3.ハンター試験予選
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「ニキニキ。ひょっとしてアレかな?」
「たぶん」
長い睫毛の下からこちらを見つめる、青紫色の大きな瞳。バラの花びらのような、可憐な唇。完璧、と表現するしかないほど整った卵型の顔のまわりを、蜂蜜色の長い髪がゆるやかにウェーブを描いて縁取っている。
姉ちゃんは綺麗だと思う。
それについては、町の皆も認めていたし、薬草を卸しに大きな町に行くと、姉ちゃんを観に沢山の人が来るらしい。そんな話を聞くと少しだけ誇らしくも、嬉しくもある。
だけど、一番好きなのは、二人で一緒にいるときの姉ちゃんだ。
ボクたちはハンター試験を受ける為に、初めて二人で遠出をしていた。
海を渡って、見知らぬ港町に辿り着いて、歩いて歩いて、七日目。
ようやく試験会場を知る人を探し当て、その山小屋を発見したのだ。ここまでの道のりの大半が野宿という旅路であったが、ボクと姉ちゃんの足取りはまるで衰えちゃいなかった。チッキやオーマと『森』に行くときに比べれば、ピクニックも同然である。
日除けのように目深に被ったフードが視界を若干遮ったものの、目的地が隠れる事はなく、ボクは姉ちゃんの示す場所を誤りなく目にする。
「――?」
不意にボクは微妙な世界の変化に気づく。
空気が急に冷たくなったと感じた。
姉ちゃんも同じく変化を感じたようで、油断なく目配せをしてくる。
木々がざわざわと不気味に騒ぎ始めた。
付近の大木がバキバキッ、と大音響を轟かせ倒れる。
ボクと姉ちゃんは素早く散会し、大木が倒れた方へ構えを取る。
そこには漆黒の塊があった。
黒い鱗に全身覆われた、大蛇だ。それも、とてつもなく巨大な。
金色の目を邪悪に光らせている。どうやらボクたちを獲物だと判断したんだろう。
「姉ちゃん、ここはボクが行くよ」
「そうだね、蛇ちゃん相手だと、私の効果ないし」
頬に手を当て嘆息してみせる姉ちゃんだが、冷静に敵の戦力を分析しているらしい。
「どうするの、ニキニキ?」
「普通に殴る」
ボクは右腕をまっすぐ体の前に伸ばす。大きく息を吸い込み、その右手に息を吹きかける。
これがボクの《発》――《念》能力。
硬軟自在の息吹
己の息吹を掛けた箇所の硬度を上げたり下げたりする能力。
それほど長時間の硬度変化はできないが、使い方次第では戦闘が得意なオーマからも一本取れる力。
漆黒の大蛇を一瞥し、ボクは地面を蹴る。迅影と化し、大蛇の付近まで一気に距離を詰める。常人ならばボクを見失ってそれまでだったろうが、蛇は視覚で獲物を判断しない。蛇は熱差で獲物の居場所を見極める。
大蛇は裂けた真っ赤な口を開け、こちらをしっかりと威嚇してくる。
だが、その程度では足を止めない。
トン
軽く地面を蹴ったような音だけを残し、重力の楔を軽やかに断ち切る。高い所にある木の枝を足がかりにして、さらにジャンプ。人間離れした身のこなしで、あっという間に大蛇と同じ目線の高度にまで辿り着く。
二面的な高速移動からの、急激な三次元運動への変化。
だが、それすら大蛇はしっかりとついてきている。
漆黒の大蛇の金の双眸に、ボクの姿が映っていることをハッキリと視認する。
そして――目の前で大口を開いた大蛇が、すさまじい速度でボクを丸呑みしようと突っ込んでくる。
同時にボクは大きく息を吸い込む。
バクリ
一瞬でボクは大蛇に呑み込まれた。
こうも簡単に呑み込まれるのは計算外だったが、まるで慌てる事無く肺腑の息を一気に吐き出し、そして右腕を勢いよく振り回す。
バキリと腹の中が――割れる。
そこに渾身の蹴りを叩き込む。
大蛇の食道の一部が割れ落ち、そこからボクは脱出する。
ほぼ同時に、おぞましい苦悶の叫びをあげ、大蛇がのたうち回り始めた。
どうやら大蛇は、食道に穴を開けられた所為で、食事どころではなくなったらしい。
ボクはその大暴れのトバッチリを受けまいと、即座にその場を離れる。
「いやぁ〜〜景気よく丸呑みされた時は、死んだ、とか思ったけど、大丈夫そうだね、ニキニキ」
いつの間にか、背後に立っていた姉ちゃんがボクに声を掛ける。
「なんとかね。ちょっと驚いたけど」
それに驚く事もなく、ボクは応じる。
蛇に限らず野生の動物の弾力は恐るべきモノがある。彼らを倒すには、刃物か、大衝撃で頭部などを破壊しなければならない。それも通常の大きさの動物であれば、どうにかなるが、それが巨大動物ともなると通常の手段で倒すのはほぼ不可能といっていい。
彼らを倒せないのは、その弾力性からタフネスだとボクは経験で知ることになった。
ならば、その弾力性を奪ってはどうだろうか?
硬質化した体を破壊するのは、それほど難しくはない。
ボクが大蛇の腹の中でやった事はそういう事だ。
腹の中を硬質化させ、それ以上の硬さを持った右手で破壊する。
強力な爪や牙を持つ動物ですら破る事のできない大蛇の食道を、破壊する唯一の方法といっていい。
「ま、無事なら問題ナイッショ! いざ、山小屋へ行かん!」
姉ちゃんは明るく朗らかに大蛇を捨て置いた。
まだ暴れており、大蛇周辺に多大な被害が出ているが、姉ちゃんにしたらどうでもいい事らしい。それならば初めから相手にしないで逃げてもいいようだけど――。
まぁ、姉ちゃんがそう云うなら問題ないけど。
「うへぇ〜、案内人をやって長いけど、山のヌシを正面から戦ってやっつけたのは、アンタらが初めてだよ」
擦れた声音に振り返る。無精髭を生やしたオッサンが顎に手をやりながら、のたうつ大蛇を見やっている。毛皮を身に纏い、見るからに狩人といった風情の男だ。
「オジサンは何方サマ?」
「だから案内人だって、試験の案内役」
「山小屋の?」
「そうだよ、お嬢さん」
「ふ〜ん、証拠は?」
「証拠?」
「そう、証拠。ほら、ハンター試験って腕っ節だけじゃなくて、頭の回転も調べるんでしょ?」
「まぁ、そうらしいな。だけど、オレがそんな賢く見えるかい?」
矢継ぎ早に姉ちゃんがオッサンに話しかける。姉ちゃんが問いを発する以上、そこには意味がある事を、ボクは知っている。姉ちゃんは無駄な話は好きだが、無駄な問答は大嫌いなのだから。
「賢いかどうかは知らないけど、オジサンが嘘吐いてるもん。ね、ニキニキ?」
突然、話を振られ動揺する。
嘘?
このオッサンが?
「嘘吐いてるの、このオッサン?」
ボクの確認に姉ちゃんの表情が険しくなる。なんでワカラネぇかね、このクソジャリは、といった表情だ。
「あのね、ニキニキ。私はキミが大蛇に向かって走っていくと同時に気配を消したのよ」
精孔を全て閉じ、気配を断つ技術――《絶》を行っていたらしい。ボクは大蛇に集中していて気がつかなかったが、そういえば大蛇から脱出した後、姉ちゃんが声を掛けてくるまで其処にいる事に気がつかなかった。
「山小屋を確認してから、誰かが出てくる様子もなかったし、大蛇と私たちが戦った事を知っているって事は、このオジサンは山小屋ではなく、この近くで気配を消して私たちを観察していたってことよ、ニキニキ。それに大蛇が暴れ始めてから山小屋を出たとしたら、ここにいるのも不自然でしょ?」
「なるほど、なるほど。そういう事か。確かに、追跡をさせてもらっていたよ、その通りだ。だが、案内人である事は間違いないし、それは君たちがハンター試験を受けるにふさわしい実力を持っている事を確認する為だ」
「ふ〜ん、そうなんだ。で、私たちはどうなのかしら?」
「実力申し分なし、君たちは合格だよ」
「でも、それは証拠じゃないわ」
「かもしれんがね、時には相手の言動の真偽を見極める能力も必要だと思わんかい?」
肩を竦めオッサンが姉ちゃんを試すような視線を向ける。ボクの勘だと、オッサンは嘘を吐いていない。姉ちゃんもどうやらオッサンが嘘を吐いていないと確信しての問いのようだ。
「そうね、信じましょう。名前を聞かせて頂戴、私はロゼ、そっちは弟のニキ」
「ズィッキだ。綺麗なお嬢さんと坊ちゃん」
にやりと笑みをこぼしたオッサンはボクたちに右手を差し出し、予備試験合格おめでとう、と声を掛けてくれるのだった。
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