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異世界で幼女化したので養女になったり書記官になったりします 番外編置き場 作者:瀬尾優梨

番外編

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☆冷静な侍女と純情書記官1☆

 指先が滑らかに動く。
 迷いない手つきで本能で動いているように思われるが、脳みそは常時フル回転し、今日はどのメイクが良いだろうか、どのドレスが一番この瑞々しい肌に映えるだろうか、考えを巡らせている。
 完了したら、少し離れて「出来」を確認する。

「……ど、どうかな? カスミ」
 黒髪の女性は、恥ずかしそうに、少し戸惑ったように、首を傾げる。そんな様にも愛らしさがにじみ出ていて、思わず頬が緩んでしまう。

「とてもお綺麗ですよ。今日も自信を持ってくださいね、レイナ様」
「あ、ありがとう」
 黒髪の女性――レイナ・フェスティーユは恥ずかしげに微笑み、そわそわと自分の体を鏡を見て点検し始めた。
 そんなレイナを、カスミは化粧道具を片付けつつ、見守る。

「さあ、もうすぐヴェイン様とのお約束の時間です。今日はディナーをご一緒されて、屋敷まで送ってくださるのですよね」
「う、うん。夜中までには帰すって……」
 カスミはレイナの言葉に、深く頷いた。レイナの恋人であるヴェイン・アジェントは非常に真面目な男で、思いを通じ合ったレイナのことをよく考えている。もう二人の間に立ちはだかるものは何もなくなっても、事を急いたりしない。日中は隊長と書記官として私情を挟まず、夜が更ける前にはレイナをフェスティーユ子爵家に送り届ける。

 堅実なお付き合いをする二人を見ていてもどかしいと感じる者も多いそうだが、カスミはこれで良いと思っている。こっちの方があの二人らしいし、恥ずかしがり屋なレイナもゆっくりと愛を育んでいけるだろう。
 ……そう、自分と違って――

「そろそろ参りましょうか、レイナ様」
 カスミは笑顔を向ける。
 仕事中は決して、私的な感情を持ち込まない。特に、レイナに対しては。








 美しく着飾ったレイナを、ヴェインの元まで送り届ける。
 ヴェインに抱き寄せられ、頬にちゅっとキスされたレイナは顔を真っ赤にして抗議するが、ヴェインは涼しい顔。ややもすればレイナも諦め、ぷうっと頬を膨らませながらもヴェインの手を握る。

 カスミは、目を細くしてレイナとヴェインを見送った。彼らの姿が廊下の角に消えてから、ポケットに手を突っ込んだ。確か今日は、ちょうどいいものを入れていたはずだ。
 ポケットに入っていた手頃なサイズの小石を取り出す。道端に落ちていて、危険なので拾っておいたのだ。それを一度二度、ぽんぽんと手の中で転がしてから――瞬時、その石を廊下の反対側に向かって投げつけた。

「うぐおっ!?」
 鈍い音と悲鳴。よし、命中。カスミは肩を落とし、石を投げた方に向かう。
 そこには、頭を抑えて悶絶する若い男が。

「痛て……お、おい! 何も攻撃することないじゃないか!」
「失礼いたしました。レイナ様の方を欲情した目で見つめる獣の気配がしたので、追い払おうとしたのです」
「お、俺は発情期の動物か!?」
「違いますか?」
 やれやれ、とカスミは肩を落とす。これまでは見逃してやったのだが、今日は何となく、そう、イライラしていた。
 カスミの攻撃を喰らった男は頭頂部をさすりつつ、ブツブツ言う。

「……なんだよ。見るだけならいいじゃないか。減るもんじゃないし」
「減ります。あなたの舐め回すような下心満載の目で見られると、レイナ様が摩耗してしまいます」
「勘弁してくれよ……な? 手を出したりは絶対しないから、頼む! レイナ嬢の侍女さん!」
 カスミはズキズキ痛み始めたこめかみを指の先でさする。本当に、この男は面倒な人間だ。
 書記官で、若くておっちょこちょいだが非常に頼りになるムードメーカーだと、レイナから聞いている。純情一直線で、奥手すぎるのがアレだけど、とも。

 この男は、レイナが着飾ってヴェインと待ち合わせをする際、かなりの確率でそこらで待ち伏せている。そして、頬を赤らめて恋人の到来を待つレイナを見てでれでれとし、ヴェインと仲良さそうに寄り添う姿を見てはうるうる目を潤ませる。
 彼は特に何も喋らないし、横槍を突っ込んでくるわけでもないのだが――見ていてとにかく、鬱陶しい。レイナは気づいていないようだが、ヴェインはちらと彼の方を見ているから、分かっているのだろう。カスミも、かなり早い段階で気づいた。気づいたが、実害はないので放っておいたのだが。

「だいたい、レイナ様を欲情した目で見てどうするのですか。あのお方は、ヴェイン様の最愛の恋人ですよ」
「わっ、分かってるって! でも……いいだろ、レイナ嬢の可憐な姿を見るだけで……俺は幸せなんだから」
 そう訴える彼の目は、本気だ。マジだ。ますます頭痛が激しくなり、カスミははーっ、と深いため息をつく。

「そうですか……」
「俺だって分かってるよ! 何せレイナ嬢は、ヴェイン・アジェントとやることやってしまってるんだから」
 ジェレミーが拗ねたように言うが――
 レイナの忠実な侍女は、黙っていなかった。

「それ、どういうことですか?」
「え? えーっと……どのこと?」
「レイナ様とヴェイン様がやることやってる、という点です。情報源は?」
 カスミはずいっと青年に詰め寄る。ヒッ! と彼が怯えた声を上げるが、無視。

 気のせいでなければ、この男は今、レイナの非常にデリケートな話題に触れた。レイナの専属侍女であるカスミでさえ知り得なかったことを、この万年純情男は知っているということだ。

 まさか、書記部で噂になっている? だが恥ずかしがり屋なレイナとレイナ思いのヴェインに限って、そんな話題が噂になるとは思えない。レイナがこのことを知ったら、憤死してしまうかもしれない。
 殺気をみなぎらせて詰問するカスミの気合いに押されたのか、青年はへっぴり腰になりながら言い訳する。

「じ、情報源というか、俺の目の前でやってたし……」
「嘘つきは絞首刑に処しますよ」
「嘘じゃないって! あんな人通りの多い渡り廊下でやる方がいけないだろ!」
 渡り廊下で、皆のいる前で、レイナとヴェインが、やることをやっている。
 おかしい、とカスミは眉を寄せる。そして、尋ねる。

「……一応確認しますが。あなたの言う『やることやってる』というのは、何を示すのですか?」
「! そ、それを俺に言わせるのか!? この鬼女!」
「鬼でも魔王でも構いません。言いなさい」
「……………ス」
「聞こえません。もう一度」
「俺を殺す気か!」
「いえ、死ぬ前に確認で、もう一度!」
「悪魔!」
「いいから、早く。レイナ様にこのことをお知らせしてもよろしいのですか?」
「……」
「……」
「……キ、キス」
「………………」
「い、言っただろ! 言ったからレイナ嬢にチクるなよ!」
 わああああん! と真っ赤な顔を手で覆って泣き崩れる青年。ズキン、とひときわ巨大な頭痛の波がやってきて呻くカスミ。

「……あなたにとっての『やることやってる』というのは、キスのことなのですね」
「おまっ、そんな軽々しく!」
「何度でも言います。はい、キスキスキスキス。レイナ様とヴェイン様が愛情に満ちたキスを――」
「うわああああああ!」
 青年、制御不能。その場に体を二つ折りにして頽れ、慟哭する青年に背を向け、カスミはスタスタと歩きだした。

 時間の無駄だったようだ。
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