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異世界で幼女化したので養女になったり書記官になったりします 番外編置き場 作者:瀬尾優梨

番外編

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☆冷静な侍女と純情書記官5☆

 レイナは自分がやってきた、廊下の方には行かなかった。しゃんと背筋を伸ばして、先ほどスティーブたちが出ていった店のドアから堂々と出ていく。
 護衛の騎士たちも、すぐに裏側からやって来た。レイナは彼らに、馬車を呼ぶように命じた後、気遣わしげにカスミの顔を覗き込む。

「カスミ……大丈夫?」
「レイナ様……」
「あの人たち、雰囲気悪かったね……ごめん、カスミが馬鹿にされたからカッとなっちゃった」
 カスミは首を横に振る。カッとなったと言うわりに、レイナは冷静だった。あの場をうまく収められたのは、レイナが静かにスティーブたちを威圧してくれたからだろう。

 だが、レイナは自分の家名や渾名を盾にすることを快く思っていない。カスミもそのことをよく知っているからこそ、先ほどのレイナの行動が非常に申し訳なかった。フェスティーユ家の名を出すこともレイナは躊躇っただろうに、カスミのために盾になった。
 本当なら、カスミが彼女を守らないといけないのに――

「カスミばっかり、私を守らないといけないわけじゃないと思うよ」
 カスミの心を読んだのか、レイナが静かに言う。カスミが顔を上げると、レイナは振り向き、ニッと微笑んだ。先ほど店内で見せた涼やかな笑みではなく、レイナらしい、素の笑みだ。

「前、カスミは私を庇って紅茶のカップを投げられたことがあるでしょ? あの時は本当に、カスミが正しかったんだ。でも、今回はカスミが黙って言いたい放題されるのは、道理に合わないと思った。カスミは私のことを守ってくれるけど、たまには私にも、友だちとしてカスミを守らせてね」
「レイナ様、しかし……」
「分かってるよ。カスミは私が怪我しないように気を配ってくれている。でも、私だってカスミがやられているのを黙って指銜えて眺めるほど暢気じゃないからね。使えるものはとことん使おうと思うよ。私も、いつまでも小娘だって見下されるわけにはいかないからね」
 レイナは二十一歳という年の割に、非常に若く見える。レイリア・ハルヴァークの名で通していた頃は、十七歳で登録していたが、それでもお釣りが来るくらいの外見年齢だ。

 レイナ曰く、「こっちの世界の人が大人っぽ過ぎるんだよ!」とのことだが、黒髪黒目というモノトーン系の色素で、しかも幼い顔立ちのため、レイナが名乗らない場合、小娘だと馬鹿にされることもある。
 レイナは、二十一歳の子爵令嬢として、強くありたいと思っている。そして同時に、自分の持っている身分や権力を、誰かのためになら使いたいとも。
 カスミはしばし、黙って考えていた。そしてゆっくり、口を開く。

「……レイナ様は私のことを、友だちと思ってくださるのですね」
「う、うん。そりゃあ、時と場合に寄るけど……今は、友だちモードだね」
 叱られると思ったのか、レイナの声が焦っている。カスミはゆるゆると首を横に振る。大通りの向こうに、フェスティーユ家の馬車が見える。
 カスミはレイナを見る。

「……では、友としてのお願いがあります。どうか……先ほど店で遭遇したスティーブという男のこと。彼のことを……お話ししてもよろしいでしょうか」
 レイナは黒い目を見開く。そしてすぐに、こっくりと頷いた。

「……分かった。何でも聞くよ、カスミ」








 翌日。カスミは書類を持って、王城の廊下を歩いていた。

 今日は、レイナの着付けを手伝う予定は入っていない。近衛騎士団での仕事で急ぎのものがあるらしく、レイナもヴェインもそちらに夜まで缶詰になるそうだ。
 レイナはヴェインと傍目から見ても非常に仲のいい恋人同士だが、どちらも公私をきっちりと分けている。カスミは書記部や騎士団エリアまで行かないので細部はでは知らないが、レイナが書記官として仕事をしている間は、どちらも私情を挟まず、てきぱきと仕事をこなす。夜にディナーに行く場合は、一旦近衛騎士団の部屋で分かれてから、それぞれ着替えをして合流する。そうなったら、二人の間柄は「上司と部下」ではなく、「初々しい恋人同士」に変わる。カスミはきちんと時と場合を考えるレイナのことを、非常に好ましく思っていた。同時に、レイナの意思を尊重してくれるヴェインのことも。

 今、カスミは侍女仲間と一緒に侍女長のお遣いをしていた。専属侍女であるカスミも、主人であるレイナが書記部で仕事中はこうして、他の侍女と一緒に仕事をする。時にはエデル王妃に呼ばれることもあるが、王妃は生まれたばかりの王女の世話で忙しいらしく、最近あまり呼ばれない。
 カスミは事務書類を持って、貴族の執務室に行く途中だった。大事な書類を落とさないよう胸に抱え、廊下を静かに歩く。他の侍女とは行き先が違うので、一人静かな場所を歩いていると、ゆっくりと考え事ができる。

 昨日、カスミは思い切ってレイナにスティーブのことを打ち明けた。スティーブは没落の危機を免れた子爵家の息子で、長年のカスミの婚約者であったが、国内有数の伯爵家の次女を妊娠させ、彼女と結婚することにしたこと。カスミは書面であっさり振られ、二十二歳にして「婚約者なし」の烙印を押されてしまったこと。昼間に会ったのがスティーブとその新しい婚約者で、公共の施設でありながら険悪な雰囲気になったこと。

 ぽつぽつと明かすカスミを、レイナは胸を貫かれたかのような苦しい表情で聞いていた。レイナのことではなく、カスミの事情だというのにレイナは苦しみ、全てを語り終わったカスミをぎゅっと抱きしめてきた。

「カスミ……! ごめんね、そんな辛かったのに、私……」
「なぜレイナ様が謝られるのですか」
「だって、カスミは大変な思いをしていたのに、私はヴェイン様と……」
 声を震わせるレイナを見、カスミは唇を噛む。違う。レイナを責めたいから、告白したのではない。
 婚約者に振られたカスミの側で、レイナは恋人であるヴェインと蜜月の真っ最中だった。カスミに着付けを頼み、ヴェインとの待ち合わせ場所までエスコートしてもらい、夜にはマッサージをしてもらう。レイナはそのことで自分を責めている。

「レイナ様が気に病まれる謂われは一切ございません。確かにスティーブに振られたことは傷心でしたが、私はヴェイン様との逢瀬に向かうレイナ様にお仕えすることが、何よりの幸せです。私の手で美しくなるレイナ様を見ていると、それだけで私の心は癒されるのです」
 この言葉に偽りはない。咲き初めたばかりの花のように恥じらうレイナは、いつだってカスミを癒してくれる。レイナがいてくれるから、カスミを頼ってくれるから、生きていける。

「レイナ様は、私の生きる糧なのです。レイナ様が幸せになられることが、私の幸せ。もしレイナ様がいらっしゃらなかったらそれこそ、私はスティーブのことが忘れきれず、正気を保っていられなかったかもしれません」
 カスミが熱を込めて語っていると、徐々にレイナも落ち着きを取り戻す。カスミが気持ちを落ち着けるハーブティーを淹れている間に、レイナはだいぶ安定してきたようだ。

「……カスミは、今の生活が幸せなのね?」
 レイナに問われ、カスミは彼女に温かいカップを渡し、にっこりと微笑む。

「はい。二十二歳は確かに年増扱いされても仕方ありませんが……一生独身が決まったわけでもありませんからね。今はレイナ様にお仕えすることを念頭に置き、結婚のことはまた考え直します」
「……分かった。あ、でも、もし辛くなったり、しんどくなったら言ってね。話を聞くくらいなら……できるから」
 「それくらいしかできないけど……」ととたんに及び腰になるレイナ。カスミは小さく笑い、静かにレイナを見つめる。

「滅相もありません。……レイナ様、こんな私の愚痴を聞いてくださり、ありがとうございます」








 レイナが自分を責め始めたときはどうしたものかと思ったが、最終的にはレイナに打ち明けてよかったと思う。「これから特別は処置は必要ありませんので」とも念押ししたので、今後もレイナには通常通り接してもらうことにしている。

「……カスミ」
 名を呼ばれたカスミは、慌てて回想モードから戻ってくる。顔を上げると、回廊の先からひょっこりと、同僚の侍女が顔を覗かせたところだった。彼女はちょいちょいとカスミに手招きしている。

「どうしましたか、ミーシャ」
「どうしたもこうしたも……階下であなたの婚約者が大暴れしているわよ?」
 同僚ミーシャが困惑気味に言う。カスミは一呼吸置いた後、ミーシャに詰め寄った。

「婚約者とは……スティーブのことですか?」
「ええ。なんか、書記部の誰かと言い合いしているみたいなの。私もさっき、書類を届けに行く途中で遭遇して……何だかあなたの名前を叫んでいたから。痴情のもつれ?」
「行ってみます。教えてくれてありがとう、ミーシャ」
 カスミはミーシャに持っていた書類を預け、挨拶もそこそこに彼女の脇を通り過ぎる。カスミの背後に、「結構な人だかりになってたわよ!」とのミーシャの言葉が掛かる。

 ミーシャには悪気はない。なぜならミーシャにも、カスミが婚約破棄されたことを伝えていない。

 だが、今になってなぜスティーブが。カスミはここ最近常連になりつつある頭痛に悩まされつつ、階段を下りる。
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