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異世界で幼女化したので養女になったり書記官になったりします 番外編置き場 作者:瀬尾優梨

番外編

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☆王国最強の婚約者たち2☆

 レイナが出ていった屋敷は、それだけで気温が数度下がったかのように思われ、寒々しい。レイナの後ろ姿が門をくぐって見えなくなるまで見送り、ヴェインは部屋の隅に積んでいた薪を手に取り、暖炉に放り投げる。

「ヴェインぼっちゃま」
 揺れる炎を見つめていると、ドアの外からしわがれた声がする。何度叱っても懲りずにヴェインのことを「ぼっちゃま」と言う人間は、一人しかいない。

「……何だよ」
「お客様からの先触れが届きました」
 そう言って部屋に入ってきたのは、老年の執事。ヴェインの祖父の代からアジェント家に仕える彼は、ヴェインごときの叱咤ではびくともしない。それは兄のゲアリーも同じだ。あの兄に冷めた笑みを向けられても動じないのは、この世ではもうこの執事しかいないだろう。
 執事が持っている小さな封筒を見て、ヴェインは怪訝に眉を寄せる。

「お客? 今日は来客の予定はないはずだが」
「おっしゃる通りです。しかし、ヴェイン様にお目通り願いたいと、つい先ほど使者が参ったのです」
 ヴェインは不審顔を緩めることなく、執事から手紙を受け取る。表面には女性の字で「ヴェイン・アジェント様へ」とあり、裏返すと――

「……なんで、今になって」
 ヴェインは苦々しく呟いた。









 来客は、手紙にしたためられていた通りの時間にやってきた。

「お久しぶりですね、ヴェイン?」
 アジェント家屋敷の応接間に通された美女は、そう言って妖艶に笑う。対するヴェインは白けた表情で腕と脚を組んでおり、適当に美女に返事をする。

「……で? 今になって何をしに来た」
「嫌だわ、それが昔の恋人に対する態度なの?」
 口では責めつつも、美女の顔は笑っている。彼女は傍らにいた少年従者から扇を受け取り、赤く塗られた口元を覆い隠す。

 塔のように結い上げた髪は、眩しい銀色。夜半の月のような細い目は澄み渡ったグリーンで、目元のほくろが印象的だ。
 胸元は今にもはち切れんばかりで、肉感的な肌がドレスの生地を押し上げている。この寒いのに、胸元と肩を晒す意義が、ヴェインには分からない。
 ヴェインはあからさまに顔をしかめ、片頬を引きつらせる。

「ああ、今ではおまえと少しの間でも関わりを持ったことを心底恨んでいる。昔の俺を殴り倒したいくらいだ」
「そんなこと言って。本当はわたくしに会えて嬉しいくせに?」
「まったく嬉しくない。時間の無駄だから、早々にお引き取り願いたい」
「嫌よ。だってわたくし、あなたにお話があって来たんですもの?」

 ヴェインは昔から、この女性の口調が嫌いだった。アリーシャに捨てられたと思いこんでいた自分は、数年間、女性関係でも自暴自棄になっていた。その時出会った女性の一人が、この美女だ。
 香水臭いし化粧は濃いし、尋ねているわけでもないのに語尾を上げるこの口調は最初から気に入らなかった。何となく彼女と付き合ったが、ものの数日で疲れてしまったのが、今から三年ほど前。
 美女は確かヴェインより二つほど年上だったから、もう二十代後半に突入しているはずだ。

「ねえ、ヴェイン。わたくし聞きましたのよ? あなた、子爵家の養女と婚約したそうですわね」
「そうだ」
「わたくし、それを聞いてあなたが哀れで哀れで仕方なくて……だって、そうでしょう? 『異世界の乙女』とやらでちやほやされている割に、あんなに貧相でみすぼらしい顔立ちの娘ですもの? ヴェイン、きっと陛下に処理を任されてしまったのね……」
「今すぐその言葉を撤回しろ。さもないと、二度と夜会に出られない身にしてやる」
 ヴェインは腰に下げた剣も抜くことなく言う。だが、彼は本気だ。
 美女の隣にいた従者が顔を上げ、威嚇するようにヴェインを睨むが、美女の方が少年従者を止めた。

「おやめなさい、アルフレッド。ヴェインの実力は本物よ」
「相変わらず年下趣味のようだな、ユリエンヌ」
 ヴェインが吐き捨てるように言う。またしても憤った少年従者の腕を引いて彼を宥め、美女ユリエンヌは艶やかに笑う。

「それにしても……意外ね。あなた、女性に対してはもっと冷酷だと思っていたのに、婚約者に対してはそれほど過保護になるのね?」
「当たり前だろう。俺が愛して婚約者になってもらった女性だ」
 そろそろ疲れてきた。ヴェインはなかなか出ていく気配のないユリエンヌに殺意を抱きつつ、冷静に言う。

「特に用もないのに男の屋敷に転がり込むなんて、おまえの外聞も悪くなるだけだ。さっさと帰れ」
「あら、それでしたら問題なくてよ?」
 話の核心に触れた、と言いたげにユリエンヌは笑い、ずいっと身をヴェインの方に寄せる。

「今ここで、婚約破棄をしてくださいな、ヴェイン。そうしてわたくしとヨリを戻してわたくしを婚約者にすれば、何の問題もなくてよ?」
「ありまくりだ。断る。帰れ」
「つれないのね……いいの? わたくしがかつてのあなたの恋人で、あなたが大切にする婚約者よりずっと、あなたのことを知り尽くしているって……」
「レイナはもう知っている。有名な話だからな。それに、俺たちの婚約は国王陛下も承諾なさったことだ。レイナは今や、国内随一の重要人物。俺たちの婚約は、簡単に破ることはできないし、するつもりもない」
 ユリエンヌの発言は大体予想通りものだったため、ヴェインは重いため息をつく。昔からこうだ。自分の都合が悪くなったら、この女は擦り寄ってきた。自分に利益がないと知ると、あっさりと親しい者でも足蹴にして捨て去る。

 社交界にはユリエンヌの取り巻きもいるが、全員ユリエンヌからの報復を恐れて従っているだけだ。ユリエンヌの実家は裕福な貿易商だが、金はあっても爵位はない。固い身分制度が敷かれたベルフォードで、ユリエンヌの発言力はそれほど強くない。だから彼女が従えるのも、自分より立場の低い家の娘ばかりなのだ。
 婚約してしばらくして、レイナに昔のことを打ち明けた。レイナは強ばった顔をしていたが、全て受け入れてくれた。「私が最後の女ですよね?」と少しだけ拗ねたように言われた日には、彼女の口元がドロドロになるまでキスの嵐を降らせたものだ。

 全てを乗り越えたヴェインにとって、ユリエンヌの攻撃はどれも、ダメージにならない。それどころか、私情を剥き出しにして詰め寄るユリエンヌを見ていると、いかにレイナが清楚で欲がない、心優しい女性であるかが再確認できる。
 ユリエンヌも、ヴェインが全く靡いていないことに気づいたのだろう。彼女はソファに座り直し、「仕方ないわね?」と薄く笑う。

「こうなったのは、あなたがいけないのよ、ヴェイン? あなたの愛おしい人は複数の男にたらい回しにされるかもしれないのよ?」
「……何?」
 そこで初めて、ヴェインの表情が揺らぐ。ユリエンヌは勝ち誇ったように扇を閃かせ、笑った。

「可愛そうに……純潔を失えば、もうあなたの元に嫁には行けないわね。それどころか、子爵家からも追放されるかも……」
「今すぐおまえの部下を撤退させろ」
 ヴェインは立ち上がって、剣先をユリエンヌに向ける。瞬時に抜刀していたヴェインは、紫色の目に確かな怒りと殺意をみなぎらせ、ユリエンヌを睨め付ける。

「さもなくば、ここがおまえの墓場となる」
「まあ、そんなことしていいの? わたくしを殺せば、本当にあなたの婚約者は助からなくってよ?」
 剣を向けられても、ユリエンヌは動じない。レイナのことを思うなら、ヴェインが強行手段に出られないことも、計算しているのだろう。
 ユリエンヌの隣にいた従者が、持っていた時計を見る。

「……あと、五分」
「ですってよ? ほら、あなたの婚約者がきれいな体でいてほしいなら、決断してくださらない?」
 ヴェインの剣が、下りる。そのまま彼はゆっくり、ソファに腰を下ろした。

「……頼む。手加減だけはしてやってくれ」
「婚約者の命乞いですの?」
「そうしないと、後が困るからな。……ああ、命乞いなんかじゃない。俺は、この程度では屈しない。もちろん、レイナもな」
 そう言うヴェインは、落ち着いていた。それを見たユリエンヌは、わずかに身を震わせる。

 なぜなら、最愛の人の危機だというのに、ヴェインは明らかな笑みを浮かべていたのだから――
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