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ゾディアックファンタジー
作:佐倉信輔



第一章 最初の四人 第一部 一人目 福田勇樹(ふくだ ゆうき)


 福田勇樹は腹を立てていた。
 事のきっかけは一年前にさかのぼる。当時勇樹のクラスに、大貫孝博おおぬき たかひろという一人のクラスメートがいた。彼は気さくで、勉強も運動も中くらい。他の子と変わらない普通の男の子だった。
 ただ、一つだけ孝博という子が他の子供たちと違ったのは、生まれつきの異常で左足が右足に比べて十cm程短く、歩くのにロフストランドクラッチという先端の輪っかに腕を通すタイプの杖を使っている、という点だった。
 この年頃の子供たちとって、自分たちと異なる何か――特に(言い方は悪いが)病気や障害といった"弱い点"や"劣る点"は好奇の対象となり、また同時にいじめや偏見の要因になってしまうことがある。
 孝博もまた、その左右の長さの違う足が好奇を呼び、何人かの同学年や上級生の生徒にいじめを受けていた。
 一年の頃から親友だった勇樹はそれを放っておく事ができず、彼らが孝博をいじめている現場を見つけるたびにそこに割って入り、時には連中と取っ組み合いのケンカになった事もあった。何度か先生に呼び出されて叱られた事もあったが、『孝博を助けるため』だと自らに言い聞かせて我慢して来た。
 ところが一年前のある日、その事件は起こったのだった。孝博が自宅近くの公園で首を吊っているのが発見されたのだ。
 現場近くから遺書が見つかり、首を吊った木の下に踏み台にしたと思われるビールケースや彼の使っていた杖が落ちていたため、警察は自殺と判断した。
 勇樹は彼が自ら命を絶った事に大きなショックを受けた。しかし、孝博の死から一週間ほど経った頃に偶然聞いた、彼をいじめていたグループの会話を聞いた時、勇樹はそれまで以上のショックを受けたのだった。
 それは、お昼休みにたまたま勇樹が体育館の近くを通りかかった時の事だった。体育館の裏手から話し声のような物音が聞こえた気がして、勇樹はその音がした方に近づいていった。
 物音はやはり話し声だった。体育館裏にいたのは孝博をいじめていたグループの生徒たちだった。四年生が一人、五年生が二人、それにリーダー格の六年生が一人。
 勇樹は身を潜めて、じっと彼らの話に耳をすませた。
「しかし大貫のやつ、本当に死んじゃうとはな」
「ほんとほんと。冗談で首吊りごっこやっただけなのにな」
「だけど、よく警察にオレたちの事バレなかったな」
「そりゃあ、遺書はマジであいつに書かせた物だったからな。偶然だけど」
「所詮警察なんてそんなもんさ。適当に偽もんの証拠をばらまいとけば簡単に騙せる。もっとも、半分は親父に頼んで圧力かけてもらったからだけどな」
「そういやタクの親父市会議員だっけ?」
「親父さまさま、ってやつ?」
 勇樹は我慢できず、連中の前に飛び出した。彼らは一様に驚いて身構えた。
「てめえ、まさか聞いてやがったのか!?」
 五年生の一人がドスの聞いた声を飛ばす。が、勇樹はひるまずに言い返した。
「今言った事が本当なら、今すぐ警察に自首しろ! そして孝博に謝れ!!」
「何言ってんだてめえ」
 リーダー格の六年生が凄みのある声で言ってきた。
「証拠でもあるのかよ。言っとくけどな、『さっきの俺らの会話を聞いてました』ってのは証拠にはならねえぞ。こういうのはな、"ジョーキョーショーコ"って言って裁判じゃ意味ねえんだよ。もっとも俺達ミセイネンだから捕まったってすぐ釈放されるだろうけどな」
「そういう問題じゃない!」
 勇樹は叫んだ。
「お前たちのした事は"間違った事"だって言ってるんだ! だから『自分がやった』って正直に言って謝れって言ってるんだ!!」
「バーカ」
 六年生は平然と言った。
「そういうのはな、キレイゴトっつうんだよ。それにな、あんなまともに歩けねえようなクズ一人死んだって、誰も何とも思やしねえよ。できそこないの働きアリの子供が食われただけ、それ以上でも以下でもねえ。それがシャカイってやつなのさ」
 リーダー格のその一言で勇樹の中で何かが切れた。気がつくと勇樹はグループの一人に向かって飛びかかっていた。
 その後はもうめちゃくちゃだった。取っ組み合い、殴り合い、修羅場という言葉がぴったりな状態だった。誰かが呼んだ先生たちか駆けつけたときには、勇樹もイジメグループの四人もボロボロになっていた。
 勇樹たちは先生にこってり絞られた。怪我をした生徒がいたためにその場はそれで帰されたが、問題が起こったのはその夜の事だった。夜になって怪我をした生徒の父親が勇樹の家に怒鳴り込んできたのだ。
 ここで勇樹にとって不運な事が二つあった。一つは怪我をした生徒の傷が予想以上に深かった事。たまたま体育館裏に置かれていた割れた窓ガラスに突っ込んでしまい、右腕を十針以上縫う大怪我をさせてしまったのだ。
 もう一つは、その怪我をした生徒がよりにもよって、市議会議員の父親を持つリーダー格の六年生だった事だった。
 リーダー格の父親はすごい剣幕で勇樹のお母さんに迫った。お母さんは平謝りし、勇樹も無理矢理謝罪させられて何とかその場は取り繕う事ができた。
 リーダー格の父親が帰った後、勇樹は我慢できずにお母さんに食ってかかった。
「何で僕たちが謝らなくちゃいけないの!? 悪いのは向こうなんだよ!?」
「そうね」
 と、お母さんは静かに言った。
「でも、先に手を出したのはあなた。それは間違いないんでしょう?」
「それは……そうだけど。でも、あいつは孝博の命を奪った上に、孝博の事を虫けらみたいに言ったんだ! だから、それが許せなくて……!」
 乾いた音が鳴った。勇樹の頬をピリピリッとした痛みが伝う。
「確かに孝博君が亡くなったのはその子達が原因かもしれない。だけど、その事と今回の事は全く別な事よ。先にあなたが手を出した以上、今回のケンカに限っては勇樹が悪いの。もしお父さんがここにいたらきっとこう言ったはずよ。『間違っている事を間違っているという事はとても大切で勇気のいる事だけど、それは相手を力で押さえつける事とは違う。憎しみだけで相手にぶつかっちゃいけない。誠意と正義を持ってぶつからなきゃいけない』ってね」
「そんなの……、そんなのわからないよ!!」
 勇樹は叫んで自分の部屋に飛び込んだ。ベッドに潜り込んで頭から布団をかぶってうずくまる。
 涙が止まらなかった。叩かれて痛かったからじゃない。悔しかったから。
 自分では正しいと思った事をしたつもりだった。いや、はずだった。だけど結果的に悪者になったのは自分だった。それも、唯一自分の味方をしてくれると思ったお母さんにまではっきりとそう言われてしまった。――それが悔しくてたまらなかった。
 翌日勇樹は普通に学校に登校した。教室に入ると、それまで騒いでいたクラスメート達がさっと静まり返り、誰ともなしに勇樹から距離を取っていった。勇樹が席につくと友達が様子をうかがうように近づいてきて離しかけてきた。が、その態度もなんだかよそよそしいように感じられた。
 そして、午前中の授業が終わった後、勇樹は担任の先生に呼び出された。
 職員室の隣の応接室に通されると、そこには校長先生の姿もあった。校長先生も担任の先生もなんだか渋い顔をしている。
 勇樹がソファに座ると、向かいに座った校長先生が言いにくそうに口を開いた。
「実は……昨日のケンカのことなのだがね」
 そら来た、と勇樹は思った。昨日の今日で呼び出される事といったら百パーセントそれしかありえない。
「今朝早く降矢君のお父様が見えてね。『あんな危険な子供をうちの息子と同じ学校で勉強させてほしくない。いますぐやめさせてくれ』と言われてね」
 降矢、というのは例のリーダー格の六年生の名前だ。あの父親は、ご丁寧に学校にまで怒鳴り込んだようだ。
(危険なのはそっちじゃないか)
 と、勇樹は心の中で思った。
「しかし、小学校は義務教育だから退学させる事はできない。といって、市議会議員である降矢氏の意向を無視する事もできなくてね……」
 校長先生はそこで言葉を濁した。勇樹は少しイラっとして校長先生にいった。
「校長先生、僕に言いたい事があるならはっきり言ってください。僕は停学ということですか?」
「いや、今の制度ではそれもないんだ。ただ……」
 校長先生はなおも言いにくそうにしていたが、ついに意を決して言った。
「降矢氏にもこれで引き下がってもらったのだが、とりあえず君は出席停止という扱いにして自宅待機してもらうことにした」
 とどのつまり、意味合い的には停学と変わりないじゃないか。だが、続いて校長の口から出た言葉に勇樹は仰天した。
「それでだね、その間に転校先を探してもらって、という形にしたいのだよ。校区のかねあいは特例扱いにするよう、教育委員会にかけあっているから心配はいらないよ」
 それでは結局のところ自主退学ではないか。勇樹は思わず立ち上がった。
「どうして僕がそこまでしなきゃならないんですか!? 悪いのは……」
 そこで勇樹は言葉を切った。どうせその先を言ったって帰ってくる返事は決まっている。
 すると、今まで黙っていた担任の先生が立ち上がり、勇樹の両肩に手を乗せて諭すように言った。
「すまん福田、こらえてくれ。校長先生も苦渋の決断をされたんだ。降矢君のお父様は地元の名士で、この学校にも多額の寄付や寄贈をされていてな。学校全体のためにも彼の要望をむげに断る事ができなかったんだ。お母さんには夕方お仕事が終わってから伝えようと思っている。だから、今晩お母さんとよく話し合って今後の事を決めなさい」
 勇樹は黙ってうなずくしかなかった。これほどまでに無力さを感じたのは初めての事だった。
 それから勇樹は半分放心したような状態で帰宅した。どこをどう通ったのかも分からない。気がつくと勇樹は和室に飾られた一枚の写真の前にいた。
 写真には一人の男性が映っていた。警官の制服を着て、大きな目はまっすぐこちらを見つめている。勇樹の大好きだったお父さんの写真。今はもういないお父さんの写真。
 勇樹のお父さんは近くの交番に勤務する警察官だった。優しい人で、テストで悪い点を取ったりお皿を割ってしまったりしても全然怒らず、『まあまあ』と言ってお母さんをなだめてくれるような人。だけど嘘や礼儀には厳しくて、嘘をついたり約束を破るとものすごく怒られた。納戸に閉じ込められたり外に放り出されたりした事もあるけど、しばらくするとそっと顔を出して、勇樹が泣きながら「ごめんなさい」と謝ると優しく頭をなでて許してくれる。勇樹を戻すまでは食事の時間であっても一切手をつけない。休みは不定期だが非番の日は勇樹をいろんなところに連れて行ってくれた。勇樹の目の前で引ったくりを捕まえた事もある。
 優しくて厳しくて、かっこよくて世界中で一番大好きだったお父さん。将来はお父さんのような立派な警察官になるのが小さい頃からの勇樹の夢だった。だけど、そのお父さんはもうこの世にはいない。
 お父さんが亡くなったのは二年前の事だった。コンビニ強盗を捕まえようとして逆に刺されてしまったのだ。病院で冷たくなったお父さんにすがり付いて泣きじゃくったのを今でもはっきりと覚えている。
 それから勇樹の家庭は変わってしまった。お母さんは勇樹が生まれるまで働いていた会社に復帰し、朝早くから夜まで仕事にでるようになり、勇気は一人でいる事が多くなった。夕ご飯はできあいの物や冷凍食品ですませる事が多くなった。少しずつ、でも確実に勇樹の周りの何かが崩れていくようだった。
 勇樹は生前お父さんが言っていた言葉を思いだしていた。
『いいか勇樹。自分に正直になれ。他人にだけじゃなく、自分にも嘘をつくな。自分の正しいと思った事をやれ。――。それと、俺に何かあった時は母さんを頼むぞ。お前が母さんを守るんだ、いいな』
 間の部分がぽっかり空いて思いだせなかった。だけど、お父さんは『自分の正しいと思った事をやれ』とたしかに言っていた。
(僕は自分が正しいと思うことをやったんだよ。だけど、結局僕が悪者になっちゃった。何がいけなかったの? 僕が正しいと思った事は正しいことじゃなかったの? もしお父さんだったら……、お父さんだったらあの時どうしたの? ねえ教えてよ、お父さん)
 気がつくと勇樹の頬を涙が伝っていた。悔しくて悔しくてしかたがなかった。自分の中のお父さんに貰った誇りが踏みにじられたような気がした。
 その時足元で何かが光った気がした。目をこすってよくみて見ると、そこには見慣れないプレートのような物が落ちていた。三cm四方くらいの銀色のプレートで、表面には=(イコール)のマークの上の棒の真ん中がお餅のように膨らんだ形の記号のような模様が彫られていた。
 次の瞬間プレートがまぶしい光を放った。あまりのまぶしさに思わず勇樹は目を塞いだ。激しい光は部屋中を包みこんだ。そして光が収まった時、勇樹の姿はその部屋から忽然と消えていた。







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