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異世界で幼女化したので養女になったり書記官になったりします 番外編置き場 作者:瀬尾優梨

番外編

20/25

☆花よ、風よ、この想いを空へ1☆

番外編もラストに向かっています。
 まだ少しだけ肌寒い、初春。
 固かった花のつぼみがほころび始め、ベルフォード王国のあちこちで春の訪れが見え始める季節。

 ベルフォード王国王都エルシュタインの郊外にある、教会。ここは、ベルフォードの傍王族や高位貴族たちが結婚式を挙げる際に愛用されるということで有名な場所だった。
 さすがに王族直系の結婚式は大聖堂で盛大に執り行われるが、王族から降嫁する王女や公爵家の婚姻、派手な式を望まない貴族などは、この緑豊かでこぢんまりとした教会で式を挙げたがっている。
 結婚ラッシュ時期になると、この教会の予約は非常に困難である。どうしても、階位が高い者から優先的に予約を取るが、場合によっては数ヶ月待ちになることもある。

 だが幸運にも、今この時期は比較的予約も空いていた。そしてこの小さな教会で本日、国内のとあるカップルの結婚式が執り行われる。









「とてもおきれいですよ、レイナ様」
 メイクセットを手にしたカスミがそう言うと、鏡に向かっていた新婦は不安顔で振り返る。

「本当に? おかしくない? ドレスに着られていない?」
「何をおっしゃいますか。そのドレスは、レイナ様のために仕立てられた物。レイナ様の美しさを存分に引き出していますよ」
 信頼する侍女に太鼓判を押され、新婦は少しだけ気持ちを落ち着かせ、鏡に映る自分の姿を見つめる。

 黒い髪に黒い目。ベルフォードの人間より色の濃い肌。のっぺりとした顔立ち。
 新婦は、この世界の人間ではない。そのため、彼女は周囲の人間とは違った自分の顔立ちにある種のコンプレックスを抱いていた。

 だが、カスミは新婦の生まれ持った顔の造形を、うまく「利用」していた。過度な白粉や頬紅は遠慮し、実年齢より幼く見える顔立ちを映えさせ、愛らしく見えるように化粧を施す。新婦の専属侍女として一年以上の経験があるカスミは、主人の美を引き立てるポイントを熟知していた。

 毛先が少し跳ねるだけの黒髪は軽くまとめるのみで、背中に垂らす。天然の黒髪の美しさを引き立てるために、香油をしっかり塗っておいた。
 ドレスは、この日のためにオーダーしたミヤノ・ブランド。五十年以上前に降臨した王妃ミナミは、新婦と同郷者。王妃ミナミのためにあるミヤノ・ブランドは、同じ「ニホンジン」である新婦の体にもしっくりと馴染む。

 色は、白を基調とした淡いもの。数枚の布地を胸元で掻き寄せ、腰は「オビ」と呼ばれる太めのベルトで締める。ベルトの下からは羽織った布地が少しずつ位置をずらしながら、天に架かる虹のようにグラデーションを掛けつつ床まで垂れる。白、薄ピンク、レモンイエロー、セレステブルー、と実に様々な色を駆使しているが、欲張りな印象は全くない。店でドレスのデザインを決める際、新郎新婦と店員とで、色見本を出しながらじっくり考えたのだ。
 すんなりした喉元には、涙形の紫水晶をぶら下げたネックレス。様々な色があったのだが、「ヴェイン様の目と同じ色だから」という理由で、新婦がこの色を選んだのだ。自分の目の色を選んでもらった新郎の胸中は、お察しの通りだろう。

「あら……カスミ、確か髪飾りを付けるんじゃ……?」
 新婦が不思議そうに問う。カスミはレイナの髪に薄手のベールだけを付け、アクセサリーセットを片付けてしまったのだ。
 カスミは顔を上げ、ふふっと小さく笑う。

「そうですね。金の髪飾りを準備していたのですが……ヴェイン様が、ご自分でご用意なさるようですよ」
「ヴェイン様が?」
 当初の予定にはなかった事案に、新婦は目を丸くする。カスミはくすくす笑い、少しだけ位置がずれてしまったベールをそっと直す。

「そうです。レイナ様をびっくりさせたいから、デザインまでは言わないでくれ、とのことです。この後ヴェイン様がいらっしゃるので、その時にご覧になれますよ」
「そ、そうなんだ……」
 髪飾りのことは気になる。だがそれ以上に、この自分のドレス姿を見せることになるのだと思うと、一気に緊張が押し寄せてくる。
 おそらく、参列者全員の前に出るよりも、緊張する。

「……きれいって、言ってくれるかな」
 新婦の呟きに、カスミは笑みを返す。

「言わなかったら、ヴェイン様の後頭部を張り飛ばします」
「っ……ふ、ふふ……そうね、お願いするよ、カスミ」
 新婦と侍女は、互いの顔を見合わせてくすくす笑い合った。









 全ての仕度を終え、カスミは他のお手伝いと一緒に部屋を出ていった。部屋に残るのは、新婦のみ。
 この後、新郎がやってきて、式の最終打ち合わせの後、新婦の父親が来る。新婦は父親に手を引かれて教会に降り、先に祭壇前で待っている新郎の元に引き渡されるのだ。

 この形式は、新婦の故郷である日本の教会式結婚式と、ほぼ形が同じだ。どうやら、王妃ミナミが自分の結婚式の際に当時の国王カイルに自国の結婚式について教え、カイルがその形式を採用したのだとか。

 新婦――水瀬玲奈、もといレイナ・フェスティーユは椅子に座り、不安な表情を隠せないまま、新郎の来訪を待っていた。
 ウェディングドレスは試着や寸法合わせのために何度か店で着てみたが、「当日のお楽しみ」と言って、新郎には一度も見せなかった。その時は、馬子にも衣装な自分の姿を見られるのが恥ずかしくて、言い訳も兼ねて言ったのだが、今になって恥ずかしさが倍増してくる。
 あの優しい彼のことだから、絶対に褒めてくれる。そう分かってはいるが、不安な気持ちは拭えない。

 永遠にも思える時の後、ゆっくりとドアがノックされる。「新郎をお通しします」と、教会の使用人が言っている。
 レイナは立ち上がった。同時に、ドアがゆっくりと開く。

 入室してきた青年は、ベルフォード王国の慣習に則って、真っ白な軍服を着ていた。彼自身背が高いため、すらりとした細身の軍服が非常に様になっている。鈍い金髪は軽く整えており、宝石のような紫の双眸は濡れたように光っている。
 レイナと違って、化粧も装飾品も皆無な彼だが、元来持っている美しさと色気が存分に引き出され、見ているだけでクラクラとしてしまいそうだ。それくらい、レイナの未来の夫は魅力的なのだ。

 彼は、じっとレイナを見ていた。見られるのがやはり恥ずかしく、レイナは真っ赤になって俯いてしまう。

「……レイナ」
「……うっ……」
「顔を上げてくれるか? 可愛い顔が見えない」

 甘く囁かれる言葉。気づけば青年は自分のすぐ目の前までやって来ており、レイナは彼に促され、ゆっくりと顔を上げた。
 吊り上がった目と、薄い唇。長い睫毛の一本一本まで数えられるくらいの至近距離。
 レイナは、彼を見ていた。同じように彼も、レイナを見ていた。

「……美しい。おまえが俺の妻となるなんて、夢のようだ」
 彼は、レイナが願った通りの言葉を囁いてくれた。そして、その場に軽くしゃがんで震えるレイナの右手を取り、そっと指先に口付ける。

「愛しいレイナ……俺はきっと、ベルフォード一の幸せ者だ」
「ヴェイン様……」
 レイナは声が震えながらも、己を叱咤する。彼は、ヴェインは、自分を褒めてくれた。ならば、自分も彼に応えないと。

「あの、ヴェイン様も……とても、格好いいです。私、あなたの奥さんになれて……本当に、嬉しいです」
「可愛いことを言うな。式の前だというのに、抱き潰したくなる」
 ヴェインは叱ってくるが、声は今にもとろけそうに甘いし、彼のゴツゴツした手がレイナの腰をさすってくる。

 彼に撫でられ、レイナの体が反応する。だが、今はまだ早い。流されてしまったら、それこそ式に出られないような痴態を晒すことになってしまう。
 レイナがぷうっと頬を膨らませて身を捩らせると、ヴェインはおかしそうに笑い、そしてふと真面目な顔になる。

「……カスミに聞いたかもしれないな。その、髪飾り」
「あ、はい。ヴェイン様が特別に用意してくださるとのことで」
 機嫌を取り直したレイナは、ヴェインが先ほどから後ろ手に持っていた箱を差し出され、目を瞬かせる。
 レイナの両手の平に乗りそうな、真っ白で正方形の箱だ。開封しやすさを念頭に置いているのか、リボンやシールなどもない。

「……これを、私に?」
「ああ。……開けてみてくれ」
 ヴェインに促され、レイナはドキドキしつつ箱に手を掛ける。心なしか、ヴェインも声も緊張しているようだ。

 絹のグローブが填った手で、そっと箱の蓋を持ち上げる。その中から覗かせた物体を見て――レイナは、息を呑んだ。

「ヴェイン様……」
「……その、おまえはきっと、この花の形に見覚えがあるんだろう?」
 ヴェインの声はいよいよ不安を隠せないように震えている。レイナは何も言えず、彼の指先によって持ち上げられた髪飾りを凝視する。

 髪飾りには、銀製の花があしらわれていた。五枚の花弁で、花弁の先が切り取られたかのようにV字型に割れている。銀の枠組みの中に、色つきガラスでボディを填め込まれている、その色は薄ピンク。
 大きい花が一つ、その脇に小さめの同じ花が二つ、空から舞い降りたかのような角度で取り付けられており、台座にはレイナの頭の形にフィットするように曲げられた銀のバレッタが付いている。

 その、ピンク色の花は。ベルフォード王国――否、この世界のどこを探してもおそらく見つからないだろう、幻の花。

「……どうして、これを……?」
「……それは、おまえの精霊たちがよく知っている」
 ヴェインが言うと、レイナの足元からひょっこりと、猫と鳥の精霊が姿を現した。今日は式だから、レイナの中で大人しくしようとしていた彼らも、ヴェインに促されて出てきたようだ。

『隠していてごめんね、玲奈。ヴェインとの約束なの』

 猫の方が言い訳をしたため、レイナは驚いて猫を見下ろす。

「約束って……え? でもヴェイン様、この子たちと話ができないんじゃ……」
「俺は確かにこいつらの言うことは分からないが、俺の言いたいことは伝わるようだからな」
 そう言ってヴェインと精霊たちが教えてくれたことによると。

 ヴェインはレイナに花をあしらった髪飾りを贈ろうと、自邸の書庫で花の図鑑を見ていた。するとそこに、レイナの契約精霊である二匹が現れた。その時、レイナは別の部屋にいたため、こっそり抜け出てきたのだという。
 精霊たちはニャアニャアチュンチュン鳴きながら、図鑑のページを繰るヴェインの手に猫パンチしたり嘴の先でページをめくったりすることで、レイナの故郷に咲いている花の特徴を教えた。これなら絶対にレイナは喜ぶと踏んだ上で。

 ヴェインは彼らの言わんとすることを察し、王国内に生えている花の様々な特徴を切り貼りし、色も選び、この世界には咲かない幻の花のデザインを仕上げた。そして精霊たちの合格をもらった上で、細工師の元に行って髪飾りの注文をしたのだという。

 レイナは彼らの話を聞きつつも、ヴェインの手の中にある髪飾りから視線を外せなかった。先が割れた薄ピンクの五枚の花弁。その名は――

「桜……」
「サクラ、と言うのか。慎ましくて愛らしい、レイナのような花だな」
 ヴェインは微笑み、腕を持ち上げた。ベールだけで飾りのないレイナの黒髪にそっと、桜の髪飾りが差し込まれる。

 ぱちん、と音を立てた後、ヴェインは角度を調整するように数度位置をずらした後、よし、とレイナの肩に触れる。
 レイナは彼に促され鏡に向かった。そこには、十二単をモデルにしたミヤノ・ブランドのドレスを纏い、桜の花をちりばめた髪飾りを付けた、黒髪黒目の女性が。
 何も言えず固まったレイナの肩を抱き、同じように鏡に映るヴェインが優しくレイナを見下ろす。

「……おそらく、俺の力では本物のサクラを咲かせることはできないだろうし、おまえをチキュウに返すこともできない。俺は、おまえを故郷や本当の家族からも奪ってしまった。もう、本物のサクラを見ることもできないだろう。だから、その分一生を掛けて、おまえを愛する」
 レイナは驚いたように顔を上げた。そこにあるのは、優しく微笑む最愛の人の顔。

「……俺を見つけてくれてありがとう、レイナ。この世界に残ってよかったと、そう思えるようにしてやる。愛してる、レイナ」
 レイナの唇が震える。少しだけアイラインを引いた目尻に涙が浮かんだため、ヴェインは急いでハンカチでレイナの目元を拭う。

「すまない、式前の花嫁を泣かせるなんて……」
「違うんです……」
 レイナはハンカチを持つヴェインの手をそっと、握る。

「嬉しいんです。ヴェイン様が、そこまで想ってくださることが……とても、嬉しいんです」
「レイナ……」
「私も愛してます、ヴェイン様。幸せに……してくださいね?」

 鏡の前で、新郎新婦は静かに抱き合った。
 柔らかな日光を受けて、新婦の黒髪を飾る銀細工の桜が、きらりと輝いた。
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