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怪談集

怪談:祭囃子

作者: 下降現状

 自分が何をしているのか、自分のしていることにどんな意味があるのか。そんな事をきっちりと認識している人間は少ないと思う。

 そういうものだから、そうしなければ周りに見咎められるから、そうやってなんとなくルーチンワークめいた行動を送る。それにどんな意味があるのか、考えもせず。それがどんな結果を招くのか、考えもせず。

 私はある夏、田舎に帰省した。

 特に何が有るわけでも無い山の中の村だが、上京して、慣れない仕事と人間関係につかれた身にはそれが有難いような気がしていた。

 しかし、そんな状態にも三日もすれば飽きてくる。縁側で惰性のようにスイカを齧るぐらいしかすることがないのだから、それも当然だ。

 今日も今日とて、日差しの下、縁側で甲子園の中継を聞き流しながらぼぅっとしていると、それとは別の音が聞こえてきた。

 ノスタルジーを誘うその笛の音は、祭囃子の音。そして歌声だった。ああ、そう言えば、今日は近所の名もよく知らぬ神社の夏祭りだった。

 折角だし、行ってみるとしよう。特にこれと言った何かが有るわけではないが、まぁ退屈しのぎくらいにはなるだろうし、少し気になることが有る。

 私は、大学では日本の民俗学――神話等をゼミで専攻していた。異族の神を、土蜘蛛、鬼、祀ろわぬ者として零落させながら取り込み、或いは他国の神話と積極的に同化を進めた体系は、調べてみると以外な所で繋がりがあって面白い。ベルゼバブとスサノオに関係があるなど、普通は考えもしないだろう。

 そんな私としては、近所の神社が何を祀っているのか、興味をそそられる。名前も覚えていないような神社だ、どうせ有名所の名前だけだろうが、まぁそれはそれでいい。

 出店が出るよりも早く、私は神社の境内をゆっくりと登っていく。道中では、民家が日の丸を掲げていたり、神輿を担いだ子供達が練り歩いていたり、黄金色のお神酒を皆が飲んでいたり、常に祭囃子が聞こえていたりと、なかなか賑やかでこちらの心も多少浮き立った。

 着いた神社は、記憶よりもずっとみすぼらしかった。そこかしこが傷んでいるのがよくわかるし、鈴は錆びている。そして何より、小さい。昔から変わらなかったのかもしれないが、私はなんとなく寂しさを覚えた。

 さて、やってきたは良いが、この神社のことをどうやって調べたものか。この神社は神主が絶えて久しく、近隣の住人が共同管理する形になっていた筈だ。

 つまり、謂れなどを伝えている人間は居ないと言うことになる。役場や公民館にはその手の文献が残っているかもしれないが、それらを調べるのは後で良いだろう。

 神社の境内には人の姿が無かった。もう少しすれば、テキ屋が出店の準備を始めるのだろうが、今はまだ静かなものだ。

 そんな状況を見て、私はふと閃いた。見咎めるものが居ない今ならば、神社の中に入って御神体を見るぐらいは出来るのではないだろうか。

 そうと決まれば、誰かがやって来る前に行動を済ませ無くてはならないだろう。罰当たりなのは承知しつつ、素早く神社の中に入って行く。前回掃除したのは何時のことなのだろうか、扉を開けた途端に埃が舞った。

 咳をしながら、奥まで歩くと、大きな桐の箱が置いてあった。抱えても持ち運ぶことなど不可能であろう、巨大な箱。

 他に大して物がないことからも、ここに御神体が収められている事は確かだろう。埃っぽい床に膝を着いて、私は桐の箱を開けた。

「うっ……」

 私はそこに現れた物を見て、思わず口元を抑えた。

 箱の中にあったのは、頭だった。人間の全身よりもはるかに大きい何かの頭。ミイラか何かのように干からびているが、巨大な複眼と思しきものや出刃包丁のような牙を携えたその形は一見トンボやヤゴのように見えるが、萎れた頭部は生きていた頃はタコのようにぶよりとしていた事が想像できる。

 しかしそんな生易しい、既存の生き物のわけがない。干からびているにも関わらず、見ているだけで生理的嫌悪感を抑えられない、そうであるにも関わらず、見ていることをやめられない。

 汗をだらだらと流しながら、私は必死に桐の箱を閉じた。

 私は急いでその場を離れ、この神社に関する資料を漁った。この手の資料を読み解くのには慣れている。情報集めは直ぐに済んだ。

 それによると、この神社で祀っている神は『羽佐田様』と言うらしい。由来はよく分からない。他の神の派生でもなく、所謂土蜘蛛の一種とも違う。

 資料から分かったのは正体不明であるということだけ。しかし、私は今までに知った事柄から、ある一柱の神格の名に思い当たっていた。

 その名前を思い浮かべたとき、私は直ぐ様故郷を立った。もしかしたら、もう二度とあそこに戻ることは無いかもしれない。

 彼の地の人々は、祀られているものが何かを知ること無く、夏祭りに興じ、祭囃子を鳴らし続けるだろう。ずっと、あの村から人が絶える時まで。

 訛りが酷く、何を言っているか分からない祭囃子の歌が、今の私にはこう聞こえている。


 いあ いあ はすたあ

 はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ

 あい あい はすたあ


 ああ、電車に乗ってあの村から離れていっていると言うのに、あの祭囃子が耳の中で響き続けている。

 ネタが良く分からなかったというあなたは、クトゥルフ ハスター 辺りで検索してみるといいかもしれません。

 新たな世界があなたを待っています。

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