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  紫の瞳 作者:yohna
10
 有希は座って、盛大な宴をぼんやりと見ていた。
 フォル城はあのあと、突入してきたアイン達と捕虜となっていた兵士達が、あれよあれよと言う間に武装解除をして、占拠した。
 有希によって捕らえられたイシスは先にアドルンド城に送られる事になった。
 そして、フォル城では、宴が開かれていた。
 上座の主賓スペースにルカと有希が居る。
 占拠が一段落した頃、放心状態だった有希はアインに連れられて馬車に戻った。
 気づけば着替えさせられて、今はピンクのさわり心地の良い生地のワンピースを着ている。
「……眠いのか?」
 有希を見てぶっきらぼうに言うルカに、微笑んで返す。
「ううん。そうじゃなくて、なんだかまだ、終わった感じがしなくて」
 あのときナチュラルハイになってたから。と、苦笑する。
「――迫真だったな」
 何を思い出しているのだろうか、ルカがくつくつと笑う。
「生まれて初めてだ。あんな風に名前を呼ばれたのは」
 かぁっと頬に熱が篭る。羞恥心で死にそうなくらいに恥ずかしい。目の前の青年を『ルカぴょん』とのたまったのは、紛れも無く有希なのだ。
「う、うるっさいわね! 魔女っていうくらいだから、あのくらいはっちゃけててぶっ飛んでる方がいいのかなって思ったの!」
 ふいとそっぽを向いて、この気恥ずかしい空気をやり過ごそうとする。有希の反応に、またルカがくつくつと笑う。
「まぁ――そのお陰で助かった。感謝する。ユーキ」
 真面目な声がして振り返ると、相変わらずの仏頂面が居たが、どことなくやさしい瞳をしている。
「べ、べ、別に。だって、あたしがあそこであんなことやらなくたって、アインさん達が入って来たら、ちゃんと事態は収まってたんでしょ?」
 自分の早合点で、あそこまでの醜態を晒してしまった。
「あぁ。それは――そうだな」
 少しは否定して欲しいんだけど。と、内心で思っていると、ふとあの少女の瞳を思い出した。
「ねぇ、あの子達はどうなるの?」
 何が。という問いかけの目をよこし、だが勘が良いのか、ルカはすぐに「あぁ」と言った。
「彼女達は、イシスと共に先に城に戻った。――しかるべき施設に入れて、更生してくれればと思う」
「そっか……」
 彼女達は、イシスによって心が壊されてしまっていた。それは、人形のように。
 しんとした空気が流れていると、アインが飛ぶように走って上座に飛び上がる。
「ルカ様! 本っっ当にごめんなさい。許してください! タイミング見誤ったのは僕の責任です!」
 アインはルカの両腕を掴んで、がくがくと前後に揺すっている。ため息をひとつ吐いて、ルカはアインの手を止めさせた。
「――そうだな。まさか無血開城ができるとは思っていなかったからな。逆に、逸っただろうにあそこまで待ったアインに賞賛を送ろう。――俺個人からでしか送れないがな」
「め、めめめめ滅相もないです!」
 そのままジャンピング土下座でもするのかというくらいの勢いで、床に頭をこすりつける。そして、がばっと顔を上げると、アインはまっすぐ有希を見つめる。
「ユーキも。ごめん。僕がもっと早く突入できていれば、ルカ様もユーキも危険な目にあわせていなかったのに」
 捨てられた子犬のようにしゅんとしたアインに、慌てて有希は言う。
「いや、あたし別に危険なんかじゃなかったよ! 気にしないで! それに、みんな怪我も無くて良かったよ」
 だから、気にしないで。と笑うと、アインの目が潤む。そしてアインは破顔して有希に抱きつく。ぎょっとして身をすくめると、ひどく酒の匂いがした。
(あ、アインさん酔っ払ってるの……?)
「ありがとう! ホントユーキは良い子ですねえ。僕に妹が居たらこんな感じなのかなぁー」
 ぐりぐりと頭を撫でられて、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
「アインさん、苦しいって」
「あぁ! ユーキは可愛いですねぇ」
 アインの背中越しに宴会を見ていると、一部の兵士達が憐れみの視線を有希に投げかけている。きっと、先ほどまでアインはあそこに居たのだろう。
(あ……あたしは犠牲者なのか)
 茫然として諦めると、誰かに腕を引っ張られ、背中が何かに当たる。振り返ると、あきれ返ったルカが居た。
「もう! ルカ様のいけずっ」
「アイン……お前まだ未成年だろうが」
「しっつれいれすね! 僕は今年で成人れす! よって、もうお酒解禁していいんれす!」
 顔色は至って普通のアインだが、よく見ると目がうつろだ。
「お前な……一応宮仕えだということを自覚しておけ」
 どこからか兵士が水瓶を持ってきて、それをルカに渡した。ルカが転がっていたカップに水を注いでアインに渡す。
「ホラ、飲め」
「やった! ルカ様のお酌ですか! そりゃぁ飲むっきゃないですよねぇ!」
 ホラ。と、アインは辺りにあったグラスを引っつかんでルカと有希に渡すと、無理やり「乾杯!」とグラスを合わせ、一気にグラスをあおった。
「っぷはぁー。やっぱりルカ様のお酌はさいっこうれすねぇ! お酒の味がちがう!」
 陽気に笑ったアインに、ルカは苦笑して「水だがな」と呟く。微笑みながら、有希もグラスをあおる。
 ふふ、と、有希にも笑みがこぼれた。
 ずっと気張っていたものが、ほころんだ気がした。
「あは。あはははははっ」
 いっぺん箍が緩むと、あとからあとからどうしようもなく面白くなってきて、笑いが止まらない。
 突然笑い出した有希に、ルカがぎょっとする。
「おい。トチ狂ったか?」
「ううん。っはは……なんでもない……ふふふっ」
(なんだか、居場所ができちゃったなぁ)
 ずっとずっと、迷子のような気分だった。両親にマンションから落とされて、自分は要らない子だったのかなぁと不安になった。
 突然溺れた泉では、目の前の口の悪い美青年に助けられた。
 途方も無く広い暗闇に、ぽつねんと一人ぼっちになった気分だった。
 いわれもなくオルガに憎しみを込めた目で見られたり、イシスには魔女扱いされたり。
 この世界でも、紫の瞳は異端で。
 カラーコンタクトレンズで隠していても、どれだけ普通を装っていても、本当は紫の瞳を受け入れて欲しかった。
 今まで恐くて言い出せなかった。ただでさえ成長しないこの肉体が、加えてそんな紫の瞳をしているだなんて知れたら、何を言われるのか、大体見当がついていたから。
 日本に居たときには口に出す事はできなかったけれど、今、ルカもアインも気味悪がらずに接してくれる。
 瞳のせいで困れば、助けてくれた。――利用もされたが。
 だが、役に立てることが嬉しかった。自分が居ても良いのかと錯覚してしまう。
(いつかは帰りたいけど……今は)
 今なら、両親のことを小憎らしいと思うけれど、捨てられたという悲しい気持ちはあまり無い。
(今は、もう少しこの世界を満喫しよう)
 有希は右手に、ワインの入ったグラスを持ちながら、ぼんやりと思った。
「それにしても、おっかしいなぁ〜」
 ふふ。と、笑みがこぼれる。
 宴会が開かれている広場では、兵士達が酒を飲み、踊ったり歌ったりしている。
 有希の座っている上座では、アインが暴れて兵士達ともみくちゃになっている。
 それを斜に構えて、ルカも酒を飲んでいる。
「……ここの人たちが、怪我することなくて、ほんと、よかったぁ」
 からからと喉が渇いて、辺りに無造作に置いてある瓶を掴んでそそぐ。
 飲めば飲むほど、ふわふわと良い気持ちになって、5杯目を飲んだ辺りから、有希の記憶はぷっつりと酒の底に沈んだ。

 翌日起床してから、前日の宴がどうなったのか皆に聞いたが、誰も答える人はいなかった。そして、「未成年が酒を飲むな」とルカにこっぴどく怒られた。


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