第6話:10年前の事件
それは懐かしい光景だった。
見渡す全てが懐かしく、今となってはもう『思い出』としか語れない過去の1シーン。
俺は今見ているその過去の光景を、不思議と『今、ルクスリアで寝ている自分が見ている夢』と認識することが出来た。
「壁に落書きがある…この落書きは確か俺が8歳の頃に書いた……あぁ、この夢…10年前のあの日の事件か」
その日、義父さんは大学で仕事があり…義母さんと義祖母ちゃんは家の道場で教え子を鍛えていた。
学校は臨時休校で休み。
朝から家にいた俺たちはその日の鍛錬を終え、一足先に自宅へと戻っていたのだ。
時刻は夕方…いわゆる黄昏。
「お兄ちゃん、お母さんおそいね」
「たぶん、義祖母ちゃんと試合でもしてるんだろう…しかしこの選手、動きがなってないな」
居間にあるテレビの前に設置したソファに身を沈め、目まぐるしく移り変わる番組の内容(K-1)を見ながら俺は言う。
ふと俺のコップは空だった事に気がついたのか、綾子が「コーラ取ってくるね」と席を立った。
それを見送る俺…テレビでは対戦相手の男が、今まさに相手の選手の腹へ強烈なブローをねじ込む瞬間だった。
―ドスッ!―
だが耳に響いたのは、テレビのスピーカーからではなくもっとリアルな音。
そう言えば綾子が「コーラを取りにいく」と言って席を立ってから、もう6分は経っている。
この居間から台所の冷蔵庫まで、往復しても2分とかからないのに。
遅すぎる…嫌な予感がする。
そう思った俺はテレビを消してソファから立ち上がる。
「ッ!?」
直後に感じた不穏な雰囲気と、強烈な殺気。
方角は台所…俺は慌てて駆け出す。
「!?」
台所に駆け込んだ俺が見たのは、冷蔵庫を背にして顔を真っ青にした綾子と…その綾子を真正面に据えて立つ、見た事もない男が1人。
男の目つきは異常に鋭く、鼻の頭に銀のピアスが光り…真っ青なジャケットが妙に毒々しく見える。
黒いズボンはところどころ擦り切れており、振りかざした手には刃渡り20数cmの出刃包丁。
あの男…もしかして、今…他府県で指名手配中の…
そんな中、俺の顔を確認した綾子が声を上げた。
「お兄ちゃん助けてっ!」
「綾子っ!」
見れば男は手にした出刃包丁を振り下ろし始めており…気がつくと俺は駆け出して、咄嗟に綾子と男の間に割り込んでいた。
綾子も俺も義母さんが使う『無双御鏡流剣術』や、義祖母ちゃんが使う『氣闘拳』を習いはしていた。
が、当時俺は8歳で綾子は6歳…身長が倍ほど違う上に包丁で武装した男には勝てるはずも無い。
―ドシュッ!!―
「ぐうっ!」
「きゃあああああっ!」
男の振り下ろした凶刃は止まらず、鈍く煌く包丁が俺の眼前を通り…目が血で濡れたか眼球が切り裂かれたか…ともかく俺は、その一瞬で視界の左半分を失う。
顔の左半分が、焼け付くような激しい痛みを訴えている。
右目にも血が飛んだのか、目が開けづらく…視界もところどころ赤くなりつつある。
「チッ、次から次へと…今日は厄日か?…いや、今日が厄日なのはお前らの方か」
言ってその男は再びその凶刃を振りかざし、今度こそトドメを刺そうとジリジリと距離を詰め始めた。
「お兄ちゃん!目が、目がっ!!」
「だ、大丈夫だ綾子…お前は俺が守ってやる、例えコイツをこの手にかけることとなっても」
泣き叫ぶ綾子を背中で庇いつつ、俺は痛みによる悲鳴を上げることもせず…今まさに目の前にある、自らを死へ追いやる存在を真正面から睨み付けた。
「へへっ、妹を庇うお兄ちゃんか…イイねぇ、そんなお兄ちゃんを半殺しにして…お兄ちゃんが見てる前で妹とイタすってのもオツじゃねぇか」
俺のリアクションを見て、押し入ったであろう男が…口の端をクイッと持ち上げ、俗に言う『ニヤリ笑い』をしながら口を開いた。
当時この『イタす』が何の事かは分からなかったが、放っておくと綾子が危ないと言う事だけはすぐに理解できた。
俺は力の入れすぎで既に白くなり始めた右手の握りこぶしを更にギュッと握り、その手を眼前に立つ強盗めがけてまっすぐ突き出した。
「…何の真似だ?」
今こそ義祖母ちゃん直伝の最終奥義を使う時。
頼む、俺の体よ…思い通りに動いてくれ!
今から放つ技がどれだけ危険かは百も承知だが、その技を放たずしてこの窮地は脱することができない。
とその時…視界の端に、道場での鍛錬を終えたのか…木刀を携えた義母さんの姿が見えた。
義母さんは俺の顔を見るや否や、今までにこやかだったその表情を一瞬の内に般若のそれへと変え…その場から音も立てずに一足飛びで跳躍。
次に見た義母さんは強盗の真横の空間で、滞空状態にもかかわらず木刀を腰構えにした抜刀姿勢…いわゆる『居合い』の姿勢に入っていた。
「…え」
俺の目線に気がついたのか、強盗が自分の横を見た。
…直後。
「無双御鏡流、跳び縮地・居合い!」
木刀を抜きざまに横一閃!
「なっ!?」
―バキャッ!―
「ぐふっ!」
顎を強かに打たれ、くぐもった悲鳴を上げる強盗。
義母さんの攻撃は止まらない。
気絶こそしなかったものの、未だ悶絶状態にある強盗のわき腹めがけて…
「無双御鏡流、空戦剣・颪!」
空中で居合いの時とは逆方向へ回転し、遠心力を乗せた渾身の薙ぎ払いを放つ!
―ドゴッ!―
「げぶぁっ!!」
―バギャッ!―
―ガチャンッ!バキバキバキッ!―
わき腹へ強烈な一撃を受けた強盗はそのまま横へ吹き飛ばされ、その先にあった食器棚へ頭から突っ込み…衝撃で割れた皿やコップの破片を散乱させる。
その体は当初ビクビク痙攣していたが、程なく気絶したのか…動かなくなった。
それを確認した義母さんは残心を解き、また笑顔を浮かべて俺達兄妹を見た。
「…ふぅ…よく頑張ったね、涼輔」
「っはぁ、はぁ…綾子は、大丈夫…?」
「ええ大丈夫…涼輔が守ったからね」
そうか、大丈夫なのか。
俺は後ろを振りかえり、俺の背中に顔を埋めて泣いていた綾子と向き合った。
「大丈夫か?綾子」
「ひっぐ、お兄ちゃん…」
綾子は血濡れになった俺の顔の左半分に手をやり、またその顔を泣き顔へと変える。
「ああお兄ちゃん、私をかばったせいで目が…」
「大丈夫だ綾子…例え見えなくなっても、お前の無事と引き換えなら安いもんだ…言ったろ?お前は俺が守るって」
「っく、お兄ちゃん…お兄ちゃん、ふええええええええええええっ!!」
俺のセリフの意味をかみ締めたのか、綾子は声を大にして泣き始めた。
緊張の糸が切れたのも拍車をかけているのか、その泣きっぷりは盛大としか言えない。
とは言え俺も緊張の糸が切れたのか、それまで忘れていた顔の痛みが盛大にぶり返してきた。
「ぐ…義母さん、後はお願い…痛すぎて死にそう」
「ええ、任せなさい…救急車は呼んでおいたから、落ち着いたら連絡しなさい」
「うん」
そう言い残し、俺はそっと目を閉じる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…
俺の体は立っている事もままならなかったらしく、頷いた直後…自分の体がフッと崩れ落ちるのを感じた。
「お兄ちゃん?お兄ちゃん!やだ、目を開けてよお兄ちゃん!死なないでお兄ちゃん!」
「大丈夫よ綾子、涼輔は大丈夫だから」
「…ホント?」
「ええ、大丈夫…この子は強いから」
閉じた視界のままで、綾子と義母さんのやり取りが聞こえる。
俺はそんな2人の言葉を聞きつつ、ゆっくりと意識を闇へ沈めていった。
そしてそれから2週間ほど経ったある日、俺は意識が覚醒するのを感じた。
「知らない天井だ」
と、どこかで聞いた様なセリフを言いつつ上体を起こし…自分の状況を確認する。
体を起こし、ほのかに漂う香りからここが病室のベッドの上である事を認識する。
にしても視界が暗いのはどうしてだ?
「気が付いたかな?」
ふとそんな、女性の声が聞こえ…俺は声の主がいるであろう方向へ顔を向ける。
「えと、貴女は誰ですか?」
「っと、これは失礼…私は君の担当医兼執刀医で、南と言います」
「南…先生」
南医師曰く、俺が負った傷は20針を縫う大怪我だが眼球に損傷は無く…眼底検査や瞳孔反応もきわめて正常。
ただ負傷のきっかけとなった刃物の切れ味が悪かったらしく、現代の医学ではどう頑張ってもひどい傷痕が残ると言う事だった。
整形手術をしようにも場所が場所なだけに、植皮や形成法と言った…この手の手術に適する術式が全く使えないらしい。
「視界が暗いのは単に、今君は目を覆うように包帯を巻いているからね?」
「包帯?」
「君の体は医者としても驚くべき治癒速度を持っていて、もう傷は塞がってるの…けど、ちょっと問題があってね」
先生は俺の目には驚くべき変化が起こっていると言う。
当初俺はそれを真っ向から否定したが、先生の手により右目だけ手鏡で見せてもらって俺は絶句した。
なぜなら俺の目は…まぁ後に分かるから割愛する。
俺は先生から「その目、私から家族に言おうか?」と言われたが、まずは「自分で言いたい」と先生の案を棄却…その言葉に納得したのか先生は何故か「とりあえずおしっこしなさい」と、俺に無断で俺のナニを…病衣の上からさすり出した。
「ちょっと先生!?一人で出来ますって…」
「だめよ?貴方は今、目が不自由なの…ぶちまけてシーツを汚したくないでしょう?」
そしてまた何故か、一人でできると言う俺の言葉を無視する先生。
程なくして下半身が薄ら寒くなり、俺のナニが先生の手の感触を伝えてくる。
「はぁ、はぁ…さぁ、はやく出しなさい」
いや何を?
ナニか!?
ってか先生、息が荒いのは何故!?
そんな葛藤や心の叫びはむなしく空回りに終わり…
―ぼろん―
試みた抵抗すらむなしく、音にすればそんな感じに俺のナニが外界の空気に晒される
「ッ!?すごい…」
…ねぇ先生、その呑んだ息と『すごい』と言う単語にはどんな意味合いが?
それと俺の手指、果てしなく柔らかい何かに埋まってるんですが…この、手のひらに当たるコリコリした物体…何ですか?
「そう、そうよ…おしっこが終わるまでちょっと時間がかかりそうだから、それを…あっ、ああん…しっかり揉んでなさい…あふっ、やだ…上手いわ…」
程なくして先生は「さておしっこも終わったし、私も満足したし…家族を呼んであげるわ」と、やや興奮した様子で病室から出て行った。
俺はこの年にもなって他人に…それも大人の女性にナニを見られ、触られたと言う羞恥心に悶えていたが、やがて10日ぶりだが懐かしい…みんなの声が聞こえてきた。
呼んであげようと言ってから来るまでの時間の短さ…あぁ、ここは星舞病院か。
…って事はさっきの女医さんって、あの美人巨乳名医と評判の!?
「入るわよ涼輔、どう?具合は…って、その目…」
義母さんが俺の顔を見て息を呑んだ。
当然だろう、俺の目は今包帯が巻いてあるんだから。
「ああ、大丈夫だよ…ただちょっと問題があってね」
「問題!?まさか見えないのか!?どうなんだ涼輔」
義父も来てんのかよ!?
つか今日は仕事じゃなかったのか?研究はどうしたよ。
「そんな、お兄ちゃん…こうなったら私の目を移植して、ううんそれよりも私が付きっ切りでありとあらゆる介護を…」
「マテマテマテ」
義父の『見えないのか』発言に慌てたのか、綾子がとんでもないセリフをのたまい始めた。
まだ結論を言ってないだろうに…つか綾子、お前もか!?
お前は今日、登校してるはずだろ!?
義務教育とは言え病気でもないのに休んじゃ拙いだろ!?
「ほっほ、兄さん想いじゃなぁ綾子は…よし、このワシも手伝ってやるでな」
「義祖母ちゃん!?」
「で、どうなの?涼輔」
義母さんがせっつく。
このままじゃ埒が明かないので、俺は病状の説明を始めることにする。
「いや、見えるには見えるんだけど…驚かないでくれよ?」
言って俺は、自分の目に巻かれていた包帯の結び目に手をかけ…ゆっくりと包帯をほどいていく。
そしてその、今まで閉じていた目を…家族に見えるよう、大きく見開いた。
「「「「ッ!?」」」」
全員が全員驚きの表情になる。
まぁ当然の反応だろうな…何故なら。
「凄い…」
「まるで宝石みたいじゃわい」
「虹彩異色症を発症したのかい!?」
「アレクサンダー大王とかの?」
そりゃオッドアイだろ?
つかアレクサンダー大王は金目じゃなかったか?
違う。
俺のは赤いんだ…両目とも。
「手術担当医…いや執刀医の話だと、傷を負った際のショックで眼球虹彩色素が異常をきたし…その際に一番強く見ていた色、つまり顔を流れていた血の色を『自分の色』と認識したんではないか……って話だったよ」
「ふむ、それでも虹彩異色症には違いないか」
「で、視界はどうなの?」
「特に変わった感じはしない…むしろ前よりよく見えるかも…うん、なんら問題なし」
「お兄様、私の顔は見えますか?」
いや綾子よ、今「なんら問題なし」って言ったべ?
そんなに俺は信用ならん…おいおい。
「見えるよ、泣いてる綾子の顔が」
「ひっく、お兄様ぁ…」
見れる事が嬉しかったのか?
あ、そう言えば綾子はそう言う性格だったんだ…他人の事でも自身の事の様に泣き笑いできる、感受性豊かで優しい子。
「もう泣くな綾子」
「だって…だって……」
それ以来俺は綾子を安心させる意味でも、特別何もない時は虹彩が茶色に見えるカラーコンタクトを着用するようになった。
「あれから10年か、懐かしいな…」
ちなみにこの南医師だが、ショタコンでノンケの初物食いが趣味と…その方面の知識が付いた後に分かった。
俺は『あんなに優しくて胸も大きな美人女医が、ショタコンで初物食いが趣味!?』と驚愕したと同時に、あの時行われた行為はエスカレートすると男女の肉体関係へと発展しかねない行為だった事を知り…知識が付いた時期特有の『もてあますアレ』のせいか、酷く惜しい事をしたな、と嘆いた事を思い出した。
「でもこの事件をきっかけに綾子が俺を(性的に)食おうと行動し始め、俺は綾子にだけは食われまいと必死だったんだっけ?」
8歳の義兄を、その年齢には全く相応しくないほど成長した肉体で誘惑する6歳の義妹。
6歳の義妹!
大事なことなんで2回言った。
…む?
見ている風景が薄れて、いや…かすんでいく。
そうか…もう目覚めの時間か。
今日は俺の魔王就任後の初御前会議だ。
さて、何を言おうかな?
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