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異世界で幼女化したので養女になったり書記官になったりします 番外編置き場 作者:瀬尾優梨

番外編

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☆ジェレミーの初恋☆

 その日、俺は同僚のレンと一緒に小遣い稼ぎと礼法の勉強を兼ねて、夜会の給仕のバイトをしていた。
 きらきら輝く眩しい会場を、給仕のお仕着せを着た俺たちは練り歩く。俺はわりとこういう場面に慣れているけれど、隣にいるレンはそうもいかないみたいだった。

「……びくびくしすぎて食器を落とすなよ、レン」

 廊下をカートを押してレンと一緒に歩く。レンがさっきから黙りで何か考え込んでいるようだから、俺は声を掛けた。たぶん、ちっこいこいつは夜会の給仕に不安があるんだろうな。
 レンは顔を上げて、強ばった笑みを浮かべた。馬鹿が。強がってるけど、唇が青い。

「大丈夫ですよ。僕も、たくさん勉強したいですし」
「無茶すんな。おまえの努力は誰もが知っていることだ」
「ありがとうございます。……これも今後のためですから、頑張ります」

 しゃきしゃきと答えるレンは――本当にこいつ、子どもか? って常々思う。書記官としての才能はもちろん、言葉の端々から、大人の余裕と知性が感じられる。ぶっちゃけ、俺の方がいろいろ年下なんじゃないか? とも思えたり。

 ……あいつには、敵わないな。本当に。






 給仕途中、レンをまたしても見失う。あいつ、背がちっこいからすぐに人波にのまれてしまう。誰かの尻にぶつかって吹っ飛ばされてるんじゃないかと、気が気じゃない。
 俺のカートに乗せていた食材が全て出払った。やれやれ。それじゃあ、優秀な善き友を探しに行こうか――

 そう思ってカートの向きを変えた俺だけど、会場の雰囲気が変わったため、足を止めた。
 ……何だ? 皆、同じ方向を向いているようだけど――

 ――え?

 俺の手が、カートの持ち手からずり落ちる。俺の目は、他の奴らと同じく、ある一点に釘付けになる。
 螺旋階段の踊り場にあったドア。あのドアが開いたところは見たことがないから、何のために使うドアなんだろうと常々思ってたけど。そのドアが開いて、女性が二人、階段を下りてきた。

 片方は、言わずと知れたベルフォード王国王妃エデル様。見事な金髪に、ボンキュッボンが際立つドレス姿。やっぱいつ見ても美人だ。
 でも――俺は王妃様より、その隣にいる女性に目を奪われた。

 真っ黒な髪。約五十年前の王妃ミナミのリスペクトで謎の黒髪ブームが流行ったこともあるそうだが、彼女の髪は、あれは地毛だ。染め粉で染めた場合と地毛では明かりの下で見たときのテカり具合が違う。レンと同じ地毛の黒髪だ。
 着ているドレスは――あれは確か、ミヤノ・ブランドだ。むちゃくちゃ着こなすのが難しくて、黒い髪でないと絶対におかしくなる。それをその女性は、見事に着こなしていた。
 緊張しているのか、怖がっているのか、目は伏せ気味で、傍らにいる王妃様の腕にしがみつくようにして、階段を下りてくる。

 俺の周りの奴らも、彼女を見てひそひそ話をしている。あれは誰だ? 王妃様と一緒に登場なんて。見事な、黒い髪だ――
 女性が、歩く。王妃様の手が離れて一人、こっちに向かってやって来る。

 ――どくん、と心臓が大きく脈打つ。

 可愛い顔をしていた。超絶美人、ってわけじゃないけど、丸顔に小振りな顔の造りで、年齢はよく分からない。たぶん、俺より四、五歳くらいは年下だろうな。
 俺のわりと近くまで来た――と思ったら、奥の螺旋階段からマーカス王子が駆け下りてきた。王子の目的は何も聞かずとも分かり、俺たちは慌てて道を開ける。

 黒髪の女性の前まで来た王子は、その場で速攻愛を囁いている。すんなりした細い手を取って、その手首の血管に沿うように口付けて……くーっ! 初っ端から独占欲丸出しの王子だな! う、う、う、うらやましいっ!

 ……ん? 俺、王子がうらやましい……?
 困ったように目を伏せていた女性だけど、顔を上げた際――ばっちりと、俺と目があった。

 ――うわ。

 恥ずかしいのか、すぐに顔は反らされたけど。

 ……まずい。
 女性は王子に何か言って、だだだだ! と会場を猛疾走して出ていってしまう。令嬢なのに足速ぇな、とぼんやり思いつつ、俺はふらつきそうになる体を、カートの端に手をやることでなんとか支える。

 まだ、胸がどくどくとうるさく鳴っている。
 目を閉じれば、真っ直ぐこっちを見つめてきた漆黒の眼差しが今でも、鮮明に思い出されてきて――

 俺はカートをひっ掴んで、可及的速やかにその場から退散した。途中、会場警備係の書記官仲間にぶつかりそうになりつつ、足がもつれそうになりながら、使用人用の廊下に飛び出す。
 ひんやりとした人気のない廊下。俺はカートを反対側の壁にぶつける勢いで廊下にまろび出て、その場にしゃがみ込んだ。よく頑張った、俺の足。

 ……それでも、俺の心臓はまだ落ち着いてくれそうにない。
 濡れたような黒い目が、まだ俺の脳裏に焼き付いている。マーカス王子とやり取りするときに聞こえたアルトボイスが、俺の耳に甘く囁いてくる。

 これは……何だ?
 今まで何百人という女と接してきたのに……こんな思い、初めてだ。

 艶やかな黒髪に触れたいと思った。
 あの黒い目に、俺だけを映してほしいと思った。
 ちらりと覗く肌に、触れてみたいと思っ

「うがああああああああ!」

 ななななななな! 何を考えているんだ、俺!
 俺は廊下の真ん中で天を仰ぎ、髪を掻きむしる。

 いかんいかん! 相手は年端もいかないデビューしたてと思わしき令嬢だ!
 しかも、あの王妃様のエスコート付きだ! マーカス王子にも口説かれるようなご令嬢だ! 俺みたいな泥臭い男がけ、け、けけけけ懸想していいはずがない!
 いいはずがない、けど……。

 俺はゆっくり、顔を上げた。さっきぶっ飛ばしてしまったのか、カートが横倒しに倒れている。
 ……もし俺がカートを押してへこへこごまをするようなバイトの給仕じゃなかったら。もう少し身分があって、あの会場に賓客として招かれるような人間だったら。
 さっきの令嬢に、声を掛けられただろうか。
 マーカス王子のように、手を取って、王子みたいにき、きききききキスしたり、できただろ

「うわあああああああああ!」
「……さっきから何やってるんだ、ジェレミー」

 再び天を仰いだ俺。斜め後ろから掛かってくる冷静な声。
 あ、この声は。

「……今日は中の当番だろ? カートを戻して早く……」
「クライドっ!」

 レンほどじゃないけど、善い友が来た!
 俺はぐるっと振り返るなり、そこにいた同僚に抱きつく。

「クライド! 俺を助けてくれ!」
「とりあえず離れてくれないか。僕はこういう趣味はないんで」
「頼む! 迷えるジェレミーに愛の手を!」
「分かったから、離れて」
「おう! ……あのさ、俺、今自分でも自分がよく分からなくて」
「ふうん? 聞くだけなら聞くから、言ってみなよ」

 クライドは冷静にそう言ってくれた。さすが! 基本的にむちゃくちゃ塩対応でこっちのハートがブレイクすることばかり言ってくるクライドだけど、持つべきものは友だち!

「あ、ありがとう! ……実は俺、さっきから様子がおかしくて」
「ジェレミーがおかしいのはいつものことだろ」
「いつもに増してなんだ! 実は――」








 俺の教訓。
 真面目な話をクライドにすべからず。






「ジェレミー、聞いたぞ! おまえ、昨日の夜会で出会った謎のお嬢さんに首っ丈らしいな!」
「なっ! ど、どこで聞いたんスか!?」
「クライド情報。悩めるジェレミーに愛の手を差し伸べよう、と言って皆に相談して回ってたぞ」
「……く、くくくくクライドーっ!」







「……なあ、クライド。相談があるんだが」
「そうか。僕にできることなら何なりと」
「……ああ。実は俺、黒髪の令嬢に手紙を書こうと思っていて――」








「ジェレミー、聞いたぞ! おまえ、夜会で見かけたお嬢さんにラブレターを書いたそうだな!」
「なっ! なぜ、それを?」
「クライドから。あいつ、ジェレミーが手紙の内容に困っているだから皆で知恵を授けよう、と言って相談して回ってたぞ」
「……ま、またかぁ! クライドォォォ!」






「ジェレミーはまず、恋愛のイロハについて、それから僕をあまり信用しすぎてはいけない、ってことを勉強すべきだろうね」

 後日、クライド・ゼットはニヤリと笑いながらそう語ったそうな。
誰か、ジェレミーくんに愛の手を。
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