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ゾディアックファンタジー
作:佐倉信輔



第一章 最初の四人 第三部 三人目 新堂司(しんどう つかさ)


 元気のよい子供たちの声がグラウンドにこだましている。
 市民公園の敷地にあるサッカーグラウンド。地元の少年サッカーチームに所属する子供達が歓声を上げながら練習に講じている。
 新堂 しんどう つかさもその中の一人。この少年サッカークラブには小学校に上がったときから所属している。
 今、司の所属するサッカークラブは、次の大会に向けて追い込みに入っていた。
 前回の大会では二回戦で強豪クラブとあたってしまい惨敗。上に行くにはもっともっと練習が必要だった。
 司の夢はJリーガーになって、海外のクラブチームでプレーする事。そのためにまず、地元シニアチームのテストに合格することが司の今の目標だった。そのためには大会は通過点に過ぎない。
 司の肩を誰かがポン、と叩いた。振り向くと目の前に田村黎たむら れいの顔があった。
 黎はニッと笑って右腕を突き出した。司も笑って右腕を突き出す。
 お互いに右腕同士を軽く合わせる――これが二人にとって挨拶のような、いつもの"儀式"。
 黎は司の幼稚園の頃からの親友。何をする時も一緒。同じ夢を持ち、同じサッカークラブで競うライバルでもある。
 『この世で一番大切なものは?』と聞かれたら、司は迷うことなく"黎"と答えるだろう。そのくらい大切な友達だった。――あの瞬間までは。
 ランニングやストレッチ等の準備体操、パス回しの練習等を一通りこなした後、その日はチーム内で紅白戦がおこなわれた。
 共にFWで試合の時はツートップを組んでいる司と黎。この日はそれぞれのチームに別れて対戦する事になった。
 司は赤のビブスに袖を通し、軽く屈伸運動をする。
 同じチームだけに、黎と対戦する機会はそう多くは無い。紅白戦で敵チームになるのも割りと久しぶりだ。
 司はゆっくりとピッチに歩を進める。ここのところ晴天が続いていたので、土のピッチはカラカラに乾いている。足で踏むとかなり硬くなっているのがよく分かる。
 センターサークルの前歩み寄る。黄色のビブスを身に着けた向こうのリーダーはやはり黎だ。
 お互いセンターサークルに歩み寄り、再びいつもの"儀式"をかわす。そして陣地決めのコイントス。
 キックオフは司の赤チームが手にした。ホイッスルの合図と共にボールを蹴りだす。
 紅白戦は七対七のミニゲームで、前後半十五分ずつでおこなわれる。ほぼ一進一退の攻防が続いたが、十分を過ぎたところで一瞬の隙を疲れ、黎に先制ゴールを許してしまった。そして、そのまま前半が終了した。
 休憩中、黎が話しかけてきた。
「今日はどうやらオレの勝ちみたいだな」
「まだ後半があるさ。見てろよ、きっちり逆転してやるぜっ」
 司はそう言って右腕を突き出した。黎も右腕を突き出し、再び"儀式"。そして後半が始まった。
 後半は赤チームが少し押され気味の展開が続いた。黄色チームがボールを支配する時間帯が増え、なかなか司の元にボールが回ってこない。
 司は少し苛立いらだっていた。このままでは黎に負けてしまう。
 その時、味方キーパーが大きくフィードしたボールがセンター付近のライン際に上がった。
 司はチャンスとばかりにそのボールに突進していく。が、それよりワンテンポ早く黎が落下地点に入ってくる。
(ここでボールを取られたら後が無い!)
 そう思った司は、思い切りボールに向かって飛び込もうとした。が、次の瞬間ピッチに足を取られて大きくバランスを崩してしまう。そして、そのままの勢いで黎とぶつかってしまったのだった。
 グシャっという嫌な感触。それに続いて悲鳴があがる。
 司はうめきながら立ち上がった。どうやらたいした怪我はないようである。
「悪ぃ黎、大丈夫――」
 言いかけて司は凍り付いてしまった。
 黎がピッチに倒れたまま動かない。左の足首を抑え、真っ青な顔をして倒れこんでいる。その身体にはおびただしい脂汗が滲んでいた。
「黎――」
 司は我に返って慌てて黎に駆け寄ろうとしたが、今のアクシデントを見て文字通り飛んできたコーチがその間に割って入った。
「大丈夫か田村! ――こりゃいかん、すぐに救急車だ!」
 ピッチの中は騒然としていた。監督とコーチは大声で何かを言っている。子供達は恐る恐る様子をうかがう者や、ヒソヒソ声で何かを話しあう者、心配そうに黎の様子を見つめる者と三様に別れていた。
 司は呆然とその様子を見ていた。ただ見ていた。目の前の光景が信じられないかのように。自分だけが違う次元にいるかのように。
 そして瞬間的に感じた、あの嫌な感触を思い出す。
 あの時司はバランスを崩し、走ってきた勢いで黎にぶつかった。その時――そのとき黎の左の足首に自分の身体が乗っかってしまった?
 そんな事を呆然と考えているうちに救急車が到着し、黎は病院へと搬送されて行った。
 その日の練習はそれで中止になり、司は放心状態のまま帰宅したのだった。

 翌日、黎は学校に来なかった。同じクラスの子によると、昨日の一件の後そのまま入院してしまったらしい。
 司は黎の入院した病院にお見舞いに行こうかと思った。昨日の事の事後処理等のため、今日の練習は休みになっていたからだ。
 しかし、クラスの片隅から聞こえて来たひそひそ声が、司の心に重大な衝撃をもたらした。
 ――なあ、聞いた? 二組の田村の話。
 ――ああ。サッカーの練習中に怪我して入院しちゃったんだろ?
 ――かわいそうに、もうサッカーできないらしいぜ。
 ――マジかよ、そりゃあぶつかった奴を恨んでるだろうなあ。
 ――聞いた話じゃぶつかったのってうちのクラスの奴らしいぜ。
 ――マジかよ!? うちのクラスでサッカークラブに入ってる奴っていったら……。
 そこまで聞いたところで、司は教室を飛びだしていた。
 ただひたすら走る。走って走って、校舎の裏手にある桜の木の陰に駆け込んだ。
 肩で息をしながらその間にうずくまる。
(黎が――もうサッカーができない!?)
 嘘だと思いたかった。何かの間違いだと思いたかった。
(オレの――オレのせいだ。オレのせいで――オレのせいで黎はサッカーが――)
 司は頭を抱えてイヤイヤをした。だが、さっきの話し声は頭の周りをグルグル回るばかりで消えてくれなかった。
 そして、それは大きな重圧となり、司を押しつぶしていった。
 その後の授業をどうやって受けたのかよく分からなかった。
 気がつくと、司は緑地台病院の前にいた。ここは黎の運ばれた病院。そして、黎の入院している病院である。
 大きくそびえ立つ総合病院の病棟を、司はただ見上げていた。
 いつの間にどこで買ったのか、手には花束が握られていた。
 ここまでどうやってきたのか、全く思い出すことができなかった。
 無我夢中だったのか、放心状態のままここまで来たのか。ともかく今、自分が病院の玄関の前にいる、ということだけは確かだった。
 だけど、そこから先の一歩がどうしても踏みだせなかった。
 黎に取り返しのつかない怪我をさせてしまったのは、他でもない司自身だ。その自分が、どの面をさげて黎に会えばいいというのだ。
 足を踏み出そうとするたびに、頭の中でこだまのようにその声が響く。
 病院から親子連れが出てきた。小さな女の子が不思議そうに司の方をみていたが、すぐに母親に手を引かれて連れられていく。後ろからおじいさんが杖をつきながら病院の中へ入っていく。
 司の後ろで先ほどの女の子が母親と話す声が聞こえる。
 ――ママ、なんであのお兄ちゃんお花持ったままあそこでじっとしてるの? 病院怖いのかな?
 ――さあ、どうしてかしらね。でも、きっと何かわけがあるのよ。そっとしておいてあげましょうね。
 ――はぁい。
 司の顔がカーッと赤くなる。司は走り出した。病院とは反対側に、きびすを返して。
 先ほどの親子連れを一気に追い抜く。後ろで女の子の『変なの』と言う声が聞こえるが、無視して走る。
 走って走って、いつの間にか司は児童公園の前にたどり着いていた。公園の中からは小さな子供たちの声が漏れてくる。
 司は方で息をしながら、公園の門柱に寄りかかる。と、そこにコロコロとサッカーボールが転がってきた。
「お兄ちゃーん、ボールとってーっ!」
 公園の中から小さな男の子が司に呼びかけてきた。
 司は男の子の方にボールをパスしてやろうとボールに近づいた。が、次の瞬間激しい悪感に襲われた。
 ボールがぐぅーん、とフィードバックし、代わりにそこに黎の顔が浮かび上がってくる。黎の顔はこちらを見つめてくる。何もいわず、ただずっと。その顔がまるで自分を責めているかのように見えてくる。
 ――どさっ。
 司はハッと我に返った。目の前にはサッカーボール、そして司はその場で尻餅をついていた。
 どうやらさっきの音は、司が尻餅をついた音だったらしい。その向こうで、さっき声をかけてきた男の子がキョトンとした顔でこちらを見ている。
 ――いたたまれない。司の中で何かが壊れていくような、そんな気分。
 司はまた走り出した。その場から逃げるように。
 とにかくめちゃくちゃに走る。どこでもいい、全てを忘れてどこかへ消えてしまいたかった。
 黎と初めて逢ったのは、幼稚園の入園式のときだった。たまたま隣の席に座ったのが縁だった。
 二人はすぐに仲良くなった。"ウマが合う"とでも言うのだろうか、とにかく二人はいつも何をするにも一緒だった。
 もちろん時にはケンカをした事もあった。が、たいていすぐにどちらともなしに仲直りして、次の日にはまた二人で遊んでいた。
 サッカーは二人とも出会う前から好きだった。そして、二人とも将来の夢は"Jリーガー"だった。
 小学校に入って、二人はそろって市の少年サッカーチームに入った。その時から、二人は"親友"であると同時に"ライバル"にもなった。
 毎日競うように練習をして、四年にあがったときに二人そろってレギュラーの座を獲得した。
 そして、五年にあがったときには二人でツートップを組むようになった。
 司は黎が自分にとって最高のパートナーだと思っていたし、多分黎だって同じように思っていただろう。
 この秋には二人そろってシニアクラブのテストを受ける約束をしていた。プロチームのジュニア育成機関であるシニアクラブ。それは二人の夢の第一歩でもあった。
 だけど、その夢は崩れ去ってしまった。それも自分の夢であればまだいい。こともあろうに、親友の夢を自分の手で壊してしまったのだ。
 いや、それよりなによりもっと大きなもの――今まで築いてきた黎との友情まで木っ端微塵に砕けてしまった。
 それは、取り返しのつかない、そして何よりも残酷な事だった。
 司はとうとう走る事ができなくなり、その場にしゃがみこんだ。息をきらせ、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返す。
 顔を上げるとそこは、司の家がある団地の敷地の中だった。
 しばらくそのまましゃがみこんだ体勢で、酸素を体内に補給する。
 ようやく息が整ってきて、司は立ち上がった。そして、とぼとぼと自分の家のある一号棟の入り口に向かう。
(今日は母さん仕事だっけ)
 団地の階段を昇り、家の前に置かれた観葉植物の鉢を持ち上げる。母さんが仕事で家を空けるときは、必ずこの鉢の底に鍵を隠していく。
 鉢の底に貼り付けられた鍵をはがす。と、鍵と一緒に何かが転がり落ちた。
 キーホルダーが外れたのかと思い、司は転がり落ちたそれを拾い上げた。
 それはキーホルダーではなかった。薄い金属製のプレートのような物で、アルファベットの"H"の四隅の端を左右に引っ張ってゆがめたような形をしている。
 なんだかよく分からなかったが、とりあえず司はその"何か"を持って家の中に入った。
 そしてランドセルを自分の部屋に放り出すと、そのプレートをしげしげと見つめてみる。
 次の瞬間プレートが激しく光り、司の身体を丸ごと包みこんだ。
 そして、司の身体は光と共にいずこかへと消えていった。
 後には何事もなかったかのように静寂せいじゃくだけが流れていた。







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