その昔、天空に大きな島あった――。
世界の中心に存在する塔の先には緑豊かで平和な国があると言われ、多くの者が楽園を目指して塔を上っていった。
国の名は――楽園。
しかし、その先に待っていたのは天国ではなく地獄の監獄だった。
民を苦しめる悪しき心を持つ王が、全ての富を独り占めにしていたのだ。王は生まれもって不思議な力を有しており、その力で民を苦しめ、富と権力を我が物にしていた。
『全ての富は我のものっ』
王が喜びに満ちた声でそう叫ぶと、緑豊かな大地は腐れ、青く澄んだ流れは澱み……楽園は次第に滅びへと向かっていた。
そんな傍若無人な王を許せない者達が立ち上がり、王に反旗を翻した。
民達はその手に武器を持ち、国内は一気に戦乱へと向かうかに思われた。だが、王はそんな事はお構いなしに富を貪り、私腹を肥やしていく。だが、そんな王の姿に愛想を尽かした貴族達も立ち上がり、王の一族を追放して楽園をもう一度緑豊かな大地へ戻そうとした。
しかし、それに激怒した王は『この国は私のものだっ』と叫び、全ての力を使って民を地上を堕として塔を破壊し、自らは楽園と共に虚空の彼方へ消え去り、地上から楽園はなくなってしまった。
これがいつの時代からか、おとぎ話として語り継がれている『悪しき王と失われた楽園』である……。
日はまた昇り、沈む。
ラファエルに連れ去れた真緒を探して一週間が経ったが、何も手掛かりが掴めないまま時間だけが過ぎていた。
「くそっ……どこにいるんだよ、真緒」
「黎司、落ち着いてください。今、阿修羅隊が探してくれてますので、少し休んでください」
「そんな事、言ってもだな――くっ」
勢いよく立ち上がった俺の視界が揺らぐ。
「無理をして身体を壊しては意味がありません。黎司には肉体があるのですよ……もう、三日も寝てないのですから」
揺らぐ俺の身体を支えて少し語気の強い口調で諭す闇姫。顔は見えないが、きっと眉を吊り上げて起こっている美人の顔が想像出来る。
「大丈夫だって……」
「だめです。そんな身体ではいつか死んでしまいます」
確かに闇姫の言う通り、少し休んだ方がいいのかも知れない。永久の世界にいると感覚が狂ってしまうが、俺は生身の人間だ。そしてここにいるのは魂だけの存在。その差は肉体的な疲れに左右されるかってところだろな……ここにいる連中は休みなしに動いてもそれほど響かないが、俺は疲れが蓄積されていく。それが三日目にもなるとピークになって危険信号を出しているわけだ。
「分かった。闇姫の言う通り、少し休むよ」
「はい……それでは寝室まで一緒に」
俺の肩を抱いてゆっくりと隣を歩く闇姫。一糸乱れぬ動きはいつもても綺麗なものだ。普通に人間が歩くのは違って地面を滑っているような感じで歩くので肩が上下しない。
音一つしない通路を俺と闇姫の二人で歩く。
「俺も寝なくて済むのなら……どれだけいいか。いっそ、死んだ方が色々と楽かもな」
「黎司、死を簡単に口にするものではありません」
「え、ああ……悪い」
確かに不謹慎な事を言ったかも知れないが、今の俺には休んでいる暇なんてないのも事実だ。こうしている間にも真緒は酷い目に遭わされているかも知れないのに……それなのに何も出来ないなんて。
「阿修羅隊か……。ラチェは真面目にやってるのか心配だよ」
「そうですね。でも、あの方はアレで真面目な方ですから、きっと何か成果を上げてくると思います」
やけに”アレで”の部分を強調している闇姫は表情は見えないが苦笑いを浮かべている事だろう。
ラチェ――正確にはラチェッド=レイスターと言うらしい――とはドレッドヘアと筋骨隆々の色黒な身体が特徴的なヤツで、普段はお調子者で落ち着きがない。しかし、そんなヤツが永久の世界を守護する『阿修羅』と言う部隊の隊長をしているのが俺には未だに信じられない。それに永久の世界には色々な部署と呼びべき機関が幾つが存在し、闇姫は浄化を専門にする機関に属しているらしいが、そこは現在闇姫だけしかいないと言う事だ。
「それではゆっくり休んでください」
いつの間にか寝室の前に着いていた。闇姫は俺からすっと離れると少し頭を下げ、そのまま歩いて行ってしまった。
今は寝る気にもなれないのだが、無茶をしていざと言うときに動けなかったら意味がない。今はゆっくり休むべきだろう……これ以上、闇姫に心配させないためにも――。
そう思い、寝室のドアを開けて中に入っていった。
……。
……。
どれくらい寝たのだろうか、ぼんやりとした頭を振り目を開けると、額にひんやりとした感触があった。気持ちよい浮遊感が身体全体を包み、特に頭は柔らかい感触がずっと触れている。極楽にいるようだな、こりゃ。
「……目が覚めましたか?」
清流を連想させるような透き通る声が頭の上から聞こえてきたが、俺は暫し呆然とその姿を見つめていた。
俺は今まで寝てていたのだが、どうやら俺は膝枕をされているようだ。とても柔らかい感触が後頭部にあるが温もりを感じる事はなかった。
「どうかしましたか?」
「いや、えっと……誰?」
真っ白な髪が光の粒を纏って煌めき、同じく真っ白に透き通った肌が寝起きの目には眩しいくらいで、見事な肢体はなんとも艶かしかった。特徴的なのは左耳に花のようなイヤリング、右耳に三日月のような形をした中に星をあしらったイアリングをしている事だった。
「私は始まりを告げる者です」
「……はっ?」
頭が混乱して言っている意味を全て理解出来ないが、静かに笑みを浮かべている女の子(?)が普通の存在ではない事だけは分かる。こんなに白く光る人間っていないだろうし、それに一糸纏わぬ裸って言うのはね……ん? 裸?
「って、おうっ――は、ははは、裸っ!」
「急に起き上がると危ないですよ」
慌てて起き上がった俺をゆったりした動きながら、俺の肩に手を廻してもう一度膝の上へと下ろしていく。
その動きに無駄はなく見事としか言いようがなかった。って、そうじゃなくて――これじゃ、さっきと同じじゃないかっ!
「い、いや……もう起きたし、大丈夫だし」
「もう少し眠っていてください。目を覚ませば――」
そう言うと俺の目に手を当てて静かに何かを囁いているが、次第に意識が朦朧として途切れてしまった。
「うわあっ」
慌てて飛び起きた俺は周りを見渡してみたが誰もいなかった。
静かな部屋の中、俺の息遣いだけ響き、額から流れ落ちてくる汗が頬を伝う。
「……何だったんだ、今は」
夢……いや、夢にしてはやけにリアルだった。
俺、やっぱり疲れてるのかな? それとも欲求不満か? 疲れているのは認めるが、欲求不満は認めたくない。
「どうかしましたか? 黎司」
「いや、別に……」
不意に寝室の入り口で声がしたのでそちらに向くと、こちらへ歩いてくる闇姫の姿があった。
「黎司、ゆっくり眠れましたか?」
「ああ……おかげで疲れがとれたよ」
二度ほど肩を廻し、疲れがとれた事をアピールをした。
確かに身体は軽くなって動きも楽になった。しかし、頭の中では先ほどの夢のような出来事が占め、そればかりが気になっていた。
「なあ、闇姫……」
「なんでしょうか?」
「え、いや……なんでもない」
闇姫に聞いてみようかと思ったがどう切り出していいのか分からない。
まさか真っ白な裸の女性が出てきたっていうわけにもいかないし、言えば変なヤツだと思われるだろうし……困ったな。
「そうですか。それより、先ほど阿修羅隊が帰って来ました」
「本当かっ」
俺は立ち上がり、寝室を急いで出ようとしようとしたが――
「ですが、すでに別の任を授かり出てしまいました」
闇姫は俺の腕を掴み首を振っていた。
「内容に関しては同行していた紅桜が知ってますので呼んできましょうか?」
「そっか――それなら俺が会いに行く」
「分かりました。それでは行きましょう」
俺の腕を離し先を歩き出した闇姫のあとを追い、寝室をあとにした。
永久の世界で一番大きな建造物は今、俺がいる鎮魂宮と言う宮殿である。
その広さは端まで歩くのに平気で一時間以上掛かるほどだ。まあ、広いだけあって多くの魂が宮殿内で暮らしおり、その中には永久の世界を守護する役目を担った普通の魂とは違う存在もいる。
「紅桜って、阿修羅隊だったんだな。普段は何も話してくれないから分からなかったよ」
「そうですね。でも、紅桜は阿修羅隊ではありませんよ」
首を振り否定しながら歩いていく闇姫は「今回は同行しただけですから」と付け加えていた。それからは会話もなく静かに歩いていた俺と闇姫だが、不意に闇姫が歩みを止め――
「……いました」
すっと暗闇を指差していた。
宮殿内には電気なんてものは通ってなく、廊下の所々に松明が灯っているだけで薄暗い。最初の頃は歩くのにも苦労していたが今は幾分かは慣れた。しかし、それでも油断すると転びそうになるので注意が必要だが、そんな薄暗い闇の中を指差して何がいるって言うのだ。
「相変わらず、お前には敵わないな……闇姫」
すっと闇の中から姿を現したのは紅桜だった。
赤い髪に同じく赤い瞳がその名の由来だと聞いているが、鮮やかに過ぎる髪色は血を連想させる。おまけに鋭く切れ上がった目尻は何者にも屈しない力強さを併せ持ち、無駄のない見事な身体は機敏な動きが出来そうで生きているときは何か鍛錬をしていたと思う。
「いえ、お見事ですよ。それより黎司が聞きたい事があるそうです」
「……そうか」
俺を一瞥し、すぐに闇姫へ視線を戻す紅桜は、聞きたい事はすでに分かっているといった顔をしていた。
「今回の調査で分かった事はほとんどない。はっきり言えば無駄足だったと言う事だ……だが」
静かに話し始めた紅桜は闇姫を見つめていたが、その瞳を俺に向け――
「日狩一族が関係しているのは明白だ。それも世界規模で……な」
睨むように唇を震わせていた。
「ど、どういう意味だよ、それ」
「お前は日狩の血が世界中にあるのを知っているか?」
「……は?」
「何も知らないんだな、お前は」
これ見よがしにため息を吐いて俺を見る紅桜。どうにも癇に障る言い方だよな……でも、ここで怒っても俺だけが馬鹿なだけだし、ここは堪えて我慢しよう。
「お前は『悪しき王と失われた楽園』の話は知っているな」
「ああ、あのおとぎ話だろ? 知っているが……それがどうした?」
「その王の血がお前にも流れている事も知っているな」
「ああ、知っているさ」
鋭く突き刺さるような視線を向け、何か言いたげな表情をしている紅桜。
その話なら、闇姫から聞かされて正直驚いたものだ。俺の先祖が犯した罪……それが世界中で伝わっているおとぎ話になっているものだとは思わなかった。
最初は嘘だろと思ったがその話には続きがある――。
楽園と共に消えた王には王妃と二人と王子がいた。民達は残された王妃と二人の王子を見せしめに処刑しようとしたが王妃達は命辛々逃げ出した。しかし、行く当てもなく見知らぬ土地で彷徨う事になった王妃達は親切な村人に助けられ、その地で暮す事になった。それから数年、大きく成長した二人の王子はその身体に父親である王と同じく不思議な力を宿していたが、ひた隠しにしていた。だが、その力が村人にばれて土地を追われてしまい、その後は同じ事の繰り返しでついに王妃は病に掛かり、安住の地を求めながらこの世を去ってしまう。
二人の王子は母の最後の願いを叶えるため、それぞれが安住の地を求めて旅立っていった。
これが俺が闇姫から聞いた「日狩一族が呪われた一族と言われる由縁の話です」と教えてもらった。
俺の血筋は二人の王子のどちらかなんて知らないが、おとぎ話だと思っていた王様と同じ血が流れてるなんて最初は信じられなかった。でも、話を聞いていけば、数代前の先祖まで知っている闇姫が嘘を吐いているようには思えなかったから、俺はあのとき自暴自棄になってこっちの世界へ来たんだ。それが、こんな事になるなんて思いも寄らなかったが――。
「その一族の若い娘だけが皆、不可解な失踪を遂げている」
「はっ? ど……どういう――」
「それは分からん。だが、お前の妹が連れ去られたのも偶然ではないと言う事だろう」
目を瞑り、暫く考える素振りを見せていた紅桜だが、闇姫に目を向けると口を開いた。
「闇姫、お前はラファエルという子供を本当に知らないのか?」
「え……ええ、思い出そうとしても記憶がないので……。でも、何故だか分からないのですが……あの瞳を見たとき、恐怖を感じたのです」
静かに顔を伏せていく闇姫の身体は小刻みに震えていた。
闇姫が自分の事を話してくれたのは俺が永久の世界に来てから少し経った頃だった。記憶を無くし、自分が誰なのかも分からない闇姫が辿り着いたのがこの永久の世界だったらしい。最初はみんなから恐れられ、腫れ物に触るような目で見られていたが次第に仲良くなって『闇姫』という名をもらい、今ではこうして浄化をする役目を担っている。その力に関する事は闇姫自身が覚えてないので一切の謎に包まれているが、誰もそれを聞こうとはしなかったらしい。ここにいる魂達は色々な過去を乗り越えてきた者達ばかりなので、互いに過去には触れられたくないのは知っているからだろう。
「だが、ラファエルはお前の事を『ガラクタ』と呼んだのだろ? それは向こうはお前の事を知っているという証拠だ。それなら、お前がなくした記憶に何か手掛かりがあると思うのだが」
「紅桜、もういい。闇姫も分からないって言ってるだから無理に聞く必要はないだろって」
あまりに自分勝手な言い草に俺は紅桜と闇姫の間に割って入った。
「……何がだ? 可能性の話をしているのだ。それに記憶を取り戻そうとするのなら、ここにはそういう場所もある」
「それはそうだが、無理強いするのはどうかと思うぞ」
「甘いな……お前は本当に妹を助ける気があるのか?」
「あるに決まってるだろっ! こうしている間も真緒は怯えて助けを求めてるかも知れないんだぞっ」
刹那、空気が爆発するように弾け飛び、床が耳障りな音を立てて軋み出した。
前に力の使い方が分からずに発現させて暴走させたときによく似ているが、身体の中で行き場を失った怒りがどす黒いうねりとなって、頭から指先まで熱く駆け巡っているのを抑えるので必死だった。
「落ち着いてください、黎司。荒れ狂う心では闇に飲まれて自我を失ってしまいます」
静かに語り掛けてくる闇姫の声は心の中に冷たい清流のように浸透していき、俺の手を包む冷たさは身体の中から熱くたぎる力の奔流を奪っていっていた。
「力だけはあるが、その心が軟弱過ぎるな。もっと精進しなければ、あの方には到底追いつけまい」
それだけを言い残して紅桜は現われたときと同じように闇の中に消えてしまった。
……本当に好き勝手言ってくれるヤツだよな。
だが――
「行こう、闇姫。行かないといけないんだ」
紅桜が言っている事は分かっているつもりだ。
俺が軟弱だと言いたければ言えばいい。俺は真緒を助けるためなら、この命欲しくはないのだから。
「分かりました……では、参りましょう」
小さく頷き、薄暗い廊下に闇を広げていく闇姫。
松明の明かりを飲み込みながら広がっていく漆黒の闇が俺を包んでいった。
周りを包んでいた闇が晴れ、眩しい光に一瞬視界を奪われたが――
「……な、なんだ、これは?」
俺は言葉を失っていた。
絶叫に近い声が辺りで響き、遠くから聞こえるサイレンの音、何かが崩れる音が鼓膜を震わせていた。
「何が起こって――うっ」
辺りを見渡して足元に視線を向け、込み上げてくる吐き気を押さえるのに必死だった。俺が立っている場所は道路の真中だが、瓦礫があちらこちらから転がってきており、その下から赤く染まった人の腕のようなもの、原型を留めていない人だったもの、見るも無残な肉塊となったものがコンクリートの瓦礫に押し潰されて川のように流れ出してくるどす黒い赤い水流となり、俺の靴を舐めていた。
……なんの冗談、だよ?
これが夢なのか、幻なのか、眩暈を覚えてしまう。
しかし、火の手が上がっている場所からは街路樹が燃えているようだが、普通なら焦げ臭い匂いがするはずなのに何もにおってはこない。
「誰か、助けてくれっ」
「痛いよ、誰か……誰かっ」
「早く救急車を呼んでくれっ、この子が死んでしまうっ」
だが、鼓膜を震わすように音だけは聞こえてくるのだが、まるでテレビでも見ているようなどこか違う場所から音が流れている感じがする。
倒壊したビルから立ち上る炎と空を黒く染めようとする黒煙、道端に蹲って呻き声を上げる人々は皆怪我しており、ある者は足から血を流し、ある者は腕を折ったのだろうか、あらぬ方向に曲がっていた。誰もが何が起こっているのか分からないといった顔をしているが、目の前にある現実をどうにかしなければ――ただ、それだけの意思で動いているように見えた。
「ど、どうなってんだよ……これ」
闇姫の方を振り返り、一体、何が起こっているのか状況を聞こうとしたが、そこに闇姫の姿はなかった。
「……闇姫? おいっ、闇姫どこだっ?」
名前を呼んでみたが返事はなく、俺の耳に届くのは現実から掛け離れた光景の音だけだった。
……これは何が起こっているのだろうか?
頭の中を駆け巡るのは”何が起こっている”と言う言葉だけで、俺の目を通して入ってくる光景が網膜に焼きついて離れなかった。
『人の子らよ』
突如、空を割って響き渡る声に誰もが上を向き、驚きに声を上げていた。
傷つき倒れていた者、怪我をした者を助けようとしている者、目に入ってくる全ての人が空を――そこに映し出された映像を見つめていた。黒煙が舞い上がる空を切り取ったかのように巨大なスクリーンのようなものが現れ、その中に六人のローブのような衣を纏った大小の人影が揺れながら映し出されていた。
次第にはっきりとその姿が見て取れるようになったが、その中に真緒を最初にさらって行こうとした男とラファエルの姿があった。その他の人物には見覚えなどはないが、あの二人の顔を忘れた事はなかった。
『我が名は、ミカエル。この世界のあらゆる闇を浄化し、平和を願う者だ』
声高に宣言し、手を突き上げている長髪の男――ミカエルの姿がゆらりと揺れ、今度はどこか分からないが町のような場所が映し出されていた。
『世界は闇に侵食され、滅びの一途を辿っている。今こそ、この世界を一度浄化する必要があるっ』
その声に呼応するように映像の中の空が割れ、無数の光が降り注いでいた。
刹那、真っ白に包まれたスクリーンからは音が消え去り、次第に映し出されていく映像は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
『浄化の第一段階として……全ての文明を滅するっ』
響く断末魔の叫び声が映像の中からも、俺の四方からも聞こえ、どうなっているのか分からなくなっていた。しかし、俺の周りでも映像と同じように真っ白な光が空から降り注いでいた。それは光の雨のように全てのものを壊していき、崩壊していくビルに飲み込まれていく人々。光に打ち抜かれ、噴煙を巻き上げていくアスファルトの道路に、光を受けたサラリーマンが蒸発するように消えていた。
『悪しき礎に築かれし文明は滅するのみ』
空から聞こえる威厳に満ちた声に次いで、真っ白な光が空一面から降り注いでいた。
「黎司、どうしましたか?」
不意に身体を揺さぶられる感触に視界が揺らぎ、景色が急速に一点に収縮して弾けた。
「……闇姫?」
「はい。それより、どうしたのですか? 顔色が悪いですよ」
目の前にいる闇姫は心配そうに俺の頬を撫でていくが、俺はさっき見た光景が何だったのか考えていた。
「何も、壊れてない……どうなってんだ?」
行き交う人々、電飾煌めく看板、綺麗な外壁をしたビルは天高くそびえ、町並みはいつもと変わらない風景をしていた。
ここは俺が住んでいた町だよな……。
そんな町並みが一瞬にして滅びて、そしてあいつ等が――。
「黎司、本当に大丈夫ですか?」
「あ、ああっ……大丈夫だ」
夢? 幻? そんな生易しいものではなかった。
頭が混乱して何を考えていいのか分からないが、あまり変な顔をしていては闇姫が心配してしまう。
「それよりも、行くか――くっ」
気を取り直して歩き出そうとした俺の視界は真っ白に染まり、鼓膜を突き破りそうな破壊音が響き渡り――
『人の子らよ……裁きの刻が来た』
先ほど聞いた声が鼓膜を震わせて聞こえていた。
数ヵ月後――。
華やかな文明を謳歌していた煌めく世界は一瞬のうちに滅びた。
呆気なさ過ぎるほど簡単に滅亡した文明、抵抗する事すら出来なかった国家。人々の絶望が空を覆い尽くし、暗黒の雲が太陽の光すら閉ざしてしまった世界。
「……用意はいいか?」
無力な人間を更なる過酷な試練が襲う。
「はい、闇姫様。――阿修羅隊、迦楼羅隊、両隊準備出来ました。現在、阿修羅一番隊から三番隊、東門制圧完了しましたっ」
「こちら、迦楼羅四番隊から六番隊は西門制圧を完了しました。一番隊から三番隊まで出撃準備完了しましたっ」
世界各地に突如現れた六つの巨大な塔。
その地を支配する象徴としてその威光を遺憾なく発揮し、その後光にすがり力を持った一部の人間が華やかな暮らしをする中、今までの権力も何もかも無くしてしまった哀れな者は人知れず命を落とす世界。
「……黎司」
「闇姫……この世界のどこかに真緒はいるんだよな」
この世界で生き延びた事を呪うか、死する事を羨むか……それは今を生きる者しか分からない事だ。
「ラチェ、紅桜っ」
でも、俺は死ぬ事を選ぶ事はない。
「ああっ、いつでもいいぜっ! レイっ」
「ふっ……威勢だけはいいね。それでこそ、日狩の男だよ」
俺は生きて、生き抜いて……必ず、真緒を助けると心に誓った。
「行くぞっ!」
この腐り切った世界を生き抜くには、光も闇も全て喰らうしかないんだ――。 |