第四章 異世界その2 第二部 拳と少年 その3
村を出発して三日目の朝を向かえた。
山はもうすぐそこまで迫っている。あの山脈を越えれば、ノアの町はもうすぐそこなのだろうか――。
今日は朝からお互いひと言も喋っていない。
お互い気を使いすぎて声をかけそびれている――、そんな感じだった。
目の前の山へ向かって歩く時間が、長い長い時間に感じられた。
ひと言も喋らないため、なんとなく時間が長く感じられてしまうのだ。
気まずい――。その雰囲気が二人の周りを取り囲み、支配していた。
しかし言葉を発しなくとも、龍也は沙紀を気遣う事はやめなかった。
歩くペースを自然に沙紀に合わせ、さりげなく沙紀の様子に気を配る。
異変や疲れが見えたらすぐに呼びかけて休憩を取ってやろう――、そう思っていた。
しかし、沙紀はそんな様子を見せる事もなく淡々と歩いていた。
そして龍也はさらに神経を配りながら歩を進めていくのであった。
太陽は徐々に空高く昇って行き、道はついに傾斜を始め山道へとさしかかろうとしていた。
「いよいよ山越えだな――。疲れてないか?」
龍也が呼びかけると、沙紀は無言だが小さくうなずいた。
注意深くその様子を観察したが、特に不自然なところは見当たらない。――どうやら大丈夫そうだ。
龍也はうなずくと、再び歩きだす。
ずうっと草原だった道の両側は、徐々に木々に覆われた森へと姿を変えていく。
道の傾斜は先ほどから一定を保つように登っている。
森の木々に遮られてよくは見えないが、どうやらこの道は山脈の尾根をまわりこむような形で伸びているようだ。
だとすれば、それほどキツい行程にはならないだろうか。そんな事を考えながら進んでいく。
木々の間からは、この世界の生物らしい鳥の鳴き声が響いてくる。おそらくどこかの梢にでも停まっているのだろうが、その姿を確認するまでには至らなかった。
そのうち道の傾斜が少しきつくなってきた。どうやら、ふもとを回る道から尾根沿いの道へ入ったようだ。
いや、道――というよりはある意味登山道のようでもある。なにしろ、道はほとんど木々の間を抜けるような感じで踏み分けられただけのような代物なのだ。
ちょうど小学六年の時の耐寒登山で歩いたあの山の道のような感じだ。
傾斜した道を登る足に、徐々に疲労がたまっていく。
龍也は時々沙紀に呼びかけて反応を確かめながら、山道を進んでいった。
山道に入ってからどのくらいの時間がたったのだろうか――。
太陽の光は木々の間がから漏れてくるくらいで、はっきりと高さは分からない。が、木々の間から見える空がまだ紅らんではいないので、日暮れにはまだ少し時間があるのだろう。
道は依然として登っている。今自分達は山のどの辺りを歩いているのだろうか――。
馬の小父さんの話では、山の中には山賊が出るという――。
できる事ならそんな連中に会いたくはない。だから、できれば今日中に山を抜けたかった。
しかし、だからと言って沙紀に無理をさせるわけにはいかない。沙紀の様子を見ながら、こまめに休みつつ進んでいくためペースは上がらない。
そのうち木々の間からさす太陽の光が徐々に紅らんできた。いよいよ日暮れが襲来したようである。
あっという間にあたりは薄暗くなっていく。どうやら生い茂る木々のせいで光が届きにくいらしい。
このままだともう幾許もしないうちに辺りは真っ暗になってしまうだろう。当然電灯なんてあるわけがないので、そうなると全く動くことなどできはしないだろう。
「今日はもう休んだ方が良さそうだな――」
龍也はそう言った。沙紀も同意したらしく小さくうなずいた。
二人は周りに落ちていた枝を拾い集めて火を起こし、その場で野営する事にした。
火を起こした時にはもう当たりはすっかり闇に包まれていた。
リュックの中の残り少ない食料をお腹の中に入れながら、二人はたき火を囲んでいた。
ガイアが用意してくれた食料ももうほとんど残っていない。明日からは自分達で食料を調達しなければならないだろう。
そんな事を考えながら揺らめく炎を見つめていた、その時だった。
木々の間で何かが動いたような気がして、龍也は立ち上がった。
「どうしたの――」
精一杯の声で沙紀が呼びかけてきた。
「シッ」
龍也は口に人差し指を当てながら短くそう言い、神経を集中させる。
じっと目を凝らすと、ぼんやりとだが闇の中に何かのシルエットが浮かび上がってきた。
やがてシルエットの周りに光が出現し、闇の中に来訪者の姿が浮かび上がる。
龍也と沙紀は息を呑んだ――。
龍也達を取り囲んでいたのは、龍也達の世界の大人くらいの背丈の集団だった。姿は龍也達の世界の人間によく似ている。みな鋭い目つきでこちらを威嚇し、ナイフのような武器を携えている。
「――山賊」
龍也は小声で呟いた。
間違いない――。馬の小父さんが言っていた山賊だ――。出なければこんな時間にこんな場所で龍也達を取り囲んでいる理由が分からない。
「有り金と、持ち物全部置いていってもらおうか――」
中の一人が低い声でそう言った。
やばそうな雰囲気がひしひしと伝わってくる。
龍也は脅し文句を放ってきた山賊に向かって言った。
「僕たちは別の世界から来た人間です――。元の世界に帰るために旅をしているだけで、お金も金目の物も持っていません」
なんなら荷物を確認してください――、そう言おうとしたが、次の瞬間いきなり山賊達の態度が豹変した。
ボスらしき人物は一歩前に出ると、龍也達に向かって言った。
「お前達まさか星人か? ――いや、その"守護者"の紋章はそうなんだろうな。しばらく前にそんな噂は聞いていたが、まさか本当だったとはな。――よし、作戦変更だ。星人をネタにすれば敬虔な旧教信者の獣人王からたんまりふんだくれるはずだ。野郎ども、こいつらを捕まえろ! 殺さねえ程度なら痛めつけてもかまわねえ!」
どうやら身分を明かした事は完全に逆効果だったらしい。
山賊達はゆっくりと二人を取り囲む輪を小さくしていき、二人の逃げ道を奪っていく。
このままだとヤバい。しかし、対抗できるような手段もない――。
龍也は自分と木の間に沙紀をはさむようにして立ち、両手を広げて彼らの前に立ちはだかった。
しかし、対抗する手段が見つからない以上、捕えられるのは時間の問題だった。
山賊達の輪がさらに小さくなり、もう山賊達の顔がすぐそこまで迫ってくる。
もうダメだ――。
龍也がそう思った次の瞬間だった。
輪の外側で数人の山賊達が吹き飛ばされた。
一体何が起こったのかをすぐには把握できず、龍也達を取り囲んでいた山賊達がそちらの方を振り向いた。
すると先ほど山賊達が吹き飛ばされた辺りから、黄金色に輝く気が噴きあがり、さらに数人の山賊が吹き飛ばされる。
「どうしたんだ! 一体何が起こってる!?」
山賊のボスはわめくように言った。
「な、何者かが突然襲って――ゲファッ!!」
答えを返した山賊が空高く吹き飛ばされた。
龍也も沙紀もその様子を唖然として見つめていた。
やがて、山賊達の間を割って一人の小柄な少年が現れた。
少年の両手には格闘技用のグラブらしき物がはめられていて、気はどうやらそこから立ち昇っているらしい。
「なめやがって、このガキ!」
再び数人の山賊が襲いかかる。
しかし、少年は姿勢を低くして身構えると、襲い来る山賊の攻撃を鮮やかにかわし、その身体に気をまとった拳を打ち込んだ。
山賊達は叫び声と共に大きく吹き飛ばされ、森の木々にしたたかに打ちつけられて伸びてしまう。
それで力の差を悟ったのか、山賊達は気圧されるように少年から距離を取っていった。
「手前え、こいつらの仲間か!?」
山賊のボスが大声で威嚇する。
しかし、少年は動じることなく言った。
「さあ、どうかな?」
そこからの動きはまさに疾風、だった。
少年はあっという間にボスとの距離を詰めると、左の拳を繰り出す。が、そこは山賊の方もボス。少年の拳を身をひねってかわすと、その動きを利用して遠心力を乗せ、バックスイングで左の手刀を繰り出した。
少年は相手の手刀に自分の手をあてがうようにしてそれをいなし、身体を一回転させて遠心力の乗った横蹴りを見舞う。これは見事に山賊のボスに命中したが、拳ほど威力はないようでそれほど効いてはいなかった。
が、少年はさらに、攻撃を受けた相手の一瞬の隙をついて右の拳を真っすぐ突き出す。拳はボスの左のわき腹近くに入り、ボスはうめき声をあげて片肘をついた。
「ガキのくせに生意気な――!」
ボスは後ろに飛んで距離を取ると、両手を胸の辺りに近づけて何かを念じ始めた。
「格闘はなかなかやるようだが、所詮ここに来たばかりの星人なら呪力なんざ知るまい!」
呪文――?
呪文のようなものだろうか?
ボスの手の中で薄い黄緑の気が集束していく。
「風よ、刃となってかの者を切り刻め! エウロ・アララク・ウーナ・ブローナ――。 "エアロ・スライサー"!」
次の瞬間、円刃と貸した無数の刃が少年を襲う。
しかし、少年は慌てなかった。
両手の拳を合わせ、身を屈めながらそれを腰元に引いて気を集中させる。黄金色のオーラが一点に集束し、強い輝くを放つ。
少年が構えた両の拳を体の前につきだす。拳に集束したオーラが一筋の光となって空間を走り、円刃と激しくぶつかり合う。円刃は次々と砕かれ、光は突き進む。
慌てふためくボスのどてっぱらに光は見事に命中し、ボスは後方の木に思いきり叩きつけられたのだった。
「カハッ!」
うめき声と共にボスの口から少量の血が飛ぶ。
「今のは――! ちくしょう、あれが星人の能力か!」
しぼりだすようにそう言った。
小片はなおも身構えたまま、じりじりとボスとの距離を詰めていく。
ボスは何とか立ち上がると、先ほど光が命中したあたりを抑えながら後ずさりしていった。
そして、ざわつく手下に顔をしかめながら指示を出す。
「野郎共! 今日は引き上げだ!」
ボスのその言葉を合図に、引き波のように山賊達が後退していった。
ボスも一人の手下の肩を借りて後退していく。
そしてあっという間に山賊達はいなくなってしまったのだった。 |