第19話:『涼輔欠乏症』発症
日本暦2005年、10月4日、AM8時24分。
綾子Side
「はぁ…」
何をしても一向に気が乗らない。
授業や昼食・部活動はおろか、級友に誘われて買い物へ行ってもそれは同じ。
兄さんがオーゾン前で居なくなって今日で2日。
朝、私が起こしに行った際の兄の顔を見ないと私の1日は始まらない。
「はぁ…」
どうやら私の『涼輔欠乏症』は存外重いようである。
私は今日数えているだけで実に58回目になるため息を吐いた。
そう言えばまだ自己紹介すらしてなかったかしら?
私は綾子、御鏡 綾子。
市立聖丘高等学校1年A組に在籍し、同校3年A組に在籍して現在行方不明の兄『涼輔』の妹で、今16歳。
勘違いされそうだから先に言っておくと、私は『涼輔』と実の兄妹ではない。
だから正しくは『涼輔の義妹』になる。
母が教会前で捨てられていた子を養子にし、名を涼輔と名付けた。
私に物心が付き、早い段階でいろんな知識を得た段階で彼は私に血の繋がりが無いことを教えてくれた。
けど両親はもとより涼輔自身も私に深く平等の愛を注いでくれ、私も涼輔を家族同様に分け隔てなく接してきた。
「義兄さん…はぁ」
ある時、家に強盗が押し入った。
父は仕事で不在…母は家の道場で開いている剣術道場の講師をやっていた為その場に居合わせず、私は不幸にも強盗と真正面から対峙する事となる。
本当に絶体絶命かと思った時、涼輔が助けに来てくれた。
涼輔は強盗の攻撃から私を庇って顔を負傷したが、おかげで私は無傷だった。
そして直後に戻ってきた母が一瞬で状況を理解、手にしていた木刀で強盗を叩き伏せた。
そんな時だ…私が涼輔を好きになったのは。
補足しておくと『Like』ではなく『Love』の好き。
だって血の繋がっていない兄妹は結婚できるんでしょう?
今考えても身震いするほど涼輔は格好よかった……強盗の一撃で顔を切られようと決して怯まず、背に隠した私を必死に守るその態度。
その一件以降、私は涼輔に対し猛烈なアプローチをかけ続けている…訳なのだが、2日前…私にとっては死刑宣告と同等の事件が起こった。
涼輔が突如行方不明になった。
その日も朝から私(の事)を貰って貰おうと朝から部屋に押しかけたのだが、最近では学習をしたのか…涼輔は私に、自身が今まで着ていた寝巻き用のシャツを投げつけてきた。
とっさにそれをキャッチし、その場で丁寧に畳んで抱える私…だって好きなのよ?相手の着衣なんてプレミアアイテム、みすみす手放すほど私は鈍くない。
しかしそれが間違いだった。
涼輔はシャツに気を取られた私の一瞬の隙を突きその場から逃走…そしてそのまま姿を消してしまった。
「はぁ……60回目」
先日も旧友を連れて涼輔の捜索を行ったが、得られた情報は『商店街裏路地にあるオーゾン前で忽然と姿を消した』と言う、絶望的証言のみ。
そして涼輔が居なくなって今日で2日、涼輔が居なくなった事で私の胸には大きな大きな穴が空いている気がする。
「ああ、お労しや綾子様…」
「あれは恋する乙女の『満たされぬため息』でしょう」
「貴女ほどの可憐な少女を放置し、ため息ばかり吐かせる罪深き男は一体誰なのでしょう」
ちなみに今のセリフはクラスメートで、特に気にも留めた事が無い…いわゆる『クラスメートA~C』と言った人達。
入学当初から私の事を注目していたらしく、今では私に許可無く作った『綾子様のお膝元』なる非公式ファンクラブにまで所属する…有象無象。
…私に注目して良いのは涼輔だけですのに。
「…はあ、今日のため息はここまでにして帰りましょうか」
私は自分が座っていた机の横にかけた鞄を手に、もはや居心地の良い場所なんてないこの学園を後にしようとする…が、その時…
「ッ!?これは……」
曰く『直感』
曰く『第六感』
曰く『恋する乙女のラブレーダー』
私の中にも存在するそう言った『感覚』が、恐ろしい勢いで警鐘を打ち鳴らしている。
これは…何?
もしや消えた涼輔の身に何か?
どうしよう、どうしよう。
酷く悲しい…でも何故か凄く腹の立つこの感覚は?
もしやこれは……女?
兄に、私以外の女が!?
いや、それだけではない…その女……多分、私ですら経験していないもっと大胆な事を…している。
―ギリッ…―
『許せない…』
知らず知らずの内にその妙な感覚が、兄絡みの女のせいだと決めつけ…なんと歯ぎしりをしていた私。
「ッ!…あ、いけないいけない……でも、今のは何だったのかしら」
何も無かったかのように表情を戻し、昇降口まで向かう。
それでもその奇妙な感覚が何を意味しているのか考えていた時、本当に偶然耳に飛び込んできたその『話』に私は耳を疑った。
「知ってる?2-Aの修二君、昨日の朝から行方不明らしいよ?」
「えっ?マジマジ?」
「先生達が話してるのを聞いたんだけど、何か玄関開いてて『つい先刻までそこにいました』みたいな反応が出ているって警察が言ってたらしいの」
……なにがどうなってるの!!??
***
世界暦2005年、10月4日、土節、AM8時24分。
「うおっ!背筋に寒気が……んあ?」
俺は背筋に感じた悪寒に眼を覚ました。
…が、何故『眼を覚ました』のか…つまり『眠っていた理由』が全く分からなかった。
「…しかし分からん、何だ今の悪寒は……まるで綾子の恨めしげな想いを受けたみたいな…」
俺は現実世界に置いてくる事となった義妹の事を想い浮かべる。
「…つか怖くて、他の女の子に興味が持て…
―むにゅん―
「あん…」
…誰だ人の枕元で喘いでんのは……うわっ!?」
頭の中から綾子の事を追い出そうと頭を振ったのだが、どうやらそれが…いつの間にか俺を抱き枕にする、妖艶な美女の『たわわな果実』を揺すったらしい。
「あ…アヤ、ちゃん?何でここに……あっ!」
見れば彼女は実に満足げな笑みを浮かべ、スヤスヤ寝息を立てている。
その時俺は、今この瞬間に至るまでの経緯を唐突に思い出した。
「確か昨日の御前会議でアヤちゃんの種族名を聞いて、そしたら彼女が精霊族の元素神霊の水精霊母だって事が分かって、それでアヤちゃんが…そうだそうだ、俺に『精霊の契約』を結べと言って…アヤちゃんが『俺が好きだ』とか『触られるのも好きだ』とか『他の女の子に取られたくない』とか矢継ぎ早に暴露して……んで………」
そして俺は心臓が止まりそうな衝撃を、再び思い出した。
「……俺、唇奪われちゃったじゃん…」
ヤベェ…顔から火が出そうなほどハズい。
つかマジ胸がバックンバックンいってる…。
何?意識を失うほど凄かったの!?
「…大人のキスってあんなスゴ……じゃなくて、とりあえずこの状況を何とかしなければ」
俺は体を確かめた。
なぜなら今隣で寝ているアヤちゃんは、如何なる男性も確実に前屈みに出来るその素晴らしい体を…惜しげもなくマッパで晒し、そしてそのたわわな果実で俺のわき腹をホールド…更にはその長く美しい足で俺の下半身をホールドしていた。
…つまり俺が『抱き枕』にされている。
股間のロマン砲が先日よりヤバイ状況に…亀の頭の先端が秘境の入り口へ刺さりかけてる…先端だけでもこんな気持ちいいのか?突き入れたらもっと…げふんげふん!!
こんな状況を誰かに見られよう物なら…
「綾子にバレたら俺…死ぬな」
『そんな、どこの誰とも知らぬ女をベッドに引きずり込み…あまつさえ目覚めは全裸だなんてお兄様……もう我慢出来ません!貴方を殺して私も死にます!』
アイツなら実行しかねないからなお恐ろしい。
にしても…マジデカイな……こうも眼前で揺らされると、男としてどうしても……。
―むにゅ…むにゅむにゅ―
「あっ、ああん…ああっ……リョウ、様ぁ…んっ…あっ……リョウ、様…お戯れを……」
何やってんだ俺は!
動かせぬナニの代わりに手で…違うだろっ!
喘ぐアヤちゃんをマジマジと見た後、自分のやった暴挙に俺は頭を振った。
ミカンミカン…違う、イカンイカン。
うむ、だいぶテンパってきたな……。
「光灯る街に背を向け、我が歩むは果て無き荒野…奇跡も無く標も無く、ただ夜が広がるのみ…揺るぎない意思を糧として、闇の旅を進んでいく…痛みを恐れるな…挫折を怖がるな…汝が心に勇気を秘む限り、必ず路は開かれん…振りかざせ…逃げ場のない道で、己を信じて…燃やせ、勇気を…振り絞れ、勇気を…勇んで往き、邁進する…勇往邁進………ふぅ」
…よし、落ち着いた。
まずは起きるか…じゃまずはアヤちゃんの手を剥がして、腹筋だけで上半身を起こし…次は下半身に絡まったアヤちゃんの足を…
「あ…リョウ様がいない……」
…外そうとして、そら恐ろしい声が聞こえた。
そのセリフに俺は、ギリギリと音が出そうになるほどゆっくり首を動かし…
「あ…」
そして、俺を見付けて満面の笑みを浮かべる彼女と眼が合った。
「おはよう、アヤちゃ…
「ああリョウ様、おはようございます」
―チュッ―
…んむっ!」
次の瞬間俺は、唇に仄かな湿り気と温かく柔らかな感触を感じた。
「…」
咄嗟の事に定まらぬ焦点を必死に合わせると、眼前には眼を閉じたアヤちゃんの顔が。
『こ、コレって…』
セカンド喪失?
「……ぷぁっ、ご馳走様でした」
未だ事態を把握出来ぬ俺に対し、顔を離してニッコリ笑い…事も無げにそう告げるアヤちゃん。
ご馳走様って…。
「アヤちゃんってさ、俺の事…
「大好きです///…お嫁さんにして下さい」
…分かった、ありがとう…今はまだ王と家臣の関係で」
ウワー、モウ俺一途ダヨコノ子。
頬ハ染メテルケド真顔デ言イ切ッチャッタヨー。
『はぁ…』
もうどうしようも無いとハラをくくり、俺はアヤちゃんと向かい合う。
「とりあえず離れようかアヤちゃん」
「え…そんな……今しがた『好きです』と伝えたばかりなのに、もう距離を置くんですか…?どうして??」
…どんだけだよ。
ああ分かった!
分かったから…そんな、ウルウルした…雨に濡れる仔犬みたいな眼で俺を見ないでくれ。
…凄い罪悪感を感じるから。
ええい!
それでも俺は言わねばならぬ!
「どうしてって…着替えたいんだけど」
「あ…失礼しました」
理由が理解出来たのか、それでも惜し気全開で俺から離れるアヤちゃん。
その時スッと離れた彼女を、その体温を…惜しいと思ってしまった俺は最低か?
で、ようやく着替える事が出来るとベッドから立ち上がった俺だったが…。
「アヤちゃんさ」
「何でしょう?」
彼女はそこにいる。
「いつまでそこに?」
「と申しますと?」
「俺、着替えるんだけど…アヤちゃんはどうするの?」
「私ですか?」
「い…い、いつまで…裸なのかと」
「あ…いやん、リョウ様のエッチ…でもそこがステキ…あっ!はうあう…」
アヤちゃんはシーツを体に巻き、慌てて部屋を出て行った。
後に彼女から聞いた話、精霊の契約とは本来…精霊から許された者が精霊に認められた状態でその精霊とキスをする事で成立する。
しかし…アヤちゃんの場合、彼女が俺を勝手に許して勝手に認めて勝手にキスをした……んだが、それでも契約は成立し…あまつさえそう言った『精霊側からの契約』の場合、得られる力はいわば『精霊が契約希望者に応じる形の契約』より効力が強いらしい。
力云々はどうとして、彼女の熱烈濃厚なスキンシップがこの先の不安要素に感じられてならない。
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