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舞台は現実世界に戻り、第二章までの四人に続く新たな四人の旅立ちを追います。
まず最初に登場するのは、ちょっと不良っぽい一人の中学生。
さてさて、なにがおきますやら――。
ゾディアックファンタジー
作:佐倉信輔



第三章 次の四人 第一部 五人目 安住 龍也(あずみ たつや) その1


 暖かな日差しが降りそそいでいる。
 静かに寝転びながら、空を流れゆく雲を見つめている。
 こうすると、なんだかなにもかもがどうでもいいような気分になってくる。
 この時間が、一日で一番落ち着く時間でもあった。
「またサボってるんだ」
 下の方から声がする。やれやれ、またあいつか――。
「別にサボりたくてサボってるわけじゃねえよ。――つーか、お前こそサボりかよ」
 安住あずみ龍也たつやは下に向かってそう言った。
 相手は水野みずの美南みなみ。幼稚園からの腐れ縁だ。
「あたしは『保険室に行く』っていって出てきたんだもん」
 だからそれをサボりって言うんだろ――。
「つまんない意地なんか張んなきゃいいのに」
「うっせ」
 龍也はぶっきらぼうに言った。
「これは俺の命より大事なもんなんだよ――」
 そう言って、自らの少し赤みがかった茶色の髪を軽くなでる。
 さきほど美南が言った"意地"というのもこの髪のことである。
 かといって、龍也がどこぞの軟弱な若者のようにファッションや髪形に異様にこだわっているわけではない。
 龍也の茶髪はれっきとした地毛である。母親がイタリア人の母を持つハーフで、その遺伝によるものなのだ。
 瞳の色がやや緑がかっているのもそのためだ。
 ただし、その母親は今はもういない。彼が小学五年の時に病気で亡くなったのだ。
 いわば、彼の髪と瞳は母親の残した形見ともいうべき代物なのである。
 そんなわけで、龍也は自分の髪と瞳を人一倍大切にしているのだった。
 ところが、中学に入学した時に大きな問題が持ち上がった。龍也の進学した中学では――まあ、普通どこの中学でもたいていはそうだが――校則で茶髪が禁止されていたのだ。
 当然龍也は自分の髪の色が母親譲りの地毛である事を主張した。しかし、学校側は"特例は認められない"の一点張りで、話し合いは平行線をたどったのだった。
 こうなると龍也も引き下がる事ができず、"黒く染めろ"という学校からの命令を無視して登校し続けた。ところが、学校側も意地になって強硬な手段にでたのだった。
 ある日、龍也が学校に登校して来るといきなり教室の前で担任の教師に止められた。
『悪いが校長命令でな。その頭を直してくるまでお前を授業に参加させることはできん』
 教師は龍也にそう宣告した。――明らかな学校側の横暴だった。
 それから龍也は別室で一人授業を受けさせられる事になった。――といっても、実質は開き教室に一人押し込められて、何をするでもなく授業が終わるまで一人部屋に入れられているだけ。休み時間、他の生徒と会話する事も許されない。いわゆる懲罰房に近いものであった。おそらく形式上だけでも授業を受けている事にするためのものなのだろう。
 最初のうちこそ教科書片手に自分で勉強していたが、そのうちそれも阿呆らしくなってきた。そして今ではこうして気が向いたら屋上に出て、給水塔のある高台の上でのんびり空を見上げる事にしているのだった。教師達も見て見ぬふりをしている。
「早く戻れよ――。バレたらお前まで"隔離"されるぞ」
 言い方はぶっきらぼうだが、その言葉はまぎれもなく美南を心配しての事だった。
 こんなところを教師に見つかりでもしたら、自分のせいで美南まで"独房行き"になってしまう。
「私は別にそれでもいいもん。――それでタッちんが一人でなくなるなら、私も"隔離"されたって――」
「それ以上言うな――。どこで誰に聴かれてるか分かったもんじゃねえからな。――それから、いい加減"タッちん"はやめろ」
 美南は昔から龍也の事を"タッちん"と呼ぶ。中学にもなっていい加減恥ずかしいからやめてくれ、と龍也はいつも言っているのだが――。
「いいじゃん。昨日今日の付き合いじゃなし」
「だからそういう問題じゃねえって」
 龍也は相変わらずぶっきらぼうな声で言った。
 どうもこいつといると調子が狂う。小さい頃からそうだ。
 その時チャイムの音が響き渡った。授業の終了を告げるチャイムだ。
「あ、もうこんな時間。私行くね」
 そう言うと、美南はスカートを翻して高台からひらりと飛び降り、後者の方へ消えていった。
 後には、再び龍也とどこまでも広がる青空だけが残っていた。
 ――そろそろ俺も戻るかな。
 龍也は呟いて立ち上がった。そして、大きく伸びをする。
 その途端、折りからふわっと春の空気を乗せた風が龍也の身体をなでた。
 龍也は風になびく髪を少し押さえながら、屋上の出入り口に向かって歩いていった。
 さて――、またしばらくは独房だ――。

 下校時間が来ても龍也はすぐには帰れない。
 他の生徒との接触を禁止されているため、下校は他の生徒が全員帰ってから、と決められているからだ。同様に朝も他の生徒が投稿する前に校舎に入らなければならない。
 薄っぺらな鞄を肩にかけて校舎を出る。出迎えは遥か向こうに見える夕暮れだけだ。
 家へ向かって道を歩いていると、不意に両肩に重みがかかる。
「――おい」
 もちろん龍也にはその重みの"主"が分かっているので、あえて振り向かずにそれだけ言った。
「おどろいた?」
 美南は龍也の両肩に手を乗せ、半分ぶら下がったままのような体勢で言った。
 どうやら、龍也が学校を出てくるまでずっと待っていたらしい。
「『おどろいた?』じゃねえっての。言っただろ? 俺といるとお前まで――」
「もう言われたよ」
 美南は言った。
「何!?」
 龍也は驚いて振り返る。
 夕日を受けて朱色に染まった顔をはにかませるようにして微笑む、美南の姿がそこにあった。
「帰り際オデコの奴に言われた。『これ以上あいつと関わるとお前も"隔離"だぞ』って」
 ちなみに"オデコ"とは、二人のクラスの担任である蔵田という教師の事で、まだ四十歳なのに前頭部が大きく禿げ上がっているので、生徒達からは"オデコ"と呼ばれている。
「だったら何で――」
「悪いのはあっちじゃない。私はいつだってタッちんの味方。だから、タッちんが意地を張るなら私も張るの」
「お前――、そういう問題じゃねえだろうが!」
 龍也は思わず声を荒げた。
「うっとおしいんだよ! もう俺に関わるんじゃねえ!」
 そう言うと、龍也は美南を振り切って駆けだした。
 こんな思いをするのは自分だけで十分だ。幼なじみとはいえ、他人の美南にこれ以上迷惑はかけられない。
 しかし、不器用な龍也には冷たく突き放す事しか、美南を遠ざける方法が見つからなかった。
 しばらく全速で走り、振り返って美南が追いかけてきていない事を確認すると、龍也は両手をズボンのポケットに突っ込んでゆっくりと歩き始めた。
 家に帰ってもすることなんてない。
 親父は母親が亡くなってからすっかりふ抜けてしまった。気がつくとなんだかボーっと遠くを眺めているようになった。
 仕事は一応こなしているようだが、その姿に以前のような覇気は無くまるで別人のようだった。
 気持ちはわからなくはない。息子の龍也がいうのもおかしな話だが、二人は仲がよかった。――はたから見ていて恥ずかしいくらいに。
 だから、親父が大変なショックを受けたのもわかる。だけど、毎日酔っ払った親父に延々くだを撒かれるのはごめんこうむりたかった。
 結局世の中の人間なんて誰も当てにはできない――。
 それが龍也の出した結論だった。
 龍也が当てもなく歩いていると、不意につま先に何かが当たった感触がした。
 見ると、何かを蹴ったらしく光る物が派手な音を立てながら転がっていく。
 硬貨か何かかと思い、龍也はそれを拾い上げてみた。
 期待に反して硬貨ではなかった。円形のプレート状の金属片で、中央に噴水のようなマークが描かれている。
 ゲーセンのメダルか――?
 龍也はしばらくその金属片を見つめて見た。――が、すぐにつまらなさそうにそれを放り投げてしまった。
 ゲーセンのメダル一枚拾った所で何にもなりゃしない――。
 そして龍也はまた歩きだした。しゃあねえ、帰るか――。







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