第二章 異世界その1 第五部 呪力(スペル) その1
オルテガの案内で、勇樹と克樹は先ほどの部屋を出てまた廊下を歩く。
すぐに廊下は行き止まりになったが、オルテガが右側の壁に取り付けられた取っ手のような物を引くと、壁がガコン、と割れて地下に向かって伸びる階段が現れた。
階段をゆっくり下りていくと、やがて鋼鉄らしい素材で作られた頑丈な扉が現れる。
オルテガは鋼鉄の扉をゆっくりと開ける。扉は派手に軋みながらその口を開けた。
「入りな」
オルテガに促されて二人も部屋の中に入る。
さっきの部屋とはまた雰囲気が違い、床も壁もフローリング――というよりは粗雑な板張りのようなデザインになっている。さながら、どこかのオンボロ道場、といった雰囲気だ。
部屋の奥手、扉の真向かいに当たる位置には何やら掛け軸のようなものが吊り下げられている。窓の類は一切ない。ひんやりした空気が二人の頬をなでる。
「まずは呪力を使うための気を練る訓練から始めねえとな」
オルテガはそう言うと、もうひとつの扉の奥に消え、やがて二つの道具を持って戻ってきた。
片方は燭台とロウソク、もう片方はきれいな球体をした電球のような物だった。
「気を練るにはイメージが大切だ。炎なら炎、水なら水をイメージする事で気を練る感覚は飛躍的に覚えやすくなる。――ようは頭と身体にイメージを刷り込むわけだな」
今持ってきたのはそのための道具ということか。
オルテガは二つの道具を床に置くと言った。
「まず炎の気練る修行だ。炎の気は火の気だ。揺らめく火、燃え盛る火をイメージする。――そこでこれだ」
オルテガは燭台を指差した。
「この燭台に乗ったロウソクに火をつける。そいつを、ロウソクが消えるまでじっと見つめ続けるんだ。ただ見つめるだけではダメだぞ。炎の揺らめき、炎の瞬き、炎の動き全てを頭の中に刷り込みながら見つめるんだ」
なんだかすごく大変そう――それが勇樹の受けた印象だった。
オルテガは次に電球のような物体を指差して言った。
「月の気は夜空に輝く月光の気だ。夜の真っ暗な空にぽっかりと浮かぶ月の輝きをイメージする。そのために使うのがこの月球だ。こいつは月光にきわめて近い光を発する物でな、月のイメージ修行はまず、こいつをひたすら見つめる事から続ける。ただしやる時は必ず真っ暗な場所で、だ。普通は暗室を使うが、あいにくうちにゃ暗室がないんで代用でこの暗幕を使う。こいつをかぶって光を見つめ続けるんだ。光の輝きやそのうつろい全てを頭に刷り込むんだぞ」
早速やってみる事にした。勇樹は床に置いた燭台の前に座る。乗っているロウソクは長さが十五センチくらいで、太さは二〜三センチくらいだろうか。真っ白で飾り気も何もないロウソク。それに火を灯す。
ジッ、という音と共にロウソクの先端が燃え上がる。炎は小さく音を立てながら揺らめく。
炎をじっと見つめる。炎はロウで作られた土台をゆっくりと侵食しながら、揺らめき瞬き燃えていく。
その姿をじっと目に、脳に焼き付けていく。そのうち焦点がにじみ、炎が身体の中に入り込んでくるような感覚に襲われる。
一方、克樹は暗幕で周りを覆い、真っ暗な中で月球に明かりを点す。淡く柔らかな光が暗闇に浮かび上がる。
闇と静寂の中で月球を見つめ続ける。淡い光は、本当に夜空に浮かび光を放つ月のようだった。
月球は光の加減を微妙に変えながら光を発し続ける。光を注視し続けるうちに、だんだんと光の象がぼやけ、何重にも重なって見えてくる。それが次第に目の前だけ出なく、頭の中でもグルグルと回り始める。
そのまま時間だけが過ぎていく。どのくらい時間がたっているのか分からない。だけど、二人はただ黙って炎と光を見つめ続けたのだった。
「よし、そろそろいいかな」
オルテガの声で、二人はようやく炎と光から視線を外す。
「イメージは十分焼きついたか?」
二人はうなずいた。
オルテガはうなずくと燭台と月球を片付け、再び二人の部屋に現れる。
「じゃあ、次はいよいよ気を練る練習をするぞ。さっきのイメージを思い出して、それを自分の身体の中で再現する感じだ。最初は目を閉じて、頭の中でイメージを膨らませるような感じでやるといい。さあ、やってみな」
まずは勇樹がチャレンジしてみる。目を閉じて先ほどまで見つめていた炎の動き、揺らめきを頭の中で描く。
炎のイメージを徐々に頭の中に広げていく。どんどん広げ、炎のイメージを徐々に頭の中から外へ、そして身体全体を包み込むような感覚へと、イメージを広げていく。やがて本当に身体が熱く燃えて入るような感覚になってくる。
「よし、目をあけてみろ」
オルテガに言われ、ゆっくりと目をあけてみる。すると、自分の身体の周りが淡く赤みを帯びた光に包まれているのが分かった。
光はすぐに弱まって消えてしまう。
続いては克樹。同じように目を閉じ、先ほど見つめていた月球の光を頭の中に描く。
月球の瞬きを頭の中でグルグル回す。ぐるぐる回る光を一つに集中するようなイメージで――、そしてその光を大きく膨らませ、全身を包み込むようにイメージを広げていく。
オルテガの合図で克樹が目を開けると、身体の周りは淡く黄色い光に包まれていた。が、やはりすぐに消えてしまう。
どうやら今のが"気練った状態"らしい。ほんの一瞬しかできなかったけど。
「二人とも初めてにしちゃ上出来だぜ。後は目を開けたままでも気を出し続けられるよう、修行だ。自分の意思で自由に気を引き出せるようになれば、第一段階はクリアだ」
オルテガは手を叩きながらいった。
それからは夕暮れまでひたすらイメージ修行を行った。その成果か、日が傾く頃には二人ともある程度気を練れるようになっていた。 |