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異世界で幼女化したので養女になったり書記官になったりします 番外編置き場 作者:瀬尾優梨

番外編

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☆王国最強の婚約者たち1☆

 窓の外は、うっすらと白く煙っている。
 ベルフォード王国王都エルシュタインは、この時期になると屋外が白く煙ることが多い。一昔前は「冬の女神が怒っている」と人々は慌てたものだが、今から五十年以上前の王妃が「これは、冬特有の霧ですね」と説明してからは、濃霧で慌てる者もいなくなったという。

 ヴェインは肘掛け椅子に深く身を埋め、手に持った書類をいくつか、ぱらぱらとめくっていた。部屋には暖炉が焚かれ、オレンジ色の光がヴェインの研ぎ澄まされた美貌を明るく照らしている。

 ここは、エルシュタイン郊外にあるヴェインの実家、アジェント伯爵家の私邸。家主である兄は現在、王国内の別宅で暮らしているため、実質家主はヴェインと言っていい。
 獲得したしばしの休暇を、ヴェインはこの私邸で過ごしていた。屋敷が抱えている使用人は、ほんのわずか。持ち帰り仕事をすることが多いヴェインのサポート役である老年の執事と、料理人が一人。洗濯掃除をするメイドが二人いるだけだった。

 一年の大半を王城の騎士団区で過ごすヴェインは、基本的なことはひとりでできる。料理は苦手だが、見習時代に洗濯掃除などはいくらでも経験してきた。だから大半の使用人は兄のいる地方に向かわせ、必要最低限の者のみをここに残させているのだ。

 仕事熱心で、自宅にも仕事を持ち帰るヴェインは近衛騎士団第四番隊隊長として注目を集めている。加えて、人並み外れたこの冷たい美貌は若い女性の心を鷲掴みにする。彼は知らないのだが、王城では密かに彼のファンクラブがあり、広報誌も出回っているとのことだ。
 だが今、彼が読んでいるのは王都の警備態勢の報告書や地方からの嘆願書、上層部に提出する機密文書などではない。

 控えめなノックの音が響き、ヴェインは書類を下ろす。入室を促すと、おずおずとドアが開いて黒髪の女性がひょっこりと顔を覗かせた。

「ヴェイン様、お疲れ様です。その、街に買い物に行きたいのですが」
 柔らかなアルトボイスで、女性はヴェインに外出の許可を求める。漆黒の髪がサラリと揺れ、髪と同色の目は窺うようにヴェインを見ている。

 黒髪に黒目。ベルフォード王国では非常に珍しい組み合わせだ。肌はこの辺りではあまり見られない、色づいた肌色。成人女性にしては背が低めで、ヴェインと二人並ぶとヴェインの顎より下に彼女の頭が来る。
 ヴェインは顔を上げ、彼女に手招きして言う。

「俺は一向に構わない。書記部で使う道具か?」
「はい。さっきメイドさんが教えてくれたのですが、今日は街の行きつけの文房具屋がセールしているらしくて、消耗品を買っておきたいのです」
 そう言う彼女の目はキラキラ輝いている。

 女性の名は、レイナ・フェスティーユ。フェスティーユ子爵家の養女で、今年の春、世を騒がせた悪の精霊を成敗した「異世界の乙女」であり、ヴェインの婚約者である。
 レイナは、この世界の人間ではない。チキュウという、別の世界からやって来た彼女は紆余曲折を経てヴェインと恋に落ち、さまざまな苦労を乗り越えて結婚の約束をするに至ったのだ。

 二人の結婚式は来年の早春に控えている。貴族同士、しかも片方はベルフォード国王の庇護も強い大英雄であるため、結婚の準備や手続きもなかなか煩雑だった。そのため、王都にあるフェスティーユ家の屋敷で寝泊まりする彼女はしばしば、アジェント家の屋敷を訪れてヴェインと共に結婚式の打ち合わせをしているのだ。
 といっても、彼女をこの屋敷に留めるのは夜中まで。二人で相談した上で、ヴェインは必ず夜は彼女を家まで送っている。少し前まで屋敷にいた兄は、「結婚を約束しているのならば少々気を急いてもいいだろう。押し倒したらどうだ」といつもの嫌な笑いを浮かべて言ったため、久しぶりに兄弟喧嘩をした。
 レイナはとことことヴェインの元まで歩み寄って、彼が持っていた書類を覗き込み、ふふっと声を漏らす。

「あら……てっきりお仕事の書類だと思ったら」
「それは一旦休憩だ」
 そう言ってヴェインはニヤリと笑い、指先で書類の表面を弾く。

「こういうのは女性の方が好むと聞いているが……おまえのことだと思うと、俺も俄然やる気が出てきた」
「ありがとうございます、ヴェイン様」
 レイナは微笑んで、ヴェインと並んでその書類――否、さまざまなドレスの宝飾品がラインナップされたチラシを覗き込んだ。

 結婚式まであと三ヶ月。式場は既に押さえているが、現在二人はレイナが着るドレスを考案しているところだった。ヴェインに関しては、選択肢はほぼない。ベルフォードの騎士が結婚する場合、新郎は決まって白の軍服を纏うのだ。
 対する女性は、その時の流行と本人の好みでいくらでもバリエーションができる。レイナの結婚式ということで、二人が相談に行く前からじゃんじゃん仕立屋からの手紙が舞い込んでいる。「異世界の乙女」のウエディングドレスを、誰もが仕立てたいと思っているのだ。当然、自分の店がレイナのドレスを仕立てたとなると、店に箔が付く。

「やはりレイナは、ミヤノ・ブランドがいいか?」
 ヴェインに尋ねられ、レイナはしばし考えた後、ゆっくり頷く。

「そうですね。あのドレスは私の故郷の伝統衣装にそっくりですので。ミヤノ・ブランドを基本として、ベルフォード風の装飾を付けたいですね」
 ミヤノ・ブランドは五十年前の王妃ミナミが提案したドレスデザインで、日本の十二単とベルフォードのドレスを融合させたような造りになっている。当然、ミナミも日本人であるため、自分の髪と目の色に合うようなデザインを求めたのだ。

 ミヤノ・ブランドはミナミの死後も流行したのだが、残念ながらあのデザインに合う人間は、ベルフォードには多くない。ベルフォードの女性はミナミやレイナより、背が高くて胸が大きく、髪や目の色素は薄い。日本人女性が着ることを前提としたデザインなので、ベルフォードの女性ではどうしても、本人とドレスがマッチしないのだ。
 その点、ミナミと同じ日本人であるレイナはミヤノ・ブランドを見事に着こなせる。以前の夜会でも、現王妃エデルがチョイスしたミヤノ・ブランドを着て注目を集めたものだ。レイナも、故郷の伝統衣装をモチーフにしているため気に入っているようだ。

「ミヤノ・ブランドを取り扱う店はそれほど多くない……早めに目星を付けておこうか」
「そうですね。私もまた、資料を集めておきます」
「頼んだ。……って、すまん。おまえは外出するんだったな」
 ヴェインが急ぎ顔を上げると、レイナは緩く微笑んで首を傾げる。

「大丈夫ですよ。お店もすぐ閉店するわけじゃありませんし」
「護衛や荷物持ちは必要か?」
「買うのは軽量で、大きめのものは注文して城まで届けてもらおうと思うので、荷物持ちは大丈夫です。護衛は、お屋敷の方は忙しいでしょうし……この子たちがいるので」
 レイナがそう言った直後、彼女の足元に忽然と小さな猫と鳥が現れた。ミーナとティル。レイナの契約精霊だ。

 どちらも今は普通の猫と普通の鳥の大きさだが、最大でミーナの方は大熊サイズに、ティルの方は鳥類を超越したサイズにまで巨大化できる。しかも、見た目は可愛いが二匹ともなかなかの手練で、相手が精霊持ちならともかく、生身の人間なら一瞬で消し炭にできる――との、レイナの言葉だ。
 さすがに消し炭にしたことはないが、ヴェインも二匹の奮闘ぶりを見たことがあるので、護衛に据えるのは納得だ。

「分かった。何かあったらすぐ、どちらかを俺の方まで寄越してくれ。俺は精霊たちの言葉は分からないが、様子を見れば大体のことは予想できるし、道案内もしてくれるだろう」
「かしこまりました」
 レイナは両方の肩にそれぞれミーナとティルを登らせて、ヴェインを見て微笑む。
 柔らかい笑みに、思わずヴェインの胸の奥がむずむず痒くなる。その衝動に逆らうことなく、ヴェインは立ち上がってレイナを片腕で引き寄せ、触れるだけの優しいキスを贈る。

「気を付けて行ってこい、レイナ」
 唇を離して囁くと、顔を鮮やかな赤に染めたレイナが、こっくり頷く。

「はい……夕方までには帰ります。……あの、ヴェイン様」
「何だ」
「……もう一度、お願いしていいですか?」

 ヴェインは思う。
 本当に、自分の婚約者は可愛らしくて堪らない、と。
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