第二章 異世界その1 第五部 呪力(スペル) その2
「よし、今日はここまでにするか」
オルテガに声をかけられ、二人は振り向いた。
小窓から差し込んでいた西日も見えなくなり、窓の外はすっかり暗くなりかけていた。
「この調子なら明日には実践に入れそうだな。――うっし、上がって来い。あいつらが戻ってきたら飯にしよう」
あいつら――とは、実地修行に出ている二人のことだろう。
もう日も暮れたし、そろそろ戻ってくるころなのかな――?
と、そこで勇樹はある事に気付いた。そして、おずおずとオルテガに向かって切り出した。
「あの――、僕たちお金、持ってないんですけど――」
すると、オルテガはガハハ、と笑って言った。
「何、心配するな。テプストロン(ここ)じゃ、訓練所をやってるやつにゃ生徒数に応じて政府から支給金がもらえるのさ。もちろん厳しい試験に合格して認可を受けなきゃならねえがな。――ま、俺のような落ちこぼれもなかにはいるが」
つまり、認可を受けて生徒を受け持てば、国からお金がもらえる、ということか。
勇樹達の世界でも似たような方式を取っている国があると、学校で習った記憶がある。――ええと、たしか"社会主義"っていうんだっけ。
魔法のような者が出てきたり、どこか現実離れしたような世界だと思えば、変な所で現実世界と似たような特徴も持つ。
勇樹は改めて、この"ゾディアーク"という世界の奇妙さと、そしてほんの少しの興味深さを感じたのだった。
「ただいまー!」
その時、表の方から威勢のいい声が聞こえてきた。
どうやら実地修行に出ていた二人が戻ってきたらしい。
「おう、おかえり」
オルテガが声の主を出迎える。
現れたのはスラリとした体系の若い人間族の女の人だった。ボーイッシュなショートカットの髪に飾り気の無いツナギのような服を着ている。ひと言でいえば美人だった。
「お、忘れてた。紹介するぜ、俺の娘のフレアだ」
オルテガに紹介され、フレアと呼ばれた女性は丁寧に頭を下げる。
「また新入りさんね。あたしはフレア、一応ここのお手伝いをしてるの。よろしくね。」
勇樹と克樹は、やや緊張気味にフレアに向かって挨拶をした。――気のせいか、胸がドキドキするような気がする。
そして、フレアに遅れて先に来ていたという二人が入ってきた。
「ふぅ、結構きつかったな」
「もうクタクタ。思ったよりハードよね」
声の調子から、一人は少年で一人は少女らしい。
入ってきた二人が勇樹と克樹の前に現れる。
見た目はどちらも二人より年上らしい。一人は細身で引き締まった体型の少年、もう一人は長いストレートヘアにフレームの薄い眼鏡をかけた少女だった。
「あれ? 新入りかい?」
少年の方が気さくな声で話しかけてきた。
光の加減か少し茶色がかったように見える髪の毛がさらりと揺れる。
顔立ちには幼さが残っているが、立ち降るまいからは少し大人びた印象を受ける。
「ああ、今日この町に来た旅人だそうだ」
横からオルテガが言った。
「同じ旅人にその背格好――、もしかしてあなた達も星人なの?」
今度は少女の方がそう言ってきた。
肩の下まで伸びた長いストレートヘアをさらっとかきあげているのは、彼女の癖なのだろうか。
多少冷たい印象にも見えるが、その表情にはほんの僅か安堵の色が浮かんでいるようにも見えた。
「そうか、おかしな格好をしてると思ったら、お前も星人か。そりゃ偶然だ」
オルテガは勇樹と克樹を覗き込んで言った。
そりゃそうだ――、今まで勇樹達は二人を追いかけて旅をしていたのだから。――彼らのいう星人が勇樹達のいう"同じ世界の人間"と同じ意味であれば、の話だが。
勇樹はその事を目の前の二人に訊いてみた。すると、二人とも同じようにうなずいた。
「星人っていうのは、この世界でいう"星の守護者"ってのが呼び寄せた異世界の住人を指す言葉らしいんだ。――あ、ひょっとしてまだ変な声とか聞いてない?」
やっぱりそうなのか――。しかも"声"の事まで知っているらしい。
「声なら聞いたよ」
と、勇樹が言うと少年は「そうか」とうなずいた。
「この世界で聞いた伝説じゃ"世界に危機が訪れた時、守護者達は自らの力を分け与えた12人の(ホルータ)を異世界より召喚し世界を救うだろう"――ってことらしい。ま、その守護者とやらが具体的にオレ達に何をさせたいのかはわからないけどね」
「呼びつけたんなら出て来て説明くらいしてほしいものだけどね」
と、少女は投げやり気味に言った。
「まあ、とにかくオレ達は同じ世界から来た"仲間"ってことだ。いつ元の世界に変えれるかわからないけど、とりあえずよろしくな。――あ、自己紹介まだだった。オレ、新堂司。六年生だ。司って呼んでくれていいぜ」
「私は松岡芽衣歌。中一よ。名前で呼んでくれてかまわないけど、一応年上だから程度はわきまえてね」
二人の紹介を受けて、勇樹と克樹もそれぞれ名乗った。
これでとりあえず四人が揃った事になる。
とりあえずそこで話をひと段落にし、六人で夕食を取る事にした。
料理一つ取っても国の違いでずいぶん違いがあるものだな――、というのは勇樹と克樹が食事の場で感じた事だった。
まず、料理そのものが違う。ブランカのタガールの家で食べた料理は、無骨というか飾り気があまりないというか、いわゆる庶民的なものだった。
ここで供された料理はもっと洗練されたというか、あかぬけたような物だった。例えばスープにしても、野菜は綺麗に切りそろえられ、計算したかのように綺麗に盛り付けがなされている。所々に散らされた緑が鮮やかに全体を映えさせていた。
作法も違う。タガールの家でご馳走になった時は、特にこれといった物はなく普通に食べていた。
しかしここでは食事の前に祈りの時間がある。たとえて言うならキリスト教の教徒が食事の前に祈りを捧げるような感じである。今日の日も無事に食べられる事を神様に感謝してお祈りを捧げ、それから食べ始めるのだ。
味付けもタガールの家で食べた料理に比べるとかなり上品に思えた。
きっと、テプストロンの人間族は総じて繊細なのだろう。初対面ではかなり豪快な部類に見えたオルテガでさえ、食事の時は熱心に祈りを捧げていたくらいだ。
食事の後もしばらくイメージ修行を行った。目を開けたまま気を練るのは結構難しい技術で、留める時間を延ばす事はなかなかできなかった。
司と芽衣歌の気も見せてもらった。属性は司が木、芽衣歌が風で、どちらも勇樹達より二日早く修行を始めているだけあって、もう気を練るのは朝飯前、という感じだった。特に芽衣歌の方は既に浮風の呪力が少しだが使えるくらいのレベルだった。
ちなみに浮風は物を浮かせる呪力で、芽衣歌はまだ軽いものしか浮かせられなかったが、上級者は大岩でも浮かせる事ができるらしい。
そしてこの日の修行が終わり、二階の客用の部屋で四人だけの時間が訪れていた。
「さて、これからのことなんだが――」
皆を代表して司が言った。
「もちろん最大の目標は元の世界に変えることだ。――だけど、方法も分からなければ、俺達がここに呼ばれた理由もはっきりしない。そこでまあ、これから必要になるかもしれないし、最低限の呪力を身につけられるまでここで修行する。そしてある程度呪力を使いこなせるようになったら、他の仲間を探しに旅立つ――。とりあえずこんな感じでいいかな?」
異存なし、という風に全員がうなずく。――ちなみに、女の子の芽衣歌は隣の部屋だが、重要な話し合いなのでこちらの部屋に来て話し合いに参加している。
「それと、俺達が星人である事はここでは内緒にしておいた方がいい。このテプストロンの住人はほとんどが"エイレス"とかっていう神様を信仰してる連中だからな。"星の守護者"はあまりよくは思われていないらしい。中には敵視している連中もいるようだからな」
勇樹と克樹はわかった、とうなずいた。
「よし、それじゃ次はオレ達の得た情報を君達にも教えておかなきゃな。この世界の大まかな事はもう知ってるみたいだから、武器の事からいこうか」
武器――、変な声が聞こえた後で現れたアレのこどだろう。だけど、二度目の時は出てこなかったけど。
その事を司に聞いてみると、司は武器について解説してくれた。
「まず、あの武器の総称は星器というらしい。星器は"星の守護者"の力が星人の心に反応する事で実体化するらしい。心っていうのはただ強く思うだけじゃなくて、その守護者が司る力のことだ。例えばオレの星器は"パイザー"っていって守護者の力を持っているらしい。"パイザー"は"ゾディアーク"では"友情"を司る守護者らしい。だから、オレの星器を実体化するには、友情――他人を思う心とか、そういうのを高めて反応させなきゃいけないって事だ」
そんな事まで調べていたんだ――。なんだか少し感心してしまった。
司はそんな二人の目を見ると、ややバツが悪そうにいった。
「まあ、なんだ――。今のはほとんど芽衣歌が調べてくれたことなんだが」
なんだ、受け売りだったのか――。少々がっかりしたが、それでもきちんとした説明をしてくれたので、そこまでの事は二人もきちんと頭に入れる事ができた。
続いて、司の後を受けて芽衣歌が話しを続けた。
「いい――? ここから先は私がここまでで得た情報や知識から組み上げた推論なの。だから全部あってる確証はないわ。その前提で聞いて頂戴」
三人とも同時にうなずく。芽衣歌は「OK」と言って話しだした。
「私達がいるこの世界の名前って"ゾディアーク"よね。これって、私達の世界の言葉では"十二星座"を差す言葉なの」
「"十二星座"って、"おうし座"とか"おひつじ座"のですか?」
勇樹の問いに、芽衣歌は「そうよ」と答えた。
「英語だから貴方達はまだ知らなかったと思うけどね。で、その前提で考えてみたの。例えば私の髪飾りについている紋章――、これは"スコルピス"っていう守護者の紋章らしいんだけど、英語じゃ"さそり座"のことを"スコーピオ"っていうの。なんだか似てると思わない?」
本当だ。なんとなく似ている気がする。
「ちなみにオレのアンクレットについている紋章は"パイザー"って守護者の紋章なんだそうだ」
司は左足首のアンクレットを指差して言った。
「英語では"うお座"の事を"パイシーズ"って言うわ」
と、芽衣歌は言った。
「僕のバングルの紋章は"ライブラ"の紋章だってタガールが言ってた」
「僕の指輪のは"ジェミィ"の紋章だって」
二人の言葉に、芽衣歌は一つずつ説明を加えていく。
「"ふたご座"の事を英語で"ジェミニ"って言うわ。それに、"ライブラ"はそのまま"てんびん座"の事よ」
不思議な一致だった。守護者の名前と勇樹達の世界の星座の名前が似ているなんて。
なにかそこに意味があるのだろうか。
「まあ、今の所まだ四つだし、偶然なのかもしれないんだけど――。それも残りの子を探し出せばきっとはっきりするはず。守護者は十二人、という事はあと八人同じようにこの世界に来た人間がいるはずだと思うの」
三人はうなずいた。
残り八人――この世界がどのくらい広いのか分からないが、探すしかない――そう思った。
「あとは武器の使い方ね――。基本的に呪力と同じ理論で引き出せると思うの。つまり、それぞれの守護者が司る力――、それを具現化するようにイメージすればいいんじゃないかしら」
芽衣歌の話しに、皆真剣に聞き入っていた。
それがこれから先の旅を左右するかもしれない――そう思ったからだ。
「そういえばさ――」
司は思い出したように言った。
「オレの紋章――\\"パイザー"がオレ達の世界でいう"うお座"を指す言葉に似てるってさっき言ったよな。――偶然だけど、オレ三月三日生まれの"うお座"なんだよね」
その言葉に三人の視線が集中した。
おかげで、発言した司の方がびっくりしてしまった。
「そういえば、私も十月三十日生まれの"さそり座"――。同じだわ。あなた達はどう?」
芽衣歌に聞かれて、勇樹と克樹もそれぞれ答えた。
「僕は十月十日」
「僕は五月三十一日です」
「勇樹は"てんびん座"で、克樹が"ふたご座"――。両方とも一致してるわね。これはますます、私達の世界の"星座"と何か関係してるのかもしれないわね。――まあ、残りの子達も探し出して合流してみないと確証は持てないけど」
意外な繋がりだった。自分達の世界の"星座"とこの世界に繋がりがある――?
だとすると、自分達は選ばれるべくして選ばれたということなのだろうか。
少し考えてみたが、その謎の手がかりを見つける事はできそうになかった。
となりでは克樹が大きな欠伸をしていた。それを合図に話し合いはお開きとなり、四人はそれぞれ床についた。
残り八人(いるとすれば、だが)の所在は全く分からない。手探りで探さなければならない。
尤もその前に、しばらくは呪力と星器の特訓だ――。
勇樹は静かに目を閉じた。これから先の旅に思いをはせながら。
旅はまだ始まったばかり。まだまだこれからなのだ。 |