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異世界で幼女化したので養女になったり書記官になったりします 番外編置き場 作者:瀬尾優梨

番外編

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☆冷静な侍女と純情書記官2☆

 その日の夜。
 カスミは王城の自室のベッドに座って、真っ白な便箋を開いていた。
 几帳面な字が記されたそれは、何度も読んでいるのでもうぐしゃぐしゃになっている。内容も、もう覚えてしまった。

 手紙の送り主は、カスミの長年の婚約者――だった男。
 子爵家の息子である彼は、元は実家を立て直すために男爵家令嬢のカスミと婚約した。そこに本人同士の気持ちは一切考慮されていない。カスミはそんなもんだろうと諦めていたが、子爵家が立ち直った相手は、親同士が決めた婚約に納得がいかなかったようだ。

『伯爵家の次女と恋に落ちた。相手の伯爵たっての希望で、結婚が決まった。もう彼女は妊娠している。君との婚約を解消してくれ』

 真面目な字。彼らしさがにじみ出ていて、愛おしさを感じていたその字が、今は呪詛のようにカスミの胸を蝕んでくる。
 それでも、この手紙は捨てられない。長年の婚約を破棄され、自分よりずっと格上の令嬢を妊娠させられ、行き遅れてしまったカスミは放り出されてしまった。

 カスミは二十二歳。婚約者がいるならまだしも、この歳でフリーになってしまうと、次の相手が見つかりにくい。貴族の子息も、令嬢は若ければ若いほどいいと考えるだろう。現に、カスミの婚約者が妊娠させた令嬢もたったの十六歳だという。カスミより六つも年下の、若々しい少女。対する自分は、ぽんっと捨てられた行き遅れ。

 くくっ、とカスミは低く笑う。婚約破棄されて悲しいはずなのに、それほど哀しみは湧いてこない。
 昔のカスミなら、信じていた婚約者に捨てられて打ちひしがれたことだろう。だが今は、違う。カスミには、頼りない婚約者とは全く違う、確固とした大切な人がいる。

 レイナ・フェスティーユ。カスミの永遠の主君。大切な、親友。
 これからベルフォード王国の栄光の冠を戴くだろう彼女の側にいて、第一の侍女として彼女を一生輝かせる。愛するヴェインの隣でレイナが笑っていられるなら、何だってする。

 婚約破棄され、結婚できなくなった行き遅れになっても、もういい。実家の両親も、もう諦め半分だった。相手が伯爵家なので、男爵である両親は太刀打ちできない。
 もう、いい。レイナがこれからもカスミを頼ってくれるなら、それで十分。
 これからはレイナの侍女として、慎ましく生きていこう。
 カスミは手紙を封筒にしまい、机の引き出しに入れた。まだ、これを捨てる勇気はなかった。








「……またあなたですか」
 数日後。カスミはポケットに入っていた物を取り出して言う。

「もうそろそろ、その発情期満開の目をくり抜いた方がよろしいでしょうか?」
「わわっ! タンマタンマ! 凶器はよくない!」
「これは凶器ではありません。ペーパーナイフと言って、事務仕事のお供です」
「おまえ、それで俺の何をほじくる気なんだ! ……いや、す、すみません! だから、その、くり抜きだけは……」
 地面に這いつくばって許しを請う青年。カスミは今朝磨いたばかりのペーパーナイフをポケットにしまい、毎度懲りない茶髪の青年をやれやれと見下ろす。

「……いい加減、レイナ様も気づきますよ。変態の烙印を押される前に、やめた方がいいです」
「影から見るだけで変態になるのか!?」
「私からすれば十分変態です」
「ううう……俺の一日の幸せ成分を補給しているだけなのに……」
「レイナ様なら、書記部でもお会いしているでしょう」
「そうだけど、何か違うんだよ。ほら、あっちのレイナ嬢は書記部の制服で、こっちのレイナ嬢はドレス姿で。制服のスカートとタイツのピチピチ感もこれまたオツなんだけど……や、待って。ナイフはやめて。と、とにかく制服だけじゃなくて、ドレス姿も拝みたいんだよ!」

 瞬時にペーパーナイフを抜刀していたカスミは、鼻の脇に皺を寄せる。確かにレイナはどちらかというと体つきは丸っこくて、太ももなどもほどよく肉が付いている。書記部の制服のミニスカートにタイツ姿だと腿のラインが浮き出そうだとは思っていたが、この野獣もレイナのタイトスカート姿を狙っていたとは。

「ヴェイン様に報告ですね」
「それだけはやめてぇぇぇぇぇ!」
「もしくは、書記部の女性制服もズボン姿にするよう進言するか」
「俺の目の保養を奪わないでぇぇぇぇぇ!」
 人目も憚らず叫ぶジェレミーに背を向け、カスミはペーパーナイフをしまってポケットの中でいじくり回す。

 時間の無駄だったようだ。








 とある昼下がり。カスミは、レイナと一緒に散歩に出ていた。

「せっかくのお休みなのに付き合わせてしまってごめんなさい、カスミ」
 カスミが差すパラソルの影の下で、レイナが心底申し訳なさそうに眉を垂らす。
 カスミは笑顔で首を横に振り、少しだけずれてしまったレイナのストールの位置を戻す。

「とんでもないことです。レイナ様と一緒に過ごせることが、私にとっての何よりの休暇になりますよ」
 レイナは今日、ヴェインに贈り物がしたいからと言って街に降りることになった。彼女らの後には護衛の騎士がそれとなく人混みに紛れつつ付いてきているが、高貴な女性の側で何かと世話を焼く侍女の存在は必要だ。

 レイナは最初、時間外勤務になるので特別手当てを支給すると申し出たが、カスミは却下した。だがそれではレイナの満足がいかないらしく、かなり二人で折衷案を出した末、「レイナがカスミの分も一緒にアイスを買い、一緒に食べる」ということで妥協した。元は庶民育ちのレイナは、一方的に相手から何か施しを受けることに慣れていないのだ。
 だが、カスミはそんなところがレイナの魅力だと感じている。そしてきっと、同じことをヴェイン・アジェントも思っている。

 今日のレイナは、レモンイエローのサマードレス姿だった。肩は紐状になっているため、露わになった鎖骨を隠すために薄手のショールを巻き付けている。髪も、今日はポニーテール風にまとめ、少しだけカジュアルな感じに仕立ててみた。初夏の外出に相応しい、軽やかなデザインだ。

「今日はどのお店に行かれますか」
 カスミが尋ねると、レイナは指を折りながら数える。

「えーっと……まずはヴェイン様の隊長就任三周年のお祝いを雑貨屋で買って……それからカスミと一緒にパーラーでアイスを食べるでしょ? その後、新しくできたっていう宝飾屋さんにも寄ってみたいの。いい?」
「もちろんです。お供いたしますよ」
 そう答えると、レイナはぱあっと華やかに笑う。

「ありがとう! じゃあまず、雑貨屋に行こう! この雑貨屋はね、前にイサークと一緒に行ったことがあって……」
 ああ、とカスミは心の中で嘆息する。

 レイナと一緒にいると、心の中のもやもやが晴れていく。婚約者に捨てられたとか、行き遅れになったとか、そんなことがほんの些事に思えてくる。
 夏の太陽すら霞むような笑顔のレイナがほんのちょっとだけ眩しくて、カスミは目を細めた。
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