4.ハンター試験
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試験会場は港町の倉庫の中だった。
既に数百人のハンター候補生たちが倉庫中で引き締めあっていた。ボクたちが一番若いかと思っていたが、同年代と思わしき人もチラホラ見える。兄弟子のチックは楽勝だと云っていたが、超難関試験の売り文句は飾りじゃないな、と実感してしまう。
「姉ちゃん、思ったより人が多いね」
好きじゃない。
人気に当てられたというのだろうか、調子が悪い。
ボクは人間が好きじゃない。
町の人なら、まだ我慢ができる。
だけどこんなに知らない人が多いと、どうにも我慢できない。
「そだね、ちょっと隅っこで休んでなよ」
姉ちゃんはそう云い、ボクから離れていった。その理由もボクは分かっている。この会場に入ってから若い女の人はそう多くはないし、姉ちゃんほど綺麗な人はほとんどいない。自然と姉ちゃんの周りに人が集まってくる。だから、姉ちゃんはボクとは反対側に向かって歩いていく。
ボクは目深にフードを被り、倉庫の冷たい壁に向かい、そこに背を預け腰を落とす。
ボクの視線を遮る、人、人、人。
見知らぬ人間がたくさん、目の前にいた。
まったく縁も無い関係ない人たちが、沢山いるのだ。
何とも嫌な感じだ。
ムカムカする。
彼らは全員をライバル視し、隙あれば蹴落とそうとしている。
そんな人たちが目の前にいると思うだけで、ボクの気分はどんどん悪くなっていく。
そこに声が掛かった。
「よぉ、具合悪そうだが、大丈夫か?」
背が小さいが恰幅がいい男がにこやかに話しかけてきた。
ボクは不審を隠そうともしない視線をくれてやる。
「おいおい、そんな風に見るなよ。確かにライバルかもしれんが、見たところ新人だろ?」
「…………」
何も答えないボクの態度に呆れたというなニュアンスで苦笑を浮かべた男は、立ち去ろうとせず言葉を続ける。
「まぁ、初見の人間を信じるようじゃハンターにはなれんさ。これはオレの独り言だから気にしなくていい」
団子鼻の小デブは、表情とは裏腹に嬉々として話す。
「その年齢で此処まで辿り着けたのは凄いよ、実際ね。だけど本試験はそれ以上だ、新人の合格率は3年に1人いるかどうか。ここはベテランの助言を耳にした方がいいんじゃないか?」
「……要は何度も試験に落ちているんでしょう? こっちの『ツキ』が落ちるから、あっち行ってください」
「え?」
「独り言は自由ですが、鬱陶しいのでアッチに行けと云ってるんです。ベテランさん」
「あ、ああ。すまないな。緊張しているのに、こんな話をして。オレの名前はトンパだ。縁があったら、ゆっくり話そう」
あくまで笑顔で小デブはボクの側から去っていった。
煩わしい。
鬱陶しい。
兄弟子は外の世界を見て来いと云ったが、面白い事など一つもない。
確かに様々なモノを見る機会はあったが、ソレだけだ。
関わらなければ、ソレはソコに在る。
それだけ。
それだけなんだ。
そこに意味はない。
それに意味はない。
何にも意味はない。
意味を与えなければ、世界は『在る』だけだ。
そして。
ソレは突然、あらわれた。
さして関心があるようでもなく、倉庫のど真ん中に女が顕われた。
トレンチコートを肩に掛け、朱を塗った紅唇に煙草を咥えた女であった。
が、受験者達の――そしてボクの目をより引いたのは、彼女の容貌だ。
ボクらが見た彼女は、漆黒の――虚空の深淵よりも闇色の――髪をした女だ。
切れ長の漆黒の双眸は冷たく鋭い輝きを灯しており、白く透き通るような肌は女を、現実離れした存在に昇華していた。
要するに女はありふれた存在ではなかった。彼女は美しかった。
誰の目にもそう映る、畏怖すべき美しき女。それはボクも認めざるを終えない。
彼女は美しい。
その美女が、奇妙なアクセントの言葉で挨拶をした。
「待たせたのぅ、今回の第一次試験の試験官を務めるヨコヤマっちゅうもんじゃ。短い付き合いかもしれんが、よろしゅう頼む」
凄艶に女が受験者に微笑みかける。
――ゾクリ
背筋に冷たい汗が流れる。
見た目とはまるで違う。この女の怖さをボクは本能で理解する。
『ハンター』――そう、この女は獲物を狩る存在だ。
チックやオーマと共に薬草採取する際に、何度も注意された事がある。
『ニキが怖いと思った動物がいたら、迷わず逃げろ』と。
その言葉が脳裏を過ぎる。
「さて、第282期のハンター試験を始めるんじゃが、一応、説明をしておこうかのぅ」
そう云うと美女は紅唇の煙草を大きく吸い込み、そして紫煙を長く吐き出す。
「ハンター資格っちゅうのは、世界的に信頼されている資格であり、この試験は要するにソレに相応しい人物かどうかの審査をする試験ちゅうわけじゃ。無論、ハンターになった際のメリットは大きく、それだけに軽い気持ちで挑む奴も後を断たん。おかげで毎年数百万という受験者がいて、その受験料でハンター協会は予算を獲得しとるのだがのぅ」
そこで一旦言葉を切り、短くなった煙草を最後に一息味わい、足元に投げ捨て踏み潰す。
「で、じゃ。一応知っとると思うけど説明しておく。この試験で受験生が死ぬのは珍しくない。また受験生が受験生を殺害しても不問になる。例年一割前後の受験生が試験で死んでいる。もし、死にたくなければ棄権をする事を試験官として勧めるが」
どうするか、といった視線をグルリと周囲の受験生に向ける。
引き攣った顔をするものが数名存在したが、その大半が二度目、三度目の受験生らしく物怖じする様子はない。その様子から察するに、彼らは別の年の試験ならば、合格する自信があるという事だろう。
毎年10人に1人が死亡する試験に幾度も挑む理由、それは同じ試験がないからではないだろうか?
もし毎年同じ試験が行われるのならば、受験者はもっと多いだろう。傾向と対策が練れるのだから。毎年違うのならば、それはできない。
おそらく理由は、傾向と対策を練られない為。
そして複数回、この試験を受験する人がいるのは、自分の得意分野が試験になれば合格する自信があるから。数回試験を受けている人物、ボクにさっき声を掛けてきた自称ベテランの男などはその典型だろう。
苦手な分野だと判断したら、リスクを計算して彼は棄権していたに違いない。
なるほど。
傾向が分からない以上、試験合格者にはある一定以上のポテンシャルが求められる。
よくできた試験だ。
「よろしい、では第一次試験を行うとするかのぅ。このハンター試験は、最終試験まで試験の担当試験官が独自の試験を受験生に課す方式じゃ。で、わしの試験は――」
バッとトレンチコートを脱ぎ捨てると、女の右手には古風な重機関銃が握られていた。
ピリッと肌が焦げ付く感覚。
あの機関銃は『普通の』機関銃じゃない。
ボクは咄嗟に目にオーラを集中させる。
《凝》という技術だ。精孔から放出されるオーラを意図的に一箇所に集める技術であり、《念》の性質までは見抜けないが、相手が《念》を使っているかどうかは判別できる。
そして――ヨコヤマという女試験官の機関銃からは、これまでボクが感じた事のないほど高いテンションのオーラを感じる。
「この銃で撃たれて立てる事じゃ。今回の受験者は422名。一人三発撃ち込むから、防ぐなり、耐えるなりして、10分以内にわしの前に歩いてきて受験番号を云う、これが試験じゃ」
「さ、三発って、それ機関銃でしょ、試験官!!」
「おいおい、そんなんで撃たれたら死ぬだろ!!」
「ふざけるな、それのどこが試験だ!!」
女の言葉に一斉に抗議が沸き起こるが、女はまるで気にした風もなく、ゆっくりと銃口を受験生に向ける。
「安心せぇ。一流の賞金首ハンターの腕は絶対じゃ、一人三発といったら三発じゃ。もしそれ以上の弾を撃たれた奴がおったら、その場でハンター試験を合格にしちゃるわい」
その言葉が終わると同時に、機関銃が爆音と共に火を噴いた。
次々に受験生が撃ち倒されていく。
それを見やりながら、両手にオーラを集中させ、ボクのもう一つの《発》を発動させる。
我が手は鷹爪
瞬時に両腕が霞み、ボクの意思とは無関係にボクが指定した物体――弾丸を捉える為に動く。師匠が云うには「自動反射」という分類に入る能力だそうだ。いつもは、俊敏に逃げ惑う動物を捕まえる為の能力なので、銃弾にどこまで通用するかは分からない。
だけど――
それは確信。
《凝》で確認したオーラは凄かったが、殺気のようなモノを感じなかった。
ならば捉える自信がある。ボクの両手は万物須らく差別なく補足する。
心を落ち着かせ、己の両腕に全てを託す。
連続した爆裂音が倉庫内に雷鳴の如く響き渡る。
それがどれほど続いただろうか。
濛々と硝煙と誇りを立ち込める倉庫の中で、ボクは無傷で立っていた。
周囲からは呻き声が上がっている。嗅ぎ慣れない鉄の匂い。吐き気がする。
そこへ――
「ニキニキ、大丈夫?」
呻き声を上げている受験者たちの間を縫うように姉ちゃんがひょっこり顔を出す。
「うん、姉ちゃんは?」
「私は大丈夫よ。伊達に師匠の虐待めいた鍛錬に耐えていないもん」
う、確かに。
ボクは決められた時間の訓練はしているが、姉ちゃんはそれとは別に師匠と暇さえあれば鍛錬をしているんだ。《念》に関してはボクより数歩先を歩いている。もっとも、その鍛錬する理由は知らないけど。
そこでボクは自分が手にする弾丸に気づく。
その数8発。
どうやら、ボクに撃たれた以外の弾丸も自動で補足しているらしい。
それを見て、姉ちゃんもニマァと笑みを浮かべる。
「やるじゃん、ニキニキ。ハンター試験合格オメデトウ!」
ああ、そうか。
『もしそれ以上の弾を撃たれた奴がおったら、その場でハンター試験を合格にしちゃるわい』とか、云ってたっけ。
「姉ちゃんは?」
「もちろんよ、ニキニキ。せっかく合格の好機を試験官がくれたんでもの。わざわざ銃弾に当たりにいくのは、私も初めてだったよ」
そう云い、手にする5発の弾丸を見せる。
姉ちゃんの場合は、地力で弾を受けたのだから、その実力に驚く。
と、そこに二人仲良く語らうボクたちに気付いた女試験官が近寄ってくる。
肩には例のトレンチコートを羽織っており、口にはタバコが咥えられている。
「手加減はしたんだがのぅ、まさか本当に弾を掴む奴がおるとは思わなかった」
「三発以上、弾を撃たれたんですが、試験官? 私たちは合格ですか?」
得意のシタリ顔で怖い試験官に微笑みかける姉ちゃん。
苦い顔をして、うぬぬぬっ、と唸る女試験官。
さぁさぁさぁさぁ!!と迫る姉ちゃん。
うぬぬぬぬぬぬっ!!と仰け反る試験官。
そして――
「わ〜〜ったわい、わしもハンターじゃ。一度、口にした事は曲げん!! 受験番号205、206、ハンター試験合格!!」
「やった!」
「ホントにいいの?」
喜ぶ姉ちゃんと対照的に、こんなに簡単でいいのか、と驚く。
「試験審査内容は身体能力と、精神力。その二つはわしの銃弾を恐れずに前に出た精神力と、その弾丸を捕まえた身体能力でクリアじゃ。だが、これは参考程度に過ぎん。重要なのは『印象』じゃけんのぅ。わしはお前ならハンターになれると確信した。――それにもう知っておるんじゃろう?」
そう云うと、女試験官は虚空を指差す。
咄嗟に《凝》で虚空を見つめると、合格オメデトウ、とオーラで字が形作られている。
「なんぼ銃を弾いても始末書はいらんと聞いていたが、さすがに一次で二人も合格者出したら、そうもいかんか」
小さく頭を振り、微苦笑を浮かべた女試験管はバッと踵を返す。
「縁と風向きが良ければ、シャバで会う事もあるじゃろう」
「再会を楽しみにしてます!」
姉ちゃんは女試験官の背に頭を下げる。
ボクは――ボクは少しだけ、あの女試験官が好きになった。
なんだか面白い感じだ。
ハンターというのは、みんなあんな感じなんだろうか?
だとしたら。
だとしたら、面白い。
チックが云っていた、世界は面白い、って事は分からない。
だけど『ハンター』は面白い。
彼らに出会って話を聞いて、どんな人なのかを知るだけでも、それは悪くないかもしれない。
かくして第282期ハンター試験の一号と二号合格者の姉弟は、ハンターライセンスを引っさげ凱旋する。
そして二人の物語が始まる。
『ハンター・ハンター』
世界中に散らばる約600名のハンター達。
彼らに会い、そして話を聞く。
ただそれだけのハンター。
ニキとロゼのハンターとして冒険が始まる。
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