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異世界で幼女化したので養女になったり書記官になったりします 番外編置き場 作者:瀬尾優梨

番外編

16/25

☆王国最強の婚約者たち3☆

 アジェント家の屋敷で悶着が起きている、その頃。

「どうもありがとう、おじさん!」
 レイナは意気揚々と、文房具屋から出る。書記部でいつも世話になっている禿頭の文房具屋店主が、満面の笑みで手を振ってレイナを送ってくれる。
 今日も大収穫だ。メイドの言っていた通り、かなりの品が値引きされていて大変お買い得だった。値引きの広告に釣られ、ついつい可愛らしい文具まで買ってしまった。

「マスキングテープがあればなぁ……いつかあんなのも、この世界にできるかな?」
 腕一杯に紙袋を抱えたレイナはご機嫌だ。財布は寂しくなったが、後悔は一切ない。
 いつの世界でも、買いものは楽しい。欲しいものが値引きされてお得に手に入ったら、なおさらだ。

 大通りは相変わらずうっすらと白く煙っていて、いつもなら大通りの先に聳える王城が見えるのだが今日は霧に包まれている。既にレイナが着ている上着もしっとりと湿ってきているが、白く煙ったエルシュタインの町並みもなかなか壮観だ。
 大通りを大型馬車が通り過ぎていくのを見送り、レイナは通りを渡った。

「ふんふーん……ん?」
 通りを渡りきったところで、レイナはふと足を止める。
 彼女の背後数メートルの所には、数人の男たちが息を潜めて隠れていた。








「よ、余裕なのね。それとも、婚約者の節操なんてどうでもいいというの?」
 ユリエンヌが問うと、ヴェインは緩く首を横に振った。

「余裕なのは確かだが、レイナが心配なのは事実だ。だが、おまえは自分の心配をした方がいい、ユリエンヌ」
「まあ、そんなこと言って。わたくしは、あなたの婚約者になれたら……」
「お断りだ。なるわけない。さっさと実家に戻れ」
「……そう? でも、残念ね。もう、あなたの婚約者を襲う時間が来てしまったわ」
 ユリエンヌは従者が指しだした時計を見て、薄く笑う。ということは、彼らはレイナが屋敷を一人で出るのを確かめ、ユリエンヌがヴェインと交渉する時間を考慮して部下に玲奈を襲うよう指示を出したのだろう。相変わらずゲスな手を使う、とヴェインは嘆息する。

「そうか、それは残念だ」
「っ! だから早く、わたくしとの婚約届を書いて……」
「断る。俺はレイナ以外の女を娶るつもりは毛頭ない」
 ヴェインは笑う。自信に満ちた、彼らしい笑顔だ。

「そういうわけで、そこの従者。さっさと部下たちに撤退命令を出した方がいいぞ」
「何っ……まさか、護衛の騎士でも付けていたの!?」
「騎士は付けていない。あいつは身軽に買い物に行くのが好きなんでな。だが――」
 そこでヴェインは口を閉ざし、窓の外を見た。釣られてユリエンヌもそちらを見――
 ばたばたばた、と忙しない足音。けたたましい音を立てて外から開かれる、ドア。

「ヴェイン様っ!」
 真っ白な霧の粒子を纏わせたまま乱入してきたのは、黒髪黒目の女性。ヴェインが心から愛する婚約者。

 ぽろり、とユリエンヌの手から扇が滑り落ちる。ヴェインはそんなユリエンヌには構わず、立ち上がって大股で歩み寄り、しかとその腕に愛する人を抱き寄せた。

「無事だったようだな、よかった、レイナ」
「ごめんなさい、ヴェイン様……」
 レイナはくぐもった声で謝罪する。何を謝るのか、と一瞬ヴェインは不安で胸を鳴らせたが。

「こ、この女! どうやってあいつらを……」
「あっ、あなたですね、あの人たちをけしかけたの!」
 ぐるっとユリエンヌの方を見るレイナ。憤りかけたユリエンヌは、真っ黒な目で見つめられて怯む。

「な、何を言ってるの……」
「あの、ごめんなさい。手加減はしたんですけど、でもちょっと大変なことになって……」
「レイナ?」
 ヴェインが名を呼ぶと、レイナはしゅんと項垂れる。その直後――

「おじょ、おじょ、お嬢様ぁぁぁぁぁ!」
「助けてくださいいいいい!」
 バタバタバタドカン! と玄関ですごい物音と、男たちの悲鳴が。様子を見に来たらしいメイドたちが何かを怒鳴っているようだ。
 ユリエンヌの唇が青く震えている。やはり、あの野太い声に聞き覚えがあるようだ。

「何……どういうこと……?」
「そのぉ……話せばちょっと長いんですけど……」
 レイナがおずおずと言った、直後。
 レイナが先ほどドアを開けたままだった応接間に、男たちがなだれ込んでくる。どれも、ユリエンヌが雇った部下だろう。

 ……それはいいのだが。

「ぎっ、ぎゃああああああ!?」
 凄まじい悲鳴を上げたのは、ユリエンヌ。彼女は乱入してきた部下を見、目をぐるりと回転させ、その場にばったり倒れてしまった。

「お嬢様!?」
「おい、お嬢様が倒れたぞ!」
「つ、連れて帰るぞ!」
 男たちはドカドカと入室し、気絶したユリエンヌと、同じく座ったまま放心状態の少年従者を担いで、去っていった。

 ……普通なら、ヴェインがすぐさま彼らを叩きのめし、警備に突き出していただろう。だが――

「……なあ、レイナ」
「は、はい」
「なんであいつら……ほぼ全裸でしかも頭がアフロなんだ?」
 ヴェインが呆然と聞く。そう。屋敷に突入してきたガタイのいい男たちは、全員下着一丁でしかも、頭髪がチリチリに焦げてアフロ状態になっていたのだ。

 下着一枚で寒空の中を走ってきたのだろう、男たちは涙目で、レイナを見るとびくっと身をすくませ、一目散に逃げていった。

「……メルヴィン、警備に通報してくれ。ユリエンヌの実家を囲ませろ」
 ヴェインは慌てて駆けつけてきた執事に命じ、メイドには玄関と応接間の掃除を指示した後、さて、と腕の中の婚約者の顔を覗き込む。

「……説明してくれるか?」
「……ハイ」








 買いものを終えたレイナは、自分の後に怪しい人影が迫っていることに気づいた。というのも、レイナの中で休憩中のミーナと、レイナの肩に止まってただの小鳥の振りをしていたティルが教えてくれたのだ。

『後に敵。たぶん、玲奈を捕まえて裏路地に連れ込もうとしている』

『数は、五人。みんなナイフを持ってる。精霊は、いない』

『……どうする? ミーナとティルで退治できる?』

 レイナは背後の敵に気づかれないよう、ウインドウショッピングをしているふりをしつつ尋ねる。

『全然余裕。一瞬で丸焼きにするよ』

『丸焼きはやめて。……うーん。私を襲う理由、知っておいた方がいいかな。ミーナ、囮頼める?』

『任せて』

 レイナは急ぎ、店と店の隙間の路地に身を滑り込ませる。そしてレイナの足元から出てきたミーナが瞬時に、その姿をレイナに変えた。
 ずっと前に一度したっきりの、ミーナの変身術。私に化けているミーナは、喋ることはできないけど姿は私とまる同じ。相手が精霊持ちじゃないなら、見抜かれることもない。

 レイナにウインクを寄越して、ミーナはするりと路地から出ていく。レイナはティルに頼んで、ひっそりと店の間に隠れておく。間もなく、ミーナの後を追ってぞろぞろと五人の男たちが通り過ぎていった。誰も、路地裏に隠れるレイナの存在には気づかない。

『玲奈、そっちの路地から店の裏を回ってこっちに来て。あいつら、その路地に連れ込むみたい』

 ミーナの言葉が聞こえてくる。レイナは頷き、ティルと一緒に路地を進む。
 店と店の間を歩いていると、すぐに男たちの怒声が聞こえてきた。「大人しくしろ!」とか、「さっさと縛れ!」と言っているようだ。

『よし、ミーナ。戻ってきて』

『了解!』

 レイナは路地に足を踏み入れた。同時に、五人の男に拘束されていたミーナの姿がふわりと消え、次の瞬間には猫型に戻ったミーナがレイナの足元で伸びをしていた。
 いきなり目の前で対象が消え、しかも自分たちの背後に移動しているものだから、男たちはぎょっとしてレイナを振り返り見た。

『玲奈、伝言。今、ヴェインの所に行ってきた』

『ヴェイン様、何て?』

 レイナはじりじりと男たちに詰め寄りつつ、ティルに聞く。男たちはレイナが精霊持ちだと知らなかったのか、一斉に逃げようとしたがミーナが作った結界に阻まれ、全員無様に倒れ伏す。

『とりあえずヴェインの足にスリスリして、玲奈の安全は伝えた。そうしたら、後が困るから手加減はしてやれ、って』

『……なるほど。ヴェイン様の方は?』

『知らない女と一緒だった。玲奈のことで脅していたけど、ティルに指示を出した後は、ヴェイン、強気になってた』

 なるほど、とレイナは頷く。さしずめ、ヴェインに執着する女性がレイナに追っ手を仕向け、あれやこれやさせている間にヴェインを脅す算段だったのだろう。
 だが残念。レイナにお供の騎士はいないが、最強の精霊が二匹も、側にいたのだ。

「さて……じゃあ、どうするかね?」
 レイナはわざとらしく明るい口調で言う。地面に倒れ込んだ男の一人が怒りで立ち上がるが、ティルがちょこっと翼を動かしただけで足を滑らせ、顔面から地面に激突する。

「このままだったらあなたたち、丸焼きになっちゃうわねぇ……」
「か、勘弁してくれ! 俺たちは、お嬢様に命じられて……」
「おい、馬鹿!」
 既に降参モードの男が涙目で白状しようとすると、別の男がその口を塞ぐ。レイナはやれやれと肩を落とし、ミーナを抱き上げてほい、と男たちに差し出す。

「ヴェイン様が関係しているのですね? あなたたちが知る限りのことを、教えてください。手荒なことはしたくないので……」
 レイナに差し出されたミーナが、かぱっと口を開いている。その口の奥でめらめらと炎が踊っているのが、男たちも分かったようだ。

 後は簡単だった。
 男たちはその場に這いつくばり、全てをぶち明けてくれた。曰く、商家のお嬢様に仕えていて、お嬢様がヴェインと結婚したいから脅しのため、レイナを捕まえて襲うように仕向けたと。純潔さえ失えばヴェインも愛想を尽かすはずだからと。

 あまりの内容に、レイナの顔が歪む。つまり、レイナがもし精霊持ちでなかったらこの男たちは、レイナに性的暴行を加えるつもりだったのだ。

「……た、頼む! 命だけは……!」
「あ、はい。命だけは、助けてあげます」
 やれやれ、とレイナは肩を落とし、ミーナを床に下ろす。

「……ミーナ、ティル。ヴェイン様に言われたように、『手加減はしてやって』ね」
 レイナが命じた直後、嬉々として猫と鳥が男たちに向かって飛びかかる。そして――
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