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ゾディアックファンタジー
作:佐倉信輔



第一章 最初の四人 第四部 四人目 沢淵克樹(さわぶち かつき)


「おーっす!」
 後ろから友達の声が聞こえてくる。
 "二人"は全く同じ動きで振り返って、その友達にあいさつを返す。
「「おはよ、ワッキー」」
 意識したわけでもないのに見事なまでにハモる。もちろんデュエットの練習をしているわけでもない。
 かといって偶然でもない。偶然の必然、"二人"が"二人"であるがゆえの必然がそこにはあった。
「相変わらず気持ち悪いくらい揃ってんなあ」
 "ワッキー"こと脇田朋宏わきた ともひろが半ばあきれ気味に言う。
 そう言われても揃えたくて揃っているわけではないのだけど。
「「えぇ、そうかなあ」」
 またもや見事すぎるくらいのハモり。
 二人の名前は沢淵克樹さわぶち かつき充樹みつき。分かる人は分かるだろうが、二人は双子――それも一卵性の――である。
 同じ顔に同じ性格、背格好から頭の中身、体力に至るまでみごとに同じ。
 生まれたときからずっとそういう境遇なので、二人にとってはごく普通のこと。
 だが、やはり周りの人にとっては少し異質に見えるのだろうか。色々な局面で驚かれる事が多いのも事実である。
「いけね、授業始まっちゃうよ。いこうぜカっち」
 ワッキーは慌てて走り出した。ちなみに克樹と充樹は別々のクラスで、克樹の方がワッキーと同じクラスなのだ。
「カっちは僕だよ。そっちはミっち」
 顔も背格好も声もそっくりなので、間違えられるのも日常茶飯事。もはや慣れっこだ。
 こうして制服を着ると、親でも見分けがつかなくなるくらいなのだから。
 よく他の人たちには、『双子っていいよね』といわれる事がある。
 大体その時に挙げられる理由は決まっていて、
『服とかおもちゃとか、何でも二人で使えるもんね』
 か、
『ケンカなんてしたことないでしょ』
 か、どちらかだ。
 だけど、双子というのもこれで結構大変なのだ。
 例えば、他の人にどちらが克樹でどちらが充樹かをなかなか覚えてもらえない。
 顔も背格好も同じ一卵性の双子だと、完全に見分けられる人は極端に少ない。
 パパやママですら、時々間違えることがあるくらいなのだ。
 最も、最近ではそれを利用してたまにいたずらする余裕も出来ているが。
 それに、双子だと考え方や好みも同じだからケンカをしないだろう、というのは実際大きな間違いだ。
 双子だってケンカくらいするし、意見が合わないことだってある。
 双子であるがゆえの困った性質、というものもある。
 例えば、克樹と充樹はどんなことでもきっちり半分ずつでないと気が済まない。
 ゲームのプレイ時間なら一秒単位まで同じじゃないとダメだし、お菓子を半分こするときも一ミリ単位まで正確に分けないと、我慢できずにケンカになってしまうのだ。
 普通の兄弟と決定的に違うのは、相手より少ない場合はもちろん、多い場合でも同じな事。
 とにかく何が何でも"全く同じ"でなければダメ、少なくても多くてもダメなのだ。
 上履きに履き替えて三階へ上がり、充樹と別れて自分達の教室に入る。
 その横を一人の女の子が、長い髪をふわっと揺らしながらすり抜けていった。
 二組の隅田真由すみた まゆ。かわいらしくて性格もいいマドンナ的存在の女の子。当然克樹にとっても充樹にとっても憧れの存在だった。
 だけど、彼女の身体も心も一つしかない。二人とつきあう事はできない。
 なので、克樹と充樹の間には暗黙の了解――彼女に対して抜け駆けをしないこと――があった。
 告白するときは二人一緒に。どちらかが『ごめんなさい』でも恨みっこなし。
 それが二人の間で決めた絶対の約束だった。
 二組――充樹のクラスの教室に入っていく真由の姿を、克樹はじっと眺めていた。
 美しくつやっとした長い黒髪。笑うとほんのりえくぼの浮かぶかわいらしい顔。
 彼女を眺めていると、なんだかポーっとした気持ちになってくる。自分でも何がなんだか分からないくらいに。
 多分それは充樹も同じなのだろう。双子なのでお互いの感情もたいていは分かってしまう。
「やっぱ、いつ見てもかわいいよなあ隅田ってさ」
 後ろからワッキーが克樹の肩をポン、と叩いた。
「ま、オレはタイプじゃないんだけどさ。結構競争率高いんだろ? 好きなら早いとこ告らないと先越されちゃうぜ?」
「んー、でも……。抜け駆けなしって、ミツとの約束だから」
「やっぱ双子ってわかんねぇなあ。俺だったら先手必勝で言っちゃうけどなあ」
 この関係は同じ双子でないと分からないさ、と克樹は心の中で言った。
 この関係、この感覚は同じ卵子から生まれた一卵性の双子しか持ち得ないもの。
 多分同じ立場の人間で無ければ、理解することは不可能だろう。
「授業始まるよ。行こう」
 克樹はそう言って、教室に入っていった。その後を慌ててワッキーが追っていく。
 平和な朝の風景。今日も変わらない一日が始まる……はずだった。いや、あんなことがなければ何事も無く一日が過ぎていたはずだったのだ。
 だが――。

 チャイムの音が軽やかに鳴り響く。
 日は天高く昇り、その日差しを地に降り注がせる。
 昼休み――学生なら誰もがホッとするひとときの時間が訪れていた。
 今日の給食はパンと牛乳、ポークビーンズとほうれん草のお浸し、それにフルーツヨーグルトだ。
 克樹はワッキーと競争するように給食をかきこむ。
 たいていいつも給食の時間はワッキーと競争、そして昼休みは充樹や他の友達と校庭で遊ぶのが大体のパターンになっている。
 今日は克樹の方が先に食べ終わった。ワッキーは嫌いなほうれん草に苦労しているようだった。
「先行ってるよ」
 と、ワッキーに声をかけて教室を飛びだす。早く行かないと他の子達に校庭のスペースを取られてしまうからだ。
 校庭で二組のモッチ(森拓郎[もり たくろう])と合流する。モッチに場所を取ってもらい、克樹は体育倉庫にボールを取りに行く。今日はドッジボールだ。
 体育倉庫のある校舎裏へ向かう。と、その入り口で克樹の足が止まった。
 プレハブ製の体育倉庫。その向こうに立つ、もう葉だけになった桜の木の下にいる男の子と女の子。
 男の子は充樹だ。そして女の子は――隅田真由だった。
 思わず倉庫の陰に隠れて、その様子をうかがう。
 充樹と真由は何かを話している。だが、克樹の隠れている倉庫の影から桜の樹までは距離があるため、話している内容を聞きとる事はできない。
 しかし、遠目からでも二人が楽しそうに話していることは分かった。
 時折笑っているようにも見える。
 両手を頭の後ろに回して組み、にこやかに話しかける充樹。時折はにかんだような表情を見せる――ように見える真由。
 そして、その様子をじっと見つめる克樹。
 何か得たいの知れない物がこみ上げてくる。黒くどす黒い感情――嫉妬、憎しみ、今まで感じたことのない負の感情が克樹の心に押し寄せていた。
 体が――心が打ち震える。裏切られた――その思いが克樹の心を黒く染めていく。
 どうしようもないほどの怒り、そして憎しみ。
 今まで兄弟の間での約束は絶対だった。何をおいても優先すべき物としてお互いに認識し、誓いあったはずだった。
 それが――その誓いがもろくも崩れ去った瞬間であった。
 克樹は頭をブンブンと振った。
 ――今気づかれてはいけない。
 そう思いなおし、倉庫からボールを一つ持って校庭に戻っていった。
 校庭に戻るとワッキーや他の友達も来ていた。克樹は少し遅れた事を謝り、その輪に入っていく。
 程なくして充樹も現れた――それも何食わぬ顔で。
 だが、ここでそれを問いただすわけにはいかない。友達の前で事を荒立てたくはなかったからだ。
 だけど、さっき見た出来事は克樹の心の中にくさびのように突き刺さっている。
 それを考えると、目の前の充樹の顔が歪んで見えてしまう。
 克樹は湧きあがる感情を必死で抑えながら、昼休みを、午後の授業を過ごした。
 そして放課後――感情を悟られないように充樹や友達と通学路を歩く。友達と別れ、蜜樹と二人きりになるのを待ちながら。
 やがてついに、充樹と二人だけになった。もう周りを気にする事もない。充樹は何も知らず口笛を吹きながら歩いている。
「ちょっといいか?」
 克樹は立ち止まり、充樹を呼び止めた。充樹はキョトンとした顔でこちらを振り向く。
「何だよ?」
「お前、昼休み隅田さんと何話してたんだよ!?」
 普段克樹は充樹の事を"ミツ"と呼び、充樹は克樹の事を"カツ"と呼ぶ。"お前"と呼んだり呼び捨てにするのは、本気で怒っている時か真剣な話の時だけである。
 充樹もそのただならぬ空気を感じ取ったらしく、一転して真剣な顔つきに変わった。
「何だ、ひょっとして見てたのか?」
「何を話してたんだよ!?」
「別にたいした事じゃないよ」
「嘘つけ!」
 克樹は充樹に飛びかかった。怒りに任せてシャツの胸倉をつかみあげる。
「お、おい!」
「すごく楽しそうに話してたじゃないか! お前、まさか……まさか!!」
 克樹は顔を上気させて充樹に詰め寄る。充樹は気圧されたように目を丸くしていたが、すぐに我に返り、上に乗った克樹を払い飛ばす。克樹はもんどりうってブロック塀に背中からぶつかった。
 充樹はすぐに立ち上がって身体についた土を払う。克樹もすぐに立ち上がる。二人の視線がぶつかり合い、バチバチと火花を散らす。
「いい加減にしろよ克樹! オレが"誓い"をやぶるわけないだろう!?」
 これも二人の癖の一つ。普段は"僕"なのだが、キレたり真剣な時は"オレ"に変わる。
「信じられるかよ!!」
 あの現場を――二人があんなに楽しそうに話す場面を目撃して、信じられるはずがなかった。
 それほどに、あの場面は強烈に克樹の心をえぐり、衝撃を与えたのだった。
「もういいよ! もう、お前なんか絶交だ!!」
 兄弟間で絶交というのもおかしな話だが、とにかくそれくらいに克樹はキレていた。多分生まれて初めてくらいに。
 それほど二人の間の"誓い"は強固であり、絶対の物だったのだ――少なくとも二人の間では。
 克樹はその場からダッシュで家まで帰った。乱暴に自分の部屋――といっても克樹と共同の子供部屋だが――にランドセルを投げ込む。そして手早く制服を着替えると、そのままの勢いで家を飛び出した。
 もたもたしていると充樹が帰って来る。もう顔も見たくなかった(兄弟である以上家の中では顔を合わせざるを得ないのだが)。
 どこへ行くあてもなく、がむしゃらに街を走りぬける。やがて息をついてその場に立ち止まる。
 荒く呼吸をしながら首筋ににじんだ汗をぬぐう。――と、ポケットの中に変な感触を覚えた。
 ポケットをまさぐってみると、一枚の金属片――のような物が出てきた。
 薄いプレート状の金属片。片面にはローマ数字の2が刻まれている。
 ――こんなの持ってたっけなあ。
 克樹は見覚えのないその金属片をのぞき込んだ。その刹那、金属片が激しく光り輝いた。
 克樹は激しい光に包まれ、思わず目を覆う。やがて光が消えた時、克樹の身体も光とともに消えうせていたのだった。







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