第二章 異世界その1 第四部 バプ その1
近くによると、砦の全景がよく見えるようになった。
鳥では全体が木で作られていて、ちょうど川の中州の部分に土台が作られ、そこを基軸に川の両岸に橋渡しするように作られているらしい。
たしか前にテレビの歴史番組でこんなのを見たっけな――。ええとあれは、そうだ、豊臣秀吉が織田信長の命令で美濃(今の岐阜県)という場所を攻めるために、長良川の中洲に建った一夜で城を築いたというやつだ。たしか、"墨俣一夜城伝説"だっけ。
木で作られた橋のような通路を渡って建物を目指す。先ほどの川を下に望みながら、勇樹と克樹は進んで行く。
建物の中に入ると、やはりそこは関所であろう事が見て取れた。内部にはゲートのような物が設置され、対岸の道との間を封鎖していた。その両脇に小部屋が作られていて、向かって右側にある、ゲートのこちら側の部屋に半獣族が一人、反対側には人間族らしい人物が一人座っている。どちらも鎧兜と長い槍でがっちりと武装していた。
半獣族はこちらに気がつくと、立ち上がってゲートの側まで来た。そして、二人を見て言った。
「お前たちは旅人か?」
二人はうなずいた。
「ここは関所だ。通行証は持っているのだろうな?」
二人はうなずき、ザックからマーケットでもらった通行証を取り出して半獣族に見せた。
半獣族は二枚の通行証を交互にチェックする。
「うむ、たしかに本物だな。――よろしい。通るがいい、旅人よ」
そう言うと、半獣族は小部屋にあったレバーを引いた。すると、大きな音を立ててゲートがゆっくりと開いていった。
勇樹はふと思い出して、半獣族に訊いてみる事にした。
「あの、すみません。僕達くらいの旅人が何日か前にここを通りませんでしたか?」
すると半獣族は「ああ」とうなずいた。
「三日ほど前に二人通ったぞ。二人ともお前達くらいの人間族で、バプ行きの通行証を持っていたな。――お前も覚えてるよな」
半獣族は反対側にいた人間族に呼びかけた。人間族はこちらの会話を聞いていたらしく、うなずいて言った。
「変わった服装をしていたからよく覚えている。ひょっとしたらバプの町で合流しているかもしれないな」
これは耳寄りな情報だ。もしかしたら――もしかしたらだけどバプで一気に二人の"仲間"が見つかるかもしれない。
勇樹は二人の関守にお礼を言った。
「ありがとうございます――そうだ、ここの川の水って飲めるんですか?」
「この川はバプの生活用水になっているから飲んでも問題はないぞ。ただ、生で飲みすぎると腹を壊すから気をつけるんだな」
半獣族は優しく教えてくれた。
勇樹と克樹は丁寧に礼を言ってゲートをくぐった。
テプストロン側の小部屋にいた人間族が部屋から現れ、敬礼をして言った。
「小さき旅人達よ、テプストロンにようこそ。ここから先は我ら人間族の治める国"テプストロン共和国"だ。バプの町へは川沿いに歩いて行けば着く。道中気をつけられよ」
二人は元気よく返事をして砦を抜ける。再び端のような通路を通り、対岸へ渡る。
先ほどまで歩いてきた道が対岸に見える。川を渡っただけだが、ここはもう隣の国なのだ。
きっと外国の国境もこんな風なんだろうな、と勇樹は勝手に想像した。そして二人連れ立ってバプへ続く道を歩いて行く。
道は川沿いをまっすぐ伸びて行く。川のせせらぎはやさしく二人を包み込み、その背中を押すようにそよ風が流れる。
さらに歩き続けると、前方にようやく町らしい集落が見えてきた。ブランカより少し小ぶりの町で、特徴的な建物が並んでいる。
さらに近づくと町の全景がよく見えてきた。遠くから見えていた特徴的な屋根もはっきり見える。全体的に細く尖がっていて、先端はぐるんと渦を巻いたアンテナのようになっている。なんだか漫画に出てくる魔法都市みたいだ。
町の入り口の門番のチェックを受け、町へ入る。
町の中には、隣接する川から引き込まれた水で作られた水路が張り巡らされていて、普通の道より水路の方が多いくらいだった。
道なりに進んでもすぐに水路にぶつかってしまう。橋らしいものも見当たらないし、どうやって水路を渡ればいいか途方にくれていると、水路を移動してくる人間族の姿が目に入った。
なんとその人間族は一枚の光る板のようなものに乗り、滑るように水路を移動していた。
びっくりした二人は、慌ててその人間族を呼び止めて、話を聞いてみる事にした。
「あの――、すいません!」
「ん? 何だい?」
人間族の青年は板を勇樹達のいる岸の方に寄せた。板は音も無く勇樹達の前で停止する。
「あの、それ何なんですか?」
「これかい? こいつは浮板っていう呪力さ。ひょっとして君達、この町は始めてかい? ここでは、こいつを使って水路を移動しないと動きが取れないぜ。なんせ侵入除けのために、この町には舟は1艘もないからね」
――呪力って何?
また新しい言葉だ。
「何だ? 君ら人間族なのに呪力を知らないのか?」
青年は意外だ、という表情で言った。
だけど知らないものは知らないんだから仕方がない。
勇樹は青年に自分達の事を説明した――ただし、前にタガールから人間族、ことにトリッカの住人は新しい神様を崇拝していて古い守護者達を敵視している、そう聞いていたので自分達はブランカから来た旅人だ、とだけ説明した。
青年は「ふーん」と、鼻を鳴らした。
「まあいいや。だったら覚えてくといい。呪力はエイレス様が我ら人間族にお与えになった力の事だ。人間族だけが持つ特殊な気を練る事で様々な効果を引き出す事ができる。野蛮な獣人族どもの能力なんかよりよっぽど素晴らしい、英知と神秘の産物さ」
まるで自分が発見したかのような口ぶりで、青年は自身気に呪力について解説した。
「じゃあ、僕らはどうやって水路を渡ればいいんですか?」
と克樹が尋ねた。
「そうだなあ。船はないし、俺は気の鍛錬がまだ未熟で一人乗りしか作れないし――泳ぐしかないかな」
この炭酸水の川を?
勇樹と克樹は目を見合わせた。そんな二人の姿を見て、青年は軽く笑うと言った。
「冗談だよ、冗談。今は旅人用に渡し屋がちゃんといるよ。――だけど、君らも人間族なら呪力を学んでみたらどうだい? ちょうどこの水路沿いに進んだと頃に呪力の訓練所があるからさ」
二人は青年の指差した先を見つめた。
透明感のある緑色に揺れる水面の先にいくつもの建物が並んでいる。あの中の一つが青年の言う訓練所なのだろうか。
「案内してやろうか?」
と青年に言われ、半分くらいは成り行きだったが二人はその訓練所に案内してもらう事にした。
どうやら青年は話好きなようで、訓練所に向かう間にも色々と話しかけてきた。
「最近旅人が多いんだよね。俺、仕事で毎日この川を移動してるんだけどさ――あ、俺マッシュ。こう見えても警備員ってやつでね――まあ、下っ端だけど。で、この水路の見回りが俺の仕事なのさ。時々水路から無断で侵入してくる奴がいるもんでね。――ええと、何だっけ? あ、そうそう。この前見回りしてるときにもお前らみたいな旅人にあってさ、そいつらも呪力を知らないっていうから、同じように訓練所に案内してやったわけよ」
最初は半分聞き流しめに青年の話を聞いていたが、最後の方の台詞で二人とも顔を見合わせた。
「ねえ、その旅人はどうしたの?」
「あ? さあな? だが、呪力はすぐに使えるようになるもんでもないからな。修行してるんならまだこの町にいるんじゃないか?」
じゃあ、合流できる確率はそれなりに高いわけだ。
「着いた着いた、ここだぜ」
マッシュは水路沿いに建つ一軒の建物の前で停まった。
水色の屋根がひときわ天に向かって突き出したデザインの小さな建物だ。玄関の扉の上に"呪力訓練所"と書かれた多少ボロな看板がなければ、どこからどう見てもただの民家にしか見えないような佇まいをしている。
「おーい、おやっさん居るかぁ!?」
マッシュは勝手に扉を開けると、中に向かって言った。
そして返事も待たずに二人を呼ぶと、ずかずかと建物の中に入っていく。
勇樹と克樹もいいのかなあ、と思いながら言われるままに建物の中に入った。
建物の内装はなんというか、勇樹達の世界の公民館を連想させるような感じだった。
コンクリート風の壁が部屋と廊下を仕切り、堅い石の床が廊下を覆っている。外に比べて少し空気はひんやりとしていて、明かりが灯っていないせいか少し薄暗い。
マッシュがもう一度大声で呼びかける。程なくして、
「なんでい、騒々しいな」
という声が返ってきた。程なくして一人の人間族が奥の部屋からのっそりと現れた。
現れたのは乱雑に切りそろえた髪に無精髭を蓄えた、いかついおっさんだった。作業着とヘルメットを着せたらさぞ似合う事だろう。
「おうおやっさん、これこの通りまた客を連れてきてやったぜ」
マッシュは勇樹たちを指差して言った。
「何、またか! なんだって俺んとこばっか連れてきやがるんだよ」
「そう言うなよ。俺とおやっさんの仲じゃねえかよ」
「お前ェの目当てはフレアだろうが」
なんだかよく分からないが、どうやらこのマッシュと言う青年は、フレアという女性――多分このおっさんの娘か何かだろう――に惚れているらしい。
さしずめ勇樹たちはそのダシ――という所なのだろう。
「こいつら他所から来た旅人なんだと。呪力を知らないみたいだから教えてやってくれよ」 |