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異世界で幼女化したので養女になったり書記官になったりします 番外編置き場 作者:瀬尾優梨

番外編

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☆冷静な侍女と純情書記官6☆

 ミーシャが最後に言ったように、下階はどやどやと人通りが多く、どうやら大半の者は廊下が通行止めになっていて立ち往生しているようだ。ここが王室居住区でなくてよかった、と思いつつ、カスミは人混みの中に突っ込んでいく。

「すみません……避けてください、入ります……すみません……」
「……ふざけるな! これは私に対する最大の侮辱だ!」
 人混みを掻き分けると、聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。昨日の昼間に聞いたばかりの、元婚約者の怒声だ。
 廊下の中央、人混みが絶えた場所に、予想通りの人がいた。彼は――スティーブは顔を真っ赤に染め、自分と対峙する何者かに詰め寄っている。どうやら、カスミが登場したことにも気づいていないみたいだ。

「私はおまえに決闘を申し込む! 庶民でありながら私に盾突いた報いだ!」
「お断りする。俺の両手は、剣を握るためにあるわけじゃないんでね」
 激昂するスティーブと対照的な、落ち着いた声。カスミははっとして、その人物を見やる。
 少しだけよれた、書記官の制服。ボサボサの茶髪に、ありふれた青い目。
 彼の足元には、純白の手袋がぽてりと落ちている。だが彼はそれを拾おうともせず、腕を組んでまっすぐ、自分の正面にいるスティーブを見据えていた。

「俺が武官じゃないことは、このバッジを見れば分かることだろう? どう見たってフェアじゃない戦いをふっかけないでくれよ。それにこんな廊下の真ん中で騒ぎを大きくして、迷惑千万だ」
「貴様! 平民の分際で!」
 顔を真っ赤にして怒るスティーブは、今にも腰に下げた剣を抜きそうな勢いだ。対する書記官はやれやれとばかりに首を振り――その時、ばっちりとカスミと視線をぶつけ合った。

「あ、あんた……」
「な、なにをしているのですか?」
 思わず間抜けな質問が口を衝いて出てしまう。カスミに問われた青年はばつが悪そうにそっぽを向き、遅れてカスミの存在に気づいたスティーブが声を張り上げる。

「なんだ、いたのかカスミ! 君も哀れな人だ。こんな薄汚い庶民に付きまとわれるなんてな!」
 嘲ったようにスティーブは言うが、カスミははて、と首を傾げる。この青年が付きまとっているのは、カスミではなくて――
 スティーブに煽られた青年は、むっと眉を寄せてスティーブを睨み付ける。

「付きまとうなんて失礼だな。俺はただ、俺の知人が侮辱されたからそれに異を唱えたんだろうが」
「俺の知人?」
「えーっと……あんた、のつもりだけど」
 青年はぼりぼりと頭を掻く。それを聞いて、カスミはははあ、と肩を落とした。要するに、スティーブは王城内でもカスミの悪口を言い、それを聞きつけた青年がスティーブに物申したのだろう。
 レイナを尾行しているときにも思ったのだが、本当にこの男は、いざというときの行動力がすごい。向こう見ずとも言える。

「なるほど……それで、言い合いになってスティーブから決闘を申し込まれたのですね」
「えっ、これって受けるべきなの?」
「受けなくていいです。あなたの主張と判断は正しい。武術を嗜む者同士ならともかく、あなたは文官。剣ではなく知能で国に貢献する人間です」
 そこでカスミは顔を上げる。辺りを見回すと、やはり、数名は騎士団の者も姿が見えた。

「スティーブ・ジェファソンを捕らえてください。この書記官は被害者です」
「なっ……! カスミ、君のことを思ってのことなのに!」
 カスミの号令を受けて人混みから出てきた騎士団。彼らに詰め寄られたスティーブが、まさか、とばかりに顔を青くする。

「君がこのまま売れ残――」
「私を売れ残りにしたのは誰ですかっ!」
 カスミは眦を吊り上げ、スティーブを睨み付ける。カスミが声を荒らげたためか、スティーブだけでなくカスミの隣にいる青年もぎょっとした。

「婚約だって、そちらから擦り寄ってきたくせに、用がなくなったらあっさり切り捨てて! 私はあなたと潔斎したつもりです! 今さら私の面倒を見るなんて、正義の味方になったつもりですか?」
「ち、違う、僕はそんなつもりじゃ……」
「でしたら、さっさとお屋敷に帰って新しい婚約者様の体調を気遣って差し上げなさい! 彼女は妊娠中でしょう! 将来の妻を放っておいて私に関わったりしないでください! もう二度と、私に関わらない、私の名前を出さないでください!」

 カスミが言っている間に、スティーブは両脇をがっちり騎士に捕らえられ、ずるずると引きずられていく。引きずられながらも、スティーブは「違う! 騙されたんだ!」「本当に愛しているのは君だ!」など叫んでいたが、どれもカスミの心には響いてこなかった。
 嵐が過ぎ去り、周りにいた人たちはそそくさと退散していく。交通規制も解除されたため、仕事途中の人はバタバタとカスミたちの前を走り抜けていく。
 カスミはふうっと息をつき、自分の隣で立ちつくす青年を見上げた。

「それで……あなたはどうして、スティーブの喧嘩を買ったりしたのですか?」
「え?」
 青年は振り返る。スティーブに立ち向かっていた先ほどと違って、ひょうきんな声だ。

「そりゃ……あんな大声であれやこれや言ってる奴を見たら、いい気がしないだろ。しかも悪口の相手はあんただし……これ以上喋らせたらあんたのプライドにも関わると思って、首を突っ込んだんだ……」
「はぁ……今回はうまくいったものの、下手すればあなたも騎士団に連行されていたところでしたよ」
 カスミは深いため息をつく。ここで下手に彼が動いていれば、喧嘩両成敗で両方とも警備にしょっ引かれることになっていた。書記官である彼が騎士団に捕まったとなると、書記部にも影響が出る。ひいては、書記官であるレイナにもその余波が及ぶことになるだろう。

「放っておけばよかったのに……私はもう、いろいろすっぱり諦めていますからね。今さら彼に何と言われようと、痛くも痒くもありませんから」
「そうはいかないだろ! 女性の結婚のことだぞ!」
 カスミにとって意外なことに、彼が食いついてきた。てっきり「それもそっかー」と流されると思ったのに。
 カスミよりずっと高い位置に顔がある彼は、真剣な目でカスミを見つめてくる。あまりに真剣に見つめてくるものだから、カスミは呼吸も忘れ、その深い青色の目に魅入っていた。

「俺は騎士じゃないから剣も持てないけどよ、最低限のたしなみと騎士道精神は持ってるんだぜ! とりわけあんたは今まで何度もぶつかってきたけど、俺はあんたのこと嫌いじゃないし。それにあんたが馬鹿にされたら、レ、レ、レ、レ、レレレレ」
「レイナ様」
「そう! 彼女が悲しむだろう! だからだ!」
 えっへん、と胸を張る青年。確か彼はカスミより二つほど年下だったはずだ。今のこの様子では、二つどころか三つも四つも年下に見えてしまう。レイナが、「イサークの方が精神年齢は高そう」と言っていたのも、あながち主観でもなさそうだ。

 カスミは肩を落とす。彼も、結局は巡り巡ってレイナのために動いている。当の本人を前にすると哀れになるくらいお粗末になる彼だが、その真っ直ぐさは見習うべきものがありそうだ。
 それに――

「……ありがとう」
「え?」
「私のためにスティーブに突っ掛かったんでしょう? 無鉄砲だし感心はできませんが……でも、ありがとう、ジェレミー・グランツ」
 彼は――ジェレミーはしばし、呆けたように口をぽかんと開けていた。だがすぐにニッと笑い、どんと自分の胸を拳で叩いた。

「ど、どういたしまして! へへ、俺もやっとあんたに認められたな!」
「認めてはいませんが……」
「あ、なんなら今日のことを別の形でご褒美をくれないか?」
「内容によります」
「えーっとなぁ、れ、レイナ様の私服姿を一度拝みたくて……できたら、薄手のワンピースで」
「石、投げていいですか?」
「は? ……え、えええ! やっぱり持ってたのか!? え、ちょっと、さすがに痛いからやめて!」
「発情期の獣は速やかに討伐するに限ります。覚悟を、ジェレミー・グランツ」
「やめて、カスミさんやめてーーーーっ!」








 その日の夜。
 カスミは、自室の机の引き出しを開けた。中にあるのは、きれいな封筒と便箋。
 カスミはそれを取りだし、そっとランプの火に近づけた。上質ではあるが熱には強くない紙は、あっという間に隅から黒く炭化し、悶えるように捩れながら黒い塊に慣れ果てていった。
 はらはらとテーブルに舞い落ちた灰を、何の感情も込めずさっさと片付ける。

 もう、手紙は必要ない。
 これからは、前を向いて歩いて行けそうだから。
 椅子から立ち上がり、ベッドサイドの窓を押し開ける。夏の夜風が室内に吹き込み、カスミの明るい金髪を軽く揺らす。
 明日から、何だか奇想天外でわくわくするような日々が始まりそうだ。

 黄金の満月を見上げ、カスミはそう思った。
近くにレイナやクライドがいない時のジェレミーは、基本的にいい奴です。
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