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番外編(6) エルエル(海野真夏・視点)

 三人分の朝食を作る。今朝はトーストにする。コーヒーを挽いていると背後から声がした。
「おはようございます」
 雪村麻人だった。
「え?あ、お、おはようございます」
 私は食事を作るのにかなりな時間を要する。だから早い時間から起きて支度をする。知らぬ間に作業に没頭していたみたいで、いきなり声を掛けられて驚いた。
「随分早いんですね?もしかして俺のせいですか?」
「いえ、いつも早いんです。私、料理が苦手で、時間がかかるから……」
 私は苦笑する。
「昨夜は部屋に戻るのが随分遅かったですね?」
 雪村麻人はにこやかに言った。
「……」
「僕、平井堅が好きでよく聴くんだけど……」
 雪村麻人は、意味ありげに言葉を途切れさせた。
「……私も平井堅好きですよ」
 私も話を合わせる為に口にする。
「Love or Lustって曲を思い出したよ。あなた達はどっちなんだろうって」
 澄ました顔でにっこり笑う雪村麻人に、私は言葉を失う。

 その時突然、後ろから声がした。
「おはよう。二人とも早いね。今日はトースト?」
 先生だった。
「あ、あの……お、おはようございます」
 私は目いっぱい動揺して挨拶を返す。先生は少し首を傾げたようだった。
「冬馬さん、フレンチトーストにしましょうか?」
「うん、お願いしようかな」
 先生の笑顔に少しずつ動揺が収まっていく。
「えー、冬馬叔父さんフレンチトーストなんて食べるようになったの?甘いもの嫌いじゃなかったっけ?」
 雪村麻人がびっくりしたように言った。
「今でも甘いものは好きじゃないけど、真夏のフレンチトーストはうまいんだよ。君も食べてみれば?」
 先生の言葉に私は再び動揺し始める。先生が甘いものが好きじゃないなんて知らなかった。確かに、果物以外の甘いものは、あまり進んで口にしないのには気付いていたけど……。
「いや、俺、朝はコーヒーしか飲まないんだ」
 雪村麻人はそう言いながら、テーブルについた。
「……私……先生が甘いもの好きじゃないなんて知りませんでした」
 私は項垂れる。
「だから、君のフレンチトーストは好きなんだってば」
 先生は少し困ったように言った。
 いつもよりも甘さ控え目で作ったフレンチトーストは、いつもよりも幸せが足りないような味がする。

「うっすー」
 雪村麻人は私が入れたコーヒーを一口啜るなり文句を言った。
「薄いですか?」
 私は驚いてコーヒーを口にする。いつもの味だ。これって薄いの?
「まだコーヒー豆あるの?」
「ありますよ」
 自分で淹れると言って、雪村麻人はキッチンに向かった。私が使う豆の量よりも少しばかり多めの豆をコーヒーミルに入れて挽き始める。男性がやると力の掛け方が強いのか、あっという間に豆は挽き終えられた。私はいつもドリップ式でコーヒーを淹れているのだけれど、雪村麻人は戸棚の奥をガタガタ言わせて、プレス式の紅茶サーバーを取り出した。
「え?それって、紅茶用じゃないんですか?」
「これは元々コーヒー用だったんだ」
 そう言いながら、挽いたコーヒー豆を入れ、お湯を注ぐと軽く蓋を乗せた。
「押さないんですか?」
「四分程蒸らすんだ」
 何も知らないんだなと雪村麻人の顔に書いてある。私は肩をすくめた。

 雪村麻人が淹れたコーヒーは、濃くてコクがあって苦みさえ美味しいと感じさせるものだった。同じコーヒー豆を使ったとは思えないくらいだ。
「本当だ。美味しいね」
 先生も驚いて言う。私はすっかりしょげてしまった。今まで私が淹れていたコーヒーが、まるで出がらしみたいに感じる。
「真夏のコーヒーも美味しいよ?ガブガブ飲めるし……」 
 すっかりしおれた様子の私を気遣ってくれたのだろう、先生はとりなすように言って、私の頭をそっと撫でてくれた。
 それを見た雪村麻人が突然クスクス笑い出した。
「何が可笑しいんだい?」
 先生が不思議そうに問いかける。
「いやいや、お二人があまりにもエルエルなんで、微笑ましかっただけですよ」
 雪村麻人は可笑しそうにそう言った。
「エルエル?」
 先生は怪訝そうに首を傾げたけど、私はいたたまれなくなって硬直する。
「ラブラブってこと」
 雪村麻人は硬直する私をちらりと見て嫌な笑いを浮かべてからそう言った。
「大人をからかうもんじゃないよ」
 先生は少し苦笑してから視線を外して、食事を続けた。視線を外した先生は気付かなかったに違いないけれど、その後、雪村麻人は私に鋭い視線をぶつけた後、口元だけでにやりと笑った。
 分かってるんだろ?エルエルの本当の意味。その瞳が雄弁に私に言葉を投げつける。
 Love or Lust?(愛?それとも欲望?)
読んでくださってありがとうございました。 
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