第59話:夢か現か《結》
世界暦2005年、10月20日、土節、AM7時30分。
「んっ、んあっ…ダメお兄様、そこは…びんか…もっと優しく、ううんもっと激しく…んあっ!あっ、ああああああああああああ…」
―ドサッ!―
―ゴッ!―
「~~~~~っ!!」
とんでもなく幸せな淫夢に身を任せていた私は、夢の中じゃなく現実の中で身悶えしていた。
…ベッドから落ちたの。
そうして…1人で使うには広すぎるベッドがある、少し殺風景な部屋の床で目を覚ました私。
「お兄様は……あぁ」
そして立ち上がり…いつものようにお兄様の寝顔を見ようとしたが、ここが異世界である事を思い出し…軽くブルーになる。
…え?
そうよ?
私、毎晩夜更けにお兄様のベッドに潜り込むんだけど…何か文句でもあるのかしら?
寝相の良い日はベッドから落ちず……いえごめんなさい、嘘をついたわ。
基本的にはお兄様にしがみついて眠るから、ベッドから落ちる事は無いの。
そしてお兄様の手に自分の体のあちこちをまさぐらせたり…。
…オホン。
昨日はあれからカームと一緒に鎧の動作確認をしたり、差した刀がちゃんと抜刀・納刀出来るかどうかチェックしたり…。
後は私服と数種のアクセサリーを貰い、カームと一緒に夕食とお風呂を頂いて(カームは意外と着痩せするタイプだった!)就寝…と言う流れだった。
ちなみにあの覗き見連中、今度は懲りずに私の入浴シーンを覗こうと画策していたらしく…今度こそカームの『暴風の加速竜巻』を受け、中央庭園にある池まで吹き飛ばされたらしい。
…今度は私がシメるか。
「…うぉっほん!」
とまぁ物騒な考えが生まれた昨日の事はさておき、私がここヴァルハラへ召喚されて今日で3日。
今日は朝からクレシア王に呼ばれているの。
だからとりあえずは私服に着替えてっと。
―コンコン―
「はーい」
「カームです…アヤコ?起きてますか?」
「ええカーム、起きてるわ…鍵は開いてるから入って?」
―ガチャ…―
「失礼します」
そうそう…私とカームは、昨日から互いを呼びつけにする仲になっている。
聞けば同い年と言う事もあり、たかが立場で『アヤコ様』『カームさん』と言うのが煩わしく…どの道この先、結構な時間を共に過ごすのだからいっそのこと…と言う訳なの。
「どうでした?良く眠れました?」
私の顔を見てカームが言った。
「兄が夢に出てきて悶々としてしまい…ぐっすり眠ったはずなんだけど、体は火照ったままなの…イキあぐねたし、夢のせいか朝は床で目覚めたし…ねぇカーム」
「なぁに?アヤコ」
「替えのパンティ持ってない?」
「え?」
「パンティ…濡らしちゃってぐしょぐしょなの」
「あらあらまあまあ」
こんな話が出来るのは、クラスメートの芽衣子か順子以外だとカームしかいない。
他の…主にクラスメートは、私に対し『完全無欠乙女』なんて印象を持ってるみたい。
だけど、私だって下ネタや猥談は嫌いじゃないし…その手の本やDVDだって持ってる
でもそんな話題をしよう物なら周囲はドン引き…だからこんな話題を気兼ねなく出来るカームは、私にとって新たな…そして大事な友人だ。
「にしても…カームと話してると落ち着くわね」
カームの持ってきてくれた替えのパンティを穿きながら、私は言う。
あら、サイズがピッタリだわ。
「まぁ嬉しい…でもどうして?」
「私ってこんな…下ネタや卑猥な話は一切しない、高潔可憐な人…ってイメージを持たれやすいんだけど…その点カームは私と同性・同い年って事もあって、互いが互いにきちんと『会話』として通じてるから…かしらね」
と言うとカームは嬉しそうに目を細めた。
「同じ恋するオンナですもの…アヤコの想い、痛いほど分かりますよ」
「ありがとうカーム」
「いえいえ…ささ、とりあえずはお食事にしましょうか」
「ええ」
言って私は身支度を整え、カームに連れられて部屋を出た。
城内で有事などあってはならないが、万が一に備え腰には『小烏丸天国』を…背中には別の装剣帯で『神断緋刃』を帯刀している。
ヴァルハラ城は地上2階の地下1階からなる建物で、2階は王政構成員の自室と執務室…1階は兵舎と玉座の間、それと食堂と…離れに庭園、召喚の間がある構造。
地下は牢獄ですって。
「ここが食堂です」
「広いですね」
案内されたのは…奥行50m、幅100mはあると言うヴァルハラ城食堂。
高級料理から家庭の味までありとあらゆる料理を備え、それらをビュッフェ(バイキング形式)で好きなだけ食べる事が出来る。
でも並んでいる料理は、どう見ても日本にもある物にしか見えない…ここは本当に異世界かしら?
「私はこれとこれと…後はパンでいいかな」
言ってカームが取ったのは、サーモンマリネのサラダに目玉焼き…それと厚焼きのパン。
「私、朝はキッチリ食べる派だから…これとこれとこれと、後はこれとパン」
私はカルボナーラとシーザーサラダにスクランブルエッグ、それにフライドチキンと厚焼きパン。
本来フライドチキンはお兄様の大好物で、本当なら今は見たくないんだけど…そこはソレ、好きだから食べたい。
…お兄様もこの同じ空の下で食べてるかもしれないし。
そう思うと若干違うかしら。
「朝っぱらからよく食べるな…あの子」
「ああ…何でも陛下から密命を受けた特使らしいぜ?体力勝負なんだろうが」
「陛下の特使かぁ…惜しいなぁ」
「何だよ…タイプなのか?」
大好物その1であるカルボナーラを食べていると、後ろのテーブルからそんな声が聞こえた。
ちなみにカルボナーラは『カルボナーラ』と言う名前でカルボナーラ味。
「めちゃめちゃ可愛いじゃねぇか!スタイルもいいし、優しそうだし」
チラッと見ると、顔には自信のありそうな優男が2人…私達の方を見ながらブツブツ言っている。
昨日の玉座の間での一件は知らない人たちなのかしら?
「俺は断然カームさんだな…」
「マジ?」
「ああ…優しいし気配り上手だし、ああ見えて着痩せするタイプで…出るとこはすげぇし」
…と、誉められて?いるカームを見ると。
「…どうしました?」
何ら興味が無いと言った雰囲気で、マリネサラダのスモークサーモンを食べているカーム。
「いえ?今後ろの席から、カームを褒める言葉が聞こえた物で」
「あぁ、アヤコも誉められてたでしょうに」
「確かに…でも私は身も心も全て、捧げたい人が決まってるので」
…後ろの席から、咽び泣く声が聞こえるのは気のせいかしら?
…私には心に決めた人がいるので、貴方とは付き合えません。
ごめんなさい。
「にしても私ってそんなに好かれてるのかしら?同じ好かれるなら私より姉さんの方が良いと思うんだけど」
「へぇ?カームってお姉さんがいるの?」
「ええ…自慢の姉よ?」
カームが言うには、この世界に点在する全ての精霊は…たどり着くべき場所として『元素神霊』になると言う目標を持ち、これに至る条件の1つが【良き主人に巡り会う】である為に…主人、つまり契約者を選り好みする精霊族も少なくないと言う。
そんなカームのお姉さんは、一族…つまり風精霊族の中でいち早く『霊格上昇』に成功した凄い人らしい。
「最近聞いた風の噂だと、ようやく守るべき相手を見つけたらしいわ」
「へえ…じゃあカームもいずれは契約者を守る『嵐精霊女』に?」
「まぁね…ただ、霊格上昇は精霊族にとって命がけの儀式でもあるの」
基本的な進化フローとしては…精霊→(霊格上昇)→元素精霊→(霊格上昇)→元素神霊…となるが、もし霊格上昇に失敗した場合…精霊は即座に『迷素精霊』になってしまうらしい。
「迷素精霊って?」
「精霊より魔法能力は高いけど、元素精霊には劣るのが迷素精霊なの」
1度迷素精霊になってしまうと、もう霊格上昇は行えなくなり…目指すべき目標である『元素神霊』への道も限りなく狭くなる。
「限りなく狭くなるって事は救済措置が?」
「ええ…痛みの儀式って言う儀式に成功すれば良いんだけど」
痛みの儀式
霊格上昇に失敗し、迷素精霊になってしまった精霊のみが挑める試練の儀式。
10日10晩かけつづけられる減衰呪文に耐え抜き、今まで得た能力の全てを捨て去る事で精霊に戻る事が出来る。
ただこの減衰呪文は半端じゃない苦痛を伴い、絶え間なくかけ続けられる為…多くの場合は精神崩壊を起こし『堕精霊』と言う魔物になってしまう。
「魔物になってしまうの!?」
「ええ…堕精霊は、マーセナリーネスト設定の魔物危険度表でBランクに位置する凶悪な魔物…だから多くの場合堕精霊となった精霊はその場で殺されるの…」
マーセナリーネストとは、噛み砕いて言えば傭兵の職業斡旋組織らしい。
ハンターズギ〇ド?
ええ、似たような物ね。
「私は両親が迷素精霊だから、いち早く元素神霊になった姉は部族の誇り…そんな姉を尊敬してるから、私だって対等になりたいのよ…えっと、今の姉様は……」
言ってカームが目を閉じると、彼女の周囲に微風が巻き起こった。
風にたなびくライトグリーンの髪…綺麗ね。
とか思っていると、突然カームが…
「じゃあ私もそうすることにします!」
…と、意味の分からない宣言を行った。
「ねぇカーム、今のは何?」
「あ、ごめんなさい…言ってませんでしたね、私達風精霊及び嵐精霊女は…何て言えばいいんでしょう、風の声?を聞く事ができるんです」
「へぇ…それで?」
「はい、今は風に遠くの地にいる姉の事を聞いたんですが…姉が、得た契約者から『サウィンドニー』と言う名前を貰ったそうで」
「サウィンドニー…」
「そうです、だから私も姉に倣い…今日から私の名前は『カーム=サウィンドニー』です」
カームは最初…名無しの状態だったが、クレシア王と契約を結んだ時…彼が『君には異国の地で、一族の中で最も早く嵐精霊女となったと言う…とある風精霊の名を、この国の言葉で同じ意味となる名を与えよう』と【カーム】と名づけたようだ。
「なるほどねぇ…」
話を聞いていて、やはり人間も魔族も…そして精霊も、みんな夢や希望を、喜怒哀楽の感情を持つ…れっきとした『ヒト』だと改めて思った。
そんな時だった。
「お…ここにいたのかい?」
「ぶふっ!げっほげっほ!!」
「ああアヤコ、大丈夫っ!?」
目の前に現れたのは、更にてんこ盛りのヴェイフタイル…牛ステーキを乗せたクレシア王…の行動体。
国王が食堂で、兵士に混ざってステーキをかぶりつく…そんな状態がとても信じられず、私はおもわずむせた。
「い…一国の王ともあろう御方が、こんな…大衆食堂で食事をなさるんですかっ!?」
「ご飯はみんなで楽しく食べた方が美味しく感じないかい?それに…言ってしまえばここは私の城、どこで食べようが私の自由なはずだが?」
いや確かに前半の意見は一理ありますが、後半の意見はただの屁理屈では?
そんな事を考えているとクレシア王は私の前の席に座り、皿の一番上に乗っているステーキにナイフを入れ始めた。
「もぐもぐ…んっ、ところでアヤコ君」
「むぐむぐ…んっ、なんでしょう?」
「今朝話す予定だった事なんだが」
「ああ、仕事の事ですか?」
「うん…もぐもぐ、もぐ…君には今日から3日の内にこの城内から、私及びカーム以外で仲間を3人選び…まずは南の隣国『シャリマ』へ向かって欲しい」
「南の隣国…ですか?むぐむぐ…あむ、むぐむぐ」
…本来なら国家機密なんでしょうけど、食事中…ましてや食べながら話しているから、緊張感の欠片も感じられない。
クレシア王は既に4枚目のヴェイフタイルに取りかかっている。
皿にはまだ8枚以上残ってるんだけど…食べきれるのかしら?
「シャリマでは現在、我が国の勇者選出に習い…国内の『強者』を選出する武闘大会の準備が進められているが…実はこの大会に乗じて、シャリマの王暗殺が企てられていると言う未確認情報がある」
「暗…殺……!?」
暗殺…人知れず相手を葬り去り、その痕跡も残さず自らも姿を消す事。
白のフードに白ずくめの衣装、腕に仕込まれた隠し剣が相手を背後から貫く…ゲームのやりすぎね。
「今のところ方法どころか詳細すら不明だけど…君にはこの地へ赴いて、武闘大会に勇者である事を隠して出場・優勝し…恐らく表彰式で行われるであろう、その暗殺を阻止して欲しい」
「ですがクレシア様、それだとアヤコに危険が…」
私を気遣ってか、心配そうな声を発する。
「うん、分かってる…だからこそ仲間を集めた上で挑んで欲しいんだ」
だがクレシア王も真剣な表情だ。
「先に言っておこう…シャリマ王は、私の娘なんだ」
「…ッ!?」
なるほど…父として娘を守りたい訳ね?
「……やってくれるかい?」
「はい、わかりました…娘さんのお命、必ずお守り致します」
暗殺か…どうした物か。
その時既に、私の頭の中はその事で一杯だった。
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