第二章 異世界その1 第二部 覚醒 その1
マーケット当日までの二日間、勇樹と克樹はタガールの家で過ごした。
タガールの仕事は勇樹達の世界でいう運送屋みたいなもので、依頼のあった荷物を届けるのが仕事だった。
ただ、バザーまでの時間を何もせずに過ごすのもどうかと思ったので、二人はタガールの仕事を手伝いながら、ゾディアークの事をいろいろ勉強する事にした。
そして、いろいろな事が分かってきた。
まず、この世界で使われている"モル"という通貨だが、その価値――物価と言い換えてもいいが――は、勇樹達の世界――日本の"円"とさほど変わらないようだ。
例えばブランカの町の自販機で売られている飲み物――“ノナドリンク”という名前のメロンソーダに似た味の飲み物だが、これは120モルで売られていた。
ただ、勇樹達の世界の自販機と違って、売られている商品の値段は全てバラバラで、高い物は800モルもしていた。
面白いのは勇樹達の世界で言う消費税のような物も存在していることだった。
店頭に並ぶ商品は表示されている価格以外に値段の十パーセントが加算されるのだ。
こちらの世界では"特別商品税"と呼ばれていて、国ごとに徴収の仕方は異なるのだそうだ。
生活体系もなかなか興味深い。
例えば勇樹達の世界の人間は、職業等によって生活時間帯は違うし、二十四時間どこかしらの灯りはついているし、起きている人もいる。
それはゾディアークでは違う。まず、住人たちは必ず日が昇ってからでないと起きてこない。朝もやが立ち込める時間帯にはまだ誰の姿も見えず、もやが晴れて勇樹達の目が完全に覚めた頃になって、ようやく起きてくるくらいだ。
そして、夜は早い。日が傾く頃にはもうお店は閉まってしまい、日が沈む頃にはみんな眠ってしまう。
この世界の住人は太陽の昇り沈みに合わせて生活しているらしい。
タガールによるとこの世界には休日という概念も無く、雨が降れば仕事は休み、なのだそうだ。
そんな風にして二日が過ぎ、いよいよマーケットの当日がやってきた。
その日は朝から騒々しく花火がの音が鳴り響き、町は盛況に包まれていた。
大通りに向かうと、中央広場に向かってずらっと出店が軒を並べていた。
顔ぶれも売っているものも様々で、まさにフリーマーケットと言う感じだ。
ためしに並んでいる商品の一つを手にとって見る。
木造りの子供のおもちゃのようなもので、値札には金額の他に何かの商品名も書かれている。
「マーケットでは出す商品に値段か希望商品を書くんだ。値段ならその値段で売りますよ、希望商品ならその品と交換しますよ、ってことだ。両方書いていればどっちでもOK、片方ならそっちの方法でしか取引しないってことなんだ。もちろん、最終的にはそこからの交渉次第だがな」
と、タガールが説明してくれた。
なるほど、見渡すとそこかしこで住人達が店の人たちと言いあっている。多分欲しい商品の交渉をしているのだろう。
三人が目指すのは"バプ"行きの通行証だ。
お店を一つ一つ見て歩き、通行証が売りに出されていないか確認していく。
流石に商品の数が多く、なかなか見つからない。
何時間も歩き続け、数え切れないくらいの商品を見て回った。
そして、ようやく一軒の出店でお目当ての商品を見つけた。
その出店は通行証を初めとする紙製品ばかりを扱っていた。
何枚か置かれていた通行証の中で、"バプ"行きの物はちょうど二枚。
逸る気持ちを抑えて手にとって見ると、くっつけられた値札には何も書かれていなかった。
「これ、どういうこと?」
勇樹はタガールに聞いてみた。
タガールは首をひねって言った。
「うーん、何か特別な条件とかがあるのかもな。――おい、オヤジ。こいつを二枚とも欲しいんだがいくらだい? もしくは何と交換だ?」
すると店先にいた少し年老いた半獣族の小父さんは、すまなそうに言った。
「ああ、そいつかい? いやね、最近テプストロンの方で競売とかいうのがはやってるって聞いてよ、俺っちもひとつやってみようかと思ってね」
「キョウバイ? なんだそりゃ」
タガールが首をひねった。
「競売って、たしかオークションのことだよね」
すかさず勇樹は言った。それなら勇樹達の世界にも存在する。
「確か、一番高い値段をつけた人が買えるんだよね」
と、克樹が言った。
「お、坊や達さすが人間族だけあってよく知ってるな」
小父さんは嬉しそうにうなずきながら言った。
タガールはまだよく分かっていないようだったので、二人で詳しく説明してやった。
「その値札に好きな金額と名前を書き込んでくれ。今日の夕方までに一番高値をつけた者に売る。そういうこった」
「最低額は?」
と、勇樹は訊いた。
オークションの場合、最低金額、または初期設定額という物が決められていて、最初は必ずその金額以上から記入しなければならない、というのが基本的なルールだ。
以前母親がインターネットのオークションをやっているのを見て少し訊いた事があったので、勇樹はその事を覚えていたのだった。
「特にないよ。好きな額でかまわないさ」
そこで、トラベルショップの値段より少し安めの1,000モルを記入しておいた。
これでそれ以上の金額をかぶせる者がいなければ、その金額で購入できるというわけだ。
「とりあえず他も見て回ろうよ。夕方まで時間はあるから、何度か確認に来ればいいよ」
と、勇樹は言い、とりあえずその場を離れる事にした。
マーケットでは他にも様々な物が売られている。生活雑貨から何に使うのか皆目検討もつかないような物まで、その種類は本当に広い。
ただ眺めて歩くだけでも結構面白く、勇樹と克樹は夢中になってマーケットを散策していった。
そしてしばらく時間が過ぎたところで、入札が現在どうなっているかを確かめるために、先ほどのお店に戻ってみる事にした。
お店の状況は特に先ほどと変わっている様子は見受けられなかった。小父さんも変わらず店先にのんびりと座っている。
勇樹たちは早速入札した通行証の値札を調べてみる。そして、一様に目を丸くした。
値札にはとんでもない金額が書き込まれている。一……十……二百万!?
値札には何も名前は書かれていなかったので、思わずタガールが訊いた。
「お、おいこいつは誰がつけやがったんだ!?」
小父さんは押し黙ってひと言も発しない。
その時、背後に強烈な気配を感じ、三人は振り返った。
「悪いな、そいつをつけたのは俺達だ」
訊き覚えのある声が上から降り注いできた。
振り向いてみると、そこには三日前裏通りで見た獣人族の姿があった。今日は五〜六人の取り巻を連れている。
「やっと見つけたぜ。おい、この前はよくも騙してくれたな。よくよく調べてみりゃ、オルフェニス卿のご子息はお嬢様じゃねえか!」
やば、嘘がバレたんだ。
狼獣人はかなり怒っているようで、口元はヒクヒクと震え、こちらをにらみ据える目は異様に血走っている。
「バローナをおちょくってただですむと思うなよ……。手前ェらまとめてぶっ殺してやる!」
「やべぇ、ひとまず逃げるぞ!」
タガールはそう言うと、勇樹と克樹を素早く抱え上げた。
それとほぼ同時に、狼獣人は手近にあった店先に並ぶ壺の一つを右手で払った。
壺は派手な音を立てて砕け、狼獣人はその一部を掴み取る。
次の瞬間、狼獣人の握り締めた右手が淡い光を放ち、オーラが右手を包みこむ。
「逃がさねぇ! "何でも射出銃 石弾"!!」
狼獣人は右手を握り締めたまま、まっすぐに突き出す。その先から何かが高速で飛びだし、きびすを返したタガールの足元で弾けた。
激しく土埃があがり、その場を漂う。タガールは足を取られ、その場に派手にすっ転んでしまった。抱えられていた勇樹達も放り出されて背中をしたたかに打つ。
「い、今の何!?」
「能力だ!」
勇樹の問いにタガールはそう答えた。――能力?
「獣人族は生まれつき特殊な能力を使う事ができるんだ。それが能力だ。あいつの場合は多分、"掴んだ物を弾丸として射出する"って所だろうな。発動には条件があるが、まともにやりあって勝てる相手じゃねえ」
特殊能力って、漫画かRPGの世界じゃあるまいし――だけど、狼獣人がなにか得体の知れない力を使ったのは確かだった。
それが能力なのか。確かにあんなのと正面からやりあったら命がいくつあっても足りない。
「条件っていうのは?」
「能力を発動するには決まった条件を満たす必要があるんだ。条件は能力によって違うが、かならず存在する。そして、満たさない限り能力は発動しない」
噛み砕いていえば条件つきの必殺技みたいな物か。
たちまち周りを半獣族に囲まれる。狼獣人はのしのしと三人の前まで歩を進める。
右手には数個の石が握り込まれている。
「さあ、覚悟しな」
周囲は手下の半獣族に囲まれ、もう逃げられない。
狼獣人はゆっくりと右手を目線の高さに掲げ、まっすぐに伸ばす。
勇樹は震える身体をガン、と叩いた。そしてタガールと狼獣人の間に割って入り、両手を精一杯に広げて立ちはだかった。
「待て!」
勇樹は叫んだ。もちろん本当は怖くてたまらなかった。だけど、彼の中の正義はタガールを盾にする事を許さなかった。立ちはだかる事を選択させたのだった。
狼獣人は勇樹を一瞥するとフン、と鼻で笑った。
「人間族のチビがでしゃばるんじゃねえ。それとも、痛い目見ねぇと分からねぇか?」
狼獣人は左手を横一文字になぎ払った。
刹那、勇樹の左半身に衝撃が走り身体が宙を飛んだ。そのままバザーの出店を飛び越え、建物の壁に激しく激突した。
全身に痛みが走る。瞬間的に呼吸が出来なくなり、勇樹はうめき声を上げた。
いつだってそうだ。正しい者はその言葉を、意見を封じられ、間違った事ばかりが横行する。正しい者はいつも非力で、間違った者のもつ権力に駆逐される。
正しい者が勝つのはテレビの特撮番組の中だけ。それが現実。
ここに飛ばされる前だってそうだった。自分は正しいと思ってした事なのに、大人達は権力にへつらい勇樹を否定した。 |