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第99話:光の中へ
世界暦2005年、10月29日、土節、PM2時10分



シズside

斬られた。

振り向いた直後、肩口から腰まで袈裟懸けの一閃。
斬られた傷口が焼けるように熱い…しかし手足は指先が凍るように冷たくなって行くのが分かる。

―ドサッ…―

「フハハ、素晴らしい切れ味だ…ストラフダーク」

ミスリル銀製の鎧をバッサリと斬る。
その下にある肉体…皮膚・筋肉・脂肪・骨・臓器まで全てを切り裂くとは…

「かはっ…」

口から零れる血塊。
正に『素晴らしい切れ味』だな…エフィレイトよ。

「…どうだ?ルクスリアの魔導騎士(ツインアームズ)シズよ、貴様はもうじき死ぬだろうが…介錯でもしてやろうか?」

私の血を全身に浴びたエフィレイトが、妖艶な笑みを浮かべて言う。

「介錯だと?……抜かせ、アバズレめ…」

喋り辛い。
心臓は外れたらしいが、気管支と肺をやられたようだ。

「何?」

「…いくら方針を変えたとは言え…ハァ、ハァ…扱う物の、正しい扱い方を知らぬアバズレの…介錯なぞ、受けて…堪るか…ハァ、ハァ…ゴホッ!」

青天(あおてん)(仰向け・大の字で寝転がる事)のまま、忌々しげにそう言ってやる。

「扱う物の正しい扱い方…だと?」

精霊(ハーツ)は物ではない、人間(ヒト)なんだ。
力とは単に振るう物ではない、覚悟と責任を持って使うのだ。

「…ふはは、それが分からん内は…貴様の天下なぞ決して来ぬよ」

「言わせておけばっ!」

言ってエフィレイトが私を見下ろし、手にしたストラフダークを振りかぶる。

「ふん、どうせもうすぐ死ぬ身だ…私の体、刻みたければいくらでも刻むがいい!伝説に名を残す剣であれ剣は剣…最後の足掻きだ、貴様の剣…貴様の体ごと我が血糊で蝕んでやるわ」

―ペッ!―
―ピチャッ―

私の吐き出した血がエフィレイトの顔に付着する。

「くっ………未熟者め、そのまま野垂れ死ね」

エフィレイトは顔に付いた血を拭い、捨て台詞を吐いて立ち去った。

「………」

遠ざかる具足の音。
視界に映るは碧空。

そして微動だにしない、私の四肢。

「未熟…か」

思えばいつからだろう。
私が自身の力に、こんなにも自信が持てなくなったのは…

リョウスケ様とハルアキ殿の、エフィレイトに対する猛攻。

リンス殿との模擬試合。

アワリティア軍・アニヒレイターとの戦い。

リョウスケ様との試合。

召喚の間での一悶着。

…考えればキリが無い。
そんな中でふと頭に浮かんだのが、アワリティアで王位に就いている妹…エミリアの事だった。

「エミリア…」

義祖父(そふ)の死によって10歳で王女の座に就いた私…それが気に入らない大臣と私のイザコザ。
大臣子飼いの自称『猛者』をボコボコにしたやったっけ。
やがて鼻を折られた大臣が、義父(ちち)を子飼いの傭兵に毒殺させると言う凶行に走り…それは私の仕業とされ…同時期に受けた母が自殺。
王そして親殺しの罪を負わされた私を、自身に嫁ぐならと言い寄る大臣を再び突っぱね…私は流刑、最終的にエミリアが王位を継承した。

そして私の存命が大臣にバレてしまい、私を娶らんとするアワリティア大臣による…王位空席のルクスリア侵攻が表面化。
窮地に瀕するルクスリア、そして召喚される魔王(リョウスケさま)
リョウスケ様の力によりルクスリアは危機を脱し、私はエミリアと再会。

後は…

「ふふ、今思えばどれも懐かしい思い出だ……あぁ、そうか…」

気付けば視界は霞み始めており、思考もおぼつかなくなってきた。
そんな中…これが走馬灯と言う奴かと、青天のまま私は思う。

「…」

いよいよ命が終わるという事を自覚し、私は静かに目を閉じた。
だが次の瞬間、私の体は持ち主たる私を…まるで無視した、奇異な行動を取り始めた。
私自身、自分の体に何があったかは分からない。

―ぐぐっ―

私は目を開けた。
見れば私の体は何故か左腕に力を込め、右半身を起こそうとし始めた。
寝返りを打つと言えば良いのだろうか…
仰向けの状態からうつ向けになり、いわゆる『ほふく前進』の格好になる私の体。

―ズッ、ズズッ…―

そしてそのままゆっくりと前進。
どうやら勇者と魔王像の元へ行こうとしているらしい。

―ズリズリ、ズリズリ―
―…ガチャッ、バサッ―

ほふく前進をする内に、着ていたミスリルの鎧が脱げ落ちた。
そう言えば斬られたのだったか…袈裟懸けで斬られたのに、ほふく前進をすれば脱げるのは道理か。

―ぷるんっ―

むっ…胸が零れ出た。

「…」

恥ずかしながら私の胸、実はEカップある。

同僚からは『張りがあって綺麗だ』とか『大きさ・柔らかさ・形のバランス…凄い』とか誉められるが、私個人はこの胸に少々コンプレックスを抱いている。

…剣を振るう者には大きすぎると思うのだ。
いや、持てる者の悩みだと言えばそれまでだが。

ともかく、少し薄着をすれば男から卑猥な目で見られ…女からは羨望と蔑みの目で見られ…いつしか私は自分の胸が嫌になった。
だから私は胸にはサラシを巻き、厚めの鎧で胸を押さえ込んで過ごしていた。

…のだが。
実は先日、この胸を1度だけ…リョウスケ様に触られた事がある。
気絶するほど気持ちよかった…が、流石に状態はリョウスケ様の腕前を測る試合中。
だからいくら気持ち良かったとは言え真剣勝負の最中…快感で気絶するほど愚かではない。

「…乳首が地面に擦れて気持ちいい……ッ!?何を言ってるんだ、私は……ふむ、臓腑に至るまでの斬撃…鎧と臓腑が斬られたのに、その間にあるサラシが斬られていないはずが無い…か…」

誤魔化しのように呟いたのだが、まだ声は出るようだ…と言っても声だけが意識の支配下にあるが。
さて、私の体は何がしたいのか…と、意識を巡らせてみれば…

「…なるほど」

今まで気付かなかった事がおかしい違和感。
それも全て、今眼前で展開されている光景を見れば全て納得が行く。

「ウネアトライト…」

勇者が握りし、魔を光子へ還す聖剣。
ここにある勇者の石像が握るそれが、脈動するかの如く仄かな光を明滅させていた。

「お前が、私の体を呼んだのか?」

―ブゥン…ブゥン…―

空気が震えるような音と光を発し、まるで私の質問を肯定するかの如く明滅を繰り返すウネアトライト。

「…む」

その時ふと気が付いた。
ウネアトライトを握るのは勇者の石像だが、その像は全身が血濡れだった。

像が血濡れなのは、恐らくはエフィレイトの一撃を受けた際…私の傷口から噴き出した血のせい。
その証拠に向かい立つ魔王像も血濡れだ。

それこそ頭の先から爪先まで。
しかしウネアトライトだけは違った。

像2体がそっくり血濡れとなるほどの血量のはずなのに、ウネアトライトには一滴の血痕すら無い。

それを見て私はようやく、自身の体に自分の意思と言う支配力が戻っている事を感じた。
そして唐突に悟った。

ウネアトライトは、私の血を浴び…それを吸収して眠りから目覚めた…と。
しかし浴びた血の量が少ないせいか、私の体を動かし…意識を自分(ウネアトライト)に向ける事“しか”出来なかったのだろう…と。

ならばやる事は一つ。

―ギシッ…―
―ぐぐぐぐっ…―

「くっ…」

私は死に体の体に、気力を燃やした最後の力を振り絞らせて立ち上がり…

―チャキッ―
―スッ…―
―プシュッ―

辛うじて裂断を免れた…胸の『絆の双十字』を取り外し、抜刀。
そのまま自身の左手首をかっ切った。

―ブシュウゥッ!―

刹那、爆発的な勢いで噴き出す血。
…考えなしだったな…手首の動脈を切るとは。
まぁ放っておいても尽きる命だ、良かろう。

―ぱたぱたぱた…―
―ズズッ…ズズズズズ―

それはウネアトライトの刀身へ降り注ぎ、そして刀身に吸い込まれて消える。

「やはりとは言え、吸血剣とは珍しい…実は魔剣の類だったのか?」

思った通りとは言え、このような奇っ怪な事態…眼前でありありと展開されては流石に引く。

…と、次の瞬間。

『お手数をおかけしました、次代の主』

と言った柔和な女性の声が、突如として頭の中に聞こえてきた。
普通なら「何だこれは」とか「誰だ!?」等と狼狽えたりする場面だが、今の私には不思議と…この場面が誰によって引き起こされた物かを、ほぼ断言する事が出来ていた。

「ウネアトライト、だな?」

『はい、あなた様の眼前にて勇者だった者が握りし剣【ウネアトライト】にございます』

「…意思を持つ剣、と言う認識で間違いないのか」

聞けばウネアトライトのような『意思を持つ武具』と言うのはセブンシンズだけに留まらず、ラグナロク中に存在するらしい。

『例えば私やストラフダークをはじめ、ルクスリアの【スラストメタル】やアワリティアの【クレストグラス】…アケディアの【アームドシュヴァリエ】やシャリマの【アサシンブレード】と言った武具達がそうですね…』

ルクスリアのスラストメタルとは、リョウスケ様が契約を交わした晶精霊后(クリスティア)のベル殿が固有技能【武器化(ウェポナイズ)】で『晶刃曲刀(クリスタルサーベル)』に姿を変えた状態の呼び名だろうか?

そんな私の問いかけにウネアトライトは肯定の意を示した。
ウネアトライト曰く、意思を持つ武具とはその大半が精霊(ハーツ)と関わりが深いらしく…太古の昔に何らかの理由で精霊(ハーツ)そのものが封じられ、武具として形を成した物…あるいは強い気持ちや念が自我として定着する事により意思を持ち、きっかけ次第では後天的に精霊(ハーツ)となる物が多いらしい。

『【スラストメタル】は主を見つけて覚醒してますね』

「その主は私の上司なんだがな」

『あらあら』

「その『スラストメタル』のように、主を見付けて覚醒した精霊(ハーツ)は他にいるのか?」

『いえ、現段階で私が知っているのは【スラストメタル】だけですね…後は覚醒が近い物として、シャリマの【アサシンブレード】とアワリティアの【ツインタイクルス】ぐらいでしょうか』

「待て、ツインタイクルス…絆の双十字だと!?バカな…絆の双十字は私の血と魔力を練り込んだだけの実用型装飾剣のはず」

『…主の血には、その血を浴びたモノが持つ真の力を目覚めさせる力があります』

「…それはヒト・モノを問わないのか?」

『ええ』

「…何と言う事だ」

それ即ち私を斬る事で返り血を浴びたエフィレイトは…

『はい、近々…己の真の力とその使い方を知るでしょう』

「……」

『時に主様…主様はこのまま終わるおつもりですか?』

「終わる、とは?」

『……志半ばで人生を、と言う意味です』

志半ば、か。
確かにこのままだと間違いなく終わるだろう。

だが…

「済まない、私は…もう……」

体が動かない。
オマケに、自業自得の分もあるとは言え失血死間近…手足の感覚もほとんど無い。

『……その目に宿した意思の炎、代償と引き換えに再び燃やす機会があるならどうしますか?』

「なん、だと…?」

ウネアトライトは言う。
私の目に宿る意思の炎は、肉体が瀕死であっても輝きを失っていない。
むしろより強く、今も燃え上がり続けている。

そして…このまま燃え尽きさせるには惜しい、と。

「………その代償は、私に払える物か?」

『主様は主様のまま、主様ではなくなると言う代償です…主様にしか払えません』

私が私のまま、私ではなくなる代償?
…この期に及んで謎かけをする気は無い。

だが…

「…2つ聞きたい」

『私に答えられる事でしたら何なりと』

「…私は私のままなのだな?」

『…はい』

「再び意思の炎を燃やせるのだな?」

『はい』

なら答えは1つだ。
私は勇者像にもたれかかったまま、ウネアトライトの刀身を見上げて言う。

「…頼む」

『承りました…では、またお会いしましょう』

―カッ!―

言ってウネアトライトの刀身が凄まじい強さの光を放ち、その光が私の目を直撃する。

「…リョウスケ…様……」

それだけを呟き、私は意識を失った。

次回第100話は、改変前にも掲載していた挿話になります。
その次の第101話で、当面の出産ラッシュは終わる予定です。


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