと取っ手に手を掛けた。
「おっと。ルカート様んとこには行かせねぇぜ」
 言うと、ひょいと持ち上げられる。
「きゃぁ!」
「行くぞ」
 見ず知らずの男たち数人に、俵のようにもたれて連れ去られた。
 声をあげて叫ぶと二人はこちらを向いて目を瞠ったが、とうに遅かった。
 そのまま有希は、夕闇の町中に消えていった。 


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