挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界で幼女化したので養女になったり書記官になったりします 番外編置き場 作者:瀬尾優梨

番外編

22/24

☆夢よ、風よ、この言葉を友へ☆

蛇足のような何か。
 さんさんと残暑の日光も眩しい、夏の日。
 つい一月前までは耳を塞ぎたくなるような大合唱を披露していたセミたちも、そろそろ命を終えて土に還る頃だろうか。

 黒髪の少女は、晩夏の空を見上げた。
 のっぽのマンションとビルに囲まれる空は四角形で、雲一つ残っていない。

「……ねえ、まだ見つかってないそうだよ。あの大学の、女子生徒……」
 傍らを通り過ぎる人たちが、こそこそ噂話をしていく。少女はそんな通行人に八つ当たりじみた睨みを利かせ、ゆっくりと歩きだした。








 アスファルトが日光を照り返す、大学前の交差点。
 「学生クラッシャー」の名を冠するこの交差点は、なかなか赤から青に変わらないことで有名だ。ただし、その渾名を教えてくれた少女は、もうここにはいない。

 少女は交差点に立つ。中途半端な時間なので、辺りに学生の姿は少ない。少女は交差点の前に立ち、ぼんやりと辺りを見回した。

 何の変哲もない、十字路の交差点。この横断歩道を渡ればすぐ、少女が通う大学の門が見えてくる。
 約一月前、この交差点、この位置にレポートの入った茶封筒を残し、少女の友人は姿を消した。

 行方不明が判明したのは、夜になってからだった。娘が帰宅しないことを不安に思った両親が大学に問い合わせたところ、昼過ぎに大学に向かったはずの娘は、学校に到着していなかった。
 すぐに警察に話が行き、捜索願が出た。間もなく、交差点にぽつんと残された茶封筒が発見された。植え込みのすぐ脇に落ちていたから、通行人も誰も触れなかったのだろう。
 封筒の中には、彼女が提出するはずだったレポートが入っている。締め切り間近だからと急いで仕上げていた姿が思い出される。

 捜索願が出てから、早一月。警察もお手上げなほど、まったく彼女の行方が分からなかった。目撃者も皆無。彼女の交友関係を鑑みても、何の手がかりもなし。家出かとも思われたが、彼女は行方不明になる直前に近くのコンビニに寄って母親から頼まれていた乾電池を購入していたことが分かった。家出する者が直前に、親のお遣いをするとは思えない。

 警察は、少女のマンションにも来た。よく、少女の家で遊んでいたためだ。もちろん、少女に覚えはない。だが、なんとしても友人を捜してほしかったので、知っていることは何でも教えた。それでも、何の手がかりも出てこなかったそうだ。
 少女はゆっくり踵を返した。季節はもうすぐ、秋になろうとしていた。






 その日、少女は夢を見た。

 夢の中で、友人がこちらに向かって手を振っていた。その姿は見慣れた夏の私服ではなく、少女が大好きなゲームに出てきそうな、西洋風のドレス姿だった。
 友人は、泣き笑いのような顔を浮かべていた。そして大きく手を振った後、少女に背を向けた。彼女の向かう先には、鈍い金髪の青年の姿があった。







 目が醒めた少女は、ベッドの上でぽかんとしていた。

 今の夢は何だったのか。何かの、暗示なのか。
 悶々と悩む少女は、その日の昼過ぎ、驚くべきことを耳にした。

 行方不明になった友人の両親が、捜査の打ち切りを願い出たのだ。







 少女は、オレンジ色の夕日が差し込む道を歩いていた。手には、最新型のスマートフォン。住所だけは聞いていたので、マップアプリを起動して電車と徒歩で、目的地に向かっていた。
 辿り着いたのは、ごく普通の二階建ての家。豪邸で暮らしていた少女にとっては小さな家に思われるが、ここが自分の友人が生まれ育った家だと思うと、一気に親近感が湧く。

 チャイムを鳴らすと、中年の女性が出てきた。どことなく友人の面影がある。
 マスコミや警察との対応に追われていたからだろう、彼女は少しだけ落ちくぼんだ目で少女を見つめてくる。

「……こんにちは。えっと……?」
「九条真理恵と申します。玲奈さんの友人です」
 少女――真理恵は礼儀正しく挨拶する。すると、女性は「九条真理恵」の名前に覚えがあったらしく、目を瞬かせる。

「あなたが真理恵さん! ……どうぞ、入ってください」







 真理恵が通されたのは、玄関から入ってすぐの応接間だった。棚には、幼い頃の友人のものと思われる写真が収められたフォトプレートがたくさん並んでいる。

「真理恵さんのことは、娘から聞いています」
 そう言って、友人の母は真理恵の前に麦茶入りのコップを出す。

「大学で一緒になって、よくお家に遊びに行かせてもらっていたそうですね」
「はい。玲奈さんとはいろいろと、話も弾んだので」
 そう言って真理恵はありがたく麦茶を飲む。何度か友人の水筒から茶を頂戴したことがあるが、それと同じ味だった。
 笑顔で水筒を差し出してくれた彼女のことを思うと、つんと鼻の奥が痛くなる。

「……ニュース、見ました。玲奈さんの捜索を打ち切るようお願いしたそうですね」
 真理恵が本題に切り込むと、母親は表情を曇らせた。非難されたと思っているのだろう、慌てて真理恵は首を横に振る。

「いえ、だめとかじゃないんです。ただ、理由を教えてほしくて……」
「理由、ですか」
 母親は肩を落としている。きっと警察にもマスコミにも、何度も同じ質問をされてきたのだろう。そしてその度に、何と言おうか言い倦ねた、そんな感じだ。
 しばしの沈黙の後、ゆっくり真理恵は切り出した。

「……私、夢を見たんです」
 ぴくりと、母親の肩が震える。

「夢には玲奈さんが出てきました。玲奈さんはどこかの国のお姫様みたいなドレスを着ていて、私の方に――」
「手を振って、金髪の男性の元に歩いていった――?」
 震える、母親の声。
 真理恵はこくっと唾を呑み、頷いた。

「……同じ、夢を見たのですね。私も、お母様も」
「……そう、ですね。実は、私だけではなくて、夫も、他県に出ている息子も……」
 信じられない、とばかりに母親は首を横に振る。

「まさかとは思いました。でも……夫に聞いても、息子に電話で聞いても、全く同じ夢のことを言うから……だから、家族で決めたのです。玲奈の捜索を終えてもらおうと」
「玲奈さんがどこかで生きていると……そう思ったからですか」
 真理恵がそっと問うと、母親はゆっくり頭を垂れた。

「……所詮夢だと分かっています。それでも、あの子の困ったような笑顔を見ていると――これ以上捜索を続けても、何にもならないと思ったのです。もしかしたら、あの子は私たちに伝えたかったのではないかと……」
 二人の間に、沈黙が流れる。

「それは……警察には言ったのですか?」
「まさか……夢物語だと叱られるだけだと、皆分かってましたから。だから、適当な言い訳をしてお断りしました。……何となく分かるのです。もう、二度と玲奈はここに戻ってこない、と……」
「お母様……」
 真理恵は何も言えず、声を震わせて嗚咽を漏らす友人の母親を見つめていた。








 数日後。真理恵はまた、夢を見た。

 夢の中で、真理恵は一人ではなかった。先日会った友人の母と、あと知らない男性と青年がいた。たぶん、友人の父親と兄だろうと、予想する。
 真理恵たちは四人で、知らない場所にいた。そこは真っ白な世界。四人の前方には、結婚式の衣装を羽織った男女が。

 片方は、鈍い金髪の男性だった。彼は傍らにいた女性を抱き寄せ、キスをした。誰もが憧れる、幸せな結婚式の風景だ。
 女性の方は――見間違いようもない。四人がよく知っている少女、水瀬玲奈だった。

 玲奈は、十二単のようなドレスを着ていた。髪を飾るのは、桜の花をモチーフにした髪飾り。少しだけ形は変わっているが、これが彼女の結婚式の衣装なのだろう。

 真理恵たちは気づいた。
 玲奈は今、どこか遠くで結婚式を挙げている。
 真理恵たちの誰も知らない金髪の青年に選ばれて、彼の妻になる。

 真理恵は、いつぞやゲームで見たことのあるシーンを目にして不謹慎にもわくわくしていたが、傍らにいる玲奈の男家族たちは何とも言えない目をしていた。確かに、娘や妹が知らない間に結婚していたら不快にもなるだろう。

 だが、真理恵は分かった。玲奈の父も兄も、この結婚を認めざるを得ないと。
 なぜなら、玲奈は笑っていたから。
 とても幸せそうに青年に寄り添っていたから。
 こうなったら、こちらはエールを送るしかない。

「幸せにね」

 真理恵は白い世界の中で、呼びかける。すると、青年に抱きしめられていた玲奈が驚いたように目を見開き頭上を見上げている。
 そんな友人の姿に、真理恵の涙腺が緩む。届いた。真理恵の声が、届いた。

 玲奈の家族たちも気づいたのだろう、真理恵に負けじと玲奈に呼びかけている。

「幸せに、玲奈」
「ずっと愛してるよ、玲奈」
「幸せになれよ! 玲奈!」
 玲奈の母が、父が、兄が、叫ぶ。玲奈は戸惑ったように頭上を見ている。はらはらと、その目から涙が溢れる。

 涙を拭ってあげたかった。「泣かないで」って、言ってあげたかった。
 だが、それは真理恵の役目ではない。
 それをするのは、玲奈の隣にいる青年の役目。

 だんだん、白い世界が迫ってくる。真理恵たちの体が宙に浮き、自分たちを見上げる玲奈と青年の顔がどんどん小さくなる。

「玲奈!」
 一足先に、玲奈の家族たちが霧の向こうに消えていく。最後まで足掻いていた真理恵は喉の奥がカラカラになるような感覚に囚われつつ、もう点になってしまった友人に向かって叫ぶ。

「今までありがとう、玲奈! 私……私、玲奈の友だちでいて、よかった!」

 ありがとう。
 たわいもない話に付き合ってくれて。
 愚痴や、我が儘を聞いてくれて。

 ありがとう。









 翌朝、真理恵は妙にすっきりした気持ちで起床した。
 ベッドから起き上がり、鏡に向かう。寝癖で頭はボサボサだが、頭の中は非常にクリアだ。

 ベッドサイドにあったスマートフォンが着信を促す。ちらっと見てみると、何かあったときのためにと電話番号を交換しておいた、玲奈の母親の名前がディスプレイに映っている。
 真理恵は鏡に背を向けつつ、思う。

 玲奈は、あっちの世界で頑張っている。頑張って、幸せになった。
 ならば、真理恵がすることは。

 真理恵はスマートフォンを持ち上げた。
 弱気になっていて、実家を継ぐことを疎み、趣味の世界に没頭していた自分。
 そんな自分ではいつか……いつか、再会したときに玲奈の前に胸を張って立てない。

 だったら。

「……玲奈。私、実家を継ぐよ」
 大学で勉強し直して、人生の途中でこの世界から立ち去った玲奈の分も頑張って。
 そうしたら、京都に戻ろう。嫌だ嫌だと言っていた実家に向き合い、両親と話をしよう。
 もう二度と家族と会えない玲奈の分も、しっかり生きていこう。

 真理恵は小さく微笑んだ。ころりと目尻から一粒だけ涙をこぼし、そしてスマートフォンの通話ボタンを押す。

「おはようございます、九条真理恵です。……ええ、そのことで私もお母様にお話をしたくて……」








 マンションの窓から見える世界は、どこまでも美しかった。
これにて番外編も終了です。
「完結済」マークを付けさせていただきます。
今までありがとうございました!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ