挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界で幼女化したので養女になったり書記官になったりします 番外編置き場 作者:瀬尾優梨

番外編

12/24

☆リーリエの花を、あなたと共に1☆

 秋の爽やかな風が荒野を吹き抜ける。
 前に来たときは、空は雲で覆われていて、お世辞にも快適な場所とは思えなかった。そうれもそうだ。あの時は冬で、なかなか厳しい時期だった。雪は降っていなかったけどね。

「……ここに来るのも久しぶりだ」
 私の隣でヴェイン様が、しみじみと言っている。彼は、馬車の車窓から臨める荒野の風景をじっと見つめていた。

「相変わらず、ここは寂しい場所だ。おまえも、弟同伴とはいえ、よくこんな場所に来たな」
「そうですね……ヴェイン様を助けたい一心だったので」
 私は応える。きゅっと、私の手を握るヴェイン様の手に力がこもる。
 ベルフォード王国の僻地である、元バドライン伯爵領土。バドライン前伯爵が投獄されたから、ここはベルフォード王国所有の領土に変わっている。聞いた話では、悪道の伯爵家が崩壊してからはずっと、ここの人たちの暮らしもよくなったって。マリウス陛下も、きちんと領土の隅まで目を光らせているんだ。

 私が前にこの乾燥した土に足を下ろしたのは、今から一年近く前。メリダ・バドラインが飼っていた悪の精霊にヴェイン様が支配される直前。ヴェイン様の過去を紐解くために、私はぶうぶう文句を言うイサークと一緒にやってきた。

 あの時、私はヴェイン様のかつての婚約者であるアリーシャのことを知った。私は荒野の村でアリーシャの遺品に触れ、そのことで彼女の精霊を介してアリーシャの残留意志を辿ってヴェイン様たちの過去を知ることができた。その時に、アリーシャのお墓にもご挨拶している。

 でも、ヴェイン様はずっとアリーシャのお墓参りに行けずにいた。精霊討伐隊の事後処理が終わるのにも時間が掛かって、やっとヴェイン様が遠方への個人的な小旅行が許されたんだ。ヴェイン様は、私にも誘いを掛けてくださった。私も、断るつもりはなかった。

「もう一度……きちんと、アリーシャにも挨拶しておきたいんです」
 揺れる馬車の中で、私は言う。

「アリーシャの最期の願いを、私が聞き届けるって……」
「あいつ、なんて願ったんだ?」
 ヴェイン様は最初、興味を惹かれたように尋ねてきたけど、私が口を開く前に「いや」と気分を変えたようだ。

「やっぱり言わなくていい。あいつのことだから……なんとなく、予想は付く」
「では、アリーシャのお墓の前できちんとそのことを確認してくださいね」
 私は言って、ヴェイン様の体にそっと身を預けた。私の手を握っていたヴェイン様の手が解け、私の体にその腕が回る。

「そうだな……俺も、おまえのことを紹介したい」
「はい……」
 馬車は、揺れる。
 アリーシャが亡くなった辺境の村――イーシュルン地方へと、進んでいく。







 一年前に訪れた、イーシュルン地方辺境の村。
 訪問する事は事前に手紙を飛ばして伝えていたから、馬車から降りた私たちを見覚えのある青年が出迎えてくれた。
 白い法衣を纏った彼は、最初私たちを見て微かに目を細めた。でも、私が挨拶に先立ってミーナとティルを足元に呼び寄せると、彼は目を丸くし、そしてゆったりと微笑んだ。

「ああ……一年ほど前にいらしたお嬢様ですね。ずいぶん大きくなられましたね」
「え、ええ……大きくなったと言いますか、これが元の姿と言いますか……」
「ええ、皆までおっしゃらなくても大丈夫ですよ。事情のある方だとは察しておりましたので」
 そう言って青年――私とイサークを案内してくれたお兄さん神官は微笑んで、そして私の隣にいるヴェイン様に視線を動かす。

「……そちらにいらっしゃる御仁は?」
「あっ……そうですね、では改めて。私、レイナ・フェスティーユと申します。こちらにいらっしゃるのは、私の恋人のヴェイン・アジェント様です」
「以前、レイナが世話になったそうだな。感謝する」
 そう言ってヴェイン様は被っていた帽子を取って挨拶した。うん、「感謝する」って一言で言ったけど、本当にいろいろあったからね。メリダ・バドラインに執着されたヴェイン様を救えたのは、この村でアリーシャの残留意志とふれあえたからだ。ひいては、私たちを案内してくれた神官のおかげでもある。
 神官はヴェイン様に顔を上げるように言って、法衣の裾を払って村の風景を手で示す。

「お嬢様の方が以前もご覧になったと思いますが……見ての通り、何もない小さな村ですが、あなた方のご知人の遺品は今でも保管しており、お墓も念入りに掃除をしております。遺骨をお渡しできないのが心苦しいのですが……」
「構わない。アリーシャのためにそこまでしてくれて、ありがとう」
 ヴェイン様は真面目な顔で頷いた。

 その後、私たちは馬車を村の入り口で待たせ、神官についてまずは、教会に向かった。今回の目的は聖地巡礼じゃないけど、私もヴェイン様も祭壇の前に跪いて祈りを捧げた。隣にいるヴェイン様は、長い時間何をお祈りしていたんだろう。
 その後、死者の遺品を保管する物置に移動する。一年前と変わらない、ひんやりとした狭い小部屋だ。
 前と同じ場所に、アリーシャの遺品があった。私は何も言わずヴェイン様に持っていた手袋を渡し、神官が手袋を填めたヴェイン様に遺品を渡すのを見守っていた。

「これは……全部、アリーシャのものだ」
 ヴェイン様の声が震えている。ボロボロになった革の鞄の中から、丁寧に物を取りだしている。

 まずは、手紙の束。紙紐でまとめられたそれらは、どれもヴェイン様がアリーシャに宛てて綴った手紙。
 ヴェイン様の肩が震えている。そうなんだよ、アリーシャは別れ際に、手紙は捨てたって言ってたけど、全部持っていたんだよ。
 続いて、小さな小銭入れと朽ちたコルメル画が取り出される。ヴェイン様の執務室でも見たことがある、ヴェイン様とアリーシャのツーショットだ。

「これ……最新のコルメル機械を持って、アリーシャの父親に撮ってもらったんだ」
 ヴェイン様は呟いて、そっとコルメル画の表面を指で撫でている。アリーシャが亡くなったときに付いたのか、よく見ると紙の端っこに赤黒い染みが付いている。
 そして、最後に出てきたのは――

「……っ」
 ヴェイン様が息を呑む。肩越しに見てみると、その手の中には小さな栞があった。かつてヴェイン様がアリーシャへの手紙に同封した、小さな石が填った栞だ。

「……全部、持っていてくれたのか……」
 ヴェイン様の声が震えている。ぽたり、と栞の上に大粒の滴が垂れる。

「おまえは……俺を想っていてくれたのか……」
「ヴェイン様……」
「……レイナ、おまえは全てを知っているのだろう?」
 ヴェイン様は顔を上げることなく言う。私は少し躊躇ったけれど、ゆっくり頷いた。

「……はい。今だから言えますけど、私はレーナの姿の時、精霊を介してアリーシャの残留意志に触れました。その時に、彼女の身に何が起きたのか、全てを知ることになったのです」
「……それ、聞いてもいいか?」
 かたり、と音がして、神官が部屋を出ていったことを知る。私たちのことを気遣ってくれたみたいだ。
 私は頷き、ヴェイン様と一緒に近くにあった古い椅子に座る。そうして、アリーシャとバドライン伯爵とのやり取りを全て、彼に打ち明けた――







 ぴたん、と遠くで水が滴る音が響く。

「……そういうことだったのか」
 ヴェイン様は掠れた声で呟く。話をしている間に、ヴェイン様は私の肩に寄り掛かっていた。私の肩に額を押し当てる形になっているから、表情は分からない。

「あいつは……俺を守るために、バドライン伯爵の用件を受け入れて……騙されて、両親も殺されて……」
「アリーシャも辛かったのです。だから、あなたを守るためにあなたに嘘を付いて、酷いことを言って……その時のアリーシャの胸の痛みも、私に伝わってきました」
 私はそう言って、膝のすぐ脇にあったヴェイン様の拳に自分の手の平を乗せる。ヴェイン様の手は大きいから、とてもとても私の手じゃヴェイン様の拳を包み込むことはできない。

「アリーシャは、自分の精霊に思いを託して、あなたへの願いをずっと祈ってきたのです」
 ヴェイン様は何も言わない。何も言わないけど、私の手の平を振り払うこともなく、なすがままにしている。

 アリーシャを愛していたヴェイン様。
 ヴェイン様を愛していたけれど、その愛を成就させられないまま、非業の死を遂げたアリーシャ。

 まだ十代後半だった二人を引き裂いた、無情な刃。
 あの運命の日からもう、十年近く経っている。
 長かったけど、やっとアリーシャの元にヴェイン様が戻って来れた。

 アリーシャ、遅くなったけど、あなたの想い、ちゃんとヴェイン様に伝わったよ――








 しばらくヴェイン様はじっとその格好でいたけど、やがて目元を拭って立ち上がった。ヴェイン様が神官を呼ぶと、彼は間もなく続き部屋から出てきた。

「アリーシャの遺品だが……ここに預けていて構わないだろうか」
 ヴェイン様の申し出に、神官は快く頷く。

「もちろんですが、よろしいのですか?」
「ああ。……アリーシャも、ここの方がゆっくり体を休められるだろう。……あいつはもう、自由だから。自分の足で、あいつの精霊の翼で、王都でもどこでも飛んでいけるだろう」
 ヴェイン様は言った後、私と神官にアリーシャの墓参りを申し出た。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ